11月9日-1
-11/09-
「ふあぁぁぁあああ……」
「ふわわわ…あぁぁぁ……」
「…きょ、今日も眠そうだね…二人とも…」
週初めの月曜日の朝。つい出てしまった僕と絵依子の盛大なあくびを見て、
綾が以前のように…いつものように苦笑している。
…綾と学校に行くのは、あの文化祭の日以来だ。あの日から、またずっと
休んでいた綾と久しぶりの一緒の登校だった。
だけど以前のように朝に僕たちを迎えに来てくれた時からずっと、あの日に
覚えた違和感やおかしな様子はまるでない。逆にこっちが驚くほど、まるっきり
以前のままの綾だった。
あの日のことは本当に何だったのか。メガネをかけると性格が変わるとか、
そういう変な体質なんだろうか。綾って…。
「いや…まさかな。マンガじゃあるまいし……」
「……? 何? マンガがどうかしたの? 瞬くん」
「い、いや、なんでもないよ。それにしても…」
ちらりと視線を絵依子の方に向ける。今の僕も人のことは言えないんだろう
けれど、もはや絵依子に至っては、眠すぎて半分自動で動いてる、という有様だ。
気のせいか、なんか歩き方までロボっぽい。ウィーンウィーンという擬音が
聞こえてきそうだ。
「くすくす…。もしかして…二人ともまた遅くまでテレビ見てたの?」
「…ふあぁ…ま、まぁそれだけでもないんだけどさ」
僕の視線の先を追った綾が、苦笑まじりにくすくすと笑う。本当のことなど
言えるはずもない僕はあくびをかみ殺しながら、あいまいに綾に言葉を返した。
…結局、何の成果もなかった昨日…というか、日付的には今日の深夜の探索は
何事もなく終ったものの、むしろ帰宅してからが大変だったのだ。
「ふぅん…? じゃあいつものお絵描き? それとも…エコちゃんと何かして
遊んでたのかなぁ…?」
「そういう訳でもないんだけど…あふ…」
…昨日、コンビニ前で成り行きで決まってしまったお出かけ。その計画を
家に帰ったとたん、アレコレ次から次へと絵依子が持ち出してきたのだ。
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『えへへ! じゃあ、日程は今度の日曜日で決定! さ~~て、それじゃあ
どこがいっかな~。ネズミーもいいけど、やっぱりちょっと遠いかなぁ…』
『……うん。そうかもね……』
『…あ! だったらオーシャンパラダイスなんてどうかな?! オーパラ!』
『いや…どこでもいいよ僕は。それよりも、そろそろ寝ないと…』
『ダメ! 今日は決まるまで寝させないよ! じゃあ…カレー博物館とかどう?
ん…でもでも、せっかくのお出かけなのに、服がカレーで汚れちゃったりする
のもヤダなぁ…』
『……じゃあラーメンミュージアムはどうでしょうか』
『おんなじだよ! って言うか、お兄ちゃんも真面目に考えてよ、もぉ!』
『あの…僕、そろそろお風呂に……』
『待てぇぇぇいいいい!! 逃げるなぁぁぁ!!!!』
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……結局こんな感じに、ほとんど早朝まで、あーだこーだと計画を立てる
絵依子につき合わされ、僕もいつも以上の睡眠不足に陥ってしまったのだった。
しかも結局行き先はまだ決まってないという有様である。まったく……口は
災いの元、ということか。
「んん…そう言えばさ、綾って今度の日曜ってヒマ?」
ふっと思いついて出た僕の言葉に、入れてるはずのコンタクトが落っこちるん
じゃないかというぐらい、綾の目が丸く大きくなる。
「え…え、え? しゅ、瞬くん…、そ、それって…どういう…」
…考えてみれば、どうせ出かけるなら僕と絵依子の二人ぼっちより、大勢の
方がもっと楽しいんじゃないだろうか。
綾ももちろん、せっかくだから真都も誘おう。忙しいかもしれないけど、
かなえさんにも声を掛けてみよう。
「うん。だから今度の日曜にさ、みんなで遊びに……」
ミシッ……
そこまでを言いかけた時。僕は唐突につま先に何か衝撃を感じた。
とっさに足元に目をやると…絵依子のかかとが深々と僕のつま先にめり込んで
いるのが…見えた。
「……っ…~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッっ!!!!!!!」
…ワンテンポ遅れてやってきた超悶絶級の痛みに、声にならない声が僕の
喉からほとばしった。
痛いなんてもんじゃ無い……。踏まれたのはつま先なのに、なぜか目の前が
チカチカする…!!
