閑話 エラ 憧れと現実
世界樹の側で暮らす。
妖精にとっては憧れの生活です。
その思いだけは妖精犬と妖精猫で変わる事はないでしょう。
エルフによる世界樹の独占は凄まじく、近付く事すらできませんでした。
独占は世界樹が焼かれるまで続きました。
妖精犬と妖精猫が共に暮らす事になった経緯は分かりません。
他種族と会話ができない私たちの仲介役になるとでも言われたのかもしれません。
しかし、共に暮らす事になった時点で妖精犬は奴隷でした。
妖精犬の階級社会は妖精猫に強要されたものです。
女王だけが子供を産む事になったのも妖精猫に強要されたものです。
妖精犬の人数を管理し、反乱を起こせないようにしたのです。
女王が産める子供の数は妖精猫の女王からの命令により決まっていました。
破った女王は殺されます。
私たちは妖精でありながら話す事もできないただの犬でした。
魔法が使える妖精猫に勝つ事は不可能です。
反乱を試みた女王もいましたが殺されました。
長い歴史の中で反抗心も薄れて行きました。
従うのが当たり前になったのです。
世界樹が焼かれた時も一緒に逃げました。
そして、森の奥深くに隠れ住むようになったのです。
私たちは妖精猫の集落を守る為に利用されました。
魔獣の犠牲になった同族も数多いです。
いつしか私は妖精犬の女王になっていました。
その為、妖精猫の女王、メヒティルデと共にいる事が多かったです。
メヒティルデは世界樹の精霊様が薬を売っている国があるという情報を知りました。
嘘のような情報でしたが、世界樹への憧れには勝てなかったのでしょう。
妖精犬に情報を集めるように指示を出しました。
その国はシェリル国だとすぐに分かりました。
移住の条件に住民の推薦が必須だと知ると、獣人の里と付き合い始めました。
獣人の里が連携を強化して獣人連合を組織した時にも加入しました。
移住の為に推薦させるのが目的でしょう。
森の奥深くに住む妖精には不可能な条件でしたからね。
ですが、獣人連合は推薦に難色を示し続けていました。
魅力的ですが恐ろしい国だったからです。
接触した国は全て滅ぼされているのです。
そして、森の奥深くにいても分かる巨大な世界樹が視界に入ったのです。
メヒティルデの瞳に世界樹が映ったのです。
獣人連合から散々注意されていたにも関わらず、相手国を侮りました。
結果、殺される訳になるのですが、あとを継いだベティーナは何も知りませんでした。
死の恐怖の中で最低限の情報を知り、世界樹を選びました。
慎重に情報を集めてから行動しても問題はなかったのです。
妖精猫の女王の判断としては間違いだったのかもしれません。
結果、仲間を全て失いました。
精霊様に会いに行く時に話していて感じました。
妖精猫の中で彼女は変わり者だったのです。
彼女の中では、妖精猫は考えを改めると考えていたのかもしれません。
ですが、シャーロット様はとても優しい方でした。
このような優しい方が滅ぼす国とは一体どれ程酷いのかと思いましたね。
ベティーナがしっかりしていれば妖精猫は安泰でしょう。
憧れの世界樹の側で暮らす事ができ、精霊様と話す事もできるのです。
同族はこれから彼女が増やしていけばいいのです。
私は自分の無知を恥じるばかりです。
女王として、妖精として、本当に未熟者だと痛感させられました。
私は全ての妖精犬に命令しました。
「学校で学ぶ事に対して手を抜く事は許しません。そして、自分たちが奴隷のように扱われていたからと言ってベティーナ、妖精猫を差別する事も許しません。誰かを差別をした瞬間に国外に飛ばされ記憶を消されますから気を付けなさい」
シャーロット様から妖精犬全員に魔石の付いた首輪を頂きました。
学校で友達を作るのに話ができないのはとても不便だからと。
エルダードワーフに作ってもらった首輪に、シャーロット様が個別に魔法を入れたものです。
お金の事は良く分かりませんが、魔石の付いた首輪が100個です。
相当な値段になるはずです。
必ず何かでお返ししなければいけませんね!
授業で秘儀である身体強化を習いました。
初歩らしいのですが、とんでもなく強くなるのです。
勘違いしたら飛ばすとはこういう事なのですね!
首飾りから首輪にした理由は鬼ごっこの時に危ないからだと言っていました。
話では強い子供たちだと聞いていましたが、鬼ごっこで妖精犬と勝負するのは流石に私たちが有利過ぎると思いました。
身体強化を使ってもいい鬼ごっこだったので尚更です。
勘違いしたら飛ばすという事が良く分かりました。
子供たちの足の方が身体強化を習った妖精犬より速いのです。
身体強化を極めていくとこんな事が可能になるのかと驚く事ばかりでした。
人間だとは思えない運動能力なのです。
木の枝から枝に飛び移りますからね。
それでも、まだまだ大した事がないと子供たちは言います。
シャーロット様とヴィーネ様は、この子供たち全員を相手に鬼ごっこで逃げ切るのです。
あの時のドリュアス様との会話がやっと分かりました。
妖精猫と妖精犬まで増えたら、シャーロット様も流石に厳しいでしょうという話だったのですね。
シャーロット様はそれでも余裕な感じでしたから、本当に余裕なのでしょう。
あの方は底が知れませんからね!
