11月10日-2
「もぉ!! みんないつまでそんな話してるの!? 関係なかったんだったら
もういいじゃん! わたし、お腹減ったぁーーーー!!」
「………は……」
張り詰めかけた雰囲気の部屋に、唐突に絵依子の声が響いた。
こ…こいつは…。なんて空気の読めない…。
今はそんなことを言ってる場合じゃ…。
「…ぷっ……」
と、思ったら、不意に…かなえさんの吹き出す声が小さく聞こえてきた。
「あっはっはっ! えーこちゃんの言う事ももっともね。そう言えばあたしも
小腹が空いてきちゃった!」
それまでの空気を吹き飛ばすように、かなえさんが豪快に笑う。見れば真都も
くっくっと苦笑していた。
絵依子の子供じみた言葉をきっかけに、見る見るうちに場の雰囲気が緩んで
いくのを感じる。
これは…結果オーライなのかな…?
「でしょでしょ!? さっきのフライドチキンとか、まだ少し残ってますよぉ?
チンして食べますかぁ?」
目を輝かせながら、すかさず買い物袋の中をあさろうとした絵依子を、かなえ
さんが手で制した。
「ちっちっちっ…ダメよ、えーこちゃん? 判ってないわね…」
「ふ…ふぇ? 何がですかぁ?」
「せっかくあれだけの大仕事を終えたっていうのに、そんな残り物じゃ…
わびしすぎるでしょ?」
「ん……、確かにそやな……」
「…こういう時はね、そう! 外で打ち上げよ!! みんな! 今日のお礼に
何でも好きなのおごってあげるわよ~!!!」
かなえさんの絶叫が部屋に響いた次の瞬間、ごくり、という音が3つ聞こえた。
ん? 3つ…?
…・・・かなえさん…、自分の言葉で興奮してる…。
「やったぁーっ!! じゃあじゃあ! わたしステーキがいいな! 肉! 肉!」
「…ば、バカ! あんまり肉肉言うな! まるで家で食べさせてないみたい
だろ!!」
「えぇ~? だってホントの事じゃん!! にーく! にーーく!!」
さらに目を輝かせて「肉!」を連呼してる絵依子に釘を刺したものの、まったく
無視してくれてやがる…。
ふと気が付くと、真都とかなえさんが二人して、クスクスとおかしそうに笑い
ながら僕たちを見ていた。
は…恥ずかしすぎる…。……穴があったら入りたい…。
「と言うてもなぁ……もうこんな時間やで。開いてる店なんかほとんどないん
と違うか…?」
これ以上我が家の機密事項を漏らされても困るので、必死に絵依子の口を
手で塞いで何とか黙らせていると、苦笑していた真都がぽつりとつぶやいた。
…っていうか、なぜか真都までが行く気満々のようである。さっきまで
「成り行き」だの「勘違いすんな」とか言ってたくせに……。
「…ですねぇ。牛丼屋は開いてるけど、さっき食べたし……。国道沿いのファミ
レスはちょっと遠いですよねぇ…」
「そうねぇ…じゃあこの間の焼肉屋にしましょうか? けっこう美味しかったし、
あそこならえーこちゃんの好きなステーキもあるわよ?」
「……!! い、いや、あそこは…」
……恐れていたその提案が、かなえさんの口から出てきてしまった。
この間のことを思い返すと、このメンツをまた連れて行ったら、店長やバイト
仲間から何を言われるか。
なので、できれば違うところに行きたいというのが、僕の偽らざる本心だった。
「あ、あの! カラオケとかはどうでしょう…?! 駅前にあるあそこだったら
フードもけっこう充実してるって友達が言って…」
「…んん? なぁに? せっかくお店の売り上げに貢献してあげるって言ってる
のに。それとも…あたしたちを連れて行きたくない理由でもあるのかしら…?」
ほんのちょっぴり、かなえさんから不穏なオーラがゆらりと立ち昇った気が
した。口元は笑ってるのに、目は1ミリも笑ってない…。
こ、怖いです………かなえさん!!
