11月10日-10
ズバァアアアァァッッ!!!
「グ…ギョおわア……あぁアぁーーーーーーッッ!!」
かなえさんの一撃を受けたロストから、これまで一番の苦悶…いや、はっきり
苦痛の色を帯びた絶叫が、ヤツの口からほとばしった!!
「や……やったッッ……、き、決まった…!!??」
思わず僕も立ち上がり、拳を握り締めてしまう。それほど今の攻撃には、言葉
通り、文字通りのインパクトがあった。
少しの間の後、ロストの苦しげな声と共に、どさり、と何かが地に落ちる音が
聞こえてきた。
「ちっ……!! あ、浅かったかぁ……!!」
「え……!?」
ぐらり、とロストがよろめきながら身体を起こした。わずかに横を向いたその
姿からは…左腕の二の腕から先が失われている。そして地面の上には、ロストの
身体から切り離された腕が、まるでそれだけで生きているかのように、ビクビクと
のた打ち回っていた。
「…っっ! 直撃じゃなかったのか…!」
落とされた腕はしばらく独りでに蠢いていたものの、やがてアスファルトを飲み
込み、溶かすようにして…消えていった。
「オぐおォああァ……お…オオっ……ア……!! オれの…うデ……ぇェッ!!」
でも……苦しんでいる…。ヤツが苦しんでいる!!
直撃ではなかったにしても、わき腹に続いて、今度は左腕に明らかなダメージを
与えられたのだ!
「みんな! こっからが…正念場よぉっ!」
「おうっ! 判っとる!」
「うん! まだまだいけるよ!」
片腕になってしまったロストはロクな反撃も出来ず、苦しまぎれにただブンブン
と右腕を振り回すだけだ。そしてその度がら空きになるわき腹に、かなえさんの
光線、真都の錫杖、絵依子の剣が次々に襲い掛かる。
二つの箇所に大きなダメージを受けたロストの動きは、これまでにないほど鈍い
ものになっていた。
それでも3人はまったく手を緩めることなく、ひたすらヤツを攻め立てる。最初
はわずかだった脇腹の傷も、今はもう眼に見えるほど巨大な「穴」と化している。
人間ならとっくに死んでいてもおかしくないはずの傷なのに、ぽっかりと空いた
そこからは血も流れず、気持ちの悪い色をした空洞に見えるだけだった。
「お兄ちゃんッ! カードっっ!!」
「………ッッ!!」
唐突に聞こえてきた絵依子の叫ぶ声に、あわてて僕は描き上げたカードを
揃える。
「ごめん! まだ3枚だけだ! すぐ描くから…何とかしのいでくれ!!」
絵依子からの白紙のカード4枚と、描けたカード3枚を交換する。これで今度は
残り5枚になってしまった。
…くそ…、これは…まずいぞ……!!
とにかくやるしか、描くしかない。このままのペースだと、本当に絵依子の
手持ちが尽きかねない。
…それだけは絶対に防がなければいけない!
でも、単に早く描くことだけに囚われて、手抜きになってしまっては元も子も
ない。あいつが力を発揮できるような絵でないと意味がないのだ。
…つまりは今の描き方、絵じゃ…ダメってことだ。
「くそ…何かないのか……何か……っ!!」
今必要なのは、素早く描けて、なおかつイメージを喚起させるような絵だ。
でも、そんなものを描くには、いったいどうすれば良いのか見当もつかない。
第一、こんな状況でそう簡単に思いつく訳もない。そんなことぐらい承知
している。
…それでも必死に僕は頭を回転させた。このままじゃ絵依子が…皆が僕の
せいで…!
「………ッッ……!!!」
…その時……!
…突然、うってつけのアイデアが…頭に稲妻のように閃いた!
