夕顔の凋む朝、私という花だけが咲いていた。
昔、長編の為に心理描写の練習で書いた短編です。
また、ミッドナイトノベルズ(R18)の方でもドロドロ (ちょっと違う)とした百合の長編ローファンタジーを書いています。
もし短編が気に入って頂けた方がおられましたら、そちらの方も読んで頂けると、跳ねて喜びます。
https://novel18.syosetu.com/n2372fm/
あぁ寒い。
早朝の空は曇天模様、太陽なんて見えやしない。
新学期早々なのに寒すぎだろ。
気分が沈む最悪の天気だ。
雨が降ってくれたなら、親だって車を出してくれただろう。晴れならこんな気分になることも無いだろう。
空を見上げながら、来年度から始まる大学受験へ不安を含めながら白い息を吐く。
昔は口から出る白い息も面白がって吐いていたのに、今となっては何も感じない。
ゆらゆらと消えていく白を見ながら厄介事を思い出す。
あの子のことだ。
左手には懐炉、右手には携帯。
画面には、一週間既読がつかない『あけおめ』の文字。
付き合い始めて早三年、いやむしろよく三年も持った。
思えば別にあの子に特別な感情を抱いていなかった。
訂正しよう、たった今厄介事と思っていた事を思い出した。
付き合った理由なんて、断る理由がないからだ。
なにせ相手は女の子。断ったら逆に面倒くさいことになりそうだ。
厄介な理由は最近あの子は不登校であったからだ。
気をきかせてこちらからメッセージを送ってやったが、その既読もつかない。
あぁ寒い。
何故わざわざ女の子の制服はストッキングなんて履かなくちゃいけないのだろうか。
同じ服を着た生徒たちが視界に入る。
ああもう校門か。
古臭い木の板に私立北海女学園高等部と達筆で書かれた文字。
ここは日本屈指のお嬢様学校。
そして私はここの生徒だ。
つまり彼女とは女の子同士で付き合っていることとなる。
向かいの運動場には朝練をしている運動部の子たちが走っていた。
根も葉もない噂や「あいつがうざい、あいつが嫌い」などの罵詈雑言を可愛らしい唇で歌う少女達が並んで登校している。
古い木造建築の校舎に入り下駄箱に靴を入れ、上履きに履き替え廊下を歩く。
新学期始まって早々だというのに、ゴミ箱からあふれ出しているお菓子の袋たち。
終いには、教室の中からお嬢様とは思えない、ゲラゲラという下品な声。それも誰かを馬鹿にする類のものであった。
女子高の中身なんてどんな名門だって、こんなもんだ。
最初はみんな幼いなどと思っていたが、もう5年もこんな学校に通っているから、見慣れた光景というか、みんなだって色々抱えている、仕方ない、そういう風に気付かないうちに自分は割り切っていた。
そのまま廊下を進むと耳障りな声が後ろから聞こえてきた。
「あっ! ゆーじゃん! あけおめ〜いつも通りダレてんなー」
あぁ同じクラスの子。名前なんだっけか。確かクラスの力を握っている一人だったような。
あぁめんどくさい。適当にあしらうか。
幸いにも、あと数秒で教室に着く。
「寒い」
「えっそんだけ?確かに寒いけどさー。もうちょっと話そうよ、ゆー」
こいつのこういう所だ。めんどくさいのは。別に話す気もないくせに、何か寂しいから話しかけたくなるから話しかけてくる。所謂普通ということがそれなのかもしれないが。
「あけおめ」
同情に似た感覚でそれだけ言ったら、教室に着いたのでガラガラとドアを開ける。
いつもはくだらない話で賑わっているクラスだが、いつになく何かの話で盛り上がっていた。
新学期だからだろうか。
相変わらずゴミが汚い。
興味もないからそのまま自分の席に向かう。
クラスメイトから視線を感じるが、それは割といつものこと。
自分ではそうは思わないが、どうやら変人らしい。
変人は変人のオーラがあるみたいで何故か視線をこちらに向けてしまうらしい。
そのことを直接言われた時は、自分が変人であるという事のショックと話の下らなさに呆れて、クラスメイトには勝手にしろと言った覚えがある。
席に座り、授業の準備をする。
この学校は、進学校だからなのか律義に始業式はさっさと学校内放送で済ませてしまい、授業を新学期初日からやる。
めんどくさい、そんな怠惰な気持ちに見舞われながら授業の準備をすると、いつもより視線を感じる。
流石に全身が擽ったい。
なんだろうか、いや人付き合いなんて面倒な事はあの子の事で充分に理解している。
聞くのはやめて擽ったいのを我慢する。
そのままもどかしい気持ちを抱えたまま、クラスは朝のホームルームを迎えた。
そういえば、またあの子の席が空いていた。
クラスの担任の女性教師。よく笑い、ちゃんと駄目なことは怒る、優しい教師。生徒達からの評価もまずまずで、私もこの先生の授業、もといこの学校の先生の授業をより楽な推薦という道を獲得するためにちゃんと聴いて、定期テストでもまちまちの点数を取っていた。
その先生が、普段しないであろう、ましてや新学期早々では絶対にない、暗い顔で挨拶をした。
「みんな、久しぶり今年もよろしく。もう知っている人も居るかも知れませんが、これから全校放送で校長先生から重要な話があります。静かにして聴いてください」
その言葉に従うようにさっきまでの騒音が嘘のように静まる。
何かあったのだろうか。
いや、予感はしていた。
キンコンカンコーン
教室内に響く音、そして廊下からの伝導してきた音。二つの機械音が鼓膜を通り抜ける。
「全校生徒の諸君。あけましておめでとう。新年早々ですが、先日この学校の生徒に大変悲しい事件が起きてしまいました」
老いた女性……校長先生の声が響き渡り、クラスが少しザワザワとなる。
それを注意するように担任は声を上げる。
「2年B組の嶺岸芥さんがお亡くなりになりました」
機械音が混じった慎ましい声に耳を疑ったが、予感もあった為すんなりと何が起きたのか理解した。
どのようにして亡くなったのか含めて。
そう、呼ばれた女の子の名前は例の恋人の女の子だ。
もちろんであるが理解したが頭が受け入れようとしなく、頭が真っ白になった。
それから時間は数分経っていただろうか。
「…だから、嶺岸さんと仲が良かった生徒は放課後、職員室へ来てください。通夜は今日の夜、北海葬式場で17時半から行うので、嶺岸さんと仲の良かった子は制服で来るように」
担任の話なんて、最後以外全然聞こえなかった。
そのまま担任はドアをガラガラと開けて、教室を出て行った。
たとえ厄介事だと思っていたとはいえ、一応恋人同士であったあの子が私に相談なしで自ら命を…
ドクン、ドクンと心臓の音が外にまで聞こえそうな音で一定のリズムを刻んでいる。
ビクッ!
