11月10日-11
真都の姿を追いながら、僕はかなえさんと絵依子にも視線を戻した。二人とも
ヤツとは距離を置いて、結界が戻った一瞬を狙って反撃している。
さっきまでのように比較的安全だった背後からではなく、絵依子も前に出て
ロストと対峙している。ぜぇぜぇと肩で大きく息をしながらも、まだ戦列に復帰
できていない真都の代わりに、ロストに果敢に食らいついている。
……ヤツを倒すしか、みんなを、この街を守ることは出来ない。だからこう
するしか、他に方法がないのは分かってはいる。
でも、分かってはいても…。それでもロストの攻撃が絵依子に向くたび、胸に
張り裂けんばかりの痛みが襲う…!
…少しずつ力を取り戻してきているようにも感じられる、今のアイツを正面
からまともに相手にするなんて、あまりに危険過ぎる……!
一分でも一秒でも早く、この戦いが終わることだけを、僕は祈らずにはいられ
なかった。
「はぁはぁ……こ、これでどうだぁーーーっ!!」
ぱきぱきと変化し、巨大な3本の爪を足に錬装した絵依子が、だんっ!と
地面を蹴り飛ばして、大きく空中に飛び上がった。そして何を思ったのか…突然
ビルの壁に蹴りを入れた。
でも、蹴られたところは砕け散ることなく、変化した足の爪はビルの壁に
しっかりと食い込み…そのまま絵依子が壁に次々に穴を開けながら、ビルを
下から上へ、縦に走り始めた!!
そして一気に屋上まで登りきると、そこから絵依子が……ビルを蹴り飛ばして
大きく身を躍らせた!
「……ッ! …あそこからのドラゴンキックか!!」
あんな技も今日初めて見るものだ。たぶんさっきのかなえさんのキックを、
見よう見まねで繰り出したんだろう。
なら、さっきロストを吹っ飛ばしたかなえさん程ではないにしても、威力は…
…期待できる!
「でぃやあぁぁぁぁーーーッッ! スーパードラゴン……キーーック!!!」
「…バカッ!? うかつに飛び込んじゃ…ダメよぉッ!」
かなえさんの声に…僕はハッと我に返った。そしてその言葉の意味を理解
するのに……ほとんど時間はかからなかった。
…なぜなら。
その瞬間、ロストを包む結界が……限界までふくらみ、弾け飛んだ…!!
「ギ…げゲげ…へヒャヒャ……しゃア…--ッ!!」
…もはや人格を失ったはずの「ロスト」が…笑った。
そして遠目でもはっきりと分かるぐらい、絵依子の顔が恐怖に引きつった
のが…見えた。
結界の効力が完全に無くなったんだろう。ロストの周りにはあのブラック
ホールのような空間が復活している。
このままぶつかれば……逆に絵依子が…!!
まるでそれが分かっているかのように、じゃり、じゃり、と足を引きずり
ながらヤツが、ぐんぐんと上から迫る絵依子に向かって歩を進めていく…!
「くッッ!! ま、待ちなさいッ!!! 止まれって言ってんのよッ!!!」
のろのろと進む「ロスト」の無防備な背中を、かなえさんが滅多斬りに剣を
振り下ろすたびに、ざくざくと切れた部分から真っ黒なオーラが吹き上がる…!
「…オまえ…もウ…あキた……もう…イらナい………ぎヒひィ……ッッ!!」
「な…何言ってんのよッ! か…カス夫の分ざ……ッッ…がぁッッ!!??」
「……っっ!!??」
…その言葉を最後まで言い終える間もなく、ごう、と凄まじい勢いでかなえさん
が…吹っ飛んでいくのがかろうじて見えた。
背中を向けたままのヤツの、人間なら有りえない方向からの後ろ蹴りが…かなえ
さんを直撃した…!!
メギャァッッ…!!
恐ろしげな激突音が響き、ついで…どしゃ、という砂袋を叩きつけたような、
鈍い音が聞こえた。
「か…かなえ…さん……?」
恐る恐る僕は…音が聞こえてきた方に振り向いた。そこには瓦礫にまみれ、
うつ伏せで倒れたまま……ピクリとも動かないかなえさんの姿が…あった。
そんな……そんなバカな…!
…あのかなえさんが…たったの一撃で……??!!
「グげゲゲげッ! ゴぉっおおオあ……ヒしゃしゃシャはァーーーーッ!!」
「…うぁ……あ、あ………っ!!」
ロストの狂ったような笑いに、一瞬飛びかけた意識が戻る。だめだ…あのまま
じゃ絵依子も……かなえさんと同じに!!
「おおおおおぉぉっっ!! 『延』ッッ!!」
…その時、真都の鋭い声が僕の耳に飛び込んできた…!
絶望に伏せかけていた顔をとっさに上げ、声の方に向くと、ロストに向かって
走りながら、3倍…いや、4倍ほどに長く伸びた錫杖を高々と突き上げる真都の姿が
見えた!
その錫杖をまるでバットのように、大きく…ぶん、と真都が振り回した!
振り抜くその先には……ロストがいる!!
ガキィィィ・・・・・・ッッ・・・ンンッッ!!!
