閑話 アンゼルム 里長
里長になってから全力で走ったのは3回目だな。
全てにドミニクが関わっていると思うと腹立たしい。
ドミニクの大馬鹿野郎が!
シャーロット様を殺そうとした時から全く反省してないじゃねーか。
来るなら1人で来やがれ。
仲間を集ってやって来た事で、より過去の襲撃と重なってしまった。
絶対に次は許してもらえない。
獣人の里は滅ぼされる。
緊急の里長会議という事で、移住しない獣人を受け入れてもらった里長を集める。
俺たちを含めて全部で6人。
ヴィーネ様の力を見た2人と、あの時には参加していなかった2人だ。
俺とアンゼルムは猫の獣人。
ずっと黙っていた2人は犬の獣人。
参加していなかったのは虎と狼の獣人だ。
犬の獣人である2人は今回も発言しないだろう。
日和見主義で自分の意見を言う事はまずない。
多数派に賛成するだけだ。
問題なのが虎と狼の獣人だ。
獣人の子供は親と同じ獣型で産まれるかどうかは定かではない。
里で暮らす獣人は全員が雑種と言ってもいいからだ。
虎や狼で産まれた獣人は自尊心が高く他者を見下す傾向にある。
ハイオークを差別する獣人と一緒で、自分たちが上位だと考えている。
猫の獣人から産まれた虎の獣人が猫の獣人を見下す。
そんな馬鹿みたいな事が平気で起きている。
今の虎や狼の里長は本当に面倒だ。
他の里長を見下しているし会議に参加する事も少ない。
主張したい事がある時に顔を出すだけだ。
だから、虎と狼の里長は獣人連合の会議の出席率も低かった。
虎の獣人がティーゲル。
狼の獣人がウルリヒ。
この2人が何を言い出すか注意が必要だ。
俺たちの責任だと言い出しかねない。
その場合は放置するしかないな。
「緊急で集まってもらって悪いな。重要案件だ。俺とハーラルトの里が神国シェリルに移住したが、移住に相応しくない獣人をお前たちの里に引き取ってもらった。しかし、移住できないのは不服だとして大勢で押し掛けて来やがった。万が一同じ行動をもう一度されると全ての里が滅ぼされる。全力で脅しを掛けておいてくれ」
「ドミニクが声を掛けていたな。殺されたのか?」
ティーゲルは知っていて止めなかったのか?
神国シェリルの力を知らない訳が無い。
里長なのに馬鹿過ぎるだろ。
「奇跡的に記憶を消されてどこかの島に飛ばされただけで済んでいる。次は無い。確実に獣人の里が滅ぼされる」
「ああ、間違いなく滅ぼされる。絶対に止めてくれ」
「おいおい、今度はドミニクの尻拭いじゃなくてお前たちの尻拭いをしろと言っているのか?」
里長はこんなに馬鹿だったのか…。
俺の立場が変わったから、そう感じるだけか?
「はっきり言って俺たちには関係ない話だ。獣人の里が滅ぼされないように忠告しに来ただけに過ぎない。何もしないならそれでいい。滅ぼされるだけだ」
「そういう事だ。今の俺たちは獣人の里とは無関係だからな」
「お前たちが好き勝手に選別して移住して俺たちが滅ぼされるのか?無茶苦茶だな。お前たち2人は獣人にとって最悪な行為をしているじゃないか。どうするつもりだ?」
「お前らは安全な場所で高見の見物か?いいご身分だな」
引き受けた時点でお前らの里の獣人だろうが。
こいつらは何を言ってるんだ?
「俺たちが好き勝手に移住したのはその通りだが、滅ぼされる原因を作るのは里にいる獣人だ。移住希望をしている獣人が徒党を組んで押し掛けて来なければ何も問題は起きない」
「お前たちが選別なんて甘い事をせずに殺してから移住すれば良かった話だろ?違うのか?」
それは受け入れるのを拒否して言う台詞だろ。
受け入れた後に言われても関係ないな。
「お前はハイオークを差別する獣人を皆殺しにしても文句は言わないんだな?お前の里にも移住希望がいたが、それを理由に殺しても文句は無いんだな?」
「移住を希望する時点で俺の里から出たいって事だ。別に困らねーよ」
「同じく俺も困らないね」
こいつらは未来予想ができないのか?
