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花嫁のブーケ

だらだらだら

カンパーナの姉の結婚式の日、スピネルはベリルが作ったワンピースを着て、教会を目指した。

レースで飾られた、ピンク色のワンピースの裾が、風に揺られて、踊っているようだった。

森の出口まで行くと、なぜかヘルツが森の入り口で、木に寄りかかって立っている。


「ヘルツ? なんでここに?」


不思議でならない、という顔で、スピネルは尋ねる。

ヘルツは、涼しい顔をして少し目をそらしながら答える。


「おれも、あの場にいたから、行こうかと思ってな」


よく見ると、ヘルツは黒色の礼服を身にまとっていた。レストランにいる給仕のようだと思った。

スピネルは驚きつつも、喜びが沸き上がってくるのを感じた。

友達と一緒に『人生初の結婚式』に出かけることができる!

カンパーナのお姉さんを祝うことができる!

浮足立って、ヘルツと並んで歩いていく。

ふわふわとやわらかそうな、可愛らしい小鳥が2羽揃って、小さな羽音

と共に飛び立っていく姿を目で追い、小道を歩いていた。

式を挙げるという、アレキサンドライト大聖堂の場所は、ヘルツが知っていたので

彼についていく形になった。


「おれのお父さんたちも、そこで式を挙げたんだ」


ところで、おれが一緒じゃなかったら、どうやって行くつもりだったんだ?

と、疑問をスピネルに投げかけた。

スピネルは、目をまん丸にしたかと思うと、目を泳がせる。

どうやって行こうかなど、考えていなかった。


「えっとね、なんにも考えていなかった……」


少し言いよどみ、苦笑いしてスピネルは答える。

まぎれもない本音に、ヘルツは苦笑いで返す。

おおかた、道で会った人に訊けばいいとでも思ったのだろう、とヘルツは考える。


「まあ、いいさ。大聖堂は、森を出たところの道を行く。

そして、大通りに出て、右に曲がった先にある」


言われたとおりに、ヘルツの後についていった。

ピンク色のワンピースドレスの裾が、ひらひら、と風に踊り、にぎやかな声が

後ろに流れてゆく。

ヘルツと一緒なら、どんな音も素敵な音楽に聞こえることが、スピネルには不思議だった。

待ちのにぎやかな声も、木々のざわめきも、足音も、ひゅうっと吹く風の音も

まるで、楽師の奏でる音楽のようだった。


「カンパーナのお姉さん、どんな人かなぁ?

