閑話 クリスティーネ 孤児院
私はこの国に来るまで何も知りませんでした。
父である国王は母が死んだ後、私を籠の鳥の様に扱ったのです。
何も知らないままこの歳まで生きて来ました。
年齢は秘密ですよ…。
そして、自国が神国シェリルに戦争を仕掛けたのです。
愚かにも程があると思います。
私は孤児院のお風呂に浸かりながら、しみじみと思います。
この国に勝てるはずがありません。
トップ2人の力が桁違いなのは間違いないでしょうが、技術水準も違い過ぎます。
貴族がこの国に密入国などをしていたと言う事は情報があったのでしょう。
何故この国に勝てると思ったのか不思議でなりません。
私は争いが嫌いです。
戦争も奴隷も大嫌いです。
籠の鳥の王女はただの見世物です。
幼い頃からの友人であるエルネスタが近衛騎士だったのが心の救いでした。
そうでなければ、私は壊れていたと思います。
多くの人に見られながら、それでも孤独だった私はおかしくなりそうでしたから。
父は目の前で殺されましたが、本音を言えば悲しくありませんでした。
父として接してもらった記憶はありません。
母の面影を私に見ていただけでしょう。
王女から孤児院務めになりましたが、とても楽しいのです。
人と触れ合うのが本当に楽しいのです。
子供たちと触れ合うのも初めてでしたが、予想に反して礼儀正しいのです。
子供とはこんなに礼儀正しいものだったでしょうか?
この国の教育水準の高さにも驚かされます。
私はできない事ばかりです。
掃除、洗濯、料理、全部覚えなければいけません。
だけど、思っていたのとは違い苦ではありませんでした。
日々自分が成長しているのが楽しかった。
料理が作れるようになるのが楽しかった。
子供が喜んで食べてくれるのが嬉しかったのです。
孤児院がどういった施設なのかも知りませんでした。
ここには奴隷や孤児だった子しかいません。
つまり、辛い経験をしている被害者しかいないのです。
王国の奴隷だった子も孤児院に入りました。
今は子供同士すぐに打ち解けて仲良く学校に通っています。
素晴らしい環境だと思います。
こんなにたくさん子供を助けているのです。
王国では残忍な印象を受けたましたが、実際は違うのではないだろうか?
孤児院で働く仲間と話していて、その思いが強くなります。
この国は自分たちから他国を攻めた事は一度もないそうです。
侵略者から守り続けているだけなのです。
侵略者の国にいた被害者が孤児院にいるのです。
なんて慈悲深い行動なのでしょうか。
神様扱いされていますが、それだけの行動をしてきた結果なのだと思います。
王女の肩書が取れた今、皆が対等です。
王女だから敬われていたと思っていましたが、実際は蔑まれていた王国より余程いいです。
皆が私を見る目が違います。
直にエルネスタも同じ目で話し掛けてくれるでしょう。
孤児院は教師を兼任している人が多いです。
孤児院専任は4人だけ。
それなのに、自由時間は十分にあります。
給料まで貰えるそうです。
初日に服を買いに行きましたが、派手で重いドレスを着ているより着心地がいいです。
種類も豊富で給料を貰ったら服を買いに行こうと考えています。
食べ物も美味しいです。
土地神りんごと土地神りんご酒は格別です。
海の幸なんて、陸地で新鮮な魚を食べられるとは思いもしませんでした。
自由時間は何をしましょう?
皆は体を鍛えています。
理由を聞いたら孤児院を守る為だそうです。
自分の子供でも無いのに子供を守る為に体を鍛えるのです。
私に同じ事ができるでしょうか?
この国にはたくさんの種族が住んでいます。
精霊様や妖精まで本当に幅広いのです。
覚える事はたくさんありますが、自由過ぎる時間は迷ってしまいます。
閉じ込められていない時間の使い方を知らないからです。
まずは孤児院の仕事を一人前にできるようになろう。
その後、何ができるか考えればいい。
難しく考えるのは止めました。
それにしても、お風呂は素晴らしいですね。
温かいお湯に足を伸ばしてゆっくり入る。
なんて贅沢なのでしょう!
