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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
93/95

11月10日-13




「はぁ……はぁ…はぁ……。…どや。ちょっとはアタマ冷えたか」





 …1時間ほど走っただろうか。それとも、ほんの数十秒だったのか。気がつくと

僕はいつの間にか、どこかよく分からない場所に真都に連れ込まれていた。



「ま……真都…? ここは……、いや、絵依子っ…! 絵依子が!! 絵依子を

助けに行かないと…!!」


「………瞬ヤン…、…絵依子ちゃんは…もう……」


「う…うるさいうるさいッッ!! あんなの……あんなのはウソに決まってる!!

何かの間違いなんだ…そうに決まってる!!」


「………瞬ヤン…!」



「僕だけでも行く…! だから邪魔するなッッ!!」


「…え…エエ加減にせんかい! 絵依子ちゃんは…もう死んどる!! 今さら

アンタ一人がのこのこ出て行っても…あの子の後を追うだけや!!」


「………!!!」


 真都のあまりの暴言に……目の前が…意識がカッと真っ赤に染まる!



「ふ………ふざけたことを言うなぁぁぁぁぁッッッッ!!! 絵依子は……、

絵依子は死んでなんか…いないッッッッ!!!」





 ガツッ…っ!




 ……唐突に腕から伝わってきた強い衝撃に、僕はとっさに我に返った。

 そして…目の前の光景に思わず目を疑い……愕然とした。


 僕の拳は……真都の顔面を激しく殴りつけていた。これ以上ないぐらいに

固く握り締めた拳を……無意識に。



 でも、その僕の拳を…真都は微動だにせず…受け止めていた。殴りつけた

僕の拳に跳ね返ってきた痛みと、後悔の念が、僕を急速に現実へと引き戻して

いくのと同時に…絵依子の最後の微笑みが、この目に焼きついたようにはっきり

と浮かび上がった。



「ぁ………あ……ぁ…ぁ…っっ…!」



 ………そうだ。確かにさっき絵依子は…僕の目の前で…ヤツの爪に貫かれた。

そして真都の言うとおり……死んでしまった。


 それが現実だとは……今も信じられない。いや、信じたくない。信じられる

はずが……ない…!!



 …だけど、拳から返ってくる、熱さにも似た痛みが、あれが夢でもウソでも

なく、まぎれもない現実であることを…否応なしに僕に突きつけていた…。





 …いったい……どうしてこんなことになったのか。どこで……何を間違えて

しまったのか。

 悲しみなのか絶望なのか。怒りなのか憎しみなのか。次から次へと得体の

知れない感情が湧き上がる。それもヤツに対してなのか、僕自身に対してなのか。

 分からない。……なにも…何も分からない……っ!