「そうだ…これだっ!!」
思いついたばかりのアイデア、そして浮かんできた「絵」を、僕は急いで
マーカーに乗せて走らせ始めた。
少し離れた場所から、今もなお3人の必死の奮戦が続いているのを……感じ
ながら。
「おおおおおおッッ!!! 『戟』ぃぃッッ!!!」
さっそく2枚を描き終え、顔を上げた瞬間、真都の錫杖がロストの足を薙ぎ
払ったのが目に飛び込んできた。間髪いれずに、がくりと崩れ落ちたロストに
畳み掛けるようにして…!
「つぁりゃあーーっ!! ハイパードリルアッパー!!」
絵依子の錬装した、巨大なドリル状の拳が…ヤツのアゴを直撃する! そして…
「グラン……ギガボルト…キィーーーーック!!!」
再び大空に舞ったかなえさんの、足に稲妻のような光を帯びた3段蹴りという…
超ド級の技が炸裂した…!
「…ア…オ……ごッ……うァああぁ……ッ…!」
3人の凄まじい攻撃を立て続けに食らったロストが…断末魔のようなうめき声を
立てたのが聞こえた。
「よ…よしッ! いけるっ! みんな、あと少しよっ!」
かなえさんが真都と絵依子にハッパをかける。確かにこれはいける…勝てる!
このままの調子で行けば、せっかく思いついたアイデアも無駄に終わるかも
しれないけれど、それならそれでも構わないさ…!
……でも。
ふっと気が緩みかけたその時……異変が起きた。
…ぐぅぅうん、と前触れなく、いきなり地面が……大きく揺れた。そして…
ロストの周囲を覆っているはずの結界が…ぶわんと一気に膨れ上がった…!!
「え…えぇえッッ!?」
「なッ……! 何…いきなり……!?」
「し、しまったッ…! も…もう…来てもうたんか…っ!」
切羽つまった真都の声に、とっさに集まった僕たち全員がぎょっとなる。
「き、来たって…何がよ!? ミャオっち!」
それに真都が答えるより早く、お坊さんたちの声が雑音混じりに飛び込んで
きた。
『ぐ…く…以号隊…二名脱落…! 拙僧も…もう…!』
『波号隊…まだ…いけます!!』
『…知号隊…一名脱落……!』
『な…奈号隊……あと5分…持ちません…!!』
「……え…? これって…ど、どういう……?」
「……聞いての通りや…。時間が掛かりすぎた…もう限界や。あの結界は……
…もう持たへん…」
無線越しでもはっきりと分かるほどのお坊さんたちの悲痛な声に、真都の
表情は険しく…これまでにない焦りの色を露わにしていた。
ぎり、という歯噛みの音が聞こえてきそうなほどに。
「な…何ですって!? あと一息だって時に…それは無いでしょ!! 何とか…
何とかしなさいよ!!」
「無茶言うなっ!! 今までかって、無茶すぎるぐらい無茶させとったんや!
全員がアレ一体に結界を収束させて維持すんのが、どんだけしんどいと思ってん
ねん!! 今まで持ってた方が奇跡みたいなもんなんや!!」
「……っっ!!」
「そんな……。せっかくここまで上手くやれてきたのに…」
「おおッ…あ…ヒ…い…ヒヒッ! えハ…ひゃ…!!」
…それでも結界は完全には消えずに、膨らんだり縮んだりを一進一退に繰り
返していた。お坊さんたちが最後の力を振り絞ってくれてるんだろう。
でも、あれが完全に弾け飛んだ時…、ヤツを……ロストを誰も止められなく
なるってことなのか……!
「…だったら今しかないよ!! まだ結界が残ってるうちに…とどめを!!」
言うが早いか、絵依子がロストに向かって猛然と駆け出していった!
「ま、待てっ! え、絵依子っっ!!」
「ば…バカっ! 戻りなさいっ! えーこちゃん!!」
……あまりに無謀過ぎる絵依子の行動に、あわてて僕とかなえさんが叫んだ。
でもその声がまるっきり耳に届いていないのか、あいつの足はまったく止まる
ことなく、真っ直ぐにロストに向かっていく。
「く……っ、あ、あのロリっ子わぁぁ……!!」
怒りとも呆れともつかない表情で毒づき、絵依子を追いかけるようにして、
かなえさんもロストに向かい…走りだした!