結婚する人は、どんな人かな。ヘルツ」


うきうきと、そんな、不思議な音が聞こえてきそうな雰囲気が、スピネルを包んでいる。

ヘルツはそんなスピネルを見て、自分の頬を思い切り叩いた。

パンッという音が響いて、スピネルは驚く。


「どうしたの? ヘルツ」


不思議そうに尋ねるスピネルに、ヘルツは息を深く吸い、吐く。


「何でもない」


何でもないように振舞うものの、目は泳いでいたので、動揺していたことが

目に見えている。


「ああ、カンパーナのお姉さんは、きっと……そうだな。

カンパーナはのんびり屋に見えたから、もしかしたら明るくて、ハキハキしている人だったりして」


それで……と、ヘルツは続ける。


「旦那さん……うまく言えないが、柔らかい雰囲気を持った人だろうな。

あってからのお楽しみか?」


考えるようなそぶりでヘルツ

会えるかどうか分からないものの、何となく想像をしてみる。

まだ見ぬカンパーナの姉は、スピネルと目が合うと、カンパーナと同じ色に少しだけ

強気さを混ぜ込んだ瞳を細めて、微笑んだ。

強気な瞳は、まるで猫のようだった。

優しそうな人だ。少しなんだか、早く会ってみたいな、と思ったその時だった。


「スピネル! ヘルツ!」


真上から聞き覚えのある声がして、見上げると、飛竜に乗ったカンパーナが

舞い降りてくる。

風が2人の髪の毛を揺らし、カンパーナは飛竜をふわりと着地させる。

紫色の手綱がゆらゆら、と揺れる。

大人しくしててね、と言いおいて、カンパーナは飛竜から降りて、スピネルに駆け寄った。

彼女は、騎馬兵の着る鎧を身にまとっていた。

銀色の鎧に、金色の縁取りが施されている。

石畳に、鉄製の鎧がこすれる音がした。


「本当に来てくれたんだ! ありがとう。おねえちゃん喜ぶよ!」


笑顔でスピネルの手を取り、カンパーナはお礼を言う。

騎士らしい、女性にしては、少し硬い感触がスピネルの手を包む。

彼女は、ヘルツを見とめると、ふわっと微笑んだ。


「ヘルツくんだよね? 一緒に来てくれてありがとう」


そう言いながら、握手を求めた。

ヘルツは少し目を泳がせてから、そっと手を取る。


「どういたしまして」


スピネル以外の女性と、話しをしたことがないヘルツは、何とか返事を口にした。

その返事を聞いたカンパーナは一度微笑むと、2人の手を引く。


「ねぇ、大聖堂までまだ少し距離があるんだ。だから、私の飛竜に乗っていこう」


3人も乗れるの? と尋ねるスピネルに、カンパーナは大丈夫。と返す。


「私の飛竜は、とっても丈夫なの」


得意げに口角を上げ、目を細めて飛竜を見やるカンパーナの横顔は、竜騎士の誇りに

溢れていた。

その言葉を聞いた飛竜は、ルルル……と低い鳴き声で囀る。

ヘルツとスピネルは、飛竜まで連れてこられると、鐙に足をかけるように言われ

飛竜の体に乗る。

小柄なスピネルが1番前に乗り、その後ろにカンパーナ、カンパーナの後ろにヘルツ

という順番だった。


「しっかりつかまっててね」


そう言ってから、飛んで! とカンパーナが声を上げると、飛竜は力強く羽ばたいた。

瞬間、目の前の景色が目まぐるしく変わる。

石畳の日に焼けた色、木の緑、空の青が混ざり、すごいスピードで目に飛び込んでくる。

スピネルは、自分が空を飛んでいることにひしひしと、喜びがこみ上げ、歓声を上げた。


「気持ちいい!」


風が、スピネルの髪の毛をなびかせた。

手綱につけられた鈴が、チリチリと風に煽られて、細かく鳴る。

カンパーナはまっすぐ前を見据えて、にぃっと口角を上げて、得意げに言う。


「でしょう? 私の飛竜は、この国で1番だよ。見習いにはもったいないくらいに!」


大聖堂まで、もう少しだからねぇ!