「あ、い…いえ! け、決してそういう訳では……」
「っそ、じゃあいいわよね? みんなもそれでいい?」
「「おぉーーーっ!!」」
…まぁ、今日はかなえさんのおごりだからいいか…。
また店長に冷やかされるかと思うと、ちょっとだけ気が重いけれど…。
・
・
・
・
「さーて! それじゃぁ行きましょ!! ほらほら! 男なんだからグズグズ
しない!!」
「……はい…」
「…ふん。…しゃあないな……」
「はーーーーい!!」
かなえさんの号令で、僕を先頭にぞろぞろと皆して玄関に向かう。
現在時刻はもう1時に近い。バイト先の営業時間は、確か朝の3時までだから、
今からでも全然余裕とはいえ、学生がこんな時間に遊びに行く、というのはどう
なんだろう。
おまけにいちおう明日も学校はあるっていうのに、大丈夫なんだろうか。
……なんだか不良になった気分だ。
絵依子はと言うと、もう明らかにウキウキとしているのが見て取れる。これ
幸いと今日は店の肉を食らい尽くす気なのかもしれない…。
「じゃあじゃあ、ご飯食べたらカラオケね! あとゲーセンも!」
「…元気ねぇ、えーこちゃん。若いっていいわねぇ……」
「くっくっ! エエで絵依子ちゃん! ウチの十八番の般若心経、聞かせたるで!」
絵依子の提案に、なぜか真都が妙に乗り気である。
…いや、っていうか、そんなのカラオケに入ってるのか……?
「そう言えば絵依子、おまえ眠くないのか?」
「うん。今日も学校でいっぱい寝たから大丈夫だよ。ちょっと寒かったけど」
「そりゃ奇遇だな…僕もそうだ。でも寒かったって……おまえのクラスの教室、
窓でも割れてるのか?」
「……え? う、うぅん、何でもない何でもない! それより早く出てよ!
後ろがつっかえてるんだから!」
言いながら絵依子がぐいぐいと僕を玄関に押し出していく。やれやれ…。
「………あ……」
……そう言えば絵依子のクラスって何組だっけ。
今日の下校の時に、絵依子を探そうとして少々あわてたことを僕はふと思い
出した。
この先、また同じように絵依子を呼びに行くこともあるかもしれない。また
後でちゃんと聞いておかなくちゃな。
・・・がちゃり。
静かに玄関を開け放った瞬間、ひゅう、と室内に入り込んできた冷気に思わず
首をすくめてしまう。雨はいつの間にか止んでいたようだったけれど、下がった
気温はそのままのようだった。
「う…さ…寒っ…」
そんな言葉が口をついて出た次の瞬間、…なぜか目の前の外の世界が……、
ふいに…ぐらりと揺れたように……見えた。
「………?」
「こ…これは……!!!」
「な……っっ…!!??」
「………!!!」
いきなり僕を押しのけるようにして、靴も履かずに真都が外に走って出た。
かなえさんと絵依子も、後を追うようにして表に飛び出してきた。3人の
表情は、なぜかみな、一様に真っ青に染まっている。
……いったい何が…?
「ちょ…ちょっと…。な…なんなの…これ…」
青ざめたままのかなえさんが、絞り出すようにそれだけを口にした。そして、
ちらりと真都の方を向く。
「う…ウチに聞かれても…、こっちが聞きたいぐらいですわ……。こんな…
こんなん…あ、有り得へん…!」
「お…お兄ちゃん…っ…」
不安そうな声を上げながら、絵依子が僕にしがみついてきた。その体が…
かすかに震えている。
「か…かなえさん…。一体…どうしたんですか…?」
「……ど…どうした…って。き……キミには感じないの…!? この……
『ヴィレス』 が…!!」
「…い、いや違う……。『意力』なんてもんやない…、これは…これはただの
「力」の塊や…!」
かなえさんと真都の言葉……そして真っ青な顔に浮かぶ汗の量に、なにか
とてつもない異常…異変が起きているらしいことを、僕も悟った。
だけれど、感覚的には何が起きているのかは分からない。なにか違和感の
ようなものを感じるだけだ。
「……っ!? な…なんだ…?」
…ふいに、さっきドアを開けた時に感じた、目まいのような感覚に再び僕は
襲われた。その瞬間、僕はあるもう一つのことに気づいた。
「け…景色が……?」
外の世界…景色がいやにおぼろに感じられる。薄っすらとした幕を被せた
ような…それでいてどこか不自然な、下手くそなCGのようなクリアな風景が…
眼前に広がっている。
…目の前の光景は間違いなく現実のはず。なのに……異様なまでに「現実感」
が…無い!!
「な……、なんだ……これ……っ」
「…お…お兄ちゃん…お兄ちゃんっ……!」
僕の腕の中でふるふると小さく震える絵依子を抱きとめながら、僕は必死に
それだけを絞り出した。
みんなと違って、ただの……ごく普通の人間である僕にすら感じられるほどの
力が…そんなものが突然、この街に現れたってことなのか!?




