暗黒聖女
その光り輝くものは言った。
その世界の母になって欲しいと。
よく解らない、説明してくれ、そんなものにはなりたくない、と伝えてもそれは壊れた機械のように同じ言葉を繰り返す。
ここに来てどれくらい時がたったのかわからないが、見える範囲は白く少し離れるにつれて薄暗く朝も昼も夜も無く、
ただただ目の前の光るものに延々と繰り返されるというある種の拷問。
気が狂いそうだった。いや、もうおかしいのか。
懇願ではなく強制でいいのではないか。
そこに私の意思の有る無しは関係ないのではないか。
諦めの境地で了承すると、それは光り輝くのをやめた。
眩しさがなくなりそこに居たのは、蛇ではないが白く細長いものがロープのようにぐるぐると巻かれそこから一本すっくと立ち上がり三メートルはあるだろう。
細いので威圧感はないのだが、つるんとした質感と色がどうにもネットなどで見た寄生虫を思いださせる。
正直、生理的な嫌悪が湧いてきてしかたがないのだが。
それは言った。
「母になるものに祝福を」
祝福は反転を。
それだけ伝わってきたと思ったら、目の前のそれは
しゅるしゅると音をたて茶色く乾燥し枯れ果ててしまい
あっという間に砂になり崩れて跡形も無くなった。
漸く呪詛のような言葉から解放された。
痛いくらいに音がない世界に取り残された。
ここは何処なのだろうと思った瞬間、頭に殴られたような痛みが襲った。あまりの激痛に目を閉じ、その場にしゃがみこむ。
目を開けた次の瞬間、そこは吹き付ける風と熱く乾いた砂と噎せかえる程すえた獣の臭いのする男達に囲まれていた。
抱えていた頭にぬるりとした感触があったので、手を目の前に持ってくれば錆びた鉄の臭いとどろっとした赤黒い血。
ぶるぶると震える手、混乱しながらも考える。
何故?ここは何処?殴られたの?危険なの?
はっと周りを見れば、男達がじりじりと近寄ろうとしている。
男達の目には様々な感情が浮かんでいる。
驚き、混乱、興奮、恐れ、嫌悪、怯え、そしてぎらぎらとした欲。
がんがんと頭が痛む。
動悸も酷い。
吐き気が込み上げて止まらない。
怖い、憎い、恐ろしい、暴力が体を硬直させる。
がくがくと震えながらも逃げようとするが、元々しゃがみこんでいたので走ることさえ難しい。
男達の一人が手を伸ばしてくる、尻餅をつきながら後ろへ這いずる。
その手は汚れ爪の間は真っ黒だ。
触らないで!触らないで!私に触らないで。
知らない間に叫んでいた。
そして、伸ばされた手が私に巻きつく。
黒く大きな影が私の上に落ちてくる。
※※※※
血みどろだった。犯され続け、右目を潰され、顔は殴られ、腹は裂かれ、最後膣には木の棒を突っ込まれ棒は腸まで達し、体の至るところは切り裂かれた。
まだ狂いもせず意識があった私は呟く。
「 」
その瞬間、世界は反転した・・。
ゆっくりと起き上がり、酷い匂いに吐きそうになる。
傷ひとつ負っていない体をみおろす、さっきまでのは夢だったのかと錯覚しそうになる。
白いワンピースの裾がさらりと揺れる。
ぴちゃっ、ぴちゃっと血溜まりの中を裸足で歩く。
男達は全部で7人居たようだ、皆同じ様に、全裸で右目が潰れ、顔は腫れ上がり、腹からは腸が飛び出て、開いてる脚の間には太い木の杭が刺さっている。
「痛みに弱いからなのかな?」
つまんない・・私の時は長い時間痛めつけられていたのに・・こいつら全員ほぼ即死だ。
死体の傍に脱ぎ捨てられた服が散乱している、ポケットを探すと原色の錠剤が沢山あった、それとお札と金貨。
見渡して一番臭くない服を拾って錠剤とお金を包んで持っていく事にする。
靴が欲しいな。
地面には石ひとつ落ちてはないが、熱を含んでとにかく熱かった、私は方向を気にしないで歩きだした。
その日、死の砂漠から一人の女がたどり着いた。
日焼けで皮膚は水ぶくれで裸足で歩いてきたらしく、足の裏は火傷で酷い事になっていたが、女は泣き言も言わずに治療を受けている。
黒目黒髪の女は、窓の外をぼんやりと見ていた。