移住希望者を殺し続けるなんてできる訳が無いだろ。
「自分たちで殺せ。俺たちにとって獣人の里はどうでもいいんだよ。訳も分からず滅ぼされる事になったら可哀相だと思ったから話しに来たに過ぎない」
「その通りだな。好き勝手に移住した俺たちは獣人の里とは無関係だ。俺たちが尻拭いをする必要も無い。俺たちには無関係の獣人が殺されるだけだからな」
「選別して邪魔な獣人を押し付けた挙句に関係ないだと?完全にお前たちの責任じゃねーか。お前たちは望んだ環境で楽しく暮らして、俺たちは怯え続けるのか?ふざけるなよ!」
【ドンッ】
おいおい…。
里長が机に八つ当たりかよ。
労働力が増えると喜んでいたのはお前たちだ。
自分の発言を忘れているのか?
「喜んで受け入れたのはお前たちだ。お前たちの里の獣人が問題を起こしたら滅ぼされるだけだ。里の面倒は里長が見るべきだろ。お前たちが受け入れを拒否していたら別の手段を考えていた」
「そういう事だ。押し掛けて来たのはお前たちの里の獣人だ。受け入れた時点で俺たちは関係ない」
「お前たちが移住しなければ起きなかった問題だろ。無関係でいられると思うなよ」
獣人連合は余り役に立っていなかったようだな。
どこの里の獣人だろうが関係ないんだよ。
何故それが分からない?
「お前は馬鹿か?俺たちが移住していなくても獣人が問題を起こせば滅ぼされるんだよ。獣人連合の会議で散々説明しただろうが。ドミニクが声を掛けていたのを知っていて放置したのはお前だ。何故放置した?神国シェリルを甘く見ていたんだろ?」
「受け入れた獣人以外の奴が押し掛けるかもしれないぞ?里長として管理を徹底しろと言っているんだ。これから先、あの国に移住したがる獣人は確実に増える。俺たちは滅ぼされる前に避難したに過ぎない」
「お前たちは滅ぼされる前に逃げたって言いたいのか?俺たちは逃げ遅れたから精一杯生き延びろって事か?ただの臆病者じゃねーか。獣人が戦わずに逃げるなんて恥晒しもいいところだ」
「その通りだぜ。まさか里長にここまで臆病者が混ざっていたとはな。まあ逃げたみたいだから今は里長じゃないか」
すぐに頭に血が上って周りが見えなくなる。
冷静に観察していると本当に危ない種族だ。
ドミニクの話で襲撃をした俺も同じだったのかもしれないな。
シャーロット様と出会って変わったのかもしれない。
「馬鹿の巻き添えで死ぬのは御免だからな。俺たちは移住したから何て言われてもいいが、善意でわざわざ伝えに来てやったんだぞ。それをふいにするのか?神国シェリルに勝てると思っていないよな?そこまで馬鹿だとどうしようもないぞ」
「俺たちは千載一遇の機会を逃さなかっただけだ。お前たちは逃したに過ぎない。黙っていたら滅亡しそうだったから伝えに来たんだ。思った通り滅亡間近じゃねーか」
「ああ、良く分かった。里の獣人を管理すればいいんだろ。だが、お前たちは生きて帰れると思ってないよな?」
「黙っている2人は何を考えているんだ?お前らも移住を反対したんだろ?当然俺たち側だよな?」
黙っている2人はヴィーネ様の力を間近で見ている。
日和見主義だし最後まで何も言わないと思うぞ。
結末を静かに見届けるつもりなんだろうぜ。
「神国シェリルの住民である俺たちを殺すのか?里の滅亡が早まるな」
「選別して移住して良かったよ。必ずお前たちのような馬鹿が勘違いした行動をするからな」
「遺言はそれだけでいいのか?お前たちを殺したくらいであの国が動く訳が無いだろ。移住したばかりのお前たちを守る理由は何だ?脅しにもならねーよ。囲め!逃げられると思うなよ」
ティーゲルの大声の後、外から大勢の足音が近付いてきた。
建物が囲まれたようだな。
流石に逃げられないか…。
最初から俺たちを殺すつもりで里から連れて来たのか?
