閑話 マリアンネ 神頼みと自己研鑽
シャーロット様の話を聞いて全力疾走した。
火吹きドラゴン。
可愛らしい名前で呼んでいるが、厄災だ。
しかし、走りながら別の考えも頭をよぎる。
皆に知らせてどうなる?
街長室に入る前に、国民に向けたシャーロット様の言葉が届いた。
「約100年ぶりに火吹きドラゴンがやってきました。酒屋さんは樽のお酒を用意しておいて下さい。結構飲むからね。あと、煩いかもしれないけど怒ったら駄目だよ。私に言ってね。ちゃんと注意するから」
今の言葉だと友達と会うだけのように聞こえる。
友達でも驚かないが…。
これなら区長達に知らせる必要もないか。
私は空を見上げた。
シャーロット様とハイエルフの長老、それに見た事がない大人の女。
あの女が厄災のドラゴン?
話し合いが終わったのだろうか?
シャーロット様だけが噴水の近くまで下りてきた。
シャーロット様に話しかけようとして、言葉が出なかった。
シャーロット様は真剣に見上げている。
影が噴水の周りを黒く染める。
嫌な予感がした。
そして、見上げて絶望する。
時間が停止したように感じる。
火吹きドラゴン?
これが火なのか?
世界を滅ぼす神の怒りに感じた。
死を確信し逃げる事を諦めた。
この状況の中、突然体が震える。
死の恐怖に震え出したのだろうか?
咄嗟にシャーロット様を見た。
全然違う。
笑顔が可愛いシャーロット様ではない。
本当に吸血鬼なのか?
あのような吸血鬼は見た事がない。
長老が言う伝説の吸血鬼の姿なのだろうか?
肩で揃えていた深紅の髪が、銀髪に変色して足下まで伸びている。
瞳の色も灰色に変わっていく。
体が震えた理由も、咄嗟にシャーロット様を見た理由も分かった。
上空から迫りくる神の怒りより、吸血鬼の少女が怖かった。
シャーロット様から目が離せない。
左眼が灰色に染まり切った後、シャーロット様の怒りを感じた。
そして、灰色だった瞳は深紅に戻る。
私は何故か安堵した。
再び見上げると、神の怒りは何かに吸い込まれている。
シャーロット様が守ってくれたのだろう。
黒い影が無くなった時、上空には輝く黄色のドラゴンがいた。
ドラゴンは姿絵で見た事しかなかった。
実物を目にして心の底から思った。
神の使いじゃないか。
神の使いの尻尾を斬り落として、頭を殴る少女は何者だろう?
伝説の吸血鬼なら出来るのだろうか?
同じ神の使いか神ではないのか?
私はそう思った。
頭を殴った後、シャーロット様は普段の姿に戻った。
ドラゴンも大人の女に変身した。
やはり、あの女がドラゴンだったようだ。
2人はハイエルフの住む森のりんごの木に移動した。
厄災のドラゴンはお風呂に入るようだ。
現実感が無さ過ぎて何も考えられない。
シャーロット様は尻尾を持って孤児院まで飛んで行く。
カーリン達に何か話しているようだ。
そして消えた。
先程言っていた、お酒でも買いに行ったのだろうか?
りんごの木に戻ってきたシャーロット様は、テーブルと椅子を作り出した。
お酒を買いに行っていたみたいだ。
長老も椅子に座って話し始めた。
明日にでも話を聞いてみよう。
孤児院に向かった。
「カーリン。その輪切りにされた尻尾をどうする?」
「半分は燻製にして、半分は冷やしておいて欲しいみたいです」
笑えて仕方が無い。
誰が食べるのだろうか?
神の使いの尻尾だぞ!
「カーリン。その肉が何か知っているか?」
「上空にいたドラゴンですよね?」
知っていて平気で燻製にするのか?
隣でレナーテは泣いていた。
泣いている理由が気になった。
「どうした?孤児院で働くのが嫌になったか?」
「いいえ。私は神様の守る国で働けるのですね。やっと、救われたのです!」
「そうか。仕事を頑張ってくれ」
「勿論です!神との約束を破る事は出来ません」
信者が1人増えたみたいだ。
でも、救われたという言葉が引っかかる。
この子も過酷な環境で生きてきたのでは?
この国で楽しく生活してくれればいいと思った。
翌日、私はハイエルフの長老に話を聞きに言った。
知っておくべき事がある気がしたからだ。
お風呂で泳ぎ終わったハイエルフに声を掛ける。
「街長だが、長老と話がしたいんだ。呼んでもらえるかな?」
「街長殿ですか。少し待ってて下さいね」
意外と素直に聞いてくれた。
邪険にされると思っていたのだが…。
長老は直ぐにやって来た。
「街長殿。どうされましたか?」
「昨日の話を長老から聞きたくて来ました」
「率直に聞きたいのだが、厄災のドラゴンとシャーロット様の関係は何だろうか?」
「友達、いや悪友ですね。昨日のやり取りも遊びの延長みたいです。本当に悪い冗談ですよ」
悪い冗談どころの話じゃない。
あれが遊びの延長?
