閑話 ジェラルディーン 姉さん
姉を封印してからの5000年は本当に退屈だったわね。
竜王になり魔人を倒してはいたけど、それだけの日々だった。
シャルと初めて出会ってから私の生活が変わった。
100年に1度の勝負は本当に楽しみだった。
シャルは実験もするし色々と考えている。
姉に本当によく似ている。
姉の血が入っている影響なのかしら?
そのシャルが真祖になって力を全力で解放している。
探知していた訳では無い。
力を把握できる存在であるならば、どこにいても感じる事ができたはず。
そして、殺気を出し始めた。
本気の殺気だ。
私には何をしているのか分からない。
殺気を出しているのに相手がいないのだから。
私では把握できない相手と戦っているのだろうか?
不安と心配が同時に押し寄せて来る。
しかし、シャルがいるのはいつも実験している海の上空。
きっと理由があるに違いないと待つ事にした。
そして、シャルから念話が入った。
姉の殺戮衝動を止めたと言った。
急いでシャルの元に転移した。
話を聞くと納得できるものだった。
瘴気を利用している精霊かどうか断定はできないようだが、交渉は成立したみたい。
世界樹の精霊を知った事により精霊を疑ったのだと思う。
瘴気は地下世界に初めから満ちているものであり、世界樹と同じようなものだと考えられる。
そんな事は後から考えればいいわね。
気持ちを切り替えて姉の元に行く。
シャルは常に考えて行動する。
私が姉を封印した事を知っていたから、自分で解除するのは危険だと考えたのでしょう。
シャルなら封印を解除するのは簡単だと思うけど、危険を少しでも減らしたいのね。
本当に優しい娘なんだから。
封印を1つずつ丁寧に解除していく。
当然だけど罠もたくさん用意してあるのだから。
ここで私が失敗したら意味がない。
当時と変わらない姉の姿が見えてきたら流石に緊張してきた。
シャルの中で姉の行動はある程度把握できているのでしょう。
安心して見ているだけだった。
私は姉を殺す事ができた。
封印を重ねてきたのは殺したくなかったから。
私は姉に守られていた気がしていた。
何故かは分からないが、そう思っていた。
封印の解除が終わると姉は平然としていた。
殺戮衝動なんて微塵も感じない。
こんな日が来るなんて…。
私は感動していたのに姉に馬鹿にされた。
酷過ぎるわよ!
シャルは姉に馬鹿にされている私を見て喜んでいる。
腹が立ってきたわね!
お風呂に入って土地神りんご酒を飲んで寝たいわ!
今日はそういう日にしたい。
念話。
「今からシャルと姉さんを連れて社に行くから結界を開けておいて。お風呂に一緒に入りたいのよ」
「母さんの実験は上手くいったんだね。今回は特別だからね」
ヴィーネもシャルの気配を感じて不安だったみたいね。
社においてきたのは、精霊と戦う可能性も支配される可能性もあったからだと思う。
4人で一緒にお風呂に入って、一緒に寝れる日が来るとはね。
本当に夢みたいだわ。
次の楽しみはお祭りまで我慢しましょう。
シャルと出会ってから私の人生が楽しみで溢れているわ。
姉と一緒に竜の国に帰ってきた。
ここは本当につまらない場所ね。
2人になったし少し深い話をしようと思う。
「姉さんはいつから考えていたの?」
「卵の中で私の意識が目覚めてからだね。瘴気が私たち双子を侵蝕しようとしたから、ディーンに届かないように全て私が受け止めたよ。何者かの意志が感じられたけど、卵の中ではそれが精一杯だったからね」
そんな状態の時から私をかばっていたの?
既に勝てる気がしないわよ。
「父親を殺したのは理由があるの?」
「兄が弱いから産んだのに、双子だと分かった瞬間に私たちを殺そうとしたのよ。馬鹿だから力が2つに分かれて更に弱いドラゴンが産まれたとでも思ったのね。だから殺したのよ」
全然気付かなかったわ。
突然父親を殺した姉に恐怖しただけだったわね。
「魔人を殺し続けていたのも意味があるの?」
「殺戮衝動は相当にきつかったから。発散させる意味もあったけど、同時に真祖を探していたんだよ。魔人が減らないと新しい魔人が産まれにくいでしょ?魔人同士の殺し合いでは遅過ぎるし、殺戮衝動を我慢しながら待つのは流石に無理だと判断したよ」
やはり相当な殺戮衝動があったのね。
その状態でも考えて行動できる姉が凄過ぎるわ。
「シャルに血を与えて封印したのも意味があるのでしょ?」
「真祖だから血に抵抗できる可能性が一番高いし、他の魔人の血を飲ませてしまうと汚染された血が増えてしまう可能性があった。万が一の為にディーンが成長する時間も必要だったし、地上には瘴気が溢れていると思ったから引く時間も考える必要があった。当時の魔王を基準にして、真祖を地下世界で確実に守れる結界の効果時間の最長が5000年だったんだよ。それだけの時間があれば十分だと思ったからね」
産まれた瞬間から殺戮衝動に悩まされていた人が考える事なの?
