TS転生した聖女ですが、勇者召喚をしたら元クラスメイトが集団転移してきました。これ、私の責任ですか?
「なあ、見てくれよイケメン。この木刀」
「高校生になって木刀をお土産に買うつもりかい?」
楽しそうに木刀を振り回す早乙女聖に対し、城者勇は苦笑いで諌めた。
聖は肩を竦める。
「だって、八つ橋くらいしか買うものないじゃないか」
「八つ橋を買えばいいだろ」
「普通過ぎない?」
「木刀も普通だろう」
勇に言われ、それもそうだなと考え直したヒジリは木刀を元あった場所に戻した。
「うーん、どうしようかな。明日は奈良に行くし、奈良漬けで良いか」
「いきなり渋いな」
「さっきから文句ばっかだな、イケメン」
「……あのさ、人のことをイケメンイケメン言うのは止めてくれないか?」
勇は聖に苦言を呈した。
二人は早乙女聖と城者勇の二人は幼馴染であり、幼稚園、小学校、中学校、高校までずっと同じだ。
仲良しこよしな二人は修学旅行も一緒に行動していた。
聖は中学生の頃ぐらいから、勇のことを「イケメン」と呼んでいた。
なぜかと言えば、文字通り勇はイケメンだからである。
「美形でスポーツ万能、テニス部の部長であり、生徒会長。これをイケメンと呼ばずに何と呼ぶ?」
「……お願いだから知らない人が大勢いるところで人のことをイケメンと呼ぶのは止めてくれ。恥ずかしいだろう」
「事実だから、良いじゃないか。俺もお前みたいなイケメンか、それとも美少女に生まれたかったよ」
聖は肩を竦めた。
聖の容姿は極めて普通である。
「美形なら美少女でも良いのか?」
「うーん、そう言われてみると微妙だな。でもまあ一回くらいはなってみたくないか?」
「僕には分からないよ」
勇は首を横に振った。
お土産の物色を終えた二人は宿泊先にあるホテルに戻る。
移動は徒歩だ。
二人で他愛もない話をしながら歩いている時だった。
急にヒジリの背中に冷たいものが伝った。
気が付くと大型車が轟音を上げて、こちらに迫って来ていた。
咄嗟に聖は勇を突き飛ばした。
「ひ、聖? お、おい!」
「あ、やべぇ……これ死んだわ」
「はぁ……またこの夢か」
シャルロットは頭を目を覚ました。
寝汗でシーツがぐっしょりと濡れている。
自分の前世の夢、それも死ぬ時の夢だ。
あまり気分の良い夢ではない。
「しかし本当にTSしてしまうとは……何があるか、人生分からないものだね」
シャルロットは自分の胸元に視線を移した。
14歳にしてはそこそこの大きさの果実が実っている。
起き上がり、洗面台で顔を洗う。
シャルロットの今世での故郷である迷宮王国は魔導技術が発展しているため、シャルロットはかなり文明的な生活を送ることができていた。
もしこれが街中に糞尿が溢れかえるリアル中世・近世だったら、シャルロットはとても耐えられなかっただろう。
「早乙女聖、逆から読むと聖女。度々ネタにはしたけどさ、本当に聖女になるとは」
鏡には銀髪碧眼の美しい容姿をした少女が写っている。
14年間、一緒に過ごしてきた素顔である。
やっぱりいつ見ても自分は可愛いなと、シャルロットは自画自賛した。
その後、シャルロットは身支度を整えて王宮に向かった。
国王から早朝に来るように言われていたからだ。
王宮に到着すると、すぐに玉座の間に通される。
普通ならば長い間待たされるが、シャルロットは聖女。
さすがの国王も粗雑な扱いをすることはできない。
「よく来たな、聖女シャルロット!!!」
「はい、陛下。ご機嫌麗しゅう」
本当に機嫌が良さそうな国王、フランソワ十世にシャルロットは挨拶をした。
フランソワ十世はいつも機嫌が良さそうにしているが、今日は特に楽しそうだった。
「ふふふ、聖女……実は君にビッグニュースがある。なんと! 勇者召喚の魔法陣を復元することに成功したのだ!!」
「へぇ、それは凄い」
迷宮王国の初代国王は千年前に活躍した勇者、その人である。
勇者は魔王を打ち倒し、そして魔王の本拠地であった迷宮に国を建てた。
それが迷宮王国の歴史だ。
勇者召喚そのものは人類の歴史、一万年の間に幾度も行われたようだが……
千年前の時点で魔法陣に使用されていた高度な魔法技術はほぼ全て、失われていた。
