ヒロインなんてお呼びではないのです。
此処が乙女ゲームの世界だと気付いたのは何時だったかと言えば、私が四歳の時だった。この国の王太子の婚約者探しのために私達姉妹は王宮に足を運んだ。その当時、王太子の婚約者を探すために王太子と年の近い娘達は王太子の遊び相手として王宮に顔を出す事になっていたのだ。
王太子であるアルセイ・ジッダーガ様は私より一つ上で、私のお姉様と同じ年だった。
私はその美しい銀髪の王子様を見た時に、此処が乙女ゲームの世界だという事に気づいた。私には元々から前世の記憶というものがあった。それもあって大人びていた四歳児であった私。でもそんな私を気味悪がることなく可愛がってくれていた両親に感謝していた。
アルセイ様に会いに王宮に行くというのは最初気が進まなかった。だけど——アルセイ様を見て、私はここが大好きだった乙女ゲームの世界だと気付き、アルセイ様が私の最推しだった事に気づいたため、全力を尽くすことにした。
年下なのをいい事に、「アルセイ様のお嫁さんになるー」と堂々と言い放って周りを牽制した。四歳児の戯言とはいえ、周りのご令嬢たちの目は鋭かったが、私はアルセイ様のお嫁さんになると決意した。
幸いと言っていいのか、本来ならばアルセイ様の婚約者になり悪役令嬢としてゲームでは我儘の限りを尽くすお姉様は、私が上手く誘導した結果我儘ではなくなっており、若干シスコン気味なので私の願いを叶えようとしてくれた。
アルセイ様の側で、アルセイ様の正妃になりたいっと願ってやまない私は一心に努力してきた。
あと、この乙女ゲームはRPGの要素がある。そのゲームではヒロインが光魔法の使い手で、魔王退治をするためのパーティーに選ばれて……というのがある。魔王が復活して色々あるのだ。そしてその中で、アルセイ様は魔王退治のパーティーの一人として選ばれる事になっている。バッドエンドだと、アルセイ様が魔王退治までの道のりで死んでしまったりするのだ。……ちなみに魔王も攻略対象の一人だったりもする。
むむむ、アルセイ様が死ぬかもしれない魔王退治になんてアルセイ様を行かせたくない。
そう思った私は乙女ゲームが始まるお姉様が十七歳になる年までに、魔王をどうにかする事を決めた。
「どうしてそんなに頑張ってるの?」
「ふふ、アルセイ様のためよ!」
お姉様の言葉に私は自信満々にそう答えた。
私はアルセイ様のためにと、アルセイ様の事を常に見守れるように魔法を構築し、アルセイ様が危険な目に遭わないようにアルセイ様に魔法具をプレゼントしたりした。
お前は何処を目指してるんだ、と色々な人に突っ込まれたけれど私はアルセイ様を守る事だけを目指しているのだ!
そんなわけで私は十歳になる頃に、機は熟したと実感して魔王退治に出かけた。
結果として———、
「……貴方様の望むままに」
と、魔王は私の下僕になった。
その事は国王陛下にも悟られていた。大々的に公表されていないけれど上層部にとって公然の秘密となっていた。
それで私は正式にアルセイ様の婚約者になった。
私が頼み込んだからというのもあるけれど、魔王退治まで出来る力を持つ私を国に留めておきたかったようだ。まぁ、私はアルセイ様と結婚出来れば何でも良い。
そんなわけで私はアルセイ様の隣で、アルセイ様にとっての害になるものを排除していった。
そして私が十六歳になり魔法学園に通いだした頃、ヒロインがやってきた。
ヒロインはどうやら転生者のようだ。私の下僕として私の従者をしている魔王を見つけて騒いでいた。それで私が魔王を従えている事に恐怖したのか、私が世界を征服するつもりだとか現実味のない事を言っていた。
そもそも、世界を征服してどうするの? という気持ちの私である。
アルセイ様に色々吹き込もうとしているみたいだけど、アルセイ様はしっかり私が魔王退治に行った事も、魔王を従えている事も把握しているのだもの。言ったところでどうしようもないわよね。
そもそもヒロインはゲームでアルセイ様と結ばれる事が出来たのは、魔王を討伐に出かけられるだけの聖魔法が使えて、一緒に討伐に出かけたからこそなのよね。それが出来ないのであればただの無礼な存在でしかないのよね。ヒロインは男爵家の隠し子で、中途半端な時期に転入する。で、転入した先で攻略対象と仲を深めていって……魔王の復活を知り魔王討伐に出かける。
