絵本のうた
タイトルに意味はありません。インスピレーション。
スピネルは、いたずらが好きで、よく、かわいらしいいたずらをしては
ベリルを困らせる。
「スピネル? お皿はどこ?」
今日は、ベニトがせっかく作った、きれいな花の模様を彫ってある
木皿を隠して、ベリルは困ったように笑いながら聞き出そうとした。
スピネルを連れてきた、ソルフェの家族と交流をし始めてから
奥さんであるチャクラが、お皿をうっかり割ってしまい困っていると
ソルフェから聞いたので、ベニトが作ったものだ。
困ったように笑う2人を見て、スピネルは観念したのか、自分の手提げから
木皿を取り出して渡した。
「ありがとう」
スピネルから受け取った木皿を、ベリルは汚さないように布でくるんで、出かけていく。
困るいたずらではなかったので、大目に見ては「もうしないでね」と軽く叱った。
森の入り口の近くにある、木造の家の戸を叩くと、はーい。と返事が聞こえて
スピネルと同じくらいの男の子を
抱っこした、ソルフェの奥さんである、チャクラが笑顔で出迎えた。
彼女は、ベリルを見止めると、嬉しそうに顔をほころばせる。
「あら! ベリル!」
「こんにちは。お皿を届けに来ました」
木皿をヘルツに渡すと、彼女は、嬉しそうにお礼を言って、きれいだね、とほめて
そういえばね……と、チャクラは近況を話し始めた。
男の子は、退屈そうに欠伸をすると、寝入ってしまいました。
他愛もない話から、ソルフェの失敗談まで、幅が広く、聞いていて思わず笑ってしまうものまで。
ベリルは苦笑しながら、チャクラに先ほど起きたことを話した。
「スピネルったら、そのお皿、自分の手提げに隠しちゃうんですよ」
それを聞いたチャクラは、ふふっと笑う。
「スピネルは、いたずらっ子ね。構ってほしいのかしらね」
それからチャクラは、何かを思い出したように、ちょっと待っててといって、家の奥に
引っ込んでしまった。
どうしたのだろう? と、ベリルが首をかしげていると、先ほどまで男の子を抱いていた腕に
今度は数冊の絵本を持ってきた。
表紙は、鮮やかなものから、やわらかな色遣いのものまで、さまざまだ。
「これ、息子のヘルツに買ったんだけど、手を付けなかった絵本なのよ。あげるわ。
よかったら寝る前に読んであげて」
そう言って、チャクラが絵本をベリルに渡す。
「この絵本ね、この国を守っている山の守り人のお話のことが描かれているのよ」
そう耳打ちして、その日は別れた。
ベリルは、両手に絵本を抱えて、家に帰ってゆく。
戸を開けると、スピネルが家の中から飛び出してきて、ベリルに抱き着いた。
「おかえりなさい! おみやげある?」
「スピネル、ただいま。今日はね、チャクラさんから、絵本をもらったのよ。
寝る前に読もうね」
そう言って、頭を撫でて、絵本を渡した。
スピネルは、嬉しそうに何度も頷いて、どんなはなしなの? と訊く。
「読んでからのお楽しみよ」
そう伝えて、スピネルとともに家の中に入った。
その日の夜は、絵本を読んで聞かせる。
悲しいけれど、芯の通った守り人と、人間の、やさしい恋の物語を。
『人間の女の子に恋をした、守り人がいました。
女の子は、きれいな金色の髪に、宝石みたいな青い瞳をもっていました。
すらりと背が高い女の子は、まるで、おとぎ話に出てくるお姫様のようでした』
そんな物語を、ベリルはやさしい声で、読み聞かせる。
水彩でふんわりとした色使いで女の子は、寂し気な雰囲気で
描かれていた。
背景には、豪華な部屋が描かれている。
『女の子は、何でも持っていました。
街の女の子たちが欲しがるような髪飾りも、きれいなお洋服も、甘い砂糖菓子もたくさん持っています。
お世話をしてくれる、メイドさんも、広いきれいなおうちも
レース編みのハンカチも、銀の食器もすべて女の子のものでした。
そんな、何でも持っている女の子は、いつもさみしそうでした』
「なんで、この人は、さみしそうなの? いろんなもの持っているのに?」
スピネルはベリルに尋ねる。
スピネルの目には、すべてがうらやましいものに映った。
もちろん今の生活に不満などはなく、嫌なこともない。
けれど、レース編みのハンカチも、きれいな髪飾りも
きれいな洋服も、魅力的に映った。
砂糖でできたかわいいお菓子は、口に入れればいいにおいとともに
ほろっと溶けて、きっと甘くておいしい。
どれかひとつあげるよ。と、言われたら、何を選ぶのだろう?