姉ながら怖いわよ。
「地上に出ると言ったのは私に封印させる為だった訳ね」
「そうだよ。私たちが殺し合いをすれば確実に世界が滅ぶからね。ディーンは封印を選択すると考えた。まあ、その後に成長したディーンに殺されるかもしれないと思ったけどね」
「ほとんど計画通りなの?」
「そうでもないよ。シャルは相当賢いね。私の計画を完璧に把握していたよ。流石に瘴気を利用しているのが精霊だと目星を付けて脅すとは思わなかった。私は自分の命を諦めていたからね。原因を突き止めて広めて欲しかっただけだからさ」
やっぱりそうよね。
自分の命は諦めていると思ったわ。
姉を解放できたのはシャルが精霊を脅したから。
地下世界にいる精霊を地上にいながら脅迫するってとんでもないわね。
流石私の娘ね!
姉の娘になるのかしら?
母親が3人もいるなんてシャルも幸せね!
「真祖とはいえ瘴気から産まれているのによく抵抗できたわね。精霊は姉さんの血が入っていなくてもシャルに干渉する事ができたんじゃないの?」
「当時は確信が無かったけど、今は確信を持って無理だと言える。世界樹の精霊も一度に1本の木にしか入れないし、世界樹を植える事ができない。地下世界の精霊も瘴気で産まれただけでは干渉する事ができない。干渉する為には瘴気を利用して血を汚染しておく必要があるはずだよ。私を汚染して干渉し続けていた精霊は、私の後に産まれたシャルを汚染する時間は無かった。だから、私の血を経由してシャルに干渉したんだよ。私が血を与えた事で精霊はシャルに興味を持っただろうからね。精霊はシャルを更に汚染したかっただろうけど、私の結界が邪魔をして接触できなかった」
瘴気で産まれた魔人全てに干渉できるのであれば、精霊の能力としては破格過ぎるわね。
世界樹の精霊の能力を基準にしても、その辺りが妥当でしょう。
姉も確信を得る事ができない状態で賭けたのね。
賭けに失敗した場合も考えて私が成長する時間を作った。
結界もシャルの身を守り、疑いが強かった瘴気の接触を妨害した。
地下世界で産まれ、殺戮衝動に苦しみながら、ほぼ完璧の対応じゃない。
楽しみながら魔人を惨殺している中で、そんな事を考えているとは思わなかったわ。
当時は同格だから封印できたと思ったけど、かなり怪しいわね。
今の私でも姉に勝てる気がしないわ。
姉は私をかばった為に血の汚染が酷い。
シャルは原因を突き止めてもらう為に、汚染された血が体に入っている。
私だけ当事者なのに綺麗な血のまま。
申し訳ない気持ちになるわね。
「精霊が原因だとすると、汚染された血は綺麗にならないのね」
「そうだね。それが世界の理だから。でも、二度と干渉してこないから関係ないよ。シャルの脅迫は完璧だから。精霊も殺されると分かっているのに干渉しないよ。地上で感じる殺戮衝動から地下世界の精霊が原因だと突き止めているからね。人の事言えないけどあの子も大概おかしいよ。精霊を脅すとか普通はできないから。ヴィーネは世界最強でしょ?あの国と敵対した兄とドラゴンは馬鹿過ぎるよ」
「シャルなら精霊でも確実に殺すでしょう。ヴィーネもいるし問題が起きる事はまず無いわ。兄は馬鹿過ぎて駄目ね。ヴィーネに瞬殺されたわ。竜王に夢見てるドラゴンが多いのに驚くわよ。力のない竜王なんて意味が無いのに」
「ディーンが竜王になったのに5000年以上仕事をしていない結果だよね?頭が悪い竜王ばかりだからドラゴンが馬鹿なままなのよ」
あれれ?
矛先が突然私に向いたのは何故かしら?
「ドラゴンの馬鹿を直すのは無理だから姉さん代わってよ。もう竜王は疲れたの!」
「代わってもいいけど私の最初の仕事は妹の調教だよ?」
完全におかしいわ!
姉に調教されたら死ぬでしょ?
「最初に妹を殺そうとするとか、殺戮衝動が精神に影響を与えてしまったのね。姉さんは休んでて」
「それなら竜王はディーンに任せるわ。私はシャルとヴィーネと暮らすから頑張ってよ」
「おかしいじゃない!私がそうやって暮らしたいのを我慢しているのよ。気付いて言ったでしょ?」
「休んでてと言ったのはディーンだよ?この国では馬鹿が目障りで休めないわ」
「滅ぼしましょう!この国があると邪魔だわ」
「何を言っているのかな?シャルは500年かけてあの国を作ったのよ。ディーンも500年かけて同じような国を作りなさい」
「姉さん、それは絶対に無理だよ。私を見ると皆逃げるからね」
「そうなんだ。何で竜王を見ると地上の種族は逃げるの?初耳だわ。教えてくれない?」
しまった…。
完全に油断していたわ。
非常にまずい。
伝説の火吹きドラゴンだとばれたら調教される。
シャルから偽勇者の話を聞いたら更にきつく調教される。
世界樹を吹き飛ばしたのがばれたらどうなるのかしら?
考えたくもない状況になりそうだわ…。
終わったわね…。
私の人生は姉を封印して解いた所で役目を終えたのね。
当然説教です。