「オごぉオっ…おおおオぉーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」
今度は穴の開いた逆の方のわき腹を、錫杖がしたたかに捉えた!
まともに食らったロストはごろごろと地面を転がり、アスファルトを削り
ながらバウンドし、また別のビルに頭から激突した。
「や…やったっ!! 真都! すごいぞっっ!!」
「はぁ…はぁ……。な……何とか間に合ぅた……! けど……、はぁ…はぁ…」
息を荒げながら、なぜか…忌々しそうに真都が吐き捨てるようにつぶやいた
のが聞こえた。
っていうか、そんなにすごい技があるなら、最初から出してくれよ…!!
ドゴオッッ!!!
少し遅れて、凄まじい轟音と煙を巻き上げながら、絵依子もドラゴンキックで
地面に大穴を開け、無事に着地した。
ふらふらとクレーターの中から顔を出した絵依子に真都が手を差し伸べ、引き
上げてくれた。
「す…すいません。真都さん…。あ、ありがとう…」
「…礼を言うんはまだ早いで。それよりも……!」
「うオオおおおおォォッッ!!! あ…アぁ…あ…、きサまァ……ッッ!!!」
…瓦礫の中から、またヤツが得体の知れない声を上げながら、よろよろと姿を
現した。
今や完全に結界から解放されたロストは、切り落とされた左腕、大穴の開いた
わき腹、そしてかなえさんの付けた背中の傷が塞がりかけていた。
と言うより…身体そのものが融けかけている…!
今や傷からだけではなく、ロストの全身から…得体の知れない黒いオーラが
吹き上がっている。
「……? ……いや、…ち、違う……?」
…いや、あれは吹き上げてるんじゃない…。周りの空間…「世界」そのものを、
自分さえも空間ごと消滅させているんだ…!
底なし沼のようなオーラが空中に巻き上がった瓦礫や破片…空気までも吸い
込み、次々に音も無く消滅させていく。あんなものに触れたら……僕はおろか、
絵依子や真都さえも…。
でもその時、少しだけ張りが戻ったような声で、真都が言い放った。
「い……イケるで…!! アイツはもう人の形も維持できんようになっとる…。
アイツももう……限界なんや!」
「ほ、ホントですかぁ!? 真都さんっ!」
「おぅ! アイツの身体や瘴気に触れんようにだけ気ぃつけとったらエエ!
あと数撃で…今度こそホンマに…倒せる…!!」
あ…あと…数撃!?
もしそれが本当なら……確かに勝てる! ヤツを……ロストを倒せる!!
「だ……だったら…急げっ! 二人とも!! かなえさんが心配だ! さっき
アイツにやられて…っ!」
思わず僕は声を張り上げて二人を煽った。倒せると分かったのなら、出来る
限り速攻で倒すべきだ。モタモタしてたらかなえさんが…!!
「わ、わかったよ! 行こう! 真都さんっ!」
「おぅ! ただし…もう焦ったらアカンで! エエな!絵依子ちゃん!!」
真都の言葉に、こくんと絵依子が頷く。そして二人が同時にロストに向かって
走りだした!
「我智力如是 慧光照無量、 寿命無数劫 久修業所得 『崩』ッ!!」
「ずぁりゃああああーーーーーッ! ウルトラスピン…フェザーーっッ!!」
巨大な翼を錬装した絵依子が、突然ぐるぐると回転を始めた。その翼が地面と
平行になり、まるでコマか、広げた傘のようになったそれが、ヤツに……襲い
かかった!
キュイイィィィィーーーンン・・・ッッ!!!
…まるで電動ノコギリのような鋭い音を放ちながら、絵依子の羽が当たるたびに
ロストの体が見る見るうちに削られていく…!
「な……っっ…!」
あれは…たぶんペガサスか天使のカードだ。でもそのカードから、あんな風に
錬装するなんて…今までの絵依子からは全くなかった発想だ。
これまでも薄々感じていたことだけど、今日の絵依子は…以前の和夫との戦いの
時とは、比較にならないほど強い!
一撃、そしてまた一撃を加えられるたび、ロストの断末魔の声が響き渡る。
確かにヤツがもう原型すら留められないほど弱ってきているのが僕にも分かる…!
ふいに、絵依子の身体がヤツの正面から右に回った。ロストの腕が絵依子を
追って振り払うように動いた瞬間。
「おおおおぉぉッ! 『殲』ッッ!!!」
ズキュゥゥ・・・・・・ッゥンッッ!!!
ゴギャアァァッッッ・・・・・・・・・ッッッンン!!!!!
回転する絵依子の羽の傘に隠れていた真都が姿を現して、今日最大の轟音を
響かせて、凄まじい一撃がロストの顔面を直撃した!
…べこり、と錫杖の形がはっきりと分かるほどロストの顔面がひしゃげ、ヤツが
よたよたと後ずさる…!
「き、効いてるっ!! いいぞっ! 真都っ!!」
だけど、なぜかそこで突然、真都の動きが…止まった。
「どうした真都ぉっ!! あと…少しなんだぞッ!!」
はぁはぁと荒い息をつきながら、わずかにこっちを向いた真都が…小さく首を
振った。
「……っ!! まさか弾が…切れたのか……!」




