決意
進展します少しだけ
夕焼けの道を2人でゆっくりと歩いていき、森の前の2つに枝分かれしている道で別れた。
家に足を進めて、スピネルはずっと思っていたことを、ベリルたちに打ち明けようと思っていた。
そして、仲良くなったカンパーナの事も、話すことに決めたのだ
ずっと歩いていくと、慣れ親しんだ家が見えてくる。
もう夕食時だった。
古いけれど、丁寧に手入れをされた、木で作られた扉をそっと開ける。
「ただいま」
ゆっくりと、ロウソクの柔らかな明かりが灯っている家の中に足を踏み入れると
ベリルが夕食の準備をしながら尋ねた。
「おかえりなさい。ヘルツ君とのお買い物楽しかった?」
スピネルは笑顔で頷いて、手を洗い、お皿を出して食卓に並べてゆく。
ベリルの隣で、ベニトが野菜を刻んでいた。
「楽しかったよ! お友達になった子もいたの」
「へぇ、どんな子なんだ?」
ベニトが興味津々といったふうに、目を輝かせた。
「カンパーナって子でね。背が高くって、目がきれいな緑色なの」
スピネルは、カンパーナと出会った経緯を話し始める。
立ったまま、今日の楽しかった事を話した。
「カンパーナが作ったウェディングベールがね、私にかかっちゃって
ヘルツがベールを取ってくれたの。その時にね、カンパーナが来て
わたしに、花嫁みたいって言ってくれたの」
ひとつひとつを思い出しながら、スピネルは語った。
カンパーナの優しげな瞳、ヘルツがそっととってくれたウェディングベール。
昔、ベリルが優しい声で読んでくれた、花嫁さまの絵本と重なった。
その1ページは、今でもはっきりと思い出せた。
まるで、自分とヘルツだけ、絵本の世界に入り込んだように。
思い出しただけで、心が温かくなった。
「その子は、お針子さんなの?」
ベリルが訊くと、スピネルは、頭を軽く横に振って言う。
「ううん。見習いの竜騎士だよ。いつかは司祭さまを守るんだって」
竜騎士という言葉を聞き、ベニトが目を丸くした。
「竜騎士がウェディングベールを作ったのか? すごいな」
「すごいよね! お針子さんをやってるお兄さんと一緒に作ったんだって」
ベリルが、笑顔でうん、うん。と相槌を打ち、すごいね。と返事をした。
スピネルは、笑みを深める。
初めてできた、ヘルツ以外の友達を褒められて、得意な気分だった。
「知り合いの人が結婚するのか?」
ベニトは、スピネルに訊いた。
スピネルは、えーっと……と、カンパーナが何を言っていたかを、頑張って思い出した。
そして、ああ! と、声を上げます。
「おねえさんが結婚するんだってさ」
今日、初めて出会ったカンパーナのほほえみを思い浮かべて、答える。
優しそうな緑色の瞳を思い浮かべながら、ふふっと微笑んだ。
「あら、じゃあ、祝詞を述べる司祭さまを先輩の竜騎士と守るのかしら?」
「きっとそうだね。かっこいいだろうな!」
スピネルが頷いて、ベリルが出来上がった料理を、テーブルに置いていく。
もう座りなさい、と立ったままでいたスピネルに、座るようにベリル促した。
「座りなさい。もうできるからね」
はーい、と返事をして水をためている桶で手を洗い、木でできた椅子に座って
どうやって、竜騎士になりたいことを伝えようか? と考える。
きっと、心配すると思いますが、頑張れば、何とかなる。
街では、15歳は皆働きに出たり、修行に出たりしているというのに
自分は推定ですが、15歳な事にも関わらず、まだ働いていないで、ベニトや、ベリルと一緒に
暮らしているというのが恥ずかしかった事も、実はある。
「お待たせ、さっさと食べちゃいましょう。今日は、頂き物のケーキがあるのよ」
ベリルが椅子について、食器を手に持ってスープを掬っている。
スピネルもスープを掬いながら、切り出す瞬間を見計らった。
(まだだ。まだちょっと早い)
逸る気持ちを抑えて、スープと一緒に言葉を飲み込んだ。
本当は、今すぎにでも言って楽になりたいのですが、まだ早そうだ。
「スピネル」
ベニトがスピネルに声を掛ける。
ん? と声を上げて、ベニトを見ると、なぁに? と返事をする。
「スピネルも、もう15歳だったな。何になりたいとか。働きたいとか、あるか?
ああ、今までずっとここにいたから、よくわからない……よな?」
困り顔で、少し言葉に詰まりながら、ベニトの方から声をかけてきたことに
好都合だと感じ、思い切って竜騎士になりたいことを伝える。
「あのね、おとうさん! わたし、竜騎士になりたい!
今日、お友達になったカンパーナが、見習いの竜騎士で、ずっと夢見ていた竜騎士に
私もなりたいって、思ったの」
ベニトも、ベリルも静かに聞いてくれている。
うまく言葉がつながらなかったような気がして、息を思い切り吐き出した。
ふうっと、息と一緒に、緊張が抜けていく気がした。
「竜騎士は、時にはその身を挺してでも、大司教を守る役目なのは知っているか?」
ベニトが静かに、スピネルに言った。
「知っているよ。おかあさんに、絵本で読んでもらったの」
その時から、竜騎士を夢に見ていた。
それを、何とか形にして、言葉にして伝えないと、と頭の中で言葉を組み立てていく。
「わたし、おとうさんと、おかあさんに会って、幸せだったよ。
ずっと一緒に居たいけど、街では、13歳の子も、12歳の子も、働いていたりするでしょう?
わたしよりも幼い子が働いていたのなら、わたしも頑張らなくちゃって、思ってたの」
いつだって、ベニト、ベリルから守られてばっかりの自分を……
ヘルツに守られている自分を、変えたいと思っていた。
「竜騎士って、大司教だけじゃなくて、困っている人も助けてあげたりするでしょ?
わたし、ずっといろんな人に助けてもらってたから、次はわたしが、助けたいの」
一生懸命だった。思いを言葉にしないと、伝えないと、と。
「そうか。えらいね。スピネルも成長したのね。おかあさんは、応援するわ」
ベリルが、感慨深く頑張るのよ。と言ってくれた。
「わかった。そう思っていたのなら、おとうさんも力を貸そう」
夢を追いかけていい。という2人の言葉を聞いたスピネルは、顔を上げて、ありがとう!
と頬を赤くして、何度もお礼を言った。
「カンパーナさんのお姉さんの結婚式は、いつなの?」
「明後日だって」
明後日かぁ、とベニトがほろりとこぼして、それからスピネルを見ると
「行っておいで。ちゃんと正装をして、な」
優しく微笑んでそういった彼に、スピネルはほっと、安心をして、今度こそ
肩の力を抜いた。
なんだかむずがゆくて、けれど幸せだった。
ベニトから、わしゃわしゃっと頭を撫でられた。
くすぐったくて、いつか、恩返しをできますように。と心の底から願った。
あんまり進まない