そして千年前の召喚で魔法陣が壊れて以降、勇者召喚は行われていない。
もっとも勇者召喚を行わなければならない状態にもなってはいないのだが。
「発掘調査に尽力した考古学者と、我が国最高峰の魔導士たちのおかげだ! そういうわけで、早速試してみようと思うのだ」
「……何をですか?」
「勇者召喚だよ」
シャルロットの知る限り、魔王どころか竜王や邪神や魔神といった類の、人類を脅かすような存在は今のところ現れていない。
「何か、脅威でもあるんですか?」
「無いよ。でも試してみたいと思わぬか?」
気持ちは分かる。
分かるが……
「用もないのに呼び出される勇者様が可哀想ではありませんかね?」
「別にないわけではない。迷宮攻略が進めば我が国はもっと豊かになる」
「まあ、それもそうですけど」
迷宮王国の迷宮は広く、千年が経過した今でも未だ最深部にまで到達していない。
一説には未だに底へ、底へと広がっているという。
迷宮王国にとって、迷宮攻略は国土拡大の大事業であり、国策である。
「正直、勇者召喚なんて眉唾だ。召喚できたらラッキー、失敗したら残念でしたで良いではないか」
「まあ陛下の御命令とあらば、執り行いますが……私がやる必要はありますか?」
「何でも勇者召喚は聖女でなければできないそうだぞ」
「確かにそういう伝承ですね」
勇者を召喚する者はいつだって聖女だ。
というよりは、勇者を召喚したものが聖女と呼ばれているというのが正しいのかもしれないが。
ともかく、伝承が正しければ聖女の力を受け継いでいるシャルロットしか勇者召喚は行えない。
「分かりました、やりましょう」
迷宮王国は専制君主制の国であり、どのみち国王の命令に逆らうという選択肢はない。
国から給料を貰っているという意味なら聖女も公務員なわけで、嫌だからとか勇者が可哀想だからという理由で命令を拒むわけにはいかないのである。
シャルロットはフランソワ十世と共に、儀式場まで行く。
既に魔法陣や召喚に必要な魔法石も準備されており、シャルロットが起動させるだけで済みそうだ。
「聖女様、これが魔法式です。……大丈夫そうですか?」
「貸してください」
聖女は筆頭魔導士から分厚い冊子を受け取る。
それをパラパラとめくり……
「覚えました」
「……相変わらずですね。さすが歴代最高の聖女と言われるだけはあります」
「そんなことないですよ」
「ご謙遜を」
シャルロットは苦笑いを浮かべた。
シャルロットは一度見たものを全部覚えられる。
これは早乙女聖であった頃も同様だった。
皆、この能力を羨ましいとはいうがこんなものはただの暗記力に過ぎない。
教科書を丸暗記して諳んじるのと、教科書を手で持って諳んじることのどこが違うというのか。
シャルロットはそう思っていた。
もっとも……
魔法式はただ暗記するだけでなく、本当に理解しなければ作動させられない。
そういう意味で筆頭魔導士は「さすが」と言ったのだが、そこまではシャルロットには伝わらなかった。
「えー、じゃあ作動させますね。準備は良いですか?」
「うむ、……できれば美少女が良い」
「あははは……」
欲望を垂れ流すフランソワ十世の言葉に苦笑いを浮かべながら、シャルロットは魔法式を起動させた。
すると魔法陣が輝きだした。
「おおお!!!」
フランソワ十世は感嘆の声を上げた。
が、これはただの魔力反応光。
問題はこれからだ。
(どうか、勇者なんて来ませんように。来るならまともな人格な奴が来て。変な能力とか、性格とは、奇をてらわなくて良いから)
シャルロットは聖女らしく祈りながら魔法陣に魔力を流していく。
魔力反応光はだんだんと強くなり……
「こ、これは!!」
「おおお!!!」
地面がグラグラと揺れ始める。
そして一際大きく魔法陣が煌めいたかと思うと、雷が落ちるような轟音が儀式場に響き渡った。
そして……
「ま、まさか本当に成功した?」
「美少女SSR勇者来い!!」
ソシャゲじゃねえんだぞ、と内心でフランソワ十世に突っ込みながらシャルロッテは魔法陣を観察する。
何か、よく分からない煙に包まれているが……
確かに何かが召喚されている。
(一人じゃない?)