「あお…お…おっ……!!!!!」
「ど、どうしたの!? 瞬くんっ!?」
「……あれあれ、石ころにでもつまづいたのかなぁ?まったくお兄ちゃんってば
ドジっ子なんだから。ふふふふふ…」
……思わずその場にうずくまってしまった僕を、さっきまで半分寝ながら歩いて
いたはずの絵依子が、冷ややかな氷のような視線で見下ろしている。
…くすくすと笑ってるくせに、目はまるで笑ってない。と言うか、むしろ怒って
いるようにも見える。
な…なんなんだ…。ぼ……僕が何をしたっていうんだ……。
「ぐぉ…おお…、お、おま…、絵依子ぉぉ……」
「さ、こんなのに付き合ってちゃ、わたしたちまで遅刻だよ。さっさと行こ!
あーや!」
「きゃっ! ひ、引っ張らないでエコちゃん! そ、それに瞬くん、さっき何か
言いかけて…」
「いいから! あーやには関係ないよ!」
「で…でも…、しゅ、瞬く~~ん~~!」
機関車のようなド迫力で、ずるずると絵依子が綾が引きずっていく。こ……
こんな仕打ちを受けるいわれなんか、僕にはないっていうのに!!
「ま…待てぇぇぇぇ!!! え~い~こ~~っ!!!」
かかとで立つことで、つま先の痛みを何とか誤魔化しながら、僕は猛然と二人を
追いかけ始めた。
「……!!」
驚いた表情の絵依子が、綾の手を離した。
…身軽になってスピードを上げるつもりか。でも……逃がすか!!
「しゅ…瞬くん…!」
置いてきぼりにされた綾を追い越し、僕と絵依子の距離が少しづつ少しづつ
縮まっていく。長距離ならともかく短距離、おまけに錬装もしていない状態なら、
男の僕の方にまだ分があるってことだ!
勝利を確信し、スパートをかけようとしたその時、ちらちらと後ろを振り返って
いた絵依子の表情が……にやりと歪んだのが見えた。
「きゃ~~~~! 誰か~~~! ヘンな人に追いかけられてるんですぅ~~~。
たすけて~~~!!」
「…!!?? なな、なに言い出すんだ! バカ!!や、やめろ!!」
突如、絵依子の芝居がかった叫びが、朝の通学路にこだました。なんだなんだと
振り返るみんなの視線が痛い……!
ざわ・・・
ざわざわ・・・
「……ちょっと奥さん、朝っぱらから変質者ですって。怖いわねぇ…」
「いやな世の中ですわねぇ…。うちも時々下着が無くなるんですのよ…」
「……ちょっっ!! …ち、違いますっ!!」
きっと前世がカバとワニだったと思われる、主婦らしきおばさんたちの会話に
思わずこけそうになりながらも、僕は必死に身の潔白をアピールした。が、その
間にも絵依子のデマはとどまる所を知らない!
「あ~れ~~! だ~れ~か~~!! たすけて~~!! 痴漢です~~!!」
「ちち! 違うんです! こ、これは…そ、その……! え、絵依子ぉぉぉ!!」
「いやぁ~~~! このひとストーカーですぅ~~!怖いですぅ~~~~!
あははははははは!!」
…痛すぎる視線をぐさぐさ受けながら、必死に絵依子に追いすがったものの、
僕の朝の大捕り物は結局、少し早めに校門をくぐっただけに終わったのだった…。