背中を這いずる嫌な電流が思わず肩を震わし立ち上がる。
理由はクラスメイトから声を掛けられたからだ。
「なにびびってんの、ゆー?」
けたけたと醜く笑う彼女。
こいつは私でもわかる。
姫岡莉里上っ面では献身的なお嬢様という雰囲気を持っているが、クラスの中でも一番といっていいほど、タチの悪い云わば性格の悪い、敵にしてはいけない人物であった。
そして何が起きたか確認した今、もし彼女達に芥と付き合っていた事がバレてしまったのではないかと思ったら、私の身体から血の気が引くことが分かった。
肌の表面からプツプツと汗が吹き出し、下着が湿る。
「べっ別に……いきなり声かけられてびっくりしただけ」
精一杯焦りを見せないように抵抗するが、口が震えて声に力が出ない。
危機感、焦りが心拍音になって考えをかき乱し、余計にまずい状況になることしか頭に浮かばない。
「ふーん……そうなんだー。"ところで"さぁ……」
その”逆説”を意味する単語。
それは今の私を絶望させるのに十分な言葉であった。
「ゆーって”芥と付き合っていた”ってほんとぉ?」
わざとクラス全体に聞こえるような大声で、それも醜悪に満ちた顔で。
これから先の未来に対して、深く絶望したとき視界が真っ暗になるということはこういうことか。
目に入る光を身体が認識しても、脳に伝える力も残らない。
くすくすと周りから私に向けて嘲笑する声が聞こえる。その中にはさっき廊下で話しかけてきた奴の声もある。
気づいてて、あいつは話しかけてきたのか。
いや気付かなかったのは私で、私が人間関係を嫌がっていたから。
「黙ってたらわかんないんだけどぉー?」
足にさえ力がなくなり、立つことすら辛くなってくる。
それでも私はこれまで積み上げてきた推薦入試の為の努力を泡にしない為に、この場をになんとか切り抜けなければいけない。
大丈夫だ。あの子とは別に本気で付き合っていたわけじゃない。というか付き合っていたなんて証拠どこにもない。
なるべく、声が震えないように大きく口を開く。
「何言ってんの? だいたい女の子同士なんてありえないし、人付き合いが嫌いな私が人と付き合う訳無いじゃない! そんなに言うなら芥と私が付き合ってた証拠出してみてよ」
大丈夫だ。完璧のはず。きっとたまたま芥と一緒に帰ってたところとか見られてただけ。そもそも私があの子に対して、恋人らしいことなんてした覚えはない。
足に力が戻っていき、なんとか切り抜けたと確信し、安心からか大量に出た汗が本格的に下着に染み込みベタついて少し気持ち悪い。
冬だっていうのに、暖房の効きすぎではないか。
がしかし
クスクスと笑い声が聞こえた。それも抑えきれずに吹き出すような笑い方。
そして目の前を見て、ゾッとする。ついには汗が顔にまで現れ始め、身体中嫌な湿り気でヒヤリとする。
「アハッ……! じゃあさ、この動画何かなぁ?」
莉々は携帯を愉悦に満ちた顔で見せつけてくる。
画面には眼鏡をかけた少女。芥だ。
何を言っているの?
「私は……丁香花……夕さん……ゆー……と……」
嘘でしょ……何これ……
やめて……言わないで……
「恋人関係です……。どうか、あの子に……」
芥が何かを言いかけたところで、動画が終わる。
一瞬だけ見えかけていた光が真っ黒い闇へと変わる。
足が震えて、まともに立てない。目に汗が入って視界がもう機能しない。
それはこの後に受ける仕打ちが容易に想像することが出来るから。
「んー? どうしたのー、ゆー? もしかしてやましい事があったから芥と付き合っていないなんて嘘をついたの?」
嬉々とした声。
「言い変えよっか? 芥の自殺を止めることができなかったから、ゆーがそもそもの自殺の原因だから嘘付いたんじゃないの?」
ガラガラガラッ
「おい授業の時間だ! 席につけ!」
クラスのドアが思い切り空いた煩い音が聞こえ、先生が入ってきた。
こちらに注目していたクラスメイト達は残念そうにしながら、それぞれの席に戻る。
助かったのか?