煙の中から薄らと見える人影は複数あった。
シャルロットの背中に冷たい汗が伝う。
これはもしかして、もしかしちゃうと集団転移的なやつではなかろうか?
嫌な予感しかしない。
シャルロットのネット知識が正しければ、集団転移の場合召喚した側が悪者にされる率がかなり高い。
(わ、悪いのは私じゃなくて国王陛下だから!)
シャルロットは早くも言い訳を考え始めていた。
「み、みんな大丈夫か!!」
ふと、シャルロットの耳にどこかで聞いた声が聞こえてきた、
そのどこかで聞いた声に答えるように煙の中から複数の声が聞こえ始める。
「大丈夫……」
「いたい……腰打った……」
「服が埃塗れ、最悪……」
段々と煙が晴れ、召喚された人間の姿が露わになる。
彼らが着ていた服は非常に独特であった。
少なくともこの世界では。
シャルロットはその服を良く知っていた。
何を隠そう、シャルロットが前世で通っていた高校の制服である。
「一体、ここはどこなんだ」
学生服を着たイケメンが周囲を見回しながら言う。
そしてシャルロットとフランソワ十世を見つけると、問いかけた。
「あなた方は? ここはどこですか?」
「あなたは……」
シャルロットが思わずそう言うと……
イケメンはシャルロットたちに頭を下げた。
「すみません、こちらが名乗るのが先でした。僕は城者勇です」
(うっそーん)
まさかのイケメン幼馴染であった。
(やべぇ、どうしよう)
シャルロットは混乱していた。
いっそのこと「よ! イケメン、久しぶり!! 俺だよ、俺。分かる? 早乙女聖だよ。今は聖女シャルロットちゃん14歳! よろしくね!」
と言ってやろうかと思ったが、事態を余計に混乱させそうなのでここはぐっと堪える。
仕方がないので、聖女らしく定型句を言うことにする。
「ようこそいらっしゃいました、勇者様」
ぶっちゃけ、シャルロットにはどいつが勇者かどうかは分からなかった。
が、イケメンだしこいつで良いかの精神でそういうことにした。
勇が勇者なら、みんな「まあそんなもんか」と認めるに違いないという目論見半分、探し出すのが面倒くさいというものだ。
城者勇。
逆から読むと勇者城なわけで、実に勇者に相応しい。
(というか、勇者ってそもそも何よ)
冷静に考えてみれば意味の分からない言葉である。
勇者、つまり勇気がある者だ。
本来は勇気ある行動をした者に与える称号であり、これからする予定の者に与える称号ではない。
(まあ、そもそもこれからする予定すらもないんだけど)
シャルロットは自分で自分に突っ込みを入れた。
「勇者? 僕が?」
「ええ、そうです」(そういう設定です)
シャルロットがそう言うと、少しだけ勇は嬉しそうな表情を浮かべた。
幼馴染のシャルロットだからこそ、分かる変化だ。
(あー、そう言えばこいつRPG好きだったな)
どうやらわくわくしているようだ。
シャルロットは本当に申し訳ない気分になった。
(ごめん、あなたに倒して貰う予定の敵なんていないんだ。この国、超平和なんだ)
むしろ征服戦争を時折行っているこの国の方が敵なのでは無いか、とさえシャルロットは思った。
さて、次に勇が尋ねたのはシャルロットからすると非常に面倒な質問であった。
「どうして僕を、僕たちを呼んだんだ? 魔王でもいるのか?」
「そ、それは、ですね。えっと……何というか、えー」
面白そうだからやってみた。
などと正直に言えるほどシャルロットのメンタルは強くなかった。
仕方がないのでシャルロットはこう言った。
「わ、私は国王陛下に命じられるままに召喚を行っただけですから! く、詳しくはこ、国王陛下であらせられるフランソワ十世にお聞きください!」
「ちょ、せ、聖女!」
フランソワ十世は上擦った声を上げた。
だが実際、召喚してみようと言い出したのはフランソワ十世である。
「あなたが国王陛下、ですか?」
「ええ、えっと……余が国王だっけ?」
訳の分からないことを言いだす国王。
