第1話
俺は、英雄になりたかった。
理由?...うーん、あんまり深く考えたことないな。
とにかく人の役に立てて、尊敬される立場ってのは誰しも憧れるもんさ。
そう、あの夏の蒸し暑い日、俺は確かに英雄になりたかったんだ。
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俺が暮らしている国、大日本天国。
この国は世界の極東にあって、過去一度も戦争を
経験したことのない唯一の国。
そんな国の平和を大きく支えてきたのが"五天太守"だ。
まぁ、この国では略して"太守"って呼ぶのが一般的なんだけど、太守は20歳から30歳程度の全国から選抜された若者5名で構成されている国防組織だ。
彼等は"天守殻"と呼ばれる特殊なパワードスーツを身に纏いテロリストや組織犯罪者と戦うことから
国のヒーローとして国民から羨望の眼差しで見られる。
当然、高い社会的地位と報酬の観点からも
人気ナンバーワン職業として名高いこともあり、
この役職に選抜されるには宇宙飛行士より
遥かに厳しい倍率を勝ち残らないといけないんだ。
奴らはエリート中のエリートってわけ。
...ということを、偉そうに語っている俺は栗原 誠一。そして当然、五天太守ではない。
他の皆みたいにテレビやYouTubeで太守の活躍を追っかけてる大学生だ。
今日も講義をサボって、大学のカフェテリアで太守達が武装したテロリスト集団と戦っている動画を観てるところだった。
画面をうっとりとした目で見つめていると、目の前に長い髪がバサッと降りてきた。ヘアスプレーなのか、シャンプーなのか知らないが、髪のいい香りが俺の顔全体を包み込む。
「おーおー、まーた講義サボって太守様の動画ですか。」
真上から見慣れた顔が覗き込んでいる。
若干タレている大きな目に、雪のように白い肌。
こいつは同じ大学に通う神木 真帆だ。
「んー。やっぱ超かっこいいわ!特に優ちゃん。俺も太守になって優ちゃんとお知り合いになりたい。」
「はいはい。そんなゲスな理由で太守になる奴がいたら即処刑してほしいわね。」
ごもっともだ。
「でもさ、もし...仮にだよ?俺が太守になったらどうするよ?」
「うーん、ならないんじゃない?それじゃ友達と予定あるから、またねー。」
そう言うと、真帆は小走りでカフェテリアから出ていった。
いやいや、『仮に』すら無理なんかい。
すごく惨めな気分だ...俺も今日は帰ろう。
そう思いノートPCをバックパックに詰めながら
カフェテリアのテレビに目をやると、緊急速報が目に飛び込んできた。
『宮沢第五天 国家不敬罪で懲戒免職』
一気にカフェテリア内がざわついた。
五天太守には第一天から第五天までのランクが存在し、宮沢 数人は最もランクの低いとされる、第五天の太守であった。
派手さはないが堅実に任務を遂行するイメージを持っていたが、一年ほど前から休職扱いになっていた。
一体何をやらかしたのだろうか。
不謹慎ながら、宮沢第五天のことは一瞬でどうでもよくなり、この状況にワクワクしている自分がいた。
太守の解任はこの国ではビッグニュースだし、
何より滅多に空かない太守の地位に1つ空きができたのだ。
もしかしたら自分も、という期待が湧いてしまう。
「...なんてな、まぁ無理だろーけど。」
俺は自分に言い聞かせるように呟いてカフェテリアを飛び出した。
大学を出て、駅へ向かって歩いていると、鼻に大粒の雨粒があたって弾けた。
空を見上げるよりも早く、激しい雨が地面を暗く染め始めていた。
「うわっ!マジかよ!」
近くにコンビニもなく、早く駅に着くために、俺は途中にある公園を走り抜けてショートカットすることにした。
公園を走ってる間、豪雨にも関わらずベンチに座っている人がいる。
変わった人もいるもんだ。
そう思いながら横を通り過ぎようとした際、
心臓が跳ね上がるほど驚いた。
ニュースで太守を解任されたと報道されていた宮沢数人、その人だった。
虚ろな目で雨打つ地面を見つめていた。
これまでテレビで見ていたような覇気は全く感じないが間違いなく本人だ。
こんなチャンス二度とないと思い、俺は思わず声を掛けた。
「あの...宮沢第五天ですよね?俺、大ファンなんです。」
こちらに気付いていないのか、全く反応がない。
「あのー...?」
もう一度声を掛けようとしたとき、微かに声が聴こえた。
「...死にたくない...。」
「...えっ?」
思わず聞き返した。
「...俺は間違ってなかった...。」
何を言ってるんだ、この人。
そう思って困惑していると、宮沢は急にこちらに
顔を向け、泣きそうな顔で真っ直ぐに俺を見つめた。
「...俺が間違っていたのか?」
何なんだよ、一体。
「いやー、あはは...。」
そう言って誤魔化すしかなかった。
不思議なことに、俺は宮沢に対して段々腹が立ってきていた。
自分がいかに恵まれているかを棚に上げて辛そうな顔しやがって。という嫉妬の感情だ。
「...何があったか知りませんけど、太守はこの国の希望なんです。それがこんなとこで弱音を吐いてるなんて、
正直少しがっかりしました。」
何を偉そうなことを言ってしまっんだろう。
俺は言った直後なら後悔した。
「...君の言う通りだな。」
「あの...すいません!偉そうなこと言って。」
宮沢は首を振って微笑んだ後、スボンのポケットから
小さなUSBのようなものを取り出した。
「...これを...。」
宮沢は俺にそれを差し出した。
「何ですか?これって...。」
「...君の正義を...表現する"鍵"だ...」
お互い、雨に打たれながら暫くの間見つめ合った後、
俺はその"鍵"を恐る恐る受け取った。
「...し、失礼します!」
俺は怖くて、逃げるようにその場を去った。
しばらくして振り返ると、まだ宮沢は地面を見つめていた。
まるで、そこだけ時が止まっているかのように。
家についた頃、俺は全身びしょ濡れになっていたが、
それ以上に宮沢から受け取った"鍵"のことが頭を離れなかった。
あれは夢だったかもしれないと思い、
ポケットに手を入れてみると、確かにあの感触があった。
"鍵"を取り出してしばらく眺めたが、やはり何なのか分からなかった。
「俺の正義...。」
そして、そう無意識に呟いた後、俺は深い眠りに落ちていた。




