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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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11月9日ー幕間ー


11月9日 -幕間-



「……ぅぁ……あ……ぎぃ……ッッ…!!」


 ベッドの上で膝を抱えるようにして頭を押さえながら、また男が呻いた。

その表情は苦痛に耐えているようでもあり、しかし同時に歓喜に震えている

ようでもあった。


「あ……あぁ……。な……ん…なんだ……、これは…ァ…ッ…」


 数日前からの心身の異変に、男はずっとこの様子だった。ほとんど食事も

取らず、睡眠も取らず、ガラクタまみれの部屋の中で、ほぼ唯一無事である

ベッドの上で、ただうずくまるだけの日々だった。

 波のようにやってくる、脳をかき回されるような痛みと、得体の知れない

恐怖が、男の意識を少しずつ削っていく。




 ともすれば消えそうになる意識の中で男は…「作 和夫」は考えていた。

どこで間違ってしまったのか。何が間違っていたのかを。


 少なくともあの時点では、自分の取った行動は正しかった。そう、自分の

ヴィレス集めの邪魔をしていた目障りなガキたちをおびき寄せ、おそらくは

小学生か、中学生ほどの年の頃の少女の会士を叩きのめしたところまでは。


 朧露の坊主たちまでが現れたのは誤算だったが、しょせん今の自分の敵では

ない。朧露の中でも最強と言われている「金剛」が相手でも、あの娘のヴィレスを

吸収した自分ならば勝てる。そう思えるほど、あの娘から吸収した力は並外れて

いた。


 …なら、その後で突然しゃしゃり出てきた、「あいつ」のせいなのか。

 どこか聞き覚えのある声の「あいつ」に、顔の錬装衣を砕かれたことで、

一気に流れが変わってしまった。

 見たこともない、ふざけた形状の錬装衣の会士だったが、力は相当なものだと

感じた。今の自分でもまだ勝てる確信はなかった。


 ゆえにあの場を引いたのは正しい選択だったはず。つまり自分の行動には、

一つたりともミスはなかったと男は考えていた。




 しかし現実には、男の身にはただならぬ異変が生じている。

 メディウムを操り、多くの人から奪ったヴィレスにより、男はかつての自分

よりも確実に力を増していた。そしてさらに先日の戦いで得たヴィレスによって、

以前とは比較にならぬほどの力を得た。得たはずだった。

 なのに今の自分は、ベッドから降りることすら叶わぬ有様なのだ。


「う……ぐぅ……おぉ……おッッ…!!!」



 己の身に何が起きているのか、和夫にはまったく理解も想像も出来なかった。

 度々押し寄せる波のような苦痛に耐えることしか出来なかった。

 自分というものを形作る、すべてのもの。

 思考も、志向も、嗜好も、それらすべてが痛みとともに別の「何か」に塗り

潰されていく。しかもそれは外からではなく、自分の内側からだ。



 ふいに男は思った。これは「罰」なのか、と。

 多くの人間からヴィレスを奪い、我が物としてきた事への報いがこれなのか、

と。



「……ぢ…ぢがうッ! オ……俺は…だれも…殺しちゃ…いないッ!! うばっだ

のは…ほんの…ずごじだげ……だ……ッッ!!」



 身勝手な理屈で和夫が己を正当化する。しかし、そうでもしなければ、内側

からの衝動に耐えられないのだろう。「己」を書き換えようとする衝動に。

 しかし、もう「その時」は近いように思われた。


「あ……ぁあ…ガッ! う……ぎィ…いいッっ!!!」


 ガンっ・・・・・ッ!!


 歯ぎしりのような音を立てながら、和夫が後頭部を壁に叩きつけた。



 ガン・・・・・・ッ!!


 ゴン・・・・・・っ!!!




 ・・・・・・ドンッ!!


『……うるっせえーんだよ! 何時だと思ってんだボケがッッ!!!!』



 和夫が何度も壁に頭を叩きつけた後、隣の住人とおぼしき者からの「苦情」が、

壁を叩く音とともに飛び込んできた。



「あ…………?」



 瞬間、ふいに男の頭に、この状況を打破する素晴らしいひらめきが浮かんだ。

そう。考えてみれば簡単なことだったのだ。

 なにゆえに己が苦しんでいるのか。何が己を苦しめているのか。己を苦しめる

ものを『敵』だとするならば、答えは単純だ。


「く……ククク……ッ」


 なぜこんな簡単なことを今まで思いつかなかったのか。思わず男の口から笑い声

さえ漏れた。


 すべては己の弱さから来ていたのだ。であるならば強くなればいい。『敵』

よりも強く。では強くなるにはどうすればいいか。これも簡単だ。

 これまで通り、人からヴィレスを奪えばいい。それだけで自分は強くなる。これ

までずっとそうしてきたように。

 そう気づいたとたんに、不思議と頭の中の霧が晴れていくようにも感じられた。


「ふひヒ……くク……く……」


 数日ぶりに男がベッドから動いた。床に転がるかつての商売道具の残骸を

蹴散らしながら、 隣の部屋とここを隔てる壁にそっと触れた。


 ・・・ズッ・・・・・・ッッ



 ほとんど音もなく、かすかに押しただけのような動作の次の瞬間、壁が……

消えた。壁に触れた和夫の手のひらを中心に、半径1メートルほどの「穴」が突然

空いた。



「は………、ぇ………???」



 突然壁が消え、その向こうからゆらりと姿を見せた和夫に、隣の住人が声を

失った。


「くきキッ……、こンばン…は……!」

「な……、な……? え…、か…壁…? ど……どうなって……」


 幽鬼のような足取りで和夫が隣室に足を踏み入れた。何が起きたのか理解

できず、隣室の住人はパニックを起こし、ただガクガクと震えている。


 その震える頭部を、和夫がおもむろに掴んだ。

 和夫が手を離すと、隣人はごとりと音を立てて床に転がった。隣人の男は

しばらく目を見開いたままびくびくと痙攣していたが、やがてそれも止まった。


「……クひヒっ…! マぁ…こんなもンか…。でもタリねぇ……ナぁ……」


 搾り尽くした「獲物」から視線を上げると、男はまた目の前に「壁」がある

ことに気づいた。同時にそれが男にとって、素敵なひらめきを与えた。


 …かべ。壁。カベ……。


 …壁の向こうには人がいる。壁の数だけ人がいる。壁は上にも下にもある……。


 …なら、すべての壁を消してしまえばいい。壁を消し、命を力に変えよう。


 …そうすることで、この痛みと恐怖から逃れられる……。




「くキっ……ッッ! クきききき……っッ!!」


 己のひらめきに、男が歓喜の声を上げた。


 …しかし男は…「作 和夫」は気づいてはいない。そもそも己がこの状態に

なってしまったことが、度重なるヴィレスの吸収によるものだということに。

 己の力を増大させるために取り込んだヴィレスが、己の限界を超えてしまった

ために、暴走を始めているのだ。

 男が壊そうとしている『壁』は、部屋の壁などではない。己自身なのである。


 しかし男はそんなことも判らないほどに、理性を失いつつあった。




 どこで間違ったと男は自問していたが、それはまさに、今この瞬間の事だった。






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