11月9日-3
ぷるるるる・・・ぷるるるる・・・ぷるる・・・ガチャっ
『…はい。ただいま秋の…』
「度々すみません。…御八尾さんをお願いしたいんですが」
『………………』
………? …さっきより沈黙が長い。
『………失礼ですが、どちら様でしょうか?』
「え…、あ、あの! 僕は渡城 瞬弥と言いまして…えっと…真都とは友達
なんです! 真都を出してくれれば分かります!」
『…………』
…さっきのように切られるわけでもなく、無言のまま5分ほど経っただろうか。
ふいに電話の向こうから、ぼそぼそと、でも確かに覚えのある声が聞こえてきた。
『……もしもし?』
「あ……ま、真都!? 僕だ。瞬弥だよ。よかった…、やっと繋がった…」
『しゅ、瞬ヤン!? あ、アンタ…いきなり何やねん。お、お寺に電話してくる
なんて…』
「詳しい話は後でするよ! とにかく、今すぐ駅前まで来て欲しいんだ。場所は…」
『ちょ、ちょっと待ち! 急にそんなん言われても……ウチまだお勤めが…!』
「頼む! 真都がいなきゃ……ダメなんだ! だから絶対来てくれ!! 場所は
駅前のマルジュウの前! じゃあまた後で!!」
『え? えぇ?! ちょ、ちょっ……』
…プツッ。
「………ふぅ……」
…伝えるべきことは全部伝え終えた。ダラダラしてたら電話代がもったいない
ので、速攻で僕は通話終了のキーを押した。
やれやれ…これで何とかなるかな……。
さっき交番で聞いた話だと、ここから車でだいたい20分ぐらいの所に「丞善寺」
はあるらしい。と言うことは、いくら真都でも30分ぐらいはかかるかもしれないな…。
くそ…今は一分だって惜しいのに…。
・
・
・
・
・
「…くそ…。遅いなぁ…真都も絵依子も……」
待ち合わせのマルジュウの前でケータイを見ると、30分どころか、すでに1時間
が経っていた。なのに、一向に二人とも現れない。
だいたい、真都はともかくとして、絵依子まで未だに来ないと言うのは
おかしい。家から駅までは15分もあれば着くはずのに。
抑えようとしても焦る気持ちだけがどんどん募っていく。こうしてる間にも、
もしかしたら……。
と、その時。
「はぁはぁ……お、お待たせ…」
「……!!」
ふいに聞こえてきた声にとっさに振り向くと、真都が息を切らせながらやって
きた。
ただ……なぜか昨日と同じ私服姿で。
「……? しゅ、瞬ヤン、ど、どないしたんや?」
…思わずぽかんとそれを見つめていた僕は、怪訝そうな真都の声でようやく
我に返った。
「……あ、そ、その、なんでその格好なのかな…って」
「…いや…こんな真っ昼間から、雲水衣で街うろつけるかいな。そ、それに…、
これって昨日の続きやろ? せやからウチ…」
「あー……、えーと……ところであの棒…錫杖は?」
「ホンマにもう…抜け出すのんに苦労したんよ? せやけど…しゅ、瞬ヤンも
意外に情熱的っちゅうか……。ホンマに! ホンマにもう…!」
「…………」
「ま、まぁとにかく! まずはタコ焼きやな! ほな行こか!!」
………何か………話が噛み合ってない気がする。
さっきから身体を妙にくねくねさせている真都は、一体どういうつもりで僕が
呼んだと思ってるんだろう。
「お、お兄ちゃん! ごめん! お待たせ!!」
そこへ今度はばたばたと絵依子が走り込んできた。でも、これは説明をする
いいタイミングかもしれない。とりあえず僕はかいつまんで事のいきさつを
二人に話すことにした。
・
・
・
・
・
「…という訳なんだ。ただの偶然かもしれないけど、そうじゃなかったら…かなえ
さんも狙われてるかもしれないんだ。もしかしたら…もう既に…」
…その先を口にすることは、僕には出来なかった。そんなことは無いと信じたい
けれど、何か…胸騒ぎのような不安が止まらないのだ。
「…話はそんで終いか? ほなウチはこれで帰らせてもらうわ」
話を進めるにつれ、どんどん表情が不機嫌になっていった真都が、とうとう
怒りを押し殺したようにボソッと吐き捨てた。
「ま、真都! い、言いたいことは分かる! た、確かにかなえさんは……
ソキエタスの会士で…、その…敵かもしれないけど…」
「…ちゃうわ。アホ…。…だいたいやな、前に言うたん、もう忘れたんか?
ウチらはそっちの戦いには関与出来へん。むしろせいぜい潰し合ぅてくれたら
儲けモンなんや。そんなしょうもないことでウチを呼び出しよってからに…
アホ! ボケ!」
「……っ!!」
真都の言葉に、カッと頭が痺れるように熱くなる。でもそれは……僕に浴びせ
られた罵倒の言葉にじゃ…ない!