だが、姫岡莉里は私に耳打ちする。
「後でたっぷり言い訳を聴かせてね。」
血の気どころか、魂までもが身体から引いていく。
この女そこまでして私を陥れたいのか?
姫岡莉里の執念が絡みつく中、自分の席に動かない足を腰使い引きずりながら戻った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
結論を言うと、教室から逃げるしか無かった。
廊下でも、私と芥の関係を噂する声。
時間をおいて冷えた私の体は古びた校舎の廊下を駆け抜ける。
だか走っても走っても、耳にこびりつく、少女達の囀り。
授業なんてもう聴く気にもなれなかった。
50分間ずっと考えてた。
どうして芥が自殺をしてしまったのか。
それは私のせいなのか。
もしそうだとしたら私はどうするべきなのか。
私が芥の自殺の原因を負わされてしまった場合、大学入試が推薦では無くなってしまうのではないか。
そして、そうならないように取るべき最善策を。
それが職員室に逃げる事、そして先生達に相談して、味方につける事であった。
ガラガラ
相変わらず建てつけが悪いのか、それとも老朽化なのか、引き戸の音が煩い。
「失礼します。」
とりあえず、一番話しやすいのは担任だ。
すぐさま彼女を見つけ、そちらへ歩み寄っていく。
どうやらこちらに気づき声をかけてくれた。
「どうしたの? 丁香花さん」
少しやつれ気味に聞いてくる。
おそらく推察ではあるがこの事件について、マスコミなどの対応で疲れているようであった。
そんな担任を見て、少し戸惑うが、普段自分が人にどれだけ無関心か、どれだけ切迫詰まっているのかを思い出し話をする。
勿論、私はこういう時こそ、自分の知っている事を全て正直に言う、それが最善だと思っている。
だが話をしようとした時、先生の方から話しかけられる。
「ごめんなさい、多分嶺岸さんの話よね? 今学校の先生達、マスコミの対応をしなくてはいけないの。学年主任も、他の先生も……そうね今日はちょうど月曜日だから申し訳ないけどスクールカウンセラーの方に相談してもらえないかしら。先生、彼女と仲良いから後でちゃんと聴いておくわ。ごめんなさいね、直接聴いてあげられなくて……」
普段では見せない弱々しい姿と発言。それ程までにマスコミの対応は精神的にくるものなのか。
だがしかし、私はもう教室に戻る訳にもいかない。それだけは説明しておかなくてはならない。
「すいません、先生。これだけは先生に伝えておきたいんですが、本当にすいません。いいですか?」
必死になって言う。
勿論こんな事したい訳がない。
そもそもこういうことが嫌だから人間関係から逃れようとしていたのに。
「えぇ、手短に頼むわ」
自分の感情を犠牲にしてまでの効果があったのか、先生は私に起きていることが只事ではないと感じ取ってくれたようであった。
「今、私が教室にいれば、確実にいじめの対象になります。お願いです。今日は先生の時間が開くまで、授業を受けず、保健室かどこかに居させて頂けないでしょうか? 詳しい話は後で言いますから」
今私を陥れようとしているクラスメイトが誰かということまでを言ってしまったら、先生は混乱するだけだ。
さらにその方が、私の言い分に耳を傾けてくれると思った。
先生は目と目の間を指で押さえ、数秒間唸った。
「…そういうことね。これだから女子校は…。分かりました。これ以上のまずいことが出てきても学校のメンツに関わりますし、許可します。但し絶対に今日の授業が全部終わるまで保健室から出ないこと、それが条件。今日授業の担当の先生には私から言っておくから、授業が始まったら静かに保健室に行きなさい。六限目が終わったら私が迎えに行くわ。」
その言葉を聴き、ほっと安心した。これで余計なボロを出さず、ストレスを溜めることなく、安全な場所に避難することができた。
「最後に、よく先生に相談してくれたわね。ありがとう。こんな私を頼ってくれて。正直、今精神的にまいっている状態というか、彼女のことを気付けなかったことに責任を感じていたから。」
うつむきながら、先生は言う。
「私もです。」
その言葉が普段しない共感として私の口を開かせる。
「ごめんなさい、こんな事、貴女にいう事にじゃなかったわね。忘れて頂戴。」
それだけ言うと先生は立ち上がって、次の教科の先生に私の話をしに向かった。
そうか、当たり前かもしれないけど、先生も責任を感じていたんだな。
私は……どうなんだろうか。
先ほどまではパニックになっていたが、今は自分でも嫌になるくらい自分らしさというものを貫いている。
それはひどく自己的で、冷酷なもの。
そんな考えが芥の自殺を促した。そう考えてしまうと身の毛がよだち、喉の奥がしょっぱくて痛いそんな感覚に襲われる。
本当にこれでよかったのか。
天井に付いているスピーカから鳴るチャイムにそんな思いをかき消されながら、私は保健室へと向かう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ゆー」
私にすり寄ってくる、少女の声。
本当にどこかへ行ってほしい。
いっそのこと死んでしまえばいいのに。
例えばそれで少女が死んだとしよう。
困るのは、学校とその家族だけ。
その『程度』なにも思わない。
だが事実、彼女が死んでしまって困ったのは私だった。
考えてみればそうだ、少女の死の責任の所在は恋人である私だった。
しかしそれに気づいたのは彼女が不登校になってからであった。
私は断罪されるべきなのか?
それともそれは罪といっていいものなのか?