当然、シャルロットも含む家臣たちは首を縦に振った。
「ふ、ふむ……そ、そうだったな。うむ、余が国王だ。召喚に応じてくれて、感謝する。勇者殿」
「それでなぜ召喚をしたのか、お聞かせ願いますか」
「え、えっとだな。……そう、お告げだ! か、神から勇者を召喚せよとお告げが下ったのだ。お、王国に危機が訪れるからと。そ、その時丁度修復中の魔法陣が奇跡的に治ったので、こ、これは神の思し召しだと余は思ったのだ!」
そんな預言、シャルロットは初耳である。
十中八九嘘八百だが、嘘である証拠を出すことはできない。中々上手い言い逃れをする。
「ではなぜ僕以外のクラスメイトが全員呼び出されたのですか?」
「う、うむ……そ、それは召喚を行った聖女シャルロットに聞いてくれ。よ、余は専門外なのだ。さあ、余はそろそろ政務に戻るぞ。後はよろしく」
「ちょ、へ、陛下!」
押し付け返されたシャルロットは思わず声を上げた。
集団転移した理由など、シャルロットも分からない。
「君が聖女シャルロット?」
「え、えっと、はいそうです! 14歳です」
なぜ私は自分の年齢を言ったのだろうか。
シャルロットは自問自答した。
「どうしてか、聞いても良いかな?」
「え、えっと……ど、どうしてでしょうか? それは、私も正直分からないというか、み、ミスはしていないはずなので、えっと、詳しいことは学者の方々に聞かないと分からないです」
ぶっちゃけ召喚魔法はシャルロットの専門ではない。
シャルロットも分からないのだ。
「そうか……」
「なあ、ちょっと良いか?」
シャルロットと勇が話をしていると、男が一人割り込んできた。
シャルロットはその男子生徒の顔を見る。
(誰だっけ?)
シャルロットは記憶の中を漁る。
基本どんなことでも覚えていられるシャルロットだが、実は覚えた物の多くは頭の奥底に埋もれているのだ。
記憶の中から名簿を取り出し、名前と男子生徒の顔を比べる。
(川井虎雄だ!)
バスケ部のイキリ野郎である。
陰で頭が小学生並だとか、幼稚園児などと言われていた。
理由は単純で小学生並のチョッカイを出したり、機嫌が悪くなると物に当たったり、わざと肩でぶつかって来たりという問題行動を多々行うからだ。
殴る蹴るや直接的なイジメをやらないのは、さすがにやり始めると誰かが止めに入るからと、そこまでやると洒落にならないと分かっているからか、それとも単純に小心者だからであろう。
普段はグループの中にいるが、実はそのグループの中では嫌われている。
一学年に一人、二人は何故かいる、あまり関わり合いになりたくないタイプの奴だ。
シャルロットが通っていた高校では、四大キチガイの一角に数えられていた。
こういうのが面接試験を通って、自称レベルとは言え一応進学校に入学できる辺り面接システムは欠陥だ。
いっそ廃止するか、見直した方がいいとシャルロットは思っていた。
「何ですか?」
「勇者とか、何だとかごちゃごちゃ言ってるけどよ、帰る方法はあるんだよな?」
シャルロットは思わず目を逸らした。
無いからである。
呼ぶ側にとって大事なのは呼ぶことであり、帰すことなど想定しない。
過去、勇者が元の世界に帰還したという話は、シャルロットは聞いたことが無い。
「えっと、ですね、す、すぐは難しいかもしれません」
「どれくらいかかる!」
「え、えっと……は、半年くらい?」
新しい魔法を開発しなければいけないのだ。
最短でも半年は掛かる。
無論、あくまで最短での話である。
そもそも迷宮王国からすると勇たちを返すメリットが特にないため、魔法開発の予算が組まれるかすらも怪しかった。
「ふざけんなよ! 俺には医学部の受験があるんだぞ! 落ちたらどうしてくれる!!」
「どうせあなたの成績じゃあ受かりようがないんだから関係ないでしょ」
そう言ってからシャルロットはとっさに己の口を塞いだ。