ベティーナも一緒に鬼ごっこに参加していましたが、乾いた笑いをしていました。
気持ちはとても良く分かります。
手も足も出ないとはこの事です。
無知だった私たちは勉強を始めたばかりです。
簡単に子供たちのように動けるはずがないのです。
勘違いする事は無いでしょう。
自己研鑽できる今の環境が嬉しくて仕方がありません。
ベティーナも同族も同じ思いのはずです。
憧れの世界樹の側で自己研鑽して自分を高めるのです。
最高の環境です。
そして、全力鬼ごっこという絶望を知る事になるのです。
身体強化の基礎をほとんど覚えた辺りでその日は訪れました。
「今日は全力鬼ごっこだよ!妖精猫と妖精犬も、よちよち歩きができるようになった頃だよね。あはははは」
「母さん本当に止めてよ!皆そんなことしなくても真剣にやるよ。私が恥ずかしいだけだよ…」
頬を赤く染めて恥ずかしがるヴィーネ様が普通の女の子に見えますね。
獣人連合の会議の時とは全く違う表情です。
「さあ、始めようか。ルールはいつも通り。私たちを捕まえたら1週間お菓子食べ放題だー!」
「皆、聞き飽きてるよ。いいから早く逃げようよ」
そう言って走って行く2人の速度が理解不能です。
私はよく話をする男の子に声を掛けました。
「走る速さが桁違いだと思いますが、あれで身体強化のみなのですか?」
「そうですよ。シャーロット様もヴィーネ様も全力鬼ごっこの日は人間と同じ程度の魔力量まで魔力を抜いてくるのです。あの速度で走れて初めて身体強化を極めたと言えるのかもしれませんね」
鬼ごっこの為に魔力を抜いてくるのですか!
しかも、逃げる姿だけで桁違いの実力だと分かります。
「身体強化を極めたと言える程に使いこなせる人はこの国にいるのですか?」
「クリスタ先生だけですね。他はまだ誰も到達していません」
えーー!
普通の人間の女性にしか見えない先生が極めているのですか。
「やはり極秘扱いなのですよね?」
「はい。自分で気付けないと意味が無いと言われています。それには、みんな納得しています。だから、毎日鬼ごっこで練習しているのです」
ちょっと待って下さい!
鬼ごっこで練習をしている?
普段の鬼ごっこは本気ではないのでは…。
いつも作戦を指揮している人間の男の子が私たちに話し掛けて来ました。
「妖精猫と妖精犬は全力鬼ごっこがどういうものか、体感して下さい。いつもの鬼ごっことは全く違うので、お2人を見つけたら追い駆ける事に専念して下さい」
「分かりました!」
「はい。頑張ります!」
私とベティーナの返事を聞いてから作戦会議が始まりました。
聞いていても付いて行けそうもありませんね。
鬼ごっこの中にかなりの駆け引きが存在する事が分かります。
そして、100秒後に始まった全力鬼ごっこ。
子供たちの動きが普段と違い過ぎます。
走る速さがまず違うではありませんか。
普段は今日の為の練習なのですね。
子供たちは目標を捕捉しているような動きですね。
私には全く分かりませんでした。
付いて行く事もできません。
初の全力鬼ごっこは、お2人の姿を見る事なく終わりを迎えました。
「あはははは。ドリュアス、これが現実だよ!世界樹を国の中に入れたのは判断ミスだったようだね」
「くっ!世界樹を利用されて負けるなんて…。私の目の前で世界樹を躊躇いなく足蹴にする存在がこの星にいたのが盲点だったよ」
「巨大な世界樹があれば走っているだけで負けなかったね。今日は何の秘策も必要なかったよ」
流石規格外ですね!
ドリュアス様の目の前で世界樹を足蹴にしていたのですか。
ベティーナは唖然としていますね。
私も驚きましたが、ドリュアス様は鬼ごっこに負けた事が悔しいだけのようです。
2人は笑顔で帰って行きました。
シャーロット様の高笑いが響いていましたけど。
子供たちは次の鬼ごっこの為の反省会をしています。
素朴な疑問が生まれました。
さっきの子にまた質問をします。
「身体強化をすると魔力は消費しますよね。お2人に体力は関係ないとしても、何故最後まで全力で身体強化が可能なのですか?」
「お2人は自然界の魔力を手から吸収する事ができます。物凄い高等技術ですが練習すれば誰でもできる技術ですよ」
普通にとんでもない事を言っていますよ!
目に見えるようになった自然界の魔力を吸収して自分のものにするのですか。
意味が分かりません。
本当によちよち歩きだったようです。
私たちは余りにも実力不足なのですね。
最初に体感して下さいと言われた意味を痛感しています。
身体強化の練習に終わりはなさそうです。
毎日遊んでいた鬼ごっこにも意味があった事にとても驚いています。
憧れの世界樹の側で毎日楽しく過ごせる日々が訪れるとは思ってもいませんでした!
鬼ごっこの深淵って何ですか? byクリスタ




