11月10日-9
ズビュウッッ・・・・・・!!
「…ウ…ごあアあ……ッッおッ……!!」
一瞬の閃光のあと、聞こえてくるはずの轟音はなく、代わりに僕の耳を打った
のは、いつか聞いたことのある、風を切るような音、そして………ロストの悲鳴
のような声だった。
「な……?」
ロストの身体から放たれていた閃光はとうに薄れ、再び……街は薄闇の世界に
戻っていた。ヤツの攻撃は……なぜか不発に終わったようだった。
目が眩みかけていた僕はあわててヤツの姿を追うと、ロストはさっきと同じ
場所に立ったまま、わき腹、そして右腕からもぶすぶすと煙を上げているのが
見えた。
いったい……何が…起きた…!?
その時、どこか上の方から……聞き覚えのある声が…響いた。
「……ひとつ、光りの届かぬ闇に…! ふたつ、震える罪無き人の…! みっつ、
未来を叶えて護る! 愛と希望と! 炎の戦士! 『戦錬機装 グランバン』!
ここに……超! 見! 参!!」
…ビルの屋上にきらきらとした光を放ちながら…赤いヨロイ…錬装衣をまとった
何者かが…いた…!!
「え…、あ、あれは………まさか……っ!?」
「行くわよぉっ!! とおぅっ!!」
ふわり、とビルの屋上から身を躍らせた赤いヨロイの会士が、オービスから
一枚カードを引いた。
次の瞬間、その身体が空中でぎゅん、と回転した。見る見るうちに…その回転
がどんどんと加速していく!
「スぅぅーパぁぁーー……!! グラントルネード……キーーーーーック!!」
ズガアァアッッッ・・・・・・ッッンン・・・・・・!!!
「オごおオアぁぁァーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
すさまじい勢いの超絶回転キックがヤツにぶち当たり、ビルとビルの間に絶叫を
響かせて、ヤツが吹っ飛んでいった!!
そしてそのままロストは、ビルの壁に激突して大穴を開けた!!
…屋上からの高さと回転力がプラスされたあのキック………。
じ、尋常じゃない威力だ……。
ロストを蹴り飛ばした反動で、くるくるとちょっと無駄っぽい捻りを加えた
空中回転をしながら、赤い錬装衣の会士が僕たちのところに、とん、と着地した。
「……みんなっ! 大丈夫だった!? 怪我してない!?」
「……ふん。今さら何しに来たんや…。遅いっちゅーねん……」
「か、かなえセンセだーーっ! おかえりなさいー!」
「むっ! 違うわ、えーこちゃん。あたしはみんなの夢と正義をかなえる、
赤き炎の戦士!! 『戦錬機装 グランバン』よ! 臆病者の高崎かなえ
なんかと一緒にしないでくれる?!」
絵依子と真都が、ゆっくりと近づいてきたかなえさんに向かって、口々に
歓迎の言葉を口にした。かなえさんはといえば、また訳の分からないことを
言っている。
…っていうか、何だその名前。
「瞬弥クンも大丈夫だった? キミは普通の子なんだから、一番無理しちゃダメ
なのよ? それなのに……まったくもぅ…」
「は…はい。でも…どうして……」
「…ふっふっふ。ヒーローはね、遅れてやって来るのが王道なのよ! まぁ、
ちょっとした演出よ。演出!! あっはっはっ!!」
「…………」
ビッ!と親指を立て、高らかなかなえさんの声が夜の街に響き渡る中、僕は
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。冗談めかした言葉とは裏腹に…今もかなえ
さんの足は、僕と同じようにかすかに震えていたからだ。
……この人もきっと戦っていたんだ。自分と。恐怖と…。
なのに僕は…逃げ出したとばかり…!
「…ともかく話は後! まずはアイツをやっつけるわよ! さっさと終わらせ
ないと、瞬弥クンのバイト先が閉まっちゃうんだからね!!」
「え?! で、でもでも、今のでやっつけちゃったんじゃ……ないんですか?」
一転して真剣な表情に戻ったかなえさんの言葉に、絵依子がビックリした表情で
問う。確かにさっきのキックの直撃を食らって無事とは、ちょっとにわかには信じ
がたいことだ。
「…ふう。判ってないわね。あの程度でどうにかなる訳ないじゃない。お寺の
人の結界がかなり効いてるみたいだけどまだまだよ。心して掛かりなさい!!