つい「え、何? 君、医学部を受験するの? 将来、医者になるの? マジで言ってるの? その人格で? 冗談止せよ。というか、君の成績で受かるの? 〇〇大学工学部でE判定しか取れてないのに? 冗談キツイって。君、〇×大学をF欄扱いしてるけど君の成績だと〇×大学にすらも受からないからさ。ねぇ、数学の偏差値いくつ? 45? マジで? 50切ってるのに医学部とか言ってるの。え、普段は60は取れてるけど今回は事故で45? あのさ、マークシートならともかく筆記で事故とか、ないから。45が実力。60がたまたまで45が本物なの。実際、60っていつ取ったの? 何のテスト? え、マーク模試? それは運が良かったね。でも運じゃ医学部に入れないからさ、現実認めなよ。腹括って浪人覚悟するか、諦めなよ」という14年越しの本音が口から出てしまったようだ。
ちなみに「ねぇ」以下から「諦めなよ」までは14年前に直接言ったことがあったりする。
キレて物に当たるだけで殴ってくることはないと知っていれば、別にそこまで怖くはない。
というより、川井虎雄は暴力やチョッカイの対象を選ぶタイプだ。
少なくとも自分よりもカースト的立場が上であった、勇や聖に何かをすることはない。
その点は小物である。
可愛い。
いや、可愛くないけど。
「何だと!!」
川井虎雄は怒鳴り声を上げ、シャルロットの肩を両手で掴んだ。
「ふざけるな、舐めてるのか!!」
怒鳴り散らす虎雄。
何かムカついたので頭突きを食らわしてやろうかとシャルロットは軽く頭を引いたが、その前に勇が止めに入った。
「やめなって!」
勇が川井虎雄を慌てて引き離す。
虎雄は不機嫌そうに鼻を鳴らし、その場は引き下がった。
だがシャルロットに文句があるのは川井虎雄だけではないらしく、クラスメイトたちは口々にシャルロットに対して文句を言った。
両親が心配するだの、ジャ〇ーズのコンサートがあるだの、ラ〇ライブを一周しなければならないだの……
(いや、勉強しろよ)
思わずシャルロットは突っ込んでしまった。
が、浪人率六割越えの自称進学校の生徒にそれを言っても無駄だと思い直した。
「お家に帰してよ!」
誰かが叫ぶ。
するとそうだそうだと、大合唱が始まった。
女子生徒の中には泣き始める者まで出てくる。
だんだんシャルロットは腹が立ってきた。
確かに「面白そうだから」という酷い理由で呼んだのはこちらであり、受験が控えているのに異世界に呼ばれるのは大変だろう。
気持ちは分かるし、正論だ。
だが正論だからといって好き勝手言われればやっぱりイライラするものだ。
そもそも今のシャルロット14歳である。
年上の集団三十人以上でよくも好き勝手に責めることができるなと、シャルロットは思った。
(良いのか? 泣いちゃうぞ、ビービー泣くぞ)
シャルロットは転生してから身に着けた、秘儀『嘘泣き』の準備を始める。
これをすると大概の物事は解決する。
欠点は多用すると逆効果になることだ。
シャルロットは目尻に涙を溜め、準備をする。
そしていざ、泣こうとしたその時……
「止めるんだ、シャルロットちゃんが困ってるだろう! この子を責めても何も始まらない!」
うわ、やっぱりイケメンだわ。
シャルロットは感心してしまった。
イケメンは顔もイケメンだが、心までイケメンなのだ。
だがそんな風に女の子にすぐ優しくするから、付きまとわれるんだぞ。
と、シャルロットは思った。
シャルロットは勇の服を引っ張った。
「あの、勇者様。お話しがあるのですが……良いですか?」
「話?」
「えっと、ここではできない話です。少しこっちに来てください」
シャルロットは筆頭魔導士と兵士たちに生徒たちを見張るように言い含めると、勇を連れ出した。
そして近くにあった個室に入り、防音の魔法を掛ける。
そして言った。
「やっぱり、分からないかな?」
「何が?」
「早乙女聖」
シャルロットがそういうと勇はシャルロットの肩を掴んだ。
「どうしてその名前を!」
