未来へ翔ぶ
最終回です。
グダグダだけどようやく終わるよ!
幸せな結婚式の後、スピネルはカンパーナに自分の願いを告げた。
「私、竜騎士になりたいの。ヘルツと一緒に」
「おれも、こいつと同じ思いです。スピネルと竜騎士になる」
カンパーナは目を見開いた後に、ニッといたずらっ子のような、うれしそうな笑顔を浮かべた。
「そっか! 私が見習いから昇格したら、迎えに行くよ!」
3人で約束をして、森までの背ともらった後に手を振って別れた。
2週間と2日前の出来事。
それから2週間と2日後のある日の朝。
「ちゃんと荷物全部持った?」
「体に気を付けるのよ。いつ頃カンパーナさんは迎えに来るの?」
森の中の小さな家の中、そんな言葉が飛び交う。
今日は、カンパーナがスピネルを迎えに来る日だった。
あの結婚式の後、カンパーナは見習いから半人前に昇格した。
スピネルはその報告を受けて、素直に祝福をして喜んだが、理由が思わず
吹き出してしまうようなもので、ヘルツと2人そろって大笑いしたものだった。
『姉の激怒にもめげず、笑って流して気にするそぶりも
見せないから、その根性にあなたの可能性を見出した! だってさ』
大司教ったら面白いよね、と笑うカンパーナに、スピネルは涙が出るほど笑った。
なんと、あの騒動を大司教が見ていたのだという。
『それで、半人前にしてくれたんだってさ。後輩も自分ができることなら、指導して良いよってことで
2週間後に迎えに行くから、荷物とかまとめておいてね』
カンパーナに言い置かれた2週間前の出来事だった。
ヘルツと一緒に慌てて家に帰り、どたばたと準備をした。
これからは、ベニトやベリルには甘えられない。
自分の力で頑張らなければいけないのだ。
何かに悩んでも、よほどのことがない限り、自分で解決しなければいけない。
ベリルが抱きしめてくれることもないし、ベニトが静かに話を聞いてくれることもない。
寂しかったが、公式な休みでは、家に帰ることができると聞いていたので
頑張ることができそうだった。
出会って今までのことを、思い出しながらあの日と変わらない椅子に座る。
「おかあさん、わたしね……おかあさんとおとうさんに出会えて、よかった」
「なぁに? 急に」
母親が死んでしまい、よくわからずに泣いているところを、ソルフェに抱き上げられて
連れてこられたことが始まりだった。
幸せな時間はあっという間に過ぎてゆくのだ。
「カンパーナと友達になってから、物事が動いた気がするよ」
スピネルはふふっと笑って言う。
その顔は、何かを懐かしんでいるようにも見えた。
「でも安心だよ。カンパーナさんと、ヘルツ君が一緒なら、大丈夫そうだね」
ベリルはそう言って、ああ、と、大切なことを思い出したような顔をした。
「この国を守っている山を昔、見に行ったでしょう。
アレキサンドライト山の守り人の事だけを、話さなかったでしょう?」
今なら話せるわ、と、ベリルは椅子に座り、スピネルの目を見る。
「あ、それ聞いてみたい」
スピネルはまるで、絵本を読んでもらう子供のように目を輝かせた。
そっと、ベリルは澄んだ声で語りだした。
悲しくて、いとおしい物語を。
その山を守るものが、身を滅ぼしてまで手に入れた愛を。
『アレキサンドライト山の守り人のシャルルは、好奇心旺盛な守り人だった。
彼は、1人の人間の少女に興味を持った。
その少女は、ジオナという名で、金色の髪の毛に、青色の目が美しい姿をしていた。
貴族の家柄で、いつも美しい服を身にまとっている。周りの女の子がうらやましがるほどの
上等な服だった。
何でも持っているのに、いつもさみしそうだった。
「どうしていつも寂しそうなのだろう?」
ふっと思い立ったある日、人間のふりをして、シャルルは街に降りた。
誰しもが笑顔の中、やはりジオナだけ寂しそうにベンチに座っていた。
手には、女性や子供が好む、甘い焼き菓子が握られていて、何口かかじった跡があった。