忠告をしに来て殺される事になるとはな。
里の獣人と神国シェリルの獣人は全然違う。
教育の大切さが良く分かるよ。
放置するのが正解だったか…。
「お前たちが馬鹿で本当に残念だ。せっかく忠告しに来たのによ。放置すれば良かったぜ」
「全くだな。里長までここまで馬鹿だとは思ってなかった。俺たちを殺した後の世界を楽しめるといいな」
ハーラルトも諦めたか。
ただで殺されてやるのも腹立たしいな。
里長だけでも殺すか?
曲刀を握ろうとした瞬間、目の前に突然銀髪が靡いた。
殺気に満ちた状況に場違いな無邪気な笑顔。
立場が違えば世界一恐ろしい笑顔だ。
「それは困るよ。母さんが悲しむからね。500年以上も殺人件数0件なんだよ?私が国長の時に殺人が起きたらまずいよ。ずっと聞いていたけど、受け入れた獣人の管理をこの2人の責任にするのはおかしいよね?ドミニクが押し掛けるのも知っていたみたいだし。とりあえず、半分くらい死ねば理解するのかな?初めて顔を見た里長が2人いるね。君たちの里が滅べば解決かな?」
九死に一生を得たな。
これ程の安心感を味わったのは初めてだ。
威勢が良かった馬鹿2人もヴィーネ様には何も言えないか。
「ヴィーネ様にお任せします。何も言う事はありません」
「同じくお任せします。殺されそうだったのですから庇う理由もありません」
「せっかく忠告しに来たのに殺そうとするのは酷いよね。殺そうとした2人は殺すとして、後は孤児がでないようにしないといけないから、独身皆殺しで解決にしよう。4人とも黙っちゃって、2人の声は聞いた事ないけど何か遺言はあるかな?」
自分が言った言葉をヴィーネ様に言われるのはきついだろうな。
同じ言葉なのに怖さが余りにも違う。
「あー。今回は警告だから殺さないで、だって。母さん、私が動くとすぐに探知で状況を把握するんだよ。ほんと心配性だよね?ハーラルトとアンゼルムは一緒に帰る?まだ話す?」
何度目になるんだろうか?
また獣人の里はシャーロット様に助けて頂いたな。
「少し話してから帰ります。ご迷惑をお掛けしました」
「ありがとうございました。シャーロット様にもお伝え下さい」
「はーい。みんな仲良くしてね。バイバイ。転移魔法」
「移住した俺たちを何と蔑んでも構わない。これが現実だ。シャーロット様は本当に優しい人だ。ただし、差別も奴隷も絶対に許さない。選別せずに移住していたらハイオークを差別している獣人は皆殺しになっていた。だから、選別して殺されないようにしたんだ。差別している獣人が余りにも目に付くようならハイオークを連れて獣人の里を回る可能性もある。シャーロット様の逆鱗に触れないように細心の注意を払っていたんだ。神国シェリルは世界の覇権国家だ。情報が広まれば移住希望者は増える。しかし、移住の条件が厳しいから簡単には移住できない。その時に大勢の獣人が押し掛けて移住を要求した場合、面倒な種族だと判断される。それが獣人の里が滅びる瞬間だ。俺たちの移住なんて関係ない。移住希望者は里にいらないと言っていたが、あの国の情報を得たら絶対に移住希望者になる。人の口に戸は立てられないぞ。移住希望者を殺し続けていたら内戦になるだろう。その時にお前たちがどうするかは好きにしてくれ」
「アンゼルムが言った通りだな。ヴィーネ様が推薦者になるのは奇跡的な状況だったんだ。あの国にはたくさんの種族が住んでいるが、獣人は既に住んでいるんだ。増やす理由はなかった。気紛れに近いと思う。しかし、俺たちからしてみれば千載一遇の機会だ。未来を考えれば逃す訳にはいかなかった。あの時の会議に参加していて移住申請を出さないのは馬鹿だし、会議に真面目に参加しないのも馬鹿だよ。お前たちは神国シェリルの情報をこれ以上知らない方がいい。苦しい思いをするだけだ。じゃあ帰るか」
「ま、待ってくれ。お前たちが推薦者になれば移住できるはずだ。俺の里を推薦してくれ」
最後まで黙っていると思ったが、今頃になって何を言い出すんだ。
ほんと馬鹿な犬だな。
「そんな規模の推薦ができるのはシャーロット様とヴィーネ様しかいない」
「それならば、シャーロット様かヴィーネ様にお願いしてくれ。獣人の里の移住を再検討して欲しい」
ドミニクは獣人の里の標準だったのか?