「……う…っ…ぐ…、お…おぇぇぇッ…!」


 それさえも分からずに…、いや、あるいはそれら全部なのかもしれない。思考と

ぐちゃぐちゃな感情が頭の中で混ざり合い、吐き気にも似た感覚に襲われ、僕は

床に座り込んでしまった。




「…どや。今度こそホンマに目ぇ覚めたか」

「……っ、…え……」


 その声にとっさに顔を上げると、ぷっ、と真都が何かを吐き出した。軽い音を

立てて地面に転がったそれは、薄暗なこの場所でもはっきり分かるほど白く…、

ぬらりとした光を放っていた。



「……っっ! ご、ごめん…、僕…また真都を…!」

「…ウチの方こそ…悪かった。もうちょい言葉選んで言うたら良かったわ…」


「…………」




「…ほな、目ぇも覚めたみたいやし、ぼちぼち行こか」

「え…? い、行くって…、そ、そうか! 今度こそアイツを倒すんだな?!」


「…違う。ここを離れるんや。もう…ゲームオーバーや」

「は…………ぁっ……ッ?!」


 くるり、と突然背を向けて歩き出した真都の言葉に、僕は拳からの痛みなんか

よりはるかに大きな衝撃を受けた。そして同時に、その衝撃が僕に大変な事実を

思い出させた。



「こ、ここを…離れる……って、逃げるって……ことか?! 何言ってるん

だよ! まだあそこにはかなえさんや…お坊さんたちだっているんだぞ!」


 また頭に血が昇りかけてしまった僕は、勝手にすたすたと一人で歩き始めた

真都の右手を、今度は逆に僕が掴んで追いすがった。


「ま、真都っ………ッ!!」


「アイツはもう……朝には消滅しよる。そんだけ消耗しとるんや。放っといても

消えるぐらいにな。たぶん…その際の消滅…「滅界」も、あそこら一帯で済む…」

「………え……?」


「……たぶん、被害は半径50か100メートルぐらいやろ。それぐらいやったら後

始末はウチらでも何とかなる…」


「は………? じゃ……じゃあ、それまではアイツを野放しにしておくっていう

のか…!?」


「…そういう事になるな。けどアイツをそこまで追い込んだんはウチらや。

せやから逃げる言うてもウチらの勝ちや……! もう…それでエエやろ…」




 …淡々と、まるで他人事のように言い放つ真都の言葉に、僕の中で怒りとも絶望

ともつかない、訳の判らない感情がさらに膨れ上がる。


「お……、おまえ……なに言ってるんだよ! 本気か!? だからあそこには

まだ……!!」

「判っとる! せやけど、もうどうしようもないんや……!」


「どうしようもないって……、だからって……だからって見殺しにするのか!! 

かなえさんを! おまえの仲間を!!」

「………………」


「……それに…、それに朝までアイツを野放しにしてたら…!!」


 …そうだ、朝になったらこの辺にだって通勤や通学で人がやってくる。お坊さん

たちの結界がなくなった今では、その人たちが立ち入ることを防げない。つまり…

何も知らない…関係ない普通の人も犠牲になるかもしれないのだ…!



「まだ…そうと決まった訳やない…。もしかしたら朝を待たんと…あいつは消滅

するかもしれへん。それに万が一そうなっても…それは運命っちゅう事なんや…

…仕方ない事なんや……」


「う…運命って…。おまえこそいい加減にしろ!! 絵依子が死んだのも…そんな

言葉で片付けるのか! ……何が運命だよ! ふざけるなよっ!!」



「…せやけど符札も…願弾も! 全部無くなった! この錫杖にも無茶させすぎ

てるんや! ウチらにはもう戦う力なんか残ってへんのや!!」


「………っ!!」


「…アンタを安全なとこまで連れて行く。それがウチの最後の仕事や」

「そんな……、だからって…そんな……!」


「…アンタだけは絶対に無事に返さなアカン。アンタはもともと無関係の…

…ただの人間や。それにもしもアンタにまで万が一のことがあったら……ウチ

らはどう詫びたらエエいうねん! アンタらの親御さんに!!」


 …一瞬だけ立ち止まり、身体を震わせながら、真都が絞り出すような声で

叫んだ。だけど……ひとつ引っかかるものを僕は感じた。



「……その後は…真都はどうするんだ?」

「…ウチもその後でお寺に報告に戻る。…後始末の支度もあるさかいな……」


「ホントに…そうか? 本当は…その後で、アイツと決着をつける気なんじゃ

ないのか? 最後の弾で…!」

「な…、なに言うてんねん。せやから弾は…もう残って……」


「嘘だっ! 弾は…本当はまだ残ってるんだろ!」

「………っっ!!」


 この暗がりの中でも、はっきり分かるほど、真都の表情がこわばり、顔色が

変わった。


「か…仮に弾があったとしても…、もうウチに戦う力がないんはホンマや。

必死に鍛えてきたこの手も…この有様や。せやから……」


 そう言って左の手を胸のあたりに上げると、巻かれたバンテージ越しでも

分かるほど、手の全体がパンパンに腫れ上がっている。たぶん…左手の甲や

指の骨がいくつも折れているに違いない。これでは真都が言うとおり、確かに

「戦う」ことなんかできないだろう。



 …でも、だからこそ分かる。分かってしまったのだ。


「……戦うんじゃなくて、自分ごとアイツを消滅させる気なんだろ? その

最後の弾って、そういう字が書いてあるんじゃないのか……?!」

「な………っっ…!?」


 絶句している真都の表情に、僕は自分の想像が正しかったことを悟った。

それなら「戦う」必要もないからだ。アイツに特攻して、引き金を引けばいい

だけなのだから。


 だけど……だけどそんなことを……、やらせていいはずがない…!!!!