トントンと開きっぱなしの扉をノックする。
「失礼します、お話を伺っても?」
女はゆっくり振り向き私達を見た。
「はい」
女の了承を得たので部屋に入る。
ベットに横になり腕には脱水と熱射病の為の点滴が打たれ、日焼けの治療でガーゼを貼られていたが、なんとも地味な女だ、印象は薄く次の瞬間忘れてしまう。
無理やり起き上がろうとしていたので慌ててとめた。
「すみません、どうぞそのままで私達はこの街の警備兵です、私はエドモンド」
「俺はラスター」
「私は汐里」
静けさが部屋を支配する。
同僚と顔を見合せ、どう切り出すか思案する。
「ええと砂漠から来たそうですが・・」
「そうですね」
「砂漠の向こうに街があるのですか?」
「さあ?気がついたら砂漠にいたの」
「ええと・・記憶障害か何かで?」
「記憶障害なのかな・・分からないし」
何かこう・・女からは世俗から切り離された空気があった。
次にラスターが、女に質問した。
「腹は減ってるか?」
「お腹より喉が・・」
「ちょっと待ってろ」
珍しい・・ラスターが他人に気をつかっている。
ラスターが水や食糧を取りに出ていき、二人きりになると沈黙が重い。
女はまた窓の外へ視線を向けた。何も面白い物もないと思うが、その目は初めての物でも見るような驚きを表している。
不思議な女だ。
「エドモンドさん」
視線は窓の外にあるまま声を掛けられた。
「何か?」
「ごめんなさい、貴方には恨みもないのだけれど。運が悪かったと思って諦めて」
そういうと女は何か呟くと、そのままエドモンドの視界は暗転する。
「・・ド!エドモンド!」
体を揺すられるが、痛みに悲鳴が上がる。
「や、やめてくれ、触るな!」
「誰か!エドモンドが!」
バタバタとラスターが人を呼びに行った。
全身に日焼けの重度の水ぶくれ、脱水と熱射病、足の裏は火傷、絶句しているラスターといきなり入院することになった俺。
ラスターが持ってきた水を飲む。
「あの女だ、シオリとかいう、あの女がやった」
「だろうな・・魔法か?」
「わからん、無詠唱だった・・いや、何か呟いたな」
「さっき連絡が入ってな、砂漠の西側のアジトから死体が出た」
「女か?」
「いや、賊達だ」
「達?」
「全滅して、酷い有り様だってよ」
「あの女か?」
「だろうな」
「本部に報告するのか?」
「・・・・まあ、報告はするが信じないだろうな」
「まあな、こんな目に遭ったから信じるが普通は無理だな」
「伝説は本当かもな」
「滅びの女って奴か?」
「あぁ」
「それのせいで百年前に魔女狩りのように女が殺されて、滅びの女はもういなないはずだろ?」
「普通の女もいないのに、あの女どこから来たんだ?」
「施設から逃げ出したんじゃないのか?」
「施設は南と北だけだぜ?」
「・・・・・・」
「だとしても、どうしようも出来ないさ」
「それにもう滅んでるようなもんだろ」
「ま、そうだな」
百年前、一人の予言者が現れ人々に告げた。
暗黒の女が世界を滅ぼすだろう
世界は反転し、海は空へ上り、空は地へ落ち、大地は砕ける
生き物は死に絶え、死者は甦る
予言を信じさせるような災害が多発し、始まりは小さな田舎街からだった。魔女狩りのように女が殺された。
特に黒髪だったり黒目だったり暗黒を連想される女は真っ先殺された。各国の政府は事態を沈静化しようとしたが、悪化を辿る。
五年後、世界から女が消えた。
各国が連携し南の施設と北の施設で厳重に隔離され保護された。
予言者は既に暴徒に殺されていた。
シオリが現れたその年、予言の通りに膨大な海水が蒸発し潮の雨が降り続き、空からは人工衛星と大量の宇宙塵が大地へ落ち、大地は至るところで地割れを起こし人々を飲み込み生物は死に絶えた。
誰も居ない岩肌へ横になると汐里は満足げに微笑んだ。
死の星になり風もなく大気すら薄く全てを終らせた圧倒的な力。
私は、多分あの時に死んでいたのだ。
ゆっくり目を閉じ呟いた。
「この星に祝福を」
分類設定に迷いました。




