11月10日-7
「お…オぇ……あハぁア・・・・・・ひ・・・イ・・・ッ…!」
…起き上がってきた和夫は……もはや「人間」ではなかった。僕だけではなく、
絵依子も、かなえさんも息を呑み、青ざめた表情でヤツの姿を呆然と見ている。
化け物じみた、なんていう言葉では済まない。どことなく以前に見たヤツの
錬装した姿に似てはいるものの、腕も足も身体も膨れ上がり、口は頬まで裂ける
ように広がっている。そして異様な光を放つ目……。
…和夫は文字通り……正真正銘の……「怪物」そのものと…なっていた……。
「なんて事……。しかもあいつ…全然ダメージなんか受けていない……!!」
「……なっ!? ほ、本当ですか!? かなえさん!」
「そ、そんなぁ! あれだけ真都さんがボッコボコにしたのに…!」
かなえさんの言葉に、絵依子が茫然とした声を上げた。そして…それは僕も
同じ思いだった。あれだけの攻撃を受けて、全然効いてないなんて…そんなこと
があり得るのか!?
思わず僕は真都の方に振り向いた。でも、真都は反論もせず、ただ黙っていた。
それは…真実であると、真都自身が語っているに等しい。強く錫杖を握り
締めるその指は、今や……ぞっとするほど白く、血の気を失っていた…。
「……だから、だから無理って言ったじゃない!! こんな厄介事、関わる
必要なんか無いの! まだ間に合う! さっさと逃げるわよ! ほら早くっ!」
そう言ってかなえさんが踵を返し、走り出そうとした。でも、真都は足に
根っこが生えたように、ピクリともその場から動かない。
「ミャオっちッ……!!」
「…逃げたいんやったら好きにしぃ。瞬ヤン、絵依子ちゃん。アンタらもそう
した方がエエ。さっさと逃げ!」
「…………っっっ!!」
……確かに真都の言うことはもっともだ。真都をして化け物と称するかなえ
さんすら震えさせ、その真都にしても歯が立たない相手に、僕なんかがここに
いても、たぶん何の役にも立たないだろう。
…でも。だからって友達を………、しかも女の子を置いて自分たちだけ逃げる
なんて…そんなことが出来るはずがない!!
「……いやだ…。…僕は…逃げない……!!」
「しゅ、瞬弥クン……!?」
「僕は……僕らは何のためにここに来たんですか! 真都を連れ戻すためだ!
真都を助けるためでしょう!」
「そ、そうよ?! でも……あの子はもうだめよ! だからあたしたちだけでも
早く逃げないと……」
「だからって…!! 真都が逃げないから自分だけ逃げるなんて……おかしい
でしょう!! じゃあ一体、何のためにここに来たんですか! 僕らは!!」
「………ッッ!?」
「しゅ…瞬ヤン……」
「……僕らは真都を助けに来たんでしょう! でも、逃げたら絶対に何も…何も
出来ない!」
「しょ、正気なの!? キミなんか居ても居なくても何も変わらないのよ!?」
「それでもです! 何か出来るかもしれないし…何も出来ないかもしれない…。
だけど…僕は逃げない……!!」
…そうだ。あの始まりの日に怪物から絵依子を助けたように、そしていつもの
戦いのたびに鍛え上げてきた小賢しい観察力が僕にはある。
今の和夫に……あいつにそんなものが役に立つかどうかは分からない。でも、
それが僕の武器ならば、それで戦うだけだ!
「…絵依子。おまえはかなえさんと逃げ……」
そこまでを言いかけた時、僕のお腹にどすんと軽いボディーブローが当たった。
「ぶ…ふっ! な、何するんだよ、こんな時に!」
「もぉ……。お兄ちゃんってば、ホントにムチャクチャ言い出すんだから。ほら、
いつもみたいに『あいつをやっつけろ』って命令してよ。渡城コーチ?」
「ぇ………?」
……突然の絵依子の言葉に、僕は一瞬……頭が真っ白になってしまった。
「…だ……ダメだ! おまえは…おまえは逃げろ!! いつもの怪物相手の戦い
とは違うんだぞ! 第一、おまえじゃ真都の足を引っ張るだけ……」
「…お兄ちゃんの指示で戦うのは、わたしの方が慣れてるもん。だから……
きっと出来るよ。やろうよ! お兄ちゃん!」
「え…絵依子……?」
「…わたしね、この街が好き。お兄ちゃんがいて、お母さんがいて、あーやが
いて…、真都さんやかなえセンセがいるこの街が好き。この世界が大好きだよ」
「…………」
「…真都さんとは違うかもしれないけど、わたしにだって戦う理由はあるの。
だから…やるの。やりたいの。わたしにも戦わせて。お兄ちゃん。真都さん!」
「……絵依子ちゃん……」
「おあア…へ…え…エは…ヒャ…あアッッ…!! いひ…ヒ…ッ…お…おお…?」
和夫の叫びと共に、ぐらりと世界が揺れた。また…結界が押し返されてきて
いる…!?
もう……時間がない………?!
