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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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10月15日-2


 キーンコーン・・・カーンコーン・・・・・・


「きりーつ! 礼!」


 クラス委員の号令が教室に響いた。これで今日のお勤めも終了、という訳だ。

 帰宅する人、部活に向かう人で、教室は毎度のようにワイワイガヤガヤとごった返している。


「さてと……」

 通学カバンをつかんで、僕も足早に教室を後にする。今日の僕の、これからの行き場所はもう決まっているのだから。



 ・・・がたがた・・・


 ・・・ぎい・・・っ・・・



 昨日のでカンが戻ったのか、今日はそれほど苦戦せずにすんなりと扉が開いた。昨日、ただなんとなく足が向いただけだったはずのここに今日も僕が来たのは、ここでやり残していたことを思い出したからだ。いや、正確に言えば思いついた、と言うべきか。

 …今朝方、起き抜けにそれを僕は、唐突に思いついた。むしろ今の今まで思いつかなかったことに、自分で自分が情けないとさえ思った。



 ・・・しゃっ・・・・・・

 がららっ・・・・・・!!



 昨日と同じくカビ臭さの充満する教室に入ると、僕はさっそくカーテンを開け、窓も全開にした。一気に明るくなった室内には、光を受けてきらきらとしたチリやらホコリやらが大量に舞っているのが判る。床もほとんど真っ黒だ。


「こりゃあ……気を引き締めて掛からないとな……」

 僕は用意してきたマスクを付け、ハチマキ代わりに頭にタオルを巻いて気合を入れる。


 そう、僕のやり残した事とは、この美術教室の大掃除だ。

 まったく考えてみれば先生はもちろん、この教室にも僕はさんざん世話になったというのに、こんな有様になっているのを放置してたなんて、僕はとんでもない恩知らず、恥知らずだ。



 昨日なんとなく足が向いたことで、僕はその事に今ごろになって気がつけた。

 もしも昨日、偶然にも足を運ぶという機会がなければ、下手をすれば僕は卒業まで思いつくこともなかったかもしれない。そう思うとまったくゾッとする。

 ……本当に僕はとんでもない薄情者のバカだ


「……よぉーーし! やるぞぉーーーっ!」


 自己嫌悪で落ち込みそうになったので、あえて大声を出して気合を入れ直す。

 次のバイトが決まれば、もうこんなことをしていられる時間も取れないだろう。だからやれる時にやる。思い立ったが吉日という言葉もあるけれど、僕にとっては今日がまさにそれだ。


 さっそく掃除用具入れを開けると、幸いにも道具はさほど傷んではいなかった。

 ハタキを取り出し、僕はまずは天井から行くことにした。


 掃除の原則は「上から下」だ。誰かが言ってたのか、何かで読んだのかは忘れたけど、上から順々に汚れを落としていけば、最後に床をきれいにするだけで完璧に仕上がるという訳だ。

 逆に、床を掃除した後にハタキなんか掛けた日には、もう一度床を掃除するハメになる。とんだ二度手間、三度手間、という訳だ。

 知ってる人は知ってるのだろうけど、意外に知らなかった人も多いんじゃないだろうか。僕みたいに。



 ともあれ僕は脚立を使って天井の隅のクモの巣を払い、汚れやゴミを下に落としていく。ぱらぱらと降ってくるゴミにメガネがあっという間に黒くなっていく。そのたびにメガネ拭きで汚れを落とし、またかけ直しては、またハタキをかける。



 ぱたぱた・・・・・・


 ぱたぱたぱた・・・・・・


 しゃっ・・・・・!



 少々手強い汚れにはホウキも使ってこそぎ落とす。

 順調に、段々ときれいになっていく教室に、なんだか僕の心も弾んでいく。

 …先生もいつか元気になって戻ってきた時、教室がさっきのままの状態だったら、きっと先生は悲しむだろう。でも、これなら少しは喜んでくれるかもしれない、と、ふと僕は思った。でも。


 やるべき「理由」はいくらでも思いつく。でも…本当はそうじゃないのだ。

 本当はただ、僕がこうしたかっただけだ。僕がそうしたかったからだ。

 「したいからする」のだ。


 なぜかは分からないけれど、今はそれでいいと僕は思った。






「……ふうっ。思った以上に時間かかりそうだな」

 椅子を足場にして窓を拭き終わると、僕はそのまま椅子に座り込んで一休みすることにした。けっこうな重労働だったけど、今拭き上げたばかりの窓のぴかぴか具合を見ていると、自然に頬が緩む。

