あの日の君達が嫌いだ
あの日の痛い思い出が思い出されたので…何となく誰かに聞いて欲しくて書いてみました。
とても私が(物理的に)痛い話。
突然の激痛に悶え苦しむ私の瞳には思わず痛みで涙が滲んだ。
滲む視界の先、私の目の前を彼等はそんな私の事を心配する事もなく颯爽と通り過ぎてゆく。
この現状を作り出したであろう、彼等のその態度に私は憤りを覚えた。普段の彼等はとても可愛く、愛おしい存在だが今この時だけは憎たらしくて仕方がなかった。
あれから最早数年が経つというのに、既に完治したはずの傷は忘れた頃に痛みを訴えてくる。
私は今でも梅雨明けの蒸し暑い日が来てあの時の傷がズキズキと傷むとその度にあの日、あの時己に降りかかった悲劇を思い起こすのだった。
※※※※※※
あれは忘れもしない夏のある日のこと。
当時私はまだ中学生だった。
夏休みも近づいた蒸し暑いあの日、学校から帰ってきた私は体を冷ますため、すぐ様クーラーの効いた部屋へと駆け込んだ。
ドアを開けた瞬間ひんやりとした風が私の体を包み込み夏の暑さで火照った体を程よく冷やしてくれた。
「はぁ…涼しい…」
更なる癒しを求め、夏の相棒アイス様の元へ台所へ足を向けた。
「…あれ?鍋出しっぱじゃん」
朝見た時にはなかった筈のものがそこにあった。
大方、母が今日の夕飯にでもする為、仕事前に何かを作りそのまま置いて行ってしまったのだろう。
クーラーが効き部屋は涼しいとはいえ、夏に食べ物を出しっぱなしは良くないのでは?あと、単純に中身が気になり私はなんの疑いもなくそれに近づいた。
あの時、もっと周りをよく見ていればあんな悲劇は起こらなかったかもしれないというのに…
それが、私にとって最大の過ちだった。
台所の前には少し毛足の長めのマットがひいてある。
それは羊の形をした可愛らしいものだった。しかし、それはあの瞬間可愛らしい羊から悪魔へと姿を変えた。
「…っーーー!!!」
そこに足をつけたその瞬間、激痛が走った。
あまりの痛さに声も出ない。
咄嗟にしゃがみこみ足を抑える。
自分に何が起こったのか訳が分からなかった。
え、なになになに?!!何が起こったの?!
てか、いったぁぁぁぁぁ!!!!!
その時、目の前をスイっと黒い影が過った。
痛みで滲んだ瞳でそれに視線をやると…猫がいた。それも2匹。
1匹は満月のように美しい黄金色の瞳を持ち、黒曜石のような美しい毛並みのほっそりとした真っ黒な猫。
もう1匹は翡翠のこれまた綺麗な瞳に地は白だが黒に近い灰がかった毛並みを持つ少し太った猫がいた。
彼等は私の家で飼っている大事な猫達だ。
しかし、家族が皆学校や仕事で家に誰もいない時は基本的に猫用の大きなゲージに入っている筈の彼らが何故寄りにもよって台所にいるのか…。
もしかしなくとも最後に家を出たであろう母が入れ忘れたのか、もしくは鍵がちゃんとしまっておらず自分たちで勝手に出てきてしまったのか…理由は定かではないが、事実彼等はそこにいた。
未だ痛みで蹲る私を「何やってんだこいつ?」と言うような視線を向けたと思うとすぐに「あっ!やべ!」というようにサッと身を翻し台所から去っていった。
…いや、あれは逃げたな。
もしかしなくとも、確実に。彼等は台所で何かをしていた。
そしておそらく、いや絶対に奴らの狙いはあの鍋だったのだろう
まぁ、そんなことは今はどうでもいい。
痛む足をそっと伺う。
絶対にこれ血が出てる…最悪だ。
だが、予想に反し血は出ていなかった。
ただ右足の土踏まずの所に1つの穴が空いているだけだった。
え…こんな痛いのに血出ないの?
気のせい…なわけないじゃん!今も超痛いよ!てか穴空いてる?!
私は先程足をつけた羊型の可愛らしいマット…いや、悪魔のマットへと視線をやった。
するとそこには無数の白く細長い骨が転がっていた。
「…骨?」
見た感じ、魚の骨だった。
しかもどれも結構太い…
え、まさかこれ踏んだの?
骨?魚の骨踏んだの?
てかなんでこんなとこ、に…まさか…
そしてはっと気づいた。
台所にいる筈のない猫…出しっぱなしの鍋…
鍋の中身はなんだ…?
痛みに耐え何とか立ち上がり鍋に視線をやると…案の定蓋がズレていた。
「あーあー…やっぱりあいつら、中身漁ったな。くそっ!」
鍋の周りには茶色い汁が零れていた。
「てかなんで出しっぱなしで行くかな…っ!、せめてどっちか片していけばいいのに…」
涙を拭い、イライラしながらも中身を覗き込むと
…とても美味しそうなブリ大根が姿を現した。
「…これ、あいつら超喜んで食ったろ」
容易にその姿が想像出来てしまった。
さぞかしこのブリ大根は美味しかったことだろうよ!