「つまり、本気では無いと言う事ですね?」
「昨日の攻撃が街を直撃したら星の半分が砂漠になり、生物は死滅するみたいです。それも、ジェラルディーン様が街を破壊した後に攻撃の軌道を変えた場合です。軌道を変えなければ星が爆発したようですよ。神々の遊びですね。付き合わされたら堪りませんよ」
星が爆発?
もう、話の規模が大き過ぎて意味が分からない。
それを防ぐシャーロット様が、おかしく感じてしまう。
「攻撃の威力はともかく、街の破壊にこだわっている様に聞こえましたが?」
「普段は火を吹いて防げる強者を探しているだけのようです。あのような桁違いの攻撃はしません。この国を破壊したいのは、シャーロット様を自由にさせてあげたいようですね。この国はシャーロット様がいなければ、すぐに滅ぼされると理解していました。国に縛られているから解放してあげたいようですよ」
姿絵があり名前が知れ渡っているくらいだ。
普段は逃げる事ができる普通の火を吹くだけなのだろう。
解放してあげたいのに頑なに守り続けるからあの攻撃をしたのか。
あの様なやり取りを5回繰り返しているんだ。
皆から土地神様と呼ばれる訳だよ。
目撃したら崇拝する気持ちも分かるが…。
何故自分達が恵まれていると理解しない。
気付く機会は4回もあった。
神頼みする前に自分を変える努力をするべきだろ。
準備する時間は十分にあったはずだ。
どれだけ発展しても国を守れなければ他国の奴隷だ。
侵略を繰り返す他国を知らない奴が多過ぎる。
奴隷の扱われ方も知らない。
解放してあげたくなる気持ちが分かってしまう。
「ジェラルディーン様はどこに行ったのでしょうか?」
「この森の横にハイエルフの国を作って下さるみたいですよ。シャーロット様が火を吹いて遊んでいるなら、ハイエルフの国を作れと言って下さったみたいです。嬉しいですね」
ハイエルフの国を作る。
世界中に点在している集落を1つにする。
ハイエルフは同種族で殺し合いをしない為、国を作りやすいと考えたのでしょう。
「長老は新しい国に移るのですか?」
「私はここが気に入ってますので住み続けますよ。ここで、ハイエルフを鍛えます。私も鍛え直さないといけませんね。長命種なのに弱過ぎるのは駄目です。お2方を見ていて痛感しました。人に攫われるのも情けない話ですよ。強ければ救出に行ける訳ですから。だから、鍛えます」
長老は聡明ですね。
あの攻防を見て自分たちが強くなる事を意識する。
守られている現状を甘えだと考えているのですね。
祈り続ける人間と強くなろうとする長老。
どちらが正しいのか考える必要もありませんね。
「そうそう、この国はさらに大きくなる可能性があります。お2方が話していましたが、農作な得意な種族を招く可能性がありますよ。街長殿にも話しに来るかもしれませんね」
「そうですか。また、シャーロット様に頼る事になりそうですね。私はせめて国民の意識を変える努力をします。お話しして頂きありがとうございます」
シャーロット様は国を大きくする事を考えている。
おそらく、全ての孤児を救う為でしょう。
奴隷や命令をしたくないから、農作が得意な種族を探していた。
世界中を飛び回っているジェラルディーン様なら、知っていると思ったのですね。
私は街長室に戻り、ディアナに声を掛ける。
「ディアナ。勉強する内容の追加と、国民全体に伝える内容がある」
「はい。何でしょう?」
「今回の攻防を見て守られていると歓喜し祈っている奴が多いかも知れないが馬鹿過ぎる。この国はシャーロット様がいなければ、他国の人間に軽く滅ぼされるとしっかり意識させろ。そして奴隷の悲惨さも伝えろ。どれだけ発展しようと軽く滅ぼされる国に価値はない。シャーロット様に守り続けられているという事は、あの方は熟睡すら出来ない状態だと教えるんだ」
「分かりました。確かに歓喜している国民が多いので、しっかりと伝えます」
「ジェラルディーン様はシャーロット様を、この国から解放させたがっている。厄災のドラゴンは寄生虫の私たちを排除しに来ただけだ。それを忘れるな!」
「国民に伝え、勉強にも盛り込みます」
500年以上守ってもらった国が他国に簡単に滅ぼされる。
そんな馬鹿な話は絶対に許さない。
難しい話ですね。
シャーロットに守られている状態で産まれた子供は他国を知りません。
シャーロットは口を出さないので、誰も気にしないのです。
他国から来た人間は、救われたと感謝しただけで終わってしまいました。