ぱんっ…!
「……!!」
絵依子の息を呑む声が…かすかに聞こえた。僕も一瞬、何が起きたのかと
思った。
……なぜなら、僕は自分でも信じられないことに、真都の頬を思いっきり……
引っぱたいてしまっていたのだ。
「……ぇ……?…」
張られた真都が、いま何が起きたのかと、赤くなっていく頬を押さえてぽかんと
している。僕も…自分のしでかしたことに、しばし呆然としてしまっていた。
…叩いた手の平から込み上げてきた熱のおかげで…僕はようやく我に帰った。
でも。
高ぶった気持ちはそのままだった。
その気持ちが口をついて出るのを、押しとどめることまでは出来なかった。
「…しょうもないことって何だよ! かなえさんだぞ!? 敵だとかソキエタス
とか…そんなの関係ないだろ!! そんなのの前にあの人は……かなえさんだ!
いっしょにご飯も食べて…ワイワイやって…お前のことをあだ名で呼んでくれた
人のことを…どうでもいいって言うのか!!」
「…っ…! そ、それは……」
…おろおろと僕の目の前で真都が少しうつむいたまま、何か必死で言葉を探して
いるようだった。
「…叩いたりしてごめん。でも…一緒に来てもらうよ」
名刺によると、かなえさんの住んでいるマンションはここから歩いて15分ほどの
場所だ。だから僕は真都の手をつかんで、そのまま歩き出した。
…もう一刻の猶予も無い……!!
「え…あ……、しゅ、瞬ヤン……」
「…何してるんだ。行くぞ、絵依子」
「う……うん…」
ぽかんとした表情を浮かべていた絵依子を促して、気持ち早足でぐいぐいと
真都を引っ張り、僕たちは商店街から路地裏を通って住宅街へ出た。
…そして、しばらく歩いた先に現れた、大きめの国道に面した場所に、かなえ
さんのマンションはあった。
「かなえさんの部屋は…162号室か」
名刺に書かれてあった番号を確認し、僕はボタンを押してエレベーターが来る
のを待った。ここまでの途中、何度か電話をかけてみたものの、かなえさんが出る
ことは…やっぱりなかった。
「あ……あの…、瞬ヤン…。もう…帰ったりせぇへんから…そ、その…手ぇ…」
ふいに真都が、うつむき横を向いたまま、ぼそぼそと呟いた。その言葉で
ようやく僕は、今の今まで真都の手をずっと握り締めていたことに気が付いた。
「……あ、ご、ごめん。頬っぺた……まだ痛む?」
あわてて手を離すと、ふるふると未だ真っ赤なままの頬をした真都が首を
振った。
「…もう平気や。ウチを誰やと思てんねん。さっきも…ちょっとビックリした
だけやよ」
「そっか……。でも、ホントにごめん…。女の子に手を上げるなんて…最悪
だよな…僕…」
「…ふふ。ホンマやな。でも…なんぼ不意打ちや言うても、ウチに一発食らわせ
られるなんて瞬ヤンも結構やるやん。ちょっと……見直したで?」
「…………っ…」
ふと見ると、真都の表情に笑みが戻っていた。
でも、どこかはにかむようなその笑顔に、僕はまた…一瞬吸い込まれそうに
なってしまった。
そして同時に……自分がしでかしたことに、改めて胸が締めつけられる。
こんな…こんな女の子の…顔を叩いたなんて…!
「でも…やっぱりごめん…。さっきは本当にごめん。いくら謝ったって…無かった
ことになんか出来ないと思うけど…」
「…もうエエって。うん…あった事を無かった事にはできへん。忘れる事も…
できひん。でも…忘れへん事と…それに縛られるんは…違うんやな」
「……?」
「…何でもあらへん。ウチの独り言や。そ、それよりアンタ、鍛えたら案外エエ線
行くかもしれへんで?」
「え…? 僕に格闘技とかの才能があるってこと…?」
「せや。ウチが教えたら、そのへんのチンピラぐらいやったら瞬殺できるぐらい
にはなると思うで?」
…それはそれで男としては魅力的な提案ではあるけれど…。
「あはは…真都はスパルタっぽいからなぁ。ビシバシしごかれそうだから遠慮
しとくよ」
「そ……そんな事……あらへんのに。ちゃ、ちゃんと手取り足取り……あ!
ちゃ、ちゃうよ? 変な意味とちゃうよ!?」
わたわたと良く分からないことを否定しながら、真都がまた顔を赤くする。
そうしてるうちに、ポーンと軽い音が鳴った。
「あ! …ほら、エレベータ来たで!」
さっきとは逆に、今度は真都が僕の手を引いて、エレベーターに飛び乗った。
僕の手を握り締める真都の手は……あの日に見たような、バカみたいに重い
棒を振り回すためだけに修行し、鍛えたとは思えないほど柔らかく、……まぎれも
ない「女の子」の……ものに感じられた。