「好き……大好き……」
受け止めきれない恋慕。
そもそもあの子はなぜこの感情を持ったのか。
今となってはそれは分からない。
ただ今になって見ているのは、昔の夢なんだろう。
それに気づいた瞬間、それまでただの黒であった眼に映る景色は夕顔の咲くあの花畑になる。
あの花畑……修学旅行の自由行動で夕方に彼女とたまたま見つけた場所。
紅く染まる空と群れて咲く白い花々。
目の前には、同じ学生服を纏っている眼鏡少女が立っている。
「芥……」
呟いて彼女の名前を呼ぶ。
それは恋慕なんてものはなく、ただ「あぁ……そこにいたのか」というような声色。
強い風が吹き長い髪が棚引き、眼に幾多もの線が映る。
芥は頰を赤らめた小さな顔でコクっと頷く。
年よりかは少しばかり幼く見えるが、凛としていて眼鏡を外せば、素直に可愛い気のある子になれるポテンシャルはあると思う。
そんな感想でさえ、私にとって"そんな特別なもの"を注ぐ理由にはならない。
ただ私は他人のエゴイズムを満たしていて、そこに感情なんて存在しない。
それだけ、それだけすればきっと誰にも嫌われず、愛されて、楽に生きられるだろう。
「どこで間違えたんだろうね、私」
「間違い?」
芥は首を傾げて訊き返す。
「きっとこれから私は社会的に幸せに生きていくことが出来なくなるよ、貴女のせいで」
これが夢だからこそ普段の私を捨てて、彼女を攻めたい。
一時的にでもいい、自分に責任があるなんて思いたくない。
それで彼女が泣こうが怒ろうがこれは夢の中。
だが、芥はちょっと困った顔で笑いかける。
違う、、、
私がしてほしいのはー、、、
どんどんと芥との距離が離れていく。
夢なら
お願い、、、
「もう一度私に夕顔が「罪の花」だという事を私に教えて。」
ー眩しい。
古い木造の天井に後付けされた、LEDライトが眼に刺さり痛い。
顳顬に何かの存在感を感じるがそれは自分とは程遠いものだと感じ、擦り取る。
消毒液の臭いが鼻につきツンとする。
そうか、私は保健室に来て特にやることがないから、ベットを借りて寝ていたのか。
見渡すと普段は見慣れない光景に非日常的な感覚を覚えるが、今は関係ない。
そんな感情に浸るより先に彼女の事を考えなくてはいけない。
時間を確認しようとする。
ん……?
カバン。
なんであるんだ?
ーあぁ、きっと先生が持ってきてくれたのか。
カバンから携帯を取り出し、電源をつける。
急に携帯が何度も振動を繰り返す。
「1121件の通知があります。」
画面にはその文字が書かれていた。
特に理由もなく入ったクラスのグループチャットが異常なメッセージ数の原因であった。
「頭悪いんじゃないの……」
それだけ自分だけに聞こえるような声で言い、時間を確認したら携帯をカバンに投げ戻す。
15時57分ー。
おそらく、担任の先生は16時30分頃にくる。
考え直してすぐ、携帯をカバンから取り出す。
「1251件の通知があります」
呆れてつい溜息をつく。
メッセージアプリのグループのトーク履歴と通知をトークルームを見ずに消した。
検索アプリを開き、自殺について調べる。
どうして人は自殺するのか。
こんな事一度も考えたことなんて無かったといえば嘘になるが、そんなことは深く考えず、不確定な情報源であるインターネットに頼ることなんてしなかった。
…
数分いくつかのサイトで見てみたが、はっきりとは書かれていない。
むしろよく分からなくなったというのが本音。
そろそろ先生が来そうなので、カバンに携帯を入れる。
ガラガラ
来た。
「あっ……丁香花さん、起きたのね。確かにショックで寝込んでしまうのは分かるわ。」
心配をするように先生は駆け寄ってきた。
「それじゃあ今回の事聞かせて貰ってもいいかしら?」
コクっと頷く。
「私は芥さんと付き合っていました。」
きっぱりと言う。
「今生徒たちが噂しているのは知っていたけど…」
先生も流石に驚いた。
「まぁよく聞く話ではあるわね……」
続けて先生はため息を吐くが、直ぐにため息をついたことについて謝る。
「それは別に良いんです。私は別に芥さんの事、なんとも思っていなかったし、ただ付き合っていてあげただけですから。」
「ちょっと待って。整理できない」
先生は会話を止め数秒間頭を抑える。
「…いいわ、続けて」
「はい、それで私クラスの子から言及されたんです。芥さんが自殺した原因は私にあるんじゃないかって。私は芥さんに対してそんな事した覚えないですよ!私が責められて責任を取る事じゃない、そう思いませんか?」
なるべく辛そうに言う。
そうすれば同情を得られるから…
「もしかして丁香花さん、言い方が悪いかもしれないけど、責任逃れしたいって思ってる?」
先生は突然少し声を強めにして言う。
少し先生は怒っているのだろうか。
それに気づいた時には遅かった。
「丁香花さんは確かに優等生だし、貴女の言う事は信用しているわ。だけど、貴女が今している事は責任から逃げることよ。」
怒りと言うよりかは子供を注意するような言い方。
しまった…
考えてみればこの作戦は最初から破綻していた。
人はよく自分以外の責任を取らされてしまう。だから責任から逃れるのではなく、見つめ合って、抱き込み、そのまま堕ちていかなければいけない。その通過儀礼として私たちは様々な経験を通して、責任を取るという事を覚える。
今回の場合に当てはめてみてもそうだろう。
芥の自殺の直接的な原因にならなくても、私が止められたのではないか、という疑問が湧いてくる。
先生はそこを突いてきた、というよりかはそもそも大前提として、先生も責任を取るべき人間の一人であるから、私が逃れる事は教育者として許せないから、本来ならそれは先生が私に対してしたかった事。
だから破綻している、そういう事だ。
ならば私がなにをしたかったか。
それはただ感情論で押し通して、先生を味方につける事。
確かに今から、これ以上私がいじめを受けて精神的に病んでしまったらどうするんだと言うこともできる。
しかし、それを自ら言う事自体違和感があるということと、正当な責任の取り方をすればいじめられないだろうという意見が帰ってくる。
結果的に、人ひとりを死なせてしまった時点で私の人生において責任を取るという行為が発生してしまった。
でも出来るだけ傷は深く残したくない。
「先生! 違います、私は……」
「違わないわ、不可抗力かもしれないし、間違っている事かもしれないし、貴女自身嶺岸さんが亡くなって辛いかもしれない。でも貴女責任を負わなくちゃいけない事なの。」
先生は目を合わせてくる。
この視線から目をそらしてはいけない。
声がまた震える。
「じゃっじゃあ、責任ってどう取ればッ! 何をすればッ! 芥が! 私を許してくれるの!?」
心が乱れる。
無茶苦茶な事を言わないでよ。
「落ち着いて。貴女が悪くないってきっとみんな分かってる。」
また矛盾した事を…
私が悪くないと言う事をみんな知っていたら私が責任を取る理由にはならないじゃない!!!