「……ふふ、全部お見通しか。恐れ入ったわ。……なんで…判ったんや?」


 ふぅっ、と小さく息をついた真都の表情が緩んだ。


「……さっき見た時は弾は4つあった。でも、音が鳴ったのは3回だけだった。

だからだよ」

「ほぉ……、あんだけの修羅場でも、ちゃんと全体を把握しとったんか……。

やっぱりアンタ、エエ目しとる…、いや、耳か。くくくっ!!」


 一瞬、驚いたような感心したような風な表情を浮かべた後、おかしそうに、

くくく、と声を上げて真都が笑う。そういえば、似たようなことを初めて出会った

時にも言われたような気がする。



「…ほなウチの切り札は? なんで判った?」


「…分かったっていうか、本当に真都がアイツを放って置くとは思えなかった

からだよ。でも戦えないのも本当だと思った。だったら…そういうことなんじゃ

ないかって。…それともうひとつ」


「…もう…一つ…?」

「前に言ってただろ。自分たちは思ってても本当のことはめったに言わない、

って」


「……っっ…!」



「…だから真都は本当のことを隠してると思って、カマを掛けてみたんだ」

「ふふ…、やるなぁ、瞬ヤン。やっぱりアンタ…、いや、見直したで、ホンマに」


 なぜか嬉しそうな笑みを浮かべ、くすくすと真都が笑う。こんな状況なのに、

いつかの公園で見た時のような、どこか悪戯っぽく、それでいて眩しいような

笑顔だった。


 でも、次の瞬間、真都の表情が……一転して以前のような、鋭く険しいものへと

変わった。

 じゃりん、と片手で錫杖を僕に突きつけると、恐ろしいほど静かな…乾いた

声が聞こえてきた。


「…せやけど、判った言うても何も変わらん。ウチはアンタを安全圏まで連れて

行って、ほんでウチはアイツを道連れに消える。この決定は…変わらんのや」


「ま……真都……!!」

「…頼むから言うとおりにしてんか。今のウチでも、アンタを気絶させて無理やり

連れて行くぐらいは出来るんや。でも…そんなんはウチもしとうない」


「…………ッッ…!」

「頼む。瞬ヤンも…もう判るやろ? もう…それしかあらへんっていうんが…!」


「く……ぐ………っっ……」



 …真都の突きつける錫杖と「現実」に、僕はただ拳を握り締めるしかなかった。

 真都のあの目は本気の目だ。拒否すれば…ためらいなく真都は…あの錫杖で

僕を気絶させるだろう。



 確かに真都の言うとおりにすることが、ヤツを倒して街を守るためには必要な

ことなのかもしれない。だけど僕には……、僕には本当にもう何も……、何一つ

出来ないのか!?



 ……こんなものが結末であっていいはずがない。

 いや、こんなものが「現実」だなんて…認められるはずがない!!!



 その時、ふと僕は握り締めていた左手に違和感を感じた。あまりの緊張で、手が

おかしな具合に固まっているようだった。


「……ぇ…、あ……、こ、これ…は…!」



 思わずその手に目をやると、そこには……あの時絵依子に渡せなかったカード

が握られていた。

 さっき真都に引きずられた時に落としたのか、2枚描いたはずが一枚足りない。

しかも強く握っていたせいで、指の形がついて変形してしまっている。


 だけどこれは……!!