口うるさくて、気難しいアルルという相棒を不意に思い出す。
そのアルルと同じ目を、ジオナはしていた。
誰かに近づきたいけれど、どうやって近づいていいか、わからない。
「ああ、そうか。友達が欲しいんだ」
そう思ったシャルルは、ジオナに話しかけることに決めたが、何も持っていないことに気づいた
シャルルは、近くの店で焼き菓子を買い、誰にも気づかれぬよう、物陰に隠れて
姿を変え、思い切ってジオナに近づく。
「ねぇ、いつもここにいるよね」
ジオナは驚いてシャルルを見た。
知らない、自分と同じ年くらいの少年が、自分と同じ焼き菓子を手に、立っている。
「俺はシャルル、少し前にこの街に来たんだけど、よかったら友達になってよ」
優しい飴色の瞳を細めて、右手を差し出す。
「私はジオナ」
つられて、少女も名乗った。
シャルルの手は暖かく、やわらかい。
「ジオナ、仲よくしよう」
ふにゃっと笑うジオナは、ええ、と、小さく返事をした。
人に手を握られるなんて、いつぶりだろう。
その日から、シャルルはジオナに会うために、毎日街へと降りていく。
律儀に姿まで変えて、顔を輝かせて、会いに行く。
そのシャルルを、アルルは疑問を浮かべた瞳で見る。
(人間の、何がいいんだ。互いが互いを傷つけあうだけの、愚かな存在じゃないか)
シャルルが、ジオナに会いに行くようになって、2回の週が巡った時、守り人をまとめる長の
ルベラが、厳しい表情を浮かべて、アレキサンドライト山を尋ねた。
「アルル、シャルルが最近街に降りているという噂を聞くが、本当か」
短く切りそろえた髪に、星空を溶かし込み、朝焼けで染めた瞳で
1人帰りを待っていたアルルを見やる。
「ほんとうのことだ。ルベラ。おれは止めた。けど、あいつは会いに行くといって
出かけて行った」
面白くない、という表情を切れ長の瞳に浮かべて答える。
わざわざ姿を変えてまで会いたいと思う理由がわからずに、日々を過ごしていた。
ルベラは、そうか、と小さく返事をした後に、なるほど、と続けた。
「姿を変える術を使ってか。このままでは禁忌に触れると伝えておくように。
戒律を破ったら、どうなるか、知らないわけではないだろう」
隣に控えていた、ルベラの片割れのルーンは、何も言わずに、手のひらに乗る大きさの
紙束をアルルに渡した。
紙束には、戒律のことが書かれており、自分たち守り人が戒律を破れば
どのような末路を辿るのかという内容だった。
「伝えておくように。戒律を破れば、その命がなくなると。」
人と心を通わせてみろ、ろくなことにならないぞ。
朝焼けの瞳で、俯くアルルを見やり、ルベラはその場を後にした。
ちらりとルーンは、アルルを見る。
なぜアルルが俯き震えているのか、ルーンにはわからなかった。
「ただいま」
シャルルは、明るい声で帰ってきた。
アルルは沈んでいるというのに。
「アルル? どうしたんだ?」
涙があふれそうだった。シャルルが居なくなるなんて考えたくない。
「シャルル、もう、人間とは会わないでくれ!」
涙ながらにシャルルに訴える。
シャルルはその目を見開いて驚く。
「どういうことだ?」
「お前が消えてしまう! 俺はそんなの嫌だ」
そういって泣き出したアルルに、シャルルは困惑した表情を浮かべる。
いつのまにか、知られていた。
「大丈夫」
安心させるように、自分より少し低い位置にある頭を、優しく撫でる。
「おれは、アレキサンドライト山の守り人。掟は破らない」
破らないよ。どれだけ言い聞かせても、アルルの涙は止まることはなく
何度も、消えないでと言い続けていた。
「約束する。おれは消えない。アルルと一緒にこの山を守っていくから」
泣き止まないアルルに、シャルルは力強く言う。
約束だよ、としゃくりを上げながらアルルは何とか言い切った。
けれど、その約束は、守られることはなかった。
自分の考えとは裏腹に、シャルルはジオナに惹かれていることに気が付くことはなく