大体クラスの奴らは私を陥れようとして!!!!
「とにかく、落ち着いて聞きなさい。クラスの子達に説明しろって言ってる訳じゃないわ。でも嶺岸さんの家族には貴女が事情を説明する責任があるわ。」
そんなことしたら、責められるに決まっている。
「無理ですよ……人の命の責任を取るなんて……まだ高校生ですよ?」
声が音になろうとしない。
「大人になりなさい」
その言葉を聞いた瞬間、私の先生に対する評価がガラリと変わった。
そんな周りの人たちを気にするような人ではないと思っていたから。
「っ……」
絶句してしまう。
「とにかく、嶺岸さんのお葬式がそろそろ始まるから、行くわよ。そこで嶺岸さんのご家族とお話をしなさい。ご家族にも多分あなたと嶺岸さんが付き合っていたことが伝わっていると思うの。だから、多分色々聞かれるし、責められるわ。申し訳ないけど、私には何もできない。さあ、車に乗せてあげるから、ついてきなさい。」
手を掴まれ、引っ張られた。もう抵抗する気力もない。
逃げ出したいという気持ちだけが、私の頭の中にあった。
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葬式場に向かうまでの車中は気まずく、もうこのまま交通事故にあって死んでしまいたい、と思うくらい憂鬱であった。
誰かの葬式に行くなんて、そもそも経験したことない私はそれが通夜なのか、それとも葬儀なのか告別式なのかよく分からない。そもそも葬式に色々なモノがあるなんて知らなかった。
どうやら今日のは通夜らしい。
クラスメイトは全く居なくて安心をした、特に姫岡莉々が居ないことに心底ホッとした。
同時に芥には仲の良かった友達なんていない事を思い出した。
私もそうだった。断るのもめんどくさかったのもあるが、そうだったから暇つぶしに彼女と付き合った。
勿論、芥のように周りについていけないから友達ができなかったわけでは無い。
芥は時々言っていた。
「ゆーのその人に対して冷たいけど、ちゃんと会話してくれる、そんなコミュ力私も欲しいなー」
と。
私からしてみれば、いきなり告白する方が凄いコミュ力の持ち主だと思うが、私以外にはどうやら話しかけられないらしい。
そんな訳でクラスの面々はここには居ない。
葬式会場は綺麗過ぎて、ここに本当に死体があるなんて思えなかった。
今は17時頃。
受付は17時半から、そして18時から式は始まり、そこからお経を読んだり、焼香を行う。
少々早く着いたのは、やはり芥の遺族と話をする為に先生が早めに行動してしまったからだ。
会場に入ると、眼鏡の40代くらいの女性と50代くらいの背の高い男性と私より年下の男の子がひどく傷ついている様子であった。
彼らが芥の家族なのだろう。
どのように話しかければいいのか私は判らない。
話しかける気なんて、毛頭無い。
しかし、後ろにいる先生がそれを許さない。
先生は私を引っ張って、遺族に挨拶をしようとすると、芥の母親らしき人がこちらに気づいた。
「あら…?先生、お早いですね。どうかしたのですか?」
成る程、芥は母親似なのか。
だが今はそんな事気にしている余裕はない。
こちらには言葉には出なくとも、怒りのような視線を感じる。
「この度はどうも、芥さんのことは本当に悲痛な思いをしていると思います。」
先生は深々と頭を下げ、それに合わせて私も頭を下げる。
「そちらの生徒さんは?」
芥の母親は聞いてくる。
私はどう答えようか、迷う。
あたり前だ。
友達と言ってしまえば、嘘。
恋人と言ってしまえば、私が責められる。
早く答えなくては。
「私は芥さんの……恋人です……」
私は恋人と言った。
「貴女が例の丁香花夕さんね…」
まるで知っていたかのように言った。
「丁香花夕だと?」
一方、私の名前を出した瞬間芥の父親と子供の方がが反応し、私を見る目つきがより一層悪くなる。
「で、なんで丁香花さんがこんなに早く芥のお通夜に来てるの?」
芥の母親はそのまま問いかける。
「それは、説明しなくちゃいけないことがあるからよね、丁香花さん」
先生は余計な口出しをする。
「そうなの?」
再び私に問いかけるように、彼女は聞いてくる。
だが、
「母さん、そいつは姉さんを見殺しにしたんだよ。今更何を言っても、姉さんは返ってこない。」
「そうだ。今頃なぜそんな、芥に彼女なんて出てくるんだ! おかしいだろ! 女同士なんて。馬鹿にしてるのか!?」
男の子や父親は私を非難してきた。
胸の奥底がズキズキと痛くなる。
「お前に芥の通夜に出る資格も、我々の前に姿を現わす権利も無い!恥を知れ!」
生まれて初めて、こんな罵声を浴びせられ、身が震え上がるほどに恐ろしい視線を感じた。
痛い。
ズキズキ
ズキズキ
どうして……どうして……私がこんな気持ちにならなくちゃいけないんだ…
そうならないために今まで人に危害を加えず関わらないようにして過ごしてきたのに。
どうして……?