「さぁ……瞬ヤン……!!」

「……真都。これを使ってくれ!」


 その最後のカードを真都に差し出し、僕は言った。薄明りの中でも、真都が

困惑した表情を浮かべたのがはっきり見えた。


「…は…? あ、アンタ…何を急に……」


「その最後の願弾は……使うな! 代わりにこれを使ってくれ!」

「しゅ…瞬ヤン…、なに……言うてんの? ウチは…そんなん使えへん…、い、

いや、仮に使えたとしても…朧露であるウチにそんな事は出来へん……。それ

だけは…絶対にアカンのや…!」


 あわててカードから目をそらし、僕の手を上から押さえるようにして、真都が

困ったような怒ったような声を上げた。

 ほんのついさっきにも、こんな光景を見たような気がする。でも、今はそれが

遠い昔のことのようでもある。



 もし……もしこのカードがもっと早くに絵依子の手に渡っていれば、もしか

したら…絵依子は死なずに済んだかもしれない。あの時、真都が受け取っていて

くれたら、絵依子は……!



 だけど…そんな仮定に意味は無い。だったら僕がもっと早く描けていれば、

それで良かったんだ。

 真都のせいなんかじゃない。どうしようもなかった。だけど運命なんかでも

ない。


 …そう決めつけて…納得することに何の意味がある?!





 ……絵依子が使えなかったこのカードは…いわばあいつの形見だ。


 だからこれを使わなくちゃいけない。これでヤツを倒さなきゃいけない。

絵依子が最後まで戦ったことの意味を、僕らが創らなくちゃいけない。


 絵依子が死んだ意味をじゃなく、生きた意味を…!


 でなければ…本当に絵依子の死が無意味なものになってしまう。だから…!!



「使える! 僕を信じてくれ!! これに描いたのは…そういう絵なんだ!」

「え…ぇ!? せ…せやけど…やっぱりアカン…! ウチは…そんな事したら…」



「この絵は……真都が教えてくれたものなんだ!! だから出来る! 使えるん

だ!!」

「……ぇ……?」



「…お願いだ…真都…、絵依子が好きって言ったみんなを……この街を守って

くれ!! 絵依子といっしょに!! 頼む……!! 真都ぉっ!!!」


「しゅ……瞬ヤン………」




 長い…長い沈黙が流れた。いったいどれぐらいの時間が流れたのか、それ

さえも…この薄闇の中では分からない。


 やがて……真都の大きく息を吐く声が、暗がりにかすかに響いた。


「……ホンマにそれ、ウチに使えるんやろな……? 間違い…あらへんの

やろな…」

「……!! う、うん!! 絶対に…大丈夫だ!!!」



「ほな…、最後に…やってみるわ。その代わり…瞬ヤン、まずはアンタを

安全な…」

「…いや、だめだ。僕もいっしょに行く!」


「……!! あ、アンタ…ウチが言うたこと…もう忘れたんか!! せ、せや

から…アンタを死なす訳には……」

「絶対死なない! 僕も! 真都も!」


「は、はぁ……?! で……、でも………!」

「…真都がこれを使えれば、絶対にアイツを倒せる! だから心配いらない!! 

僕たちでアイツを倒すんだ! 絵依子のために…みんなのために…!!」


「は…………」



 僕の言葉に真都が目を丸くし、呆れたように絶句したあと、再び沈黙が……

…流れた。


 そのわずかな間の後。




「ホンマ……ムチャクチャやな…アンタは。おどおどしてて気ぃ小っさいか

思たら、びっくりするぐらい無鉄砲やったり…。絵依子ちゃんの言うとった

通りやなぁ…ふふ」


「じゃ、じゃあ……! 真都っっ!!」

「そこまで言うんやったら…賭けてみよか。アンタと…アンタの描いたその

カードに…」

「…………!!」


 ほとんど勢いだけで僕は押し切った。本当のところは根拠なんてあるはずも

ない。押し切られた真都も、そのことは分かっているんだろうと感じる。

 それでも……真都は僕を信じてくれた。それが…たまらなく…嬉しい…!



 一瞬の間を置いて、この静かな闇をぶち壊すように、派手にパンパン!と真都が

自分の頬っぺたを叩いて…吼えた!!



「…よっしゃ!! 最後の大博打や!! これ以上はもう逆さに振っても鼻血も

出ぇへんねんからな!! 行くでぇぇぇッッ!!!」





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