閑話 ユリウス 悪夢からの奇跡
あの日は今も忘れられない。
海底から現れた魚人は笑顔で話し掛けてきた。
セイレーンはまったく警戒していなかった。
できなかった!
同じ海に住むの仲間だ。
自分たちを害してくるとは思わなかった。
そして、大量の仲間が一斉に捕まった。
泳ぐのが得意でも、水中で呼吸はできない。
話しに集まっていたセイレーンは海底から現れた魚人に網で囚われた。
意味が分からなかった。
しかし、目的だけは分かった。
多くの人間や獣人が沖に集まり始めたから。
捕まえた仲間たちを売るつもりだ。
何故こんな事をする!
何がしたくてこんな事をしたんだ!
怒りで気が狂いそうになるが飛び掛かっても勝ち目はない。
私たちは残った仲間で隠れるように生きるしかなかった。
人間や獣人は私たちを利用して何がしたいのだろうか?
歌が聞きたいのだろうか?
それとも、羽が欲しいのだろうか?
目的は分からなかった。
誰も助けてくれる訳がない。
助けてくれる人の当てもない。
私たちは隠れて住みながら、時が過ぎるのを待つしかなかった。
セイレーンに男はいない。
単体で産卵し産まれるのは女の子のみだ。
そして、産まれた子は種族全体で守る。
新しく1人産まれたこの子だけが希望だった。
14人から1人増えたのだから。
しかし、この生活は神経をすり減らす。
何故なら魚人がいつ襲ってくるか分からなかったから。
海底に潜まれながら探されると手の施しようがない。
見付からないように生きるしかなかった。
そして、産まれて少し泳げるようになった子供が吸血鬼と古代種ドラゴンを連れて来た。
ポセイドンが助けてくれるから信じて欲しいという。
2人の組み合わせはよく分からないが、絶対に勝てない事だけは分かった。
魚人なんて可愛いと思えるような、私では計りしれない強さだと感じた。
隠れている仲間の存在も把握されているようだ。
逃げようがないと思い信じる事にした。
記憶を覗き生きている仲間だけ呼び出してくれると言った。
その時、吸血鬼の女の子が変わった。
存在感がまるで違う。
本当に吸血鬼なの?
余りにも恐ろしい雰囲気に、喉がひりひりと渇く。
しかし、実際に仲間を呼び出して回復までしてくれた。
10人も呼んでくれたんだ。
倍に増えたようなものだ。
やっと、素直に信じる事ができた。
しかし、呼び出してくれた女の子は謝ってきた。
救いに来たのが遅かったと悲しそうだった。
私たちは、そんな事はないという言葉しか言えなかった。
だって、誰かに救ってもらえると思っていなかったから。
そして、安全な場所に連れて行ってくれると言って、転移をしたのだと思う。
突然海中に移動した私たちは混乱し、慌てふためいた。
そこで、体が動かなくなった。
自然と上昇していく。
空気が吸える場所まで移動させてくれたみたいだ。
泳ぎが自慢の私たちが溺れるとは思わなかったのだろう。
呼吸ができるが、ここは海底なの?
とんでもない場所だと言う事は分かった。
もうすぐポセイドンが顔を出すと言う女の子。
ここはポセイドンの国なの?
実際にポセイドンはお城から顔を出した。
そして私たちに謝った。
魚人を殺し損ねたと。
空気が溜まる間待つという意味の分からない状況で、ポセイドン様と会話をした。
「あの。ここは海底で、ポセイドン様が作ったのですか?」
「違うぞ。あの2人じゃ。規格外の強さと想像力じゃな。儂では思い付きもせん。実は人魚も全員攫われていたのじゃが救って頂いた。本当に恩人じゃ。信じて大丈夫じゃぞ」
魚人は何がしたいの?
人魚まで攫ったなんて。
今までポセイドン様に守ってもらっていたでしょうに。
「アムピトリーテー様もいないようですが、何かあったのですか?」
「ああ、お2人の国でお店をしとるんじゃ。娘たちは魔法の勉強をさせてもらっておる。皆も連れて行ってくれるはずじゃ。儂は、妻と娘から話を聞いたが物凄い国じゃぞ。様々な友好的な種族が暮らしておる。人間や獣人もおるが安心していい。お2人の国で悪さをするような者はいないそうじゃ。妻が娘たちに怒るほど毎日遊んでおるようじゃ。人魚が地上で人間たちと遊ぶなど想像もできんな。わはははは」
ポセイドン様はご機嫌だ。
物凄い方に助けて頂けたのかもしれない。
ポセイドン様が敬意を払っている。
「お2人の事を知っているのですか?」
「知っておるよ。ジェラルディーン様の娘のようなものじゃな。ここには、人魚とお2人とジェラルディーン様しか通れない結界が張ってあるくらいじゃ。仲もいいのじゃろうな。ジェラルディーン様くらいしか破れない結界のようじゃ。間違いなく安全な場所じゃぞ。もし、魚人が攻めて来ても全く問題にならないから心配しなくてもいい。それに、攻めて来たら儂が1人残らず殺そう。もう仲間だとは思わんよ」
ジェラルディーン。
厄災のドラゴン。
とんでもない大物の名前が出てきて驚いた。
お2人を見ていると本人も気さくな方で、呼び名がおかしいのではと感じた。
「呼んでおるぞ。国を見てくるといい。儂も半年に一度は遊びに行く事にしたからな」
「はい。実際に見て来ます」
お2人の作ったゲートを通ると海水の中だった。
アムピトリーテー様が横にいた。
これがお店かな?