「ま、真都っ!!」
「わ…判っとる! ちょっと待ち!」
ぱきん、とまた錫杖が真ん中から折られると、使い終わったと思しき『願弾』
とやらが地面に無造作にこぼれ落ちた。そしてごそごそと袖を探っていた真都の
表情が…急に凍りついた。
……その様子に、なにか……ただならない事態が起きたのを、僕は…直感して
しまった。
「ど…どうしたんだ? 真都…」
顔を強ばらせたまま、真都がゆっくりと手を袖から抜いた。そこには…四つの
願弾が握られていた。
「…これが……どうやら最後の弾みたいやな。これを使い切ったら…そこで終い
っちゅー事か…」
淡々とつぶやきながら、どこか諦め顔にも似た笑みすら浮かべて、その一つ
一つを真都が錫杖に込めていく。
よく見ればその指は、もはや白いを通り越して…真っ青ですらあった。手の
あちこちには血がにじみ、その赤が余計に指の青さを際立たせている…。
「…だ…、大丈夫だ! かなえさんだって……絵依子だっているんだ!! …
…きっと…何とかなる!!」
……くそっ。こんな時に……こんな気休めみたいなことしか…僕は言えない
のか…!!
自分の無力さが…今ほど情けなく感じたことは無い!
「そうやな…そうやとエエんやけど…」
「…真都……」
ジャキンッッ!!
最後の弾込めを終え、錫杖がまた元の形に戻る。それを一回二回と軽く振った
真都が、ちらりと僕の方に向き直ってまた何かを言いかけ、それを飲み込むを
繰り返した。
「……? さっきからどうしたんだ? 真都…」
「…あ……、う…ん…、あのな…。その……こんな時に…言うんも…アレなん
やけど…」
「………え?」
「…ウチな…………」
「う、うん? …………?」
この期に及んで何を言い出すのかと思って待ってみたものの、それっきり
さっぱり進まない。
今はそれどころじゃないだろうに、いったい真都は何がしたいんだ…?
「そ、その……、ウチな、瞬ヤンのこと……」
「わ、わかった! い、いや分からないけど、ともかくその話は全部終わって
からにしよう! な?」
「え……、い、いや、そういう訳にはいかへんから、今言おうとしとるんやろ!」
「うるさいうるさい! そんなことより、これ!! さっき描き上げたばっかりの
カードなんだ! ついでに絵依子に渡してやってくれ!」
…埒があかないので、むりやり話を打ち切るべく、2枚のカードを僕はとっさに
真都に差し出した。僕のありったけを込めた、今の僕の…唯一の「力」だ。
でも、真都の手はそれを拒否するように、上から僕を押しとどめた。
「…そんな事、かぁ…。やれやれやなぁ…まったく…」
「え? な……何?」
「…何でもあらへん。っていうかな、悪いけどそれは出来へん。なんぼ何でも
そこまでナァナァはアカンて言うてんねん。ホンマに判らんやっちゃなぁ…」
なぜか…悲しそうな顔で真都がくすくす笑う。言いたいことは分かるけど、
今は非常事態のはずだ。何もこんな時にまで…。
「い、いや、だって今はそんなこと言ってる場合じゃ…」
「アカンもんはアカンねん。それは自分の手で渡し。自分で……あの子にな」
「………で、でも……」
「…ほなこれだけ言わせてな。ありがとな、瞬ヤン…。アンタのおかげやで…」
「…真都……?」
「…よぉっし! ほな行ってくるわ! しっかり留守番頼むで!」
「あ…………」
吼えるように叫びながら、真都が僕の前から走り去っていった。さっき…何を
言いたかったのか、何を伝えたかったのかは、結局僕にはまるで分からないまま
だった。
だから……僕はただ、その後ろ姿を見送る事しか出来なかった。いつかの……
公園の日にように。