教育の大切さが身に染みるよ。
「自分でお願いすればいいだろ?推薦者には罰則もあるんだ。移住は厳しいと言ったばかりだぞ」
「俺もお前たちを殺そうとした側に見られているじゃないか。お前たちが誤解を解いてくれないと無理に決まっている」
「一部始終を見ていたヴィーネ様に誤解でしたと言うのか?感情が見えるヴィーネ様は全て分かっているんだぞ。一番誤解しない人に誤解でしたなんて言える訳がないだろ。自分が正しいと思うなら自分自身で訴えろ。記憶を覗かれて殺される覚悟があるならな」
ヴィーネ様の考えを俺たちが変えられる訳が無いだろ。
シャーロット様しか不可能なんだよ。
「もういいだろ。黙っていたお前たちが日和見主義なのは分かってる。移住の可能性があるとすれば獣人連合を立派な組織にして国としての付き合いができる状態までもっていく事だな。組織の中にハイオークが入っていればよりいいと思うぞ。俺が言えるのはこれくらいだ。十分過ぎる程話したし流石に帰らないとまずい」
「そうだな。十分に話した。俺たちの立場は何も変わってないんだ。何日も空けるのはまずい」
「なんだと!あの国は全員が平等じゃないのか?何故立場が変わっていないんだ」
この馬鹿犬は里長じゃなくなるのが嫌だから移住申請を出さなかったのか?
どちらにしろ、権力を気にしているようじゃ移住できねーよ。
「会議を真面目に聞いてなかったのか?所属する部族に対して命令や指示をするのは問題ないんだよ。里ごと移住したんだから何も変わらない。里長だと変だから族長に呼び名が変わったくらいだ。部下に指示を出してから全力で走ってここまで来たんだ。いつまでも空けてられないだろ?」
「あの国はお2人の独裁だとでも思っていたのか?命令された事なんて一度もないぞ。まあ、命令されれば従うけどな。本当に自由な国なんだ。獣人連合を組織したのに全く役に立っていなかったようだな。情報の大切さが身に染みたならこれから活かせばいい。全力で走って帰るか。風呂上がりに土地神りんご酒が飲みたい気分だ」
「間違いねー。殺されると覚悟したが助かったんだ。美味い酒が飲めそうだよ」
「ああ、包囲までされたら俺たちでは無理だからな。じゃあな」
ハーラルトと席を立って建物の外に出る。
そんなに俺たちを殺したかったのか…。
建物を囲んでいた獣人の多さに呆れるよ。
俺たちを殺す為に100人以上の獣人が武装してやがる。
「里の裏切り者として確実に殺したかったみたいだな。焦って忠告しに来たのが馬鹿みたいだ」
「ああ、この光景だけで獣人の里がどうでも良くなったよ。後から神国シェリルの情報を得て嫉妬でもされたか?考えるのも面倒だな。とっとと帰ろうぜ」
帰る為の全力疾走は悪くないな。
土地神りんご酒が待っていると思うと、自然と足が軽くなるぜ!
シャーロットに心配されて実は喜んでいるヴィーネちゃんでした。
里長は馬鹿な犬でしたが私は犬派です。