いいわね!?」
「「「おーーーぅ!!」」」
そして僕たちは再び視線を道路の向こうに戻した。ビルの奥に消えたヤツの
気配は、確かにかなえさんの言う通り…、いまだに消えてなどいなかった。
やがて…自分が開けた大穴から、のそり、と真っ黒な空間をまとったロスト
が、瓦礫を音も無く消滅させながら姿を現した。
それにすかさずお坊さんたちが再び結界を掛け、見る見るうちに真っ黒い
空間…オーラが押し潰され、元の、さっきまでの状態になっていく。
「おお…オ…あ…ヒヒ…ッ!! おモちャ…フえタ……! アそぶ…ゥゥ!!」
「…ちっ。やっぱりたいして効いちゃいないわね…」
かなえさんが忌々しそうに吐き捨てた言葉に、僕は思わず耳を疑った。まさか
本当にさっきのあれを食らって、そんなに効いてないなんて……。
あいつは…本物の化け物か…??!!
「ともかく! やるしかないわよ!! みんな、用意はいい!?」
「そ、そうだ! 絵依子、カードは大丈夫か!?」
「ふぇ? あ、う、うん!」
僕の言葉に、思い出したように絵依子が使い終わったカードを差し出してきた。
これまでに使われた3枚全部が、キレイさっぱり消えている。
「よし…すぐに描き上げるから、使い終わったカードはどんどん僕に渡せ!
いいな!?」
「りょーかい! コーチ!」
「さぁて……それじゃ行くわよっ!! ミャオっち!! えーこちゃん!!」
「…おう! 足引っ張るんやないで! かなえはん!」
「だからあたしは『グランバン』だって言ってるでしょ! だいたい…誰に
向かって言ってるのかな? それはむしろこっちのセリフよ? ミャオっち!」
「ふふっ…せやったな。ほな……いこか、グランバンはん!!」
「もう! 「はん」はいらないわよ!」
かなえさんを従えるように走りだした真都が、『劾!!』と叫びながらロストに
突っ込んでいく。
カードを引き、剣を錬装したかなえさんも、真都に遅れずぴったりと後ろに
付けている。絵依子は巨大な拳を錬装し、二人にやや遅れてヤツへと迫る。
それを見送りながら、僕は自分のバッグを開けた。
中には僕の「武器」であるペンとマーカーが入っている。あの日以来、ずっと
一緒に戦ってきた、いわば僕の戦友だ。
「ん…? 何だこれ…?」
バッグの内ポケットから、見慣れない白い紙袋が顔を出しているのが見えた。
こんなの入れてたっけ…?
い、いや! 今はそんなことはどうでもいい!
僕も戦うんだ…! 僕の武器で! 僕のやり方で!
「グラン…イーヴルバスターーー!!」
「うりゃあーーッッ!! タイタンナックル!!」
「無垢清浄光、慧日破諸闇、能伏災風火、普明照世間! 『壊』ィっ! そして…
……『滅』ッ!!」
「ぎヒい……ッゴおあァァ……アアあーーーーーーーーーーッッッ!!!」
ペンを走らせながら、ちらちらとみんなの戦いを目で追っていると、さすがに
かなえさんの動きは同じ会士と言っても絵依子とはまるで違う。人間離れした…
いや、超人的なスピード、と言う点は同じでも、レベルが圧倒的に違う。よたよた
真都を探していた時と同じ人とは思えないぐらい、ロストの振り回す腕や足をかい
くぐって、一撃一撃を的確に叩き込んでいる。
そして意外にも真都とかなえさんは呼吸が合っている。サッカーで言うところの
ツートップ状態で、お互いの位置を巧みに入れ替え、向かってくるロストの反撃に
上手く合わせてカウンターを食らわせている。
そして絵依子はと言うと…常にポジションをヤツの背後に取って、背中やさっき
えぐったわき腹を集中的に攻撃していた。
正直、ダメージはあまり期待できそうにないものの、ヤツの注意を真都たちから
逸らすには丁度いい効果を出しているらしい。
「いいぞ…いけるかも……!!」
…たったの一撃でも食らったらゲームオーバーである事に変わりは無いのかも
しれない。でも、結界で力を封じ込まれているせいか、ロストの動きはそれほど
速くはない。攻撃する腕も足も、どちらかといえばスローモーなぐらいだ。その
点では絵依子や真都よりも全然「遅い」。まして、かなえさんのスピードには