と、楽し気に飛竜を飛ばすカンパーナは、国中の楽しいことを集めたような表情を

浮かべている。

その後ろにいるヘルツの表情は見えないが、何も言ってこないところを見ると、しがみついていることで

精一杯のようだ。


「アレキサンドライト大聖堂まで行くには、道を曲がったりとか

まっすぐ歩いたりとかしないとでしょう? 多分、2人共迷っちゃうと思ってね

やっぱりこの子に乗ってきて、正解だったよ」


おまけに、街の人たちの視線も浴びるから、気分がいいんだ。

カンパーナを振り返るスピネルは、片目をつぶりながら、自分よりわずかに年上の

女の子が、鎧を着て、鋭い牙を持っている飛竜にまたがり空を飛んでいる。

ということが、不思議で仕方なかった。

いつか、絵本で読んだ飛竜の騎士と、カンパーナが重なって見えた。

しばらく飛んでいると、美しい緑色の大きな建物が見えてくる。


「あっ! ついたよ。あれが、アレキサンドライト大聖堂だよ」


手綱を思い切り引っ張り、飛竜の速さを緩める。

ふわっと砂ぼこりを上げて、クリーム色の石畳の上に舞い降りる。

すぐ目の前は芝生になっていて、花壇いっぱいに色とりどりの花が咲いていた。

砂糖菓子のような、甘いにおいが、スピネルの鼻をくすぐる。


「カンパーナ! あんたどこに行ってたの!?」


真っ白なドレスを身にまとった、カンパーナと面差しがよく似た女性が

駆け寄ってくる。

背後から、カンパーナのぬくもりが消えてたと思うと、そっと飛竜から降りている。


「おねぇちゃん、友達を連れてきてたんだよ」


のんびりと、飛竜から降りながら、カンパーナは答えた。

ヘルツは、真っ白な顔をしながら、平然としている竜騎士を見ている。


「足元に気を付けてね」


そう言いながら、スピネルとヘルツの手を取り、丁寧に下ろしていた。

よろけながらもなんとか降りたヘルツは、こわかった……と、スピネルにいった。

目の前には、輝くような緑の芝生と、白いテーブルに、料理が拵えてあり、数人が

テーブルの料理を囲んでいる。


「こわかったかな? 私は楽しかったよ」


空を飛んだ人たちって、私たちだけかもしれないよ?

ニコニコと答えるスピネルに、ヘルツは少し血の気が戻り、そうか、と

ひとつ言うと微笑んだ。

目の前では、先ほどまで得意げに飛んでいたカンパーナが、花嫁らしき女性に

叱られていた。


「急にいなくなったと思ったら、飛竜に乗って……! どこに行ってたの?!