お店から出て周りを見渡すと凄い。
これだけの種族が笑顔で暮らしている。
お2人が作った環境だという事は、絶大な信頼があるという証拠だ。
心の底から安心した。
同時に不安もあった。
私たちには売れるものが無かったから。
気にし過ぎているだけなのか、どっちでもいいという感じで国を案内してもらった。
学校という場所はとんでもない事が分かった。
まず、子供の数が物凄く多い。
教えてくれている内容を聞いても理解できない。
吸血鬼の女の子、シャーロット様が考えた事をを教えているらしい。
それならば、とんでもない事を教えてもらえると思った。
子供を勉強させてみたいと思った。
私たちが悩んでいる事を感じていたのだろう。
学校で歌の教師をしないか誘われた。
子供たちに歌を教えるだけなら安心してできると思う。
まだ、恐怖心が抜けていないから。
そして、マリアンネという女性を紹介してもらい教師の説明を受けた。
毎日教える必要は無いと言う。
給料として月に一度お金を貰えるみたいだ。
私たちはお金を知らない。
お金の使い方は後から知って行けばいいと思い余り考えないようにした。
皆の所に戻ると果物を食べていた。
私の分も用意してくれていた。
食べた瞬間に思った。
美味し過ぎる。
何これ?
こんな食べ物があったの?
この国の食べ物はこんなにおいしいの?
1個200ギルと聞いた。
私の貰えるお金は10万ギルだった。
えっと…。
この果物を何個買えるのかしら?
こんな大きな数を数えた事が無いから分からない。
でも、物凄く大量に買える気がした。
アムピトリーテー様がお店をしてお金を稼いでいる理由が良く分かった。
きっと、何か欲しい物があるのでしょう。
そして、仲間たちもお金を稼ぎたいと考えたみたい。
シャーロット様は皆が働く場所を紹介してくれた。
ただ、陸上でその格好は良くないと言う事で、まずは海水を洗い流す事になった。
アムピトリーテー様のお店の裏に水が出る場所があった。
何故こんな簡単な事で水が出るのか意味が分からなかった。
みんな海水を洗い流し布で水を拭いてお店に行った。
服と靴、好きな物を買ってと言われた。
分からないけど種類が凄くある。
お店のおばさんに教えてもらいながら選んだ。
働く時と学校はその格好で、という事らしい。
確かに陸上で私たちの格好は目立っていたから。
シャーロット様がお店のおばさんに25万ギル手渡していた。
私の給料2回と半分だ。
25人分の服と靴だから、それくらいの値段になったのだろう。
感謝するしかなかった。
そして、夕暮れになるまで待って薬の作り方を教えてもらい、日替わりでお店のお手伝いをする事になった。
海に戻った後に洞窟まで作ってもらえた。
もう、何でもありなんですね。
お2人が帰った後とんでもない人が来た。
雰囲気で分かる。
結界に入れると言っていたから、この人がジェラルディーン様だ。
実際はアムピトリーテー様と楽しそうに話して帰っていった。
やはり、厄災のドラゴンだとは思えなかった。
その後、アムピトリーテー様と話をした。
「何か欲しい物があるのですか?アムピトリーテー様がお店をするなんて不思議な気分です」
「物凄く美味しいお酒があるのよ。あとは娘たちのお小遣いね。お店もやってみると結構楽しいし、私に不満はないのよ」
「そのお酒はいくらするのですか?」
「1万ギル。さっき果物を食べていたでしょ?それが50個買える値段よ。でも、飲まない方がいいわ。絶対に欲しくなるから。美味し過ぎて、それ以外は別にいらなく感じてしまう程の味なのよ」
「あの果物もとんでもなく美味しかったですが、それよりもですか。怖くなってしまいますね」
「私たち夫婦はまんまと嵌められたのよ。一番美味しい物をお土産に持って来て、お店をしないか誘われたのよ?するしかないと思ったもの。あの味を知ってしまったら必ず欲しくなる。相手も分かっていてお土産に持って来たのでしょう。可愛い顔してなかなかの策士ね。まあ、救ってもらった恩があるから大抵の事はしようと思っていたけどね。本当に凄い環境になったわね。海底に砂浜を用意するとか、おかしいわ。別次元の力ね。夫は魚人を殺すつもりでいるけど必要ないでしょう。もし攻めてきたら、あの2人が殲滅してくれるわ。国では神様扱いされているの。納得の力よ。ジェラルディーン様より強いのよ。本人が言っていたからね。女の子2人が最強の竜王より強いとかおかしすぎるわよ。笑ってしまうわ」
「では、本当に安心して暮らせるのですね。やっと、怯える事なく隠れる事なく過ごせるのですね」
「ええ。間違いないから安心して大丈夫よ。娘たちもどんどん強くなってるわ。それも、異常な早さでね。夫を超えるのも時間の問題でしょう。ですから、魚人が来ても娘たちに殺されるわ。学校はそれ程の事を教えてもらえるのよ。大人には秘密らしいわよ。知りたいならシャーロット様にお願いしてって言われたの。一度お願いしてもいいかも知れないわね。恐怖も薄らぐでしょうし、きっと物凄く強くなれるわ」
「そうですね。お願いしてみます。少しでも安心したいのです」
「じゃあ、私も一緒に聞かせてもらおうかしら。やっぱり気になるものね」
私たちは本当に救われたんだ。
国では神様扱いされているのですね。
私たちも神様扱いをしないといけませんね。
策士ではありません。お土産です。