「私は……芥さんに恋人になって欲しい……と言われました。」
声を絞り出す。
手を強く握りしめて。
ゆっくりゆっくりと
「どういう事だ……?何が言いたい?」
芥の父親は怒気を含む声を出す。
「私は芥さんにただ……付き合っていただけです……私は芥さんの事、大事だとかなんとも……」
グイッ
「 ふざけんなよッッッッッ!!!!!! 」
物凄い勢いで男の子に胸ぐらを掴まれた。
プツン
何かがキレた
もういいや、本当の事言っただけなのに。
なんで理解できないんだろ、芥の人間性を。
こいつら馬鹿じゃないの。
信じられない。
握っていた拳から力が抜ける。
「 ふざけてんのは貴方達でしょう!!!! 」
思いきり叫び、胸ぐらにある手を振り解く。
「貴方達が芥の居場所にならなかったから仕方なく私がやってやったんだよ! 感謝してよ! 権利が無いって!? そんなんこっちから願い下げだ!!!!」
喉が枯れそうになるまで叫び吠える。
空気が震えてるのが分かる。
「勝手にこのアホ教師が責任がどうのこうの言い出して無理矢理連れて来たんだよ!! 芥が自殺したのは貴方達のせいだよ!!! 責任を私に押し付けたきゃ勝手にやってろ!!! 分かったか!?家族の責任も果たせないような屑ども!!!」
周りの人間に指を刺し、無我夢中で感情表現をする。
やってしまった。
今まで耐えてきたのに。
だから人と関わってこなかったのに。
「なに言ってんだよ!!!!!!」
男の子は私に殴りかかるが、周りの大人達に止められてジタバタしていた。
「あっあの、丁香花さん……」
芥の母親は怯えながら私を呼ぶ。
「帰る」
それだけ言い私は葬式場を後にした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
建物の外に出たが、先生が追いかけて来る。
「待ちなさい! 丁香花」
止まってやる。
「呼び捨てですか?はぁ……この程度で私に対する認識が変わっちゃいましたか?」
呆れた顔で私は言う。
「そんな事はどうでもいいから芥さんの遺族に謝りなさい!」
この後に及んで私に謝罪を要求する。
「は? なんでそんな事しないといけないんですか? 私を怒らせたのは貴女含め遺族もでしょうが。そんなんだから芥が自殺したって本当の事言っただけじゃないですか。」
パチンッ
痛
「何するんですか。」
・・・
「生徒に手出していいと思ってるんですか?」
・・・
もう他人の言葉なんて耳に入らない。
「もうちょっとはっきり喋ってくださいよ」
・・・
「ったく先生失格ですね」
・・・
「何も無いんですか?帰りますよ?」
・・・
「言っておきますけど全部貴女達大人が悪いんですからね。」
・・・
「もう関係ない子供巻き込んで、善人気取りはやめて下さいね」
もう何も聞こえない。
彼女の言葉すら私の認知の外へと追いやったから。
その場を立ち去った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
我に返って冷静になった時にはもう私は駅の改札にいた。
なんでこんな所に……
しかし……このまま何もせずして家路につくのも嫌な気分だ。
何処か遠くへ行こうか。
遠くへ行けばきっと全部忘れられる。
さて何処へ行こうか。
あの花畑が思い浮かぶ、というよりかは引きつけられるような、行かなくてはいけないような、そんな心残りが私に決断をさせる。
そうと決まったので、携帯で親にメールを送る。
『今日友達の家に泊まるから夜ご飯要らないよ。』
この手を使って何度も夜出歩いたりしている。
すぐ返信が来た。
『分かりました。気をつけてください。何があってもお母さんは味方だからね。』
「ははっ、母さんには敵わないなぁ……」
驚きで思わず声を漏らしてしまう。
『ごめん、理由はまた後で話すから。後明日学校休みます。』
『大丈夫よ、夕。助けて欲しい時には言ってね。』
「ありがと、母さん」
私はどうして、母さんみたいな人になれなかったんだろう。
また顳顬に何かが流れる。
あーあ、やってしまったな。
それは私らしく無いものだから、必死に擦り取る。
でも、溢れてくる。
どうやら電車が来たようだ。
部活を終えた同じ学校の生徒達が楽しそうに電車に乗る。
少しだけ羨ましかった。
だから目を抑えて、乗車した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
数時間電車に揺られる。
結局、夜だと咲いていても見えないから、花畑の近くにある唯一の民宿に泊まる事にした。
流石に冬の野宿はキツ過ぎる。
でも良かった、こんな所に民宿があって。
どうやら老夫婦で経営している民宿のようだ。
見た目は古いが、中から溢れてきた光に誘われて、足を運んでしまった。
ガラガラと扉の音は鳴るが、老朽化がより進んだ学校より幾分かマシだろう。
「あら、こんばんわ。これはまた可愛いお客さんね。もしかしてお花畑に来たの?」
笑顔が素敵な老婆だった。
「あっハイ。ありがとうございます。」
いつも通り可愛げの無い反応を出す。
気付いて居ないのか、そんな私の反応すら可愛げのあるものとして受け取ったのか、そのままの笑顔で語りかけてくる。
「照れなくてもいいのよ。女の子はこれからもっと綺麗になるんだから。そういえば一ヶ月くらい前に貴女と同じ制服を着た女の子が来たわねぇ…名前なんて言ったかしら…」
その言葉に驚き、少し大きめな声で反応してしまう。
「もしかして、その子、背が低くて眼鏡かけてて、結構子供ぽい顔でしたか?」
「そうそう、もしかして夕ちゃん? なら手紙に書いてあった事も本当だねぇ。」
「はっはあ……」
手紙……?