「どうしても何も、私生まれ変わりなんだよ。早乙女聖の」
シャルロットがそう言うと……
勇は一瞬驚いたような顔をするが、すぐに怖い顔になって言った。
「本当か? ……僕の親友の名前を騙っているだけなら、許さないぞ」
「じゃあ二人しか知らない秘密を聞いてみて」
「……僕のベッドの下にある本のタイトルは?」
シャルロットは記憶の底を漁り、該当するタイトルを並べる。
「『僕らの七日間メイド調教』『君の縄』えーっと、それから……」
「聖!!」
勇はシャルロットに抱き付いた。
シャルロットの口からカエルが潰れたような声が漏れた。
「ぐぇ……」
「あ、ご、ごめん……」
「一応、14歳の女子の体だから気を使ってね」
身体能力強化を使わない限りでは、前世よりも繊細な体なのだ。
「いろいろ言いたいことはあるんだけど、生きてて良かった」
「まあ死んだからTS転生したんだけどね」
シャルロットは苦笑いを浮かべた。
そして感動のあまり涙を浮かべている勇の顔を見る。
イケメンは涙を浮かべていてもイケメンなのだ。
腹が立つほどイケメンである。
唯一欠点があるとすれば隠しているエロ本のタイトルがおかしいことだけだ。
なぜこれだけイケメンなのに、あんなタイトルのエロ本を持っているのかが理解できない。
(というか、そもそもエロ本を持っているイケメンとは如何なものか)
真のイケメンとは顔だけでなく、内面、そしてオーラ、行動が巻き起こす展開まで含めてすべてがイケメンである存在だ。
そんな真のイケメンである勇がエロ本を持っていて良いのだろうか?
果たしてエロ本を持っているイケメンはイケメンとして定義していいのか?
いや、良くない。
こいつは紛い物のイケメンである。
「それでイケメン改め、変態勇者様」
「イケメンを改めてくれたのは嬉しいんだけど変態は止めてくれ」
「分かった。変態イケメン勇者様」
「……マジで止めろ」
若干キレ気味で勇は言った。
イケメンとは美少女にどんなに理不尽なことを言われても怒らず、そして汚い言葉は使わない。
やはりこやつは真のイケメンではなく、紛い物のイケメンである。
つまり変態イケメン勇者様だ。
シャルロットはそう結論付けた。
「さて、戯れはこれくらいにして……お願い! この事態を鎮静化させるのに協力して!」
シャルロットは頭を下げた。
するとやはりイケメンな勇はイケメンな笑みを浮かべ、そしてイケメンな声でイケメンなことを言う。
「親友の頼みだ、分かった、任せてくれ!」
「さすが、変態イケメン勇者!」
「……変態は余計じゃないか?」
「さすがエロ本イケメン勇者!」
「……もう変態で良いよ」
勇は溜息を吐いた。
さすがに揶揄い過ぎたとシャルロットは反省した。
「でもね、私があなたを揶揄うのはあなたの為を思ってなのよ。敢えて心を鬼にして弄ってるの」
「……鬼にしてまで弄る理由は?」
「いやだって、あなた、私が全力で弄らないと何となく噛ませなイケメン勇者に堕ちそうな感じじゃん?」
「……君は人のことを何だと思ってるんだい?」
「緊縛メイド萌のエロ本変態イケメン勇者」
「分かった、もういい、分かったから」
勇を弄ることができなかった14年間のうちの半年分を弄り終えたシャルロットはもう一度話を本題に戻す。
「でね、ぶっちゃけ帰る方法ないからさ。取り敢えず帰る方法が見つかるまで皆様方にはこの世界で暮らしてもらわなきゃいけないのよ。で、最悪帰れないかもしれないからできればこの世界の常識と生き方を覚えて欲しいなぁーというのを伝えてくれないかな? 勇者様ならいけるでしょ? イケメンだし」
シャルロットがそう言うと少し困ったように勇は頭を掻いた。
「君が思ってるほど、僕はみんなに慕われてないよ」
「まさか」
「考えてみてくれ。……僕の所為で君は死んだんだぞ」
それを言われるとシャルロットは何も言い返せない。