だって、私これ大好きだもん!美味しいよね!知ってる!
そして慌てて逃げ出した彼等は、私にこのことで確実に怒られるとわかった為すぐさま逃げ出したのだろう。
「…チっ!」
鍋の中のブリは明らかに数が少なかった…。
普段は可愛らしく大好きな彼等が今はとてつもなく憎かった。
既にどこかへ逃げ隠れた彼らの姿は見えない。
ただそこには綺麗に身をなくしたブリの骨とそれに刺され痛む足を抱える私の姿だけが虚しく残っていた。
…つまりはこういうことだろう。
今日の夕飯用にと母はぶり大根を作り、味を染み込ませるためそのまま置いとこうとでも思ったのだろう。しかし、思った以上に時間がかかってしまい、彼女は猫をしまうことを忘れ慌てて仕事に向かった。
猫達はこれ幸いと「何かいい匂いがするにゃ~」と台所へ。
そこで見つけてしまった。
いや、見つかってしまった憐れブリ大根。
蓋がしてあったとしてもそんなもの関係ないとあっさりどかし2匹仲良くブリを堪能。そして器用にも骨だけマットの下に落とした
そして、そんな事を全く知りもしない私はなんの警戒心もなく台所へ行き…大好きなブリ大根の骨に踏んでしまった…という事だろう。
うん…
ふざけんなっ!!!私のブリ大根返して!!!
※※※※※※
帰ってきた家族にこのことを話すと爆笑された。
なんでだ。解せぬ…
「ぶっ!あははははははは!!!!」
「馬鹿じゃないのお前?!!ひー、ウケる!」
すると兄がこんなことを言い出した。
「てか、お前あれ踏んだの?俺拾ったのにまだ残ってたんだな」
「は?」
お、おまっ!気づいてたんか!!
実は私よりも早く帰ってきていた兄は、あの悪魔のマット…もとい猫達によるブリの骨トラップに気づいていたとの事。
「一応拾って捨てといたのになぁ。まぁ、どんまい!」
「ふざけんな!くそ痛いんですけど?!!てか、そん時に鍋片すか猫しまうかしといてくれればよかったのに!!」
「えー、猫出てると思わなくて。それにすぐ出かけちゃったし~ごめんごめん」
「ゴメンじゃねぇよ!くそが!」
鍋をかたさなかった母も、大好きなぶり大根を食べ骨トラップをしかけた猫達もだが、こいつが1番重罪じゃねぇか!!
私は腹いせに渾身の右ストレートのその薄っぺらい兄の腹にぶち込むのだった。
「しね!!!」
「ぐはっ!!」
※※※※※
足の怪我はと言うと、やはり血は出てくることは無かった。
すっごい痛かったし、結構深く刺さった気がするんだけど…
なんで出ないんだろ。まぁ、いっか。
歩くと痛いが、最初に感じた激痛はなくなった為そこまで気にし無かった。すぐに傷もふざがるだろうと念の為に、絆創膏だけ貼って放置していたが…何日経っても傷が塞がることは無かった。
怪我をした日からおよそ1週間後のある日。
その日の体育の時間は体育館でマットの授業だった。
未だ傷はふざがらないが気をつけていれば大丈夫だろうとそのまま授業に参加。
授業も無事終わり、靴下をはこうとした時何気なく傷のところに目をやると…傷口から何か小さな白い突起が出ていた。
「…なにこれ」
それをつまみ、何となく引き抜くと…それは骨だった。
おそらく、あの時踏んだブリの骨…
「…」
もしかして血が出なかったのって、こういう…
出てきたそれはゆうに3センチは超えていた。
傷が塞がらないわけだ。だって、まだ中に入っていたのだから。
抜く時、特に痛みはなかったが気持ちのいいものでもない。
隣で私の行動を見ていた友人は「うわっ!なにそれ?!」と気味の悪いものを見る目で見つめていた。
…これはブリの骨だよ。
私の大好きなぶり大根のね…
その日の夕方、家に帰ったあとにも一、二本小さな(それでも1cm近くはあった…)が傷口から顔を出した。
それも同様に引き抜くと翌日にはあれ程塞がらなかった傷は漸く塞がったのだった…。
※※※※※※
あれからというもの、ブリ大根を目にすると何となく苦い気持ちに襲われる。
しかし、やはり美味しいので気にせず食べてしまうのだが…
皆も、魚の骨にはよく注意してね!
あれ、踏むとすっごく痛いから。特にブリ。
皆さんも足元には十分お気をつけ下さい…
踏むと本っ当に痛いので(´・ω・`)
動物を飼っている方(そうじゃない方もですが…)は特に、食べ物を出しっぱなしにするの良くないですよ!それが彼らにとって好物となりうるものなら尚更ね!お気をつけくださいっ!
因みに、これを書いていたらあの時の痛みが思い出され足が痛い…
くそぅ…辛い( ´・ω・`)