心配したでしょ!」


目を吊り上げ、どれだけ心配したかを、カンパーナに説く花嫁に対して

全く堪えていない様子で、あっけらかんと、スピネルたちに振り返る。


「友達を迎えに、行ってたの。

スピネル、ヘルツ、この人が私のおねぇちゃん、クロッシュだよ」


突然紹介しだしたカンパーナに、慌てて背筋を正し、自己紹介をした。


「はじめまして! カンパーナさんの友達のスピネルです」


続いてヘルツも続けた。


「カンパーナさんに迎えに来てもらい、助かりました。ヘルツです」


目を丸くした、クロッシュと呼ばれた花嫁は、吊り上げて目を丸くして

2人を見た。

その顔は、面差しがカンパーナに似ていて、優しそうな雰囲気を纏っている。


「来てくれてありがとうね。私はクロッシュです」


軽く一礼をするクロッシュに、スピネルは目を見張る。

彼女の、左の肩の付け根から下が、なかった。

うっすらと、縫い傷のような跡が見えたが、彼女は気にしていないのか

あっけらかんとしていた。

スピネルの、何とも言えない視線に気づいたのか、クロッシュの方から話を振ってくる。


「ああ、左腕、気になるでしょ? 昔事故で、切断しちゃったの」


右腕さえあれば何でもできるし、と、快活に笑う。


「旦那さんも、受け入れてくれてるし!」


そう言って笑うクロッシュの後ろから、白い燕尾服を着た男性と

紺色のドレスを着た女性が駆けてくる。


「クロッシュ! どうしたの突然走り出して!」


紺色のドレスの女性が、髪の毛を耳にかけながら、クロッシュの隣まで来ると彼女に尋ねた。

金色の髪と瞳が日に当たり、キラキラと輝いている。


「ああ、妹が帰ってきてたから、お灸をすえたの」


ふうっとため息をついて、女性の方を振り向いたとたん、紺色の女性は

クロッシュの頬をむにっとつまんだ。


「突然駆け出した挙句、自分の妹を叱り飛ばすなんて! せめて心配したのよ

くらい言ってやりなさいよ! 全くもうっ!」


妹さんも突拍子のないことをするけど、クロッシュも大概よ、と付け加えて

隣に駆け寄ってきた男性の頭を撫でてから、スピネルに向き直り、名乗った。


「私はエルドラド。こっちの子は、私の弟のアステル。クロッシュの結婚相手」


姉弟だという、2人の金色の瞳が珍しく、エルドラド自身も美しいので、思わず見とれてしまう。

アステルと呼ばれた男性は、顔を赤らめて、俯いた。

照れ屋なのか、言葉を発することはなく、目を泳がせている。

濃い金色の瞳のエルドラドに対し、アステルの瞳は真珠のような金色だった。


「きれいな瞳、ですね」


おとぎ話に出てきそうな姉弟だった。

まるで、星の光から生まれたかのような容姿は、スピネルもヘルツも釘付けになる。

金色がかかった、真珠のような髪の毛と瞳は、春の星の色ようだった。


「そう~! 私はアステルの瞳に一目ぼれしたの。優しい色でね、何度もおねえさんに

邪魔されながら求婚したんだよ」


クロッシュは胸を張って答える。その姿は、自分は見習いの竜騎士だ!

というカンパーナと似ていて、姉妹なのだと思い知らされる。


「私は邪魔してないわよ」


ピシリと答えるエルドラドだが、クロッシュと仲が悪いようでもなく、本当に弟を愛しているのだと

見て取れる。

弟だというアステルは、少し背が低く、肌が白かった。

遠目から見たら、髪が短い女性に見えるような気すらもしてくるほどに線が細い。


「あなたを試しただけよ」


アステルは一体、どんな人なのだろうと考えていたスピネルは、エルドラドの声で

現実に戻される。

隣から、カンパーナの声が聞こえた。


「そうだよ、おねぇちゃん。じゃないと、アステルさんのお嫁さんは務まらないよ」


カンパーナは、意外とクロッシュに辛辣だった。

自分をかばってくれると思っていたクロッシュは、芝居がかった仕草でため息をつく。


「まあ、そうだよね。ああ、そうだ!」


急に何かを思い出したらしいクロッシュは、ドレスの裾を右手だけで

器用にたくし上げると、くるりと背を向けて駆け出してゆく。


「どうしたのかな?」


スピネルは、そっと、ヘルツに耳打ちをした。


「さぁ……」


ヘルツは首をかしげて、エルドラドを見る。

エルドラドは、花嫁がかけていった方向を見て、仕方ないと言いたげに、ふうっとため息をつく。


「落ち着かないでしょ? あの子。いっつも、何か急にやりだすでしょ」


カンパーナにそう言うエルドラドは、苦笑しながらも、そんな義妹(いもうと)が好きだという表情が

見え隠れする。


「そうですね。落ち着かないです。おねぇちゃんは」


同じく苦笑するカンパーナは、ね、落ち着かないよね。とスピネルに同意を求める。

落ち着かない人じゃなくて、にぎやかな人だよ、と返事をしようとした瞬間、スピネルの頭に、ぽすりと

何かが当たり、落ちそうになる。


「っ! とと……」


慌てて両手で受け止めたそれは、鮮やかな花束だった。

黄色、水色、オレンジ色、薄紫色……数えたらきりがないほどの、美しい花束だ。

レースにくるまれていて、ピンク色のリボンでまとめられている。


「わぁ……きれい!」


小さく歓声を上げて、花束が飛んできた方向に顔を向けると、クロッシュが、いたずらに

成功した子供のような表情を浮かべている。


「プレゼント。花嫁さんからのブーケだよ!」


受け取ったら、その人は願い事が叶って、幸せになるんだよ。

クロッシュは、そう言って楽しそうに笑う。


「願いが叶うまで、ありましたっけ?」


でも、まぁいいかっと、スピネルもつられて笑った。


「今日は、来てくれてありがとうね」


そう言って笑うクロッシュは、美しかった。

今日もらったブーケをお守りに、竜騎士になろう、と改めてスピネルは思った。

クロッシュのお婿さんのアステルはこの後も何度か出てきます。エルドラドさんも出てきます(書いてて気に入った)

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