死んだ側のシャルロットからすれば大したことではないが、死なれた側、特に目の前で自分を庇って死なれた勇は相当なショックだろう。
「ごめんね……………………ロリコン勇者様」
「君は僕を揶揄わないと死ぬ病気にでも罹っているのかい?」
勇は苦笑いを浮かべた。
「いやでもロリコンなのは……」
「ストップ、話が進まない。僕がロリコンだとか、そういうのは後でじっくり腰を据えて話そう。問題は現状だ。……本当に帰れないのか」
「うん」
「……一応聞くんだけどさ、本当は何で召喚したの?」
「国王陛下が試しにやってみようぜ! って」
「……」
勇は頭を抱えた。
さすがに嘘だと信じたいのだろう。
「実は別に真意があるって可能性は?」
「どうかなー、国王陛下はああいう人だからね。ああ、でも何か企んでる可能性は微粒子レベルであるよ」
「そうなのか?」
「あの人、親兄弟皆殺しにして王位についたマキャベリアンだからね。実は」
さらっとシャルロットが言うと勇はギョットした顔を浮かべた。
勇にとって、そういう粛清だとか血生臭いのは歴史の教科書か物語の中だけだ。
「本当に?」
「うん、あ、この国専制君主国家で割とマジであの人いつでも私を殺せたりするから。言動には気を付けてね。まあ基本的には良い人だから大丈夫だけど」
たまーに、税金を横領した官僚が見せしめに殺されてるし。
と、シャルロットは補足情報を入れた。
「ところでマキャベリアンって、何?」
「……一応さ、世界史選択だよね? 思想史でマキャベリ習わなかったの?」
「あー、あー、思い出した。マキャベリ、うん、マキャベリだね。ロシアの思想家、共産党宣言の!」
「……イタリアだよ」
しかも共産党宣言はマルクスだ。
そしてマルクスはドイツ人である。
大丈夫か、とシャルロットは勇の受験が心配になった。
この分だと虎雄と仲良く河合塾か駿台になりそうだ。
「君は早乙女聖だった、ってのは伏せた方が良い?」
「余計事態を混乱させそうだから止めて。というか勇者様が私の立場だったら言いたくないでしょ?」
「まあね……」
事故で死んだけど聖女にTS転生していました!
そして君たちを召喚しちゃった、許してテヘペロ。
……許されません。
「というわけで、そろそろ戻ろう。あまり長い間目を離したくないし。……何をしでかすか分からない」
「別に変なことをするような人はいないと思うけど」
「虎雄とか」
「あいつは小心者だから大丈夫だよ」
確かに。
シャルロットは納得してしまった。
それから勇とシャルロットはカクカクメブキジカな感じで説明をし、その後数時間の説得により取り敢えずのところクラスメイトたちの了承を得た。
「本当に、本当に帰れるんですよね?」
「任せてください。責任を持って私が皆さんを元の世界に帰します」
シャルロットは清々しい笑顔で断言した。
ちなみに内心では「善処するけど出来なかったら許してテヘペロ」と言っている。
「取り敢えず大部屋を用意しました。皆様のお部屋を準備させて頂くまで、一先ずそちらに移動して待機して頂ければ。お食事もご用意します」
シャルロットは丁寧にそう言った。
フランソワ十世も多少は反省の心があるようで、シャルロットが全員分の小部屋を用意するように言ったところ、すぐに用意してくれた。
「ところで……えっと、シャルロットさんだっけ。さっき、城者とは何の話をしていたんだ?」
「ん、まあ少し勇者について。その辺は長くなるのでおいおい説明いたします」
シャルロットはそう言ってから……
ふと、話が途中であることを忘れていた。
「そうそう、勇者様」
「何だい? ひじ、シャルロット」
「先程の勇者様がロリコンであるか否かという命題ですが、やはり泣きながら14歳の少女を抱きしめるのはロリコンであると断定しても良いと思うのですが、それでも御自分はロリコンではないと主張しますか?」
「待て! 何故今その話を掘り返した!!!」
それからしばらくの間、勇の綽名は「ロリコン勇者」になった。