無意識のうちに、掟を破ってしまっていることに気が付いた時には、すべてが遅かった。
「うそ……左手が透けている……? なんで」
満月がぼんやり輝く夜、シャルルは自らの左手を見て、眼を剥いた。
透けて向こう側が見えている。
戒律破り、禁忌に触れるなという、ルベラの声が頭に響く。
アルルの消えないで、という悲しげな声が聞こえてくるようでめまいがした。
今はアルルはおらず、オブシディアン山に出かけていたので、正直混乱してしまう。
「あ、ルーンが持ってきたっていう、紙の束……」
ルーンが持っていたという紙の束を探し出して、慌てて読んだ。
『戒律破りに値する行為として、人間と深くかかわること、好意を持ってしまうこと
持たれてしまうことが挙げられる』
知らないうちに、シャルルはジオナに好意を向けていたのだ。そのことに気づいて愕然とするが
それ以上に、人を好きになる、ということを知ったことに対する、やわらかい感情が
体にしみわたるようで、どこか優しい気持ちになる。
その日は、月が美しい夜だった。
ジオナは小高い丘で、切り株に腰を下ろしていた。
ぼんやりと月を眺めている彼女は、この世のものとは思えぬほど美しかった。
いつもと同じように、少年に姿を変えて、声をかける。
ジオナは待ちかねていたように、駆け寄った。
「シャルル!」
「ジオナ! 待たせたね、ごめんね」
途切れそうになる意識を何とかつなぎ止め、いつもと同じように声をかける。
「今日は、大事な話があるんだ」
すう、と短く息を吸い、静かに吐いて静かに言った。
ジオナはかすかに目を見開く。
「ごめんね、本当は、俺は人間じゃないんだ」
そういって、本来の青年の姿に戻る。
体の半分以上が透けていて、星空や月が体の向こう側に見えて
ジオナは息をのんだ。
「アレキサンドライト山の、守り人なんだ」
左目が透き通るような緑、右目が目が覚めるような赤色の彼は俯いた。
言ってしまった。きっと彼女に嫌われてしまうだろうと思った。
「知ってたわ。おとうさんに聞いたの。シャルルって友達ができた。
最近越してきたんだって言ったら、その子は、きっとアレキサンドライト山の
守り人だって。名前が同じなんだって」
彼女は、微笑んで、シャルルに抱き着く。
「寂しがる人を放っておけない守り人は、たまに人里に降りてきて、助けてくれるって
話は本当だった、絵本とおんなじ」
守り人でも、人間でもどっちでもいいの。
「シャルルはシャルルだわ」
その言葉は、シャルルの心にしみわたり、感情が涙になってあふれてくる。
「ありがとう、ジオナ」
力が抜けていく。力とともに、命も流れてゆく。
姿を保っているのも、そろそろ限界だった。
「大好きだよ」
最後の力を振り絞って、言葉を伝えると、シャルルは姿を消した。
かすかな光だけが、ジオナの手の中に残る。
呆然と、その光をジオナは見つめていた。
シャルルは息を切らしながら、山に戻る。
アルルのそばにいなければ、彼の隣にいてやらねば。
その気力だけで、アルルの隣を目指す。
家の戸を開けて、力が抜けてしまった。
アルルが飛んできて何かを言っているが、彼の声が、水を通して聴いているようで
何を言っているか、よくわからなかった。
「ごめんな」
それだけを言って、目を閉じる。
そのあとのことは良くわからなかった。自分の体が光になって、いること。
あと、アルルが泣いていることの2つだけがわかった。
「何言っているんだよ。お前の事、俺だって、好いていたというのに」
アルルは泣きながら、シャルルの手を握り、ゆっくりと光になる。
意識が水に溶けていく感覚に身を任せて、いつまでもまどろんでいた。
悲しくて、かみ合わない二人の姿を見たルベラはその黒い瞳を閉じた。
「愚かな」
感情だけで動いてしまう2人の魂を両手に掬い上げ、夜空に流す。
「ルベラ。どうしてあの2人は、感情だけで動いたんだ?」
身を亡ぼすこと、わかっていただろう?