そういうストーリーなわけだけど、もう魔王は私の支配下にいる。魔王はもう既に世界を滅ぼそうなどとは考えていない。ならばヒロインは不要。
なのだけど、ヒロインはそういうことが分かってないらしい。
「ふふふ、アルセイ様の手を煩わせる存在はすぐに排除しますわ」
「……ニニラ、やりすぎないようにね?」
「はい、アルセイ様!!」
はぁ、アルセイ様かっこいい。凄くかっこいい。毎回、きゃーって声をあげたくなるぐらいときめいている。元々推しだったからというのはあるけれども、実際にアルセイ様と接してみて、アルセイ様が優しくてかっこよくて、ときめいてならない。
ゲームのアルセイ様と現実のアルセイ様は違う部分が多いけれど、どっちも好き。というか、今の方が好きなので全然オッケーなの。
アルセイ様の周りをうろうろしているヒロインをとっちめる事にした。アルセイ様がやりすぎないようにと言っているから、やりすぎないようにはする。従者の魔王が「消しましょうか」とか言っているけど、消すのは却下。まずは、私の悪い噂を流しているから私も仕返しする事にした。というか、私って魔王を従えている事は知られてないけれど魔法や剣の腕は隠していない。私を怒らせたらどうなるか、ちゃんとこの学園の人たちは知っているから下手な真似はしない。
ヒロインはそれもあって焦っているみたい。というか、ゲームでは元々お姉様がアルセイ様の婚約者だった。それが私が婚約者になっているから、私が転生者なのだろうとあたりをつけているみたい。ヒロインの座が奪われたとかどうのこうの言っているけれど、私はヒロインみたいに逆ハー希望なわけではない。他の連中は居るんだからそっちとくっつけばいいのに。そもそも、魔王が復活しない事を喜べばいいのに。逆ハーが取られたとしか考えてなさそうな所がなぁ。現実見て誰か一人に絞るとかならわかるのだけど、皆を惚れさせようとしているのはどうなのかしら。
さて噂をばらまいてからは早かった。私はきっちり広めた。
私の影響力を甘く見てもらっては困る。ふふふ、アルセイ様と私の邪魔になる連中は絶対に許さない。
「私、ニニラ様から嫌がらせされているの……」
と、そんな風にヒロインが言い出してしまった。けれど誰も信じてはいない。
「嫌がらせ?」
「ええ、そうなの。私がアルセイ様に近づいているからと教科書を破ったりして、そのような方は——」
「ふふふふ、何を言ってらっしゃるのかしら。私のアルセイ様に貴方は相手にもされていないというのに。それにそのような事はやっておりませんわ。自作自演も大概にしましょうね?」
「何をおっしゃってるの。しらじらしい」
「はいはい、これが証拠ですわ」
魔法を使って映像として証拠を見せつけたらわめきだした。うーん、まどろっこしい。ちょっとだけ脅して見る事にした。
「ねぇ」
「何よ!!」
「私が貴方を本当に排除したいのならば、一瞬で決着がつきますわ」
「は、ようやく本性を——」
「殺せばすむだけですもの」
私は笑いかけて、魔法を構築する。ヒロインの首元にあてられるのは氷の魔法で作られた鋭い槍のようなもの。
「ねぇ、私はやろうと思えば貴方を一瞬で殺す事が出来るのよ?」
「なななななっ」
「私を敵に回すという事は、貴方は死を迎えるのだけど、どうします?」
力を込める。また、魔法が首に食い込んだ。
「ひぃいい」
そうすれば、ヒロインは情けない声をあげて失神した。あら、弱い。
私はひとまず気絶したヒロインを保健室に連れていってあげた。保険医に「逆らったら殺すと言っておいてくださいませ」と告げてアルセイ様の元へ向かった。
アルセイ様には「またやらかしたんだって?」と笑顔で問いかけられた。アルセイ様、私がどれだけ力を持っていても私がアルセイ様の敵に回るわけないと知っているから笑顔で受け入れてくれる。はぁ、アルセイ様、大好き。
ヒロインがどうなったかって? それから怯えておとなしく学園生活を送っておりますわ!
―――ヒロインなんてお呼びではないのです。
(大好きなアルセイ様のために頑張ったので、問題はもう皆無なのです)