お風呂にはいつでも入れます。
それだけで贅沢に感じてしまいます。
王女だったのに、こんな贅沢は知りません。
エルネスタも驚いていました。
やはり、この国は発展しているのだと思います。
「おーい。クリスティーネ、また逆上せるよ。そろそろ出た方がいいよー」
「分かりました。余りにも気持ちがいいから物思いに耽ってしまうの」
クリスタから声を掛けられたので、そろそろ出ましょう。
孤児院は夜でも明るくできるし暗くもできます。
魔石というものを使っているみたいですが、どういった物か分かりません。
お風呂から出て体を拭いてから寝間着を着ます。
こんなに気持ちのいい寝間着はここにしかないでしょう。
この国は夜に女性が出歩いても安全だそうです。
私の知っている常識が何も当て嵌まりません。
それでいいと思ってしまいます。
籠の中で知っていた常識なんて捨ててしまえばいい。
自由に羽ばたける環境で知った知識の方が何倍も有益だと思います。
私は魔法を初めて見ました。
目の前で建物が大きくなるのは衝撃的でした。
私もいつか魔法が使えるようになるのでしょうか?
それもいいかもしれませんね。
仕事を全て覚えたら聞いてみましょう。
「クリスティーネ飲まないのー?」
またクリスタから声を掛けられましたね。
クリスタはこの国で3番目に強いらしいです。
凄過ぎて意味が分かりません。
見た目は同じ年代の女性ですから。
仕事を全部覚えたらクリスタに聞いてみましょう。
魔法の使い方を教えてくれるかもしれません。
「今行きます!」
「今日は土地神りんご酒だよー。給料が出るまでの特別だからね」
「分かっています。とても感謝していますよ」
「別に感謝はしなくていいよー。まだ給料貰ってないんだから気にしないで」
「本当にクリスタは気前が良くなったわね。前回のお祭りからおかしいわよ」
「絶対に何か隠しているわね。神剣といい神様に気軽に要求するから色々おかしいのよ」
「早くクリスタから神剣を奪わないといけません。孤児院に飾るべきです!」
「神剣って何ですか?そんな剣を持っているの?」
「凄いよー!見せてもらったら?」
神剣ですか…。
クリスタはそんな剣まで持っているのですか。
「クリスティーネとエルネスタは見た事が無いから見せてあげるよ。中立派の仲間だからね」
中立派とは何でしょう?
この国には派閥でもあるのでしょうか?
クリスタの言葉の意味は分かりませんが、剣を取りに行き戻って来ました。
「これがヴィーネ様に頂いた剣だよ」
「エルネスタ、私には想像も付きませんが途轍もない剣のような気がします。どうですか?」
「私でも想像が付きません。恐らく購入するのは不可能です」
「見る度に惚れ惚れしちゃうね」
「見る度に奪いたくなりますね。何故中立派が持っているのでしょうか?」
「その通りよ!早く孤児院に飾りましょう」
「そうね。他にも秘密がありそうだし、とりあえず叩きのめしましょう」
孤児院の皆はクリスタを叩きのめしたいようです。
「信者には無理だよー。クリスティーネもエルネスタも信者になったら駄目だよ。孤児院はシャーロット様とヴィーネ様の信者ばかりだからね。中立派は貴重なのよ。この剣は1億ギル以上だって。薪なんて剣を置くだけで切断できるからね。信者は私が持っているのが悔しいのよ。私が組手で負けたら孤児院に飾る事になっているんだけど、信者に負ける訳がないからね」
「とんでもない剣のようですね。中立派とはそういう意味でしたか」
「神様扱いされているので信者になるという事ですか?知らない事が多いので良く分かりません」
「知らない事は教えてあげるから心配しないで。中立派の言葉なんて聞かない方がいいわよ。この国でクリスタのような人は他にいないわ」
「神の御業を極めてなお中立派だと譲らない。完全に反抗期です!」
「焦っているのは分かっているのよ。怖いから仲間を増やそうとしているのね」
「クリスタは強いからね。あの強さは本物だよ。簡単には追い付けないね」
なるほど。
中立派のクリスタが神様から剣を頂いた。
信者はそれが許せない訳ですね。
しかし、クリスタは強過ぎて勝てない。
だから、自由時間は体を鍛えていると言う事でしょうか?
あれ…?
孤児院の子供たちを守る為に鍛えているのですよね?
強くなる事に損はありませんね!
深く考えるのは止めましょう。
まだ知らない事ばかりなのですから。
籠から出たら楽しみがいっぱいです。
中立派と信者の戦いも観戦できたら面白いかもしれません。
クリスタは仲間が増えてご機嫌です。