ルーンはルベラを見上げて、訊ねた。
「どうしようもなく、誰かがいとおしかったのさ。あの2人の心は」
せめて、幸せであればいい。
夜の世界で、2人の心が通い合って、視線が交わればいいと、ルベラは言った』
これが、あの山のお話。
ベリルは、どこか澄んだ声で語りつくす。
「そっか、かなわない恋の話だったんだね」
スピネルは、悲しい話を聞き終える。
誰かがいとおしい、という気持ちはわからなかったが、いつか
その気持ちがわかったらいいと思う。
それと同時に、窓が、風でガタガタと揺れた。
「カンパーナさんが来たわよ」
ベリルに促されて、外に出てみると、カンパーナが、ヘルツを連れて
戸を叩こうとしていたところだった。
「迎えに来たよ、スピネル」
カンパーナが笑顔で手を差し伸べる。
彼女の後ろには、ヘルツが少しだけ微笑みながら立っている。
「行っておいで、スピネル」
振り向くと、ベリルが荷物を差し出して微笑んでいる。
ベニトもスピネルの頭をわしゃわしゃと撫でて、目を見ると
力強く言う。
「行ってこい。立派な竜騎士になったら、また戻っておいで」
スピネルは、ベニトとベリルに、自分を生んでくれた母と、優しかった父の面影を見た。
ベニトとベリルは、血はつながらないが、優しい父と母だった。
別れると思うと、涙が止まらない。
「行ってきます。お父さん、お母さん」
荷物を受け取り、挨拶をする。
しかし、たまらなくなり、ベリルに抱き着く。
「私を見つけてくれてありがとう。絵本を読んでくれてありがとう」
ぐっと目に力を入れる。涙があふれて、もうとまらない。
「優しくしてくれて、育ててくれてありがとう」
ぐすぐすと、鼻をすする。
お別れは嫌だったが、未来に足を進めなくてはいけない。
今度は自分の力で生きていかなくては、いけない。
「2人が、わたしのお母さんとお父さんで、よかった」
スピネルの言葉は、ベリルたちの心に響いた。
「私も、スピネルのお母さんになれて、よかったよ」
ぎゅっと抱きしめて、それから肩をとん、とたたく。
「カンパーナさんが待っているから、いっておいで」
今度こそ、涙にぬれているが、満面の笑みでいってきます、というと
背を向けて、カンパーナのもとに駆け出した。
未来への道のりは、まだまだ始まったばかりだが、きっと素敵な未来が待っている。
飛竜の背にまたがる、確かに自分の可愛い娘だった、今は美しい娘の
姿を見て、ベニトとベリルは、顔を見合わせて、微笑んだ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
この物語の構想は、いつからあったかな? と考えてみると、おそらく2年ほど前から
あったような気がしなくもありません……(笑)
原型はおそらく、ookuma様の呟いておられた「小さな家」(うろ覚え)だったと思うのですが
定かではなく、困惑しております。
初めは、ずっと生きている死ぬことのない双子の兄妹が、捨て子を拾って
森の中の小さな家で育ててゆく。という簡素なものでしたが
もっとファンタジー要素が欲しくなり、私自身がファイア/ーエムブレ/ム(検索除け)が大好きで
竜騎士を登場させたくなって、登場させました。
宝石/の国、や、ヘ/タ/リ/アといった永遠の命を持つ存在
と人間のかかわりを考え始めたのが、元だったような気がしなくもありません。
スピネルが「文字を読めない」という特性を抱えているという設定は、実は後付けであり
私自身が、軽度の発達障害を抱えているのがもとになっています。
どうやってその特性と生きていくかというと、とても難しく、周りの方々のサポートがなければ
生きていけないので、ヘルツという支えを登場させました。
スピネル以外ですと、片腕のないクロッシュ、言葉を話せないアステルが居ますが
接客業をしていると本当にいろんな方に出会うので、そういっためぐりあわせ(引き合わせ?)
も混ぜてみました。差別の意図はかけらもないとここに意思表示として
書かせていただきます。
終盤にて、同性愛らしき描写を加えましたが、それは世間が同性愛を認めるという働きがあるものの
自分自身が本当に認めているか? という試しでもありました。
どうやって書くかとても悩んだので、口では認めるというものの
書くのが難しかったので、おそらくうまく受け入れられていないような気がします。
いつかするりとかけたらいいのですが……
難しいですが、まだまだ新境地としてチャレンジしていきます。
私自身に同性愛の差別の意図はございませんので、よろしくお願いします。
では、次の作品でお会いしましょう! ありがとうございました!