ベリルは、少し考えて、口を開く。
「この子は、何でも持っているよね。けど寂しそうだよね? なんでかな?」
チラリと、ベニトに目配せをします。話を1度読んだベニトは、ふうっと息を吐いて
微笑みながら、ベリルにページをめくるように促した。
「読み進めてみよう」
わずか10ページほどの絵本だった。
しかし、女の子の、何でも持っていたが故の、孤独が丁寧に描かれていた。
ベリルは読み進める。
『友達が欲しくて表に出ても、偉い人の娘という理由で、皆恐れて、おどおどと
頭を下げて黙りこくってしまいます。
女の子はやさしい心の持ち主でしたので、困っている人がいたら助けてあげたりしていました。
その心に惹かれた守り人は、山を降りて、女の子と友達になり、お互いに恋に落ちました
君は、やさしい人だね。ぼくは、そんな君が大好きさ。
守り人のその言葉に、女の子はうれしそうに笑います』
『けれど、守り人は、おきてを破ってしまっていたのです』
そこまで聞いて、スピネルは、ベリルに尋ねた。
「おきてって?」
「約束よ。私と、スピネルにも約束があるように、守り人にも、約束があるのよ」
「どんな?」
なんで? どうして? と気になることは何でも訊いてくるので
物語は先に進めずに立ち往生した。
「まあ、聞いててごらん」
ベリルは、ページをめくる。
『それは、人間と関わってはいけないということです。
女の子と関わってしまった守り人は、自分の存在が消えてしまうことに気づきました』
ベニトは、その物語の終わりを知っていた。
しかし、何も言うことはなく、じっと聞いている。
スピネルは、絵に見入っていた。
『それでも、会いたいと願った守り人は、女の子に会いに行きました。
会いに来たよ。けれど、もう、これで最後なんだ。
そう言って、女の子と近くの石段に座り、星を見ながら、残り僅かの命を
かき集めて、歌いました。いつまでも愛していたという歌を。
そして、微笑んで、いつまでも大好きだよ。と言い残し
星のかけらだけを残して、消えて行ってしまいました』
物語はそこで終わった。
藍色の空に、銀砂がひとすじの道を描き、三日月に続いている絵が描かれている。
そして、石段に座り空を呆然と見上げている女の子の絵で、締めくくられていた。
スピネルは、ひとすじの道を指でなぞっていき、どうして? とベリルに訊いた。
「どうして、おんなのこは、まもりびとに、すきって言わなかったの?」
スピネルの疑問を聞いたベリルは、喉が引きつった。
そもそも自分は、男性と付き合ったことがないので、うまく答えることができずに、口ごもる。
同じ女性の、チャクラに訊けばわかったのだろうか?
しかし、自分で見つけなければいけない答えな気がして、悩んだ。
仕方なく、スピネルに、もう寝るように促した。
「もう寝なさい。また明日ね」
少し不満そうに、口をとがらせましたが、おとなしく目を閉じた。
ベニトは軽くため息をつき、右手を頬に添え、考えるようなしぐさをする。
絵本に出てきた『友達』という言葉に、そろそろスピネルも、同い年の子と会わせるべきか?
と考えていたのだ。
「今度、ソルフェさんのお子さん……ヘルツくんに、会わせてみるか?
本当だったら、このくらいの年の子は、友達と遊ぶのだろう」
ベリルは、そうね、と小声で返事をする。
ただヘルツは、人見知りと聞いていたので、ぐいぐいと踏み込んでいくスピネルとは
相性が合うかが、少し心配だった。
「スピネル、ヘルツくんと仲良くできるかしら?」
小声で、ベリルはスピネルにそっとささやいた。
月明かりが、ベリルの白い頬を、ぼんやりとやさしく浮かび上がらせていた。
ぐだぐだすいませんでした。