いっしょにどぼん (ママ向け童話)
いっしょにどぼん (ママ向け童話)
「ねえパパ、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。ミーちゃんのお喋りが遅いってことだろ?」
「遅いってまではいかないと思うんだけど。ミーちゃんの友達のコウタンは、しっかりとハキハキ喋るのよ」
出た。
土曜日の朝はいつもこう。
なぜならその前日、金曜日の午後にはミーちゃんが通っているリトミック教室があるからだ。親子で参加の教室で、彩夏はいつも子育てに関する有益な情報と同時に、不安要素を仕入れてくる。
「けど、生まれた月だって違うんだし、他の子と比べたら可哀想だよ。ミーちゃんはマイペースなんだよ。俺は大丈夫だと思う」
ミーちゃんは予定日よりずっと早く生まれてきそうになり、もうすぐ生まれそうだって日には、俺も慌てて仕事を切り上げて、病院へと走った。
帝王切開。もちろん低体重。そのまま新生児集中治療室に入った。
だからさ。そりゃ小さく生まれたんだから成長だってのんびりなはずなんだよ。
彩夏には、何度もそう説明してきたのだが、俺の意見に納得できずにいる。
「大丈夫って……そんな呑気に構えてて良いの? まだ赤ちゃん言葉が抜けてないの、ミーちゃんとハルくんだけなんだよ」
「子どもにだって、それぞれ個性があるし、成長だってまちまちなんだからさ」
もう何度。こう言ってきたか。
歯が生えるのが遅い、おすわりがグラグラする、つかまり立ちをしてもつま先立ちになってしまう、はいはいがカエル跳びみたいになる、そんな心配ばかりする。
そりゃあ、心配するの、わかるよ。大切な娘なんだからさ。
でも、歯だって徐々に生え揃ってきてるんだし、おすわりがグラグラしたってマットの上だからひっくり返っても平気だし、つま先立ちになったってバレリーナみたいな後ろ姿でオシリフリフリしてて可愛いし、カエル跳びだってなんだって可愛いんだからいいじゃない。
だからさ。
「大丈夫だよ。それに親として、見守ってやるのも大切なんじゃないかな」
結局、そう言ってしまう。
すると彩夏はいつも、「パパは大丈夫大丈夫って、そればっかり。ミーちゃんのこと、心配にならないの?」
それでこう。
「パパは、ミーちゃんのこと、ちゃんと見てない‼︎ 」
俺はもう、その言葉でいつもムカッときてしまう。娘のこと、気にしない親がどこにいるんだよ。俺だって、ミーちゃんのこと、彩夏と同じくらい愛しているんだぞ。
「神経質になるなよ。そんなに他の子と比べて帰ってくるんだったら、リトミックなんてやめちまえよ」
その一言で、彩夏はむっと口を噤んで、そしてキッチンに引きこもった。
もうそろそろ、ミーちゃんが起きてくる頃だ。俺は、その場で立っているのもバツが悪くなり、リビングの隣の和室へと入ると、敷いてあった布団をかぶった。
そこから、そろっと手を伸ばし、タブレットを引き寄せる。
もう今日はふて寝だ。朝メシなんか、いらんからな‼︎
最初はタブレットのニュースを見ていたけれど、彩夏の言っていた言葉を思い出し。
腹は立っていたけれど、検索窓にぽちぽちとワードを入力した。
「子ども 言葉 遅れ」
それから俺は、布団を頭までかぶると、画面をスクロールしていった。
ミーちゃんが起きてきてから、ミーちゃんと彩夏は二人で朝食をとると、彩夏はさっさと買い物に出てしまった。
(これ見よがしに買い物なんて行くなよな)
けれど、窓の外では風がびゅうびゅう音を立てているし、お向かいさんちの柴犬が、クウンクウンと切なげな声を上げているし、なにより彩夏は冬が苦手なのに。
なんで、こんな寒い日に、わざわざ大型冷凍庫みたいなスーパーに行くんかね。
そこで、「パパっ‼︎ おそと、さむいよっっ」と、ミーちゃんに突撃された。
俺は、おわっとタブレットをパタンと畳の上に放り投げる。
「いててミーちゃん、重いってえー」
「パパー、ママさむいさむいよ」
ふと、見ると。
ミーちゃんがくつ下を脱ぎ始めている。
そして、脱いだくつ下を両手に掴んで、だだだーっとコタツの中へ。もぞもぞと入っていくミーちゃんのおしり。そして、小さな小さな裸足の足の裏。
確かに、そうだ。足だってまだ、こんなにも小さいんだ。彩夏が心配するのは、無理もない。
「よいしょっと」
俺は布団から這い出して、コタツの中へと入っていくと、ミーちゃんが俺の顔を裸足の足で挟んでくる。
「うわっぷ」
頬に、ミーちゃんの小さな足裏の、冷えた感触。
「なんだよー、冷たいじゃないかあ」
娘の足も冷えていて。
買い物に行った彩夏もきっと、冷えきって帰ってくる。
「よーいしょっと」
俺はコタツから出ると、風呂場を掃除してから、お風呂のお湯を沸かすスイッチを入れた。
仲直りすると、彩夏がいつも、頬を擦り寄せてくるからな。
寒いほっぺで抱きつかれるのは、勘弁だからな。
俺は、遠くでジャジャジャアという勢いのある水音を聞きながら、コタツへと戻って、足を突っ込んだ。
「パパあ、足ぃ、クチャイクチャイよ」
ミーちゃんがそう言いながら、俺の足に噛みついてくる。
「こらあっ、ミーちゃんヤメロよおぉ」
うわああ汚ねえ痛えと思いながら、足を引っ込めて、布団へと退散。
はいはい、わかりましたよ。
彩夏とミーちゃんがあったまったころ。
俺もお風呂に入ろかな。
足の指にはミーちゃんのヨダレがべっとべと。
「こりゃ、いっしょにお風呂にどぼん、だな」
でもまあ、それまでは。
拗ねたフリでも続けようか。
✳︎✳︎✳︎
秋の桜子さま作