「そうねぇ。この子かもねぇ。ちょっと待ってて。」
おばあちゃんは杖を持ち、ロビーを離れた。
数分後、おばあちゃんは手紙を持って帰ってきた。
「あったあった。これ、そうそう嶺岸芥ちゃん。」
封筒には彼女の名前と私の名前が書いてあった。
何故彼女の手紙がこんな所に…
「きっとこれ貴女宛の手紙よ。あの子が泊まった部屋に忘れて置いてあったの。封もしてなかったから中身見ちゃったけど。」
心臓が止まるかのような驚きが私を襲う。
「すいません、読ませて頂いてもいいですか?」
焦りつい私は言ってしまう。
「いいけど、宿代払ってね」
予想外の返事にさっきまでの驚きが嘘のようになり間抜けな返事をしてしまう。
「はっハイ」
お金を財布から出そうとする。
「はい、300円ね」
にっこりと笑顔で言う。
「・・・いや、安すぎませんか?」
「ウチは趣味でやってるし、学生からはお金全然取らないように主人がそういう風にしてるの。まったく……」
片目を閉じ、シーっと人差し指を唇の前で立てる。
「ありがとうございます……」
今日は散々な目にあった為か少しの事でセンチメンタルになりそうだったが、心が温められたような気がして、この老婆のことが天の使いか何かだと思ってしまう自分がいた。
世の中には沢山気遣ってくれる人もいる。
「ほら読んでおいで、あと読み終わったら夕ご飯用意してあるから食べに来なさいね。」
微笑み、部屋の鍵を渡してくれた。
「本当にありがとうございます」
荷物を持ち、部屋へと向かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
部屋に着く。
この民宿思っていたよりも綺麗…
ははっ、学校より全然マシじゃん。
制服のまま地べたの畳に大の字で寝転がり、手紙を開く。
芥……こういう手紙はちゃんと直接渡すか、送りなさいよ……
心の中でそう思ったが、私は芥の性格を思い出して仕方ないと思い直した。
封の切られた封筒の中身を覗くとそこには折りたたまれた二枚の紙が見えた。
封筒に手を突っ込んで紙を取り出す。
分からないけど、ここには芥が私に向けたものがあるのだと思う。
むしろ彼女の自殺のことなんて書いてあったら、民宿の人が学校に伝えていてもおかしくないだろう。
どちらの紙か開くのを迷ったが、裏に『先にこっちを読んで』と書いてあったのでそちらを開いた。
びっしりと綺麗な文字が敷き詰めれれている。
『拝啓 私の大好きだった夕へ
久しぶり、嶺岸芥だよ。
どうしてこんな手紙を書いたのか、それは私がずっと前から心の奥底で考えていたことを実行するため、最後に夕と出会えたことに感謝する為です。
きっとこの手紙は夕の目には入らないかもしれない。きっと夕じゃない人にも見られてしまうかもしれない。でもそれは学校の人たちや家族に見られるより、ずっとましだからこんな形になっちゃったけど手紙を渡します。
いま読んでいるのが夕じゃないなら、この先は読まずに、もしも夕が訪ねるようなことがあって夕が辛そうな顔をしていたら、どうか渡してあげてください。
夕にはいろんな迷惑を掛けちゃったと思うんだ。私が夕の隣にいるときも、いなくなってしまった後でも。先に謝っておこうと思って、ごめんね。
私は夕からうっとうしがられていたことは分かっていたつもりだった、でも夕に依存することがやめられなかった。最初から夕が人に何かを頼まれたら、無視できないことも分かっていた。それでも誰に対しても不器用だし、誰に対しても冷たくしていても、魅力的だから話しかけられてしまう。そんな風に夕が周りから思われていて、そんな夕を見て、羨ましかった。私もそんな風になりたかった。学校の子もそんな風になりたいって、心の中でも思っていたと思うよ。だからみんな夕に話しかけるし、嫉妬もしていたんだと思う。
ごめんね、話がずれちゃったね。私はそんな夕みたいになりたくって告白したの。それで夕の隣にいて、いろいろなことが分かったの。私はずっと変なことを考えていたんだなって。夕に会う前は人からなにか言われるのがとっても怖かった。そんな人世界に私しかいないって思っていた。だけど夕は怖がりながらずっと一人で戦っていた。それで何もしない私が弱虫みたいだった。
それで夕みたいに戦えなかった私は夕以外の人と深く交わらないようにしたの。いろんな人からそれは「逃げ」って言われていることだよね。でも弱い私は逃げることしかできない。もう気付いてるかもしれないけど、私がこれからすることは最後の最後の逃げの手段。それを選んだのは私だから。
あと夕がこの手紙を読んでいるってことは、ちょっぴりでも私に罪の意識を感じてしまっているかもしれないから言っておくけど、そんな感情丸めてごみ箱に捨ててくれるとうれしいな。
夕がくれたものは、決して多くはなかったけど、大切なものだったから。ありがとう、こんな文字じゃ伝えられないくらいの感謝の気持ちが私にはあるよ。
長くなったけど、最後にもう一回貴女に教えるね。夏に咲く夕顔は『儚い恋』でもあるけど、『罪』でもあるんだよ。もし夏にここの民宿に来たならもう一つの方の手紙は春になってからここに来て、朝にここで読んでほしいな。』
「ばーか、なんで自殺が最終手段なんだよ…」
読んでいる最中、芥に対していろいろな感情が湧いた。
言葉で形容しきれない、そんな感情だった。
そして意外と思い切って行動していたためか、忘れてしまったことがある。
今は冬だから、夏に咲く夕顔は見れない。
そして代わりに、春にまたここに来いということ?春になれば何か変わるの?