まったく及ばない。
今のみんなの戦いぶり、そしてヤツの動きを見ている限り、まず問題はないと
僕は確信した。思わずペンを握る手にも力が入る。
まずは一枚。槍に代わって僕が描いたのは弓だ。絵依子の今の戦い方を見る
限り、直接攻撃するような剣とか槍は向いていないと判断したからだ。
さらに続いてもう一枚。星の代わりに今度は夜空を流れる流星群を僕は考えた。
大きく尾を引く流れ星をいくつかペンで描き、後ろの背景を真っ黒に塗り
つぶしてから、小さくきらめく星の数々をホワイトで描き入れる。
「絵依子っ!! カードだ!!」
僕の声にすかさず反応して振り向いた絵依子が、ひらりと側にやってきた。
「ありがと! 次これお願い!!」
「よし、任せろ!! いいな、おまえはあくまでかなえさんと真都のフォローだ。
無茶するんじゃないぞ! 絶対…絶対にだぞ!!」
「判ってるよ! じゃいってきまーす!」
描き上げたばかりのカードを渡し、絵依子を見送った僕は、代わりに受け取った
使い終わったカードを見て、思わず目を疑ってしまった。
「…あいつ……もう3枚も使ったのか……」
これで…さっきの分と合わせると白紙は4枚になってしまった。いくら僕が早く
描くことに慣れたとは言え、こんなペースで何枚も連続で描くなんていうのは
ちょっと…、いや、正直かなり厳しい。
「……っ!! 何をバカ言ってるんだ…! 戦ってるみんなの方が…よっぽど
キツイんだぞ!! しっかりしろ! 渡城 瞬弥っっ!!」
とっさに僕は自分で自分の頬っぺたを叩き、ペンを握り直した。そうだ…僕は
僕の出来る事を、やるべき事をするしかないんだ…!!
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ようやく折り返し点に差し掛かり、戦況を確認しようと僕は顔を上げた。その
時、絵依子が天使のカードで夜空に舞い上がり、間髪いれずにもう一枚を引いた
のが見えた。
「はぁぁぁぁああっっっ!! シューティング…メテオミサイルーーっっ!!!」
…あれは…さっき描き上げたばかりの「流星」か!?
「ミャオっちッッ!!」
「……おぅっ!!」
二人がすかさずロストの周りから離れた。そして、絵依子が胸の前にかざした
両手から、次々に小さな煌きが生まれる。
それはまるで…本当の綺羅星のように見えた。
やがて無数にきらめくそれが、一際大きく輝いた瞬間、流星がきらきらと尾を
引きながら…全てが放たれた!
ギュ……ガガガガガガッッッ!!!!!!!
「お…オォっ……ッがァあッッっ……!!」
「…な……、す…すごい……っ!」
初めて見る絵依子の……しかも勝手に自分で名前までつけた新技が、怒涛の
勢いでロストに降り注ぐ。
一発一発の威力は大したことは無いらしいものの、それはまさに一撃必殺ならぬ
連撃必殺!!
次々と地面をハチの巣に変えていく、散弾のごとき流星を全身に受け、ロストが
苦悶の声を上げながら、二度三度とおぼつかない足取りで、よたよたとよろめく!
「きたきたきたぁーーッ!! 行っくわよぉぉッ!!」
と、ロストが絵依子の集中砲火にさらされてる最中、突如、オービスデッキから
引いたカードを見たかなえさんが叫んだと思ったら、錬装衣のあちこちが急にピカ
ピカと光りだした。
…な、何なんだ、いったい……!?
「う…ぐゥオオオ………ッっ…」
メテオミサイルの集中豪雨のような攻撃を受け終え、苦しそうな声を上げ、
全身がいまだにくすぶり続けているロストとの距離を、かなえさんが凄まじい
スピードで…一気にゼロにした!
ピカピカと点滅するボディ。そして顔のバイザーに目のような光が浮かび
上がり、振り上げた剣が……光に包まれる。
いつだったかテレビでやっていた映画で見た、何とかセイバーのような…!
…なぜだかその時、かなえさんの後ろに…巨大な夕日が浮かび上がったように
僕には見えた。
それを背にしたシルエットのかなえさんが全身のあちこちを光らせながら、
手にした光の剣を…斜め袈裟斬りにロストに振り下ろした!!
「必殺……グランッ!! インパクトォッッ!!」