「ふふ…、なんか…嬉しいな。心強いで、絵依子ちゃん……!!」
「……わ、分かった! こうなったら…やるぞっ!! 絵依子っ!!」
「りょーかい! 『錬装』ッッ!!」
ぱきぱき、といつものように、絵依子のゴスロリ服が戦うために変化していく。
ふと振り返ると、かなえさんが僕たちを呆然とした目で見つめていた。
「あ…あんたたち…アタマおかしいんじゃないの!? 何したって無駄だっていう
のが…なんで判んないの…!?」
「かなえさん……」
「……あ、あたしはやらないんだから! ……そんなに死にたいんなら勝手に
しなさいよ! じゃあね!!」
吐き捨てるように叫び、かなえさんは振り向きもせずに来た道を……駆け戻って
いった。
「………くっ…」
裏切られた…気がした。さっきの言葉…、僕たちの事を友達だと言ってくれた
かなえさんの言葉は……結局ただのお義理で出た言葉だったのだ。
絵依子も真都もそれを悟ったのか、沈んだ表情を浮かべてその後姿を見送って
いた。
そして……見る見るうちにかなえさんは、僕たちの視界から…消えていった。
「……お兄ちゃん…」
「いや…、今はそれどころじゃない。とにかく僕らだけでヤツを何とかするんだ。
いいな! 絵依子!」
「う……うん!」
…とは言え、絵依子と僕が参戦するにしても、そう簡単に変えられる状況なんか
じゃないのは明らかだ。
……何か打つ手は無いんだろうか。いつものように僕は全力で「敵」を観察し、
つけ入る隙や穴を探る。これまでもそうしてきたように。
そして僕はふと、あることに気がついた。と言うより、思いついた。
「…真都、あの結界っていうのは、もっと小さく出来ないのか?」
「それは…出来ん事は無いけど…、何でや?」
「さっき、かなえさんが言ってたけど、あれって世界とか空間の崩壊が広がら
ないように、あの中に力を抑え込んでるんだろ? だったらもっと範囲を小さく
絞った方が効率がいいんじゃないのか?」
「………」
…真都の呆れたような視線が僕に冷たく突き刺さる。
「あのな…。そんなピンポイントで結界を作る、なんて、相手がチョロチョロ
動いたらすぐ結界から外れてもぅて、意味無くなるやろが!」
「…あ………?」
「……結界の大きさがアレっちゅぅんは、相手に対してある程度の融通を
持たしとるんや。結界の外に出てもうたアイツの攻撃なんか食らったら、
ウチらどころか、この錫杖さえチリも残さんと消滅しかねへんのやで…!」
「………っ!!」
くそ……。いいアイデアだと思ったんだけど。
でも、よくよく考えてみれば当たり前のことか……。僕が即興で思いつく
ようなことをお坊さんたちがやってないのは、やれないのではなく、あえて
やってないってだけのことなんだろう。
……要するに「やらない」のには、それなりの理由があるってことか。
その時、ずっと僕たちのやり取りを、ただ黙って聞いていたはずの絵依子が、
突然口を挟んできた。
「……真都さん。もし出来るんだったら…やって欲しいな」
「え……絵依子……?!」
「…あ、あのな! ウチの話を聞いとったんか!? そら……出来ん事はない
けど…あの結界内から出たアイツから一撃でも食ろぅたら、ホンマのホンマに…
あの世行きなんやで!?」
真都が猛烈な勢いで絵依子に食って掛かる。僕も当然同じ意見だ。自分で出した
アイデアではあるけれど、真都のダメ出しには納得もした。だからそんな危険な
ことをこいつに……絵依子にやらせる訳には行かない!
「そ、そうだ! 絶対ダメだ! そんな一か八かみたいな方法…」
「今のままだとわたしも力が出なくなっちゃうから、あのけっかい?の中には
入れないし、手が出せないよ」
「…………っ」
「…でもお兄ちゃんが言ったみたいに、範囲を絞って…、たとえばあいつを直接
弱らせられるんだったら、わたしでも何とかできるかもしれないよ」
「い、いや、でも……、ダメだ! やっぱりそんなのは……!」
「…じゃあ他に何か手があるの? お兄ちゃん、真都さん」
「「…………!!」」
「……絵依子ちゃん…」
「え…絵依子……」
「うおオぉぉォ……おあア……! あ…イぎ……っ…ヒヒヒははあァ……!!
オれ…おレハ…なんダ…? だレ…だ…? ひハ…ハはハ……!!!」
ズズズズズ・・・・・・・ッッ!!!
……何度目かの衝撃が…大地を走った…!
「……総員聞けぇ!! 「絶封陣」極の型!! 対象から1センチ…いや1ミリ
も外すなぁ!! エエな!!」
突如として、真都の鋭い声が…ビルの間にこだました…!
『諒解ッ! おい小っさいの! しっかり頼むぜ!!』
『遅れて申し訳ありません!! 千葉の號隊長、法円以下九名、ただ今より指揮下に
入ります!! そこのお二人さんもよろしく!』
『…命に代えても結界は張り続けてやる! だから後は任せたからな! ガキ共!』
『はぁ……、こんなの絶対、こっちの方がキツいじゃないですか……。號帥も人が
悪いですよ……。本当にもう……ふふふっ……』
…お坊さんたちの声が次々に真都の無線機から聞こえてくる。この人たちに
とってもソキエタスは…会士は敵のはずなのに、絵依子に声援を送ってくれている
なんて…。
「なにおーーっ!! ちびっ子とか言うなーー!! ロリロリとか言うなーっ!!」
口を尖らせて絵依子がそんな声に憤慨してみせ、お坊さんたちが、どっ、と沸く
のが伝わってきた。
そして次の瞬間…さっき以上の耳鳴りと共に、和夫の周囲の空間が…一気に
小さく圧縮していくのが見えた!
結界の力が………和夫の身体の皮一枚のところで、完全にギリギリの所で押し
包んでいる!!
「絵依子ちゃん!! ウチが前衛でアンタは後衛、ウチの背中…預けるで!!
行くでぇぇッッ!!」
「うん! …お兄ちゃんっ?!」
「……よし、行ってこいっっ! あいつをやっつけろ! 絵依子っ!!」
「りょーかいっ! コーチっ!!」