書かれてある通り芥に従って、二枚の紙を封筒に戻し、カバンに入れる。
顳顬と瞼をこすり、夜ご飯を食べに行くことにした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あれから3か月。
色々なことがあった。
学校の先生たちからの評価はガタ落ちだし、クラスの奴、特に姫岡莉里からは陰湿ないじめを受けるし、芥の家族が家に怒鳴り込んでくるし、その他色々。
まあなんだかんだなんとなる問題はお母さんやお父さんの協力もあって解決できた、というか芥からの手紙を読んで、私も反省というか色々な事に懲りてしまった。
でも、もうそんなことは私にとってどうでもよかったどうでもよかった。
今は春休み。
来年度からは受験だし、結局頑張らないといけない羽目になったから、今まで以上に頑張ろうと思う。
なので、いまのうちに芥との約束だけ果たさなきゃいけない。
「お母さん、今日と明日出かけてくるね」
家から出る為、親に連絡だけしておく。
「そう?今度はどこに行くの?」
母親は笑顔で聞いてくる。
「あの子に会ってくる」
母親の目をまっすぐ見ていった。
「今度はほんとのことみたいね。夕ならきっと大丈夫よ。いってらっしゃい。」
「うん、ありがと」
外に出て、あそこに向かう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
電車に何時間も揺らされあの民宿についた。
「久しぶりです」
店に入る。
「あらぁ、久しぶりねぇ、元気?って言うか吹っ切れた感じになったわね。」
笑顔で話しかけてくれる民宿のおばあちゃん
「はい、おかげさまで。」
照れながら答える。
「また可愛くなったわね。さすが年頃の女の子。それで、今日はお泊り?」
褒められると、やっぱり照れ臭くなる。
「はい、お願いします」
「はい、300円ね」
「やっぱり安くないですか?」
それでもやっぱり、民宿のおばあちゃんは片目を閉じ、シーっと人差し指を唇の前で立てる。
「じゃあ、甘えますね」
「そうそう、子供は大人に甘えるものよ」
「ありがとうございます」
そこには、この人の前だと照れてしまう自分がいた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次の日の朝、
日がまだ暗く、春だというのに少し寒い。
外に出て数分間歩くとそこにはあの花畑があった。
だけど、咲いていたのは夕顔じゃない。そして背の低い木々に花が咲いている。
花の名前はわからないけど、美しいピンク色や白色、紫色の花々だった。
ここで二つ目の手紙を開く
『久しぶり、ゆー』
声がしたそれは幻聴かもしれない。はたまた、ただ手紙の文字を、文字以上に認識してしまっている私の心の声なのかもしれない。それとも神様が奇跡をくれたのか。
確かにあの震えて今にも消えてしまいそうな声だったものが聞こえた気がした。
「芥」
心の中で呼びかける。
『この花はね。ライラックって言うんだ。』
「ライラック?」
『そう……花言葉は『思い出』『友情』あとは、色によって違うけど『恋の芽生え』とか。これは私からの精一杯のプレゼント。私に関わってくれたお礼だよ。知っているかもしれないけど私はゆーにこの花言葉みたいなことを思っていたの。この感情はとっても素晴らしいものだから、おせっかいかもしれないけど、ゆーにも私じゃない誰かにこの感情を持ってほしくて』
「そっか」
『きっと嫌だったよね。私の隣に居た事』
「うん、そう思ってた」
『だって、いつも嫌そうな顔してたもんね』
それを聞いて少し複雑な気持ちになった。
だけど、芥に出会えたこと、それを嫌だとかそういうもので括ってしまうのは、今の私を否定することだし、それを謝るのは芥が恋をした私を否定すること。
だから私は
「そうね」
認める事しか出来ない。
だけど、芥が出した答えは違っていた。
『 だから、大好きだったゆーへ。今から最後の最後の言葉を書くね 』
風が吹き抜け、髪が揺れる。
『 さようなら 』
風が涙を拭き取っていく。
そっか、こんな私をキミは許してくれたんだね…
そして、私もキミのことが……
気付くのが遅かったよね……
でも、もし叶うならこれだけキミに届いてほしい。
「 ありがとう。私はキミのおかげで人を好きになれたよ 」
あぁ…
なんて哀しくて…
なんて儚くて…
なんて喜ばしいのだろう…
私はこの感情に何という名前を付ければ良いのだろうか
「これが人に恋をするという事ですか?」
風の吹く春の花畑、
季節外れの夕顔の凋む朝、
そこには、
丁香花という花だけが咲いていた。
ー終わりー