 まだ先は長そうだけど、もう少しだけ頑張れそうだ。



 と、そこへ突然、がぎがぎがぎ……とけたたましい音が聞こえてきた。



「…やっぱりお兄ちゃん…? こんなとこで何やってんの……?」

「……え、絵依子か? って言うか……、お前こそこんな時間まで何やってるんだよ」


 まったく予想していなかった突然の珍客に、思わずすっとんきょうな声が出た。

 先生か警備の人なら、もしかしたら、ぐらいには考えていたけれど、まさか絵依子がここに来るとは。



「え…あ、うん。わたしはまぁ……いろいろとね…? それよりお兄ちゃんは何してたの?」

「見たら分かるだろ? 掃除だよ掃除。ここにはいっぱいお世話になったからさ。恩返し…みたいなもんかな」

 ふぅん、とあまり興味なさげに、絵依子がきょろきょろと教室の中を見渡す。


「それでどうしたんだ? 何でこんなとこに?」

「さっき下から、カエルみたいに窓にへばりついてるお兄ちゃんが見えたからさ。何やってんのかなぁって思って」



 ……カエル、カエルか……。なんかもう、色々やる気が失せるな…。



「それでさ、もう暗くなってきたし…そろそろ帰ろ? 掃除はまた明日でもいいじゃん」

「ゲコっ」

「……? なに?」

「いや、何も」

「………変なお兄ちゃん…」


 言われて外を見てみると、確かに赤と黒のグラデーションはだいぶ黒に傾いている。とはいえ、まだ真っ暗というほどでは全然ない。


「…そうだな。でもやっぱり、もうちょっとだけキリのいいとこまでしてから帰るよ。道具の片付けもあるし」

「えー…。どうせこんなとこ、誰も来ないじゃん。ほっといてもわかんないよ。久しぶりにいっしょに帰ろうよぉ…」


 …なんとも珍しいこともあるもんだ。絵依子がこんな可愛らしいことを言うなんて。明日は槍が降るかもしれないぞ。

 だがしかし、せっかくの妹君のお誘いだ。仕方ない……ここはひとつ、僕も妥協してやるとするか。


「…じゃあさ、絵依子も手伝ってくれよ。二人でやればすぐに…」

「あっ、なら結構です。では拙者、これにてドロン!」


 …言うが早いか、ホントの忍者みたいに、あっという間に絵依子は教室から姿を消した。「一緒に帰りたい」とは何だったのか……。

 ほんとに何を考えてるのかさっぱりだ……。


「あ! ホントにあんまり遅くならないでよ? 晩ご飯の支度もあるんだから! 絶対だよ?! 絶対だからね!!」

 教室の外から、そんな絵依子の声が飛び込んできた。あいつ、ほんとは僕に早く帰ってきてほしくないんじゃなかろうか。

 だいたいカレーを温めるだけに支度も何もないだろ、とは思ったものの、口には出さずにいちおう僕は頷いておいた。


「判った。なるべく早く切り上げて帰るよ」

 僕の返事が聞こえたのかは分からないけど、足音が少しづつ遠ざかっていく。やれやれ、ムダな時間を食ってしまった……。




「さぁてと…。…続けるか」


 気を取り直して雑巾を手に取り、もう何回替えたか分からないバケツに突っ込んで絞ると、水の色がまた黒くなっていく。この水もあと2,3回が限度だな…。

 硬く絞った雑巾で、棚や椅子、窓の桟といった水平面を、僕は大急ぎで拭いていく。ついでに忘れないうちに窓も閉めておく。



 実際、そういつまでもここに……校内にいられないのは確かなのだ。

 7時を回れば、たぶん先生たちの見回りがやってくる。別に悪いことをしてる訳じゃないけど、そんな時間まで残っているところを見つかったら、さすがに何を言われるか判ったもんじゃない。


 だからそうなる前に退散するのが吉だ。僕はさらに少しだけ雑巾を速く滑らせる。



「ふぅ……。……ん…?」



 ホウキの掃き掃除が終わり、後は床の雑巾がけでこの大掃除も終わり、というところで、すっかり窓の向こうの色が真っ暗になっている事に、今ごろ僕は気が付いた。

 あわててケータイを取り出し、時間を見ると、絵依子が帰ってからもう2時間近くが過ぎている。


「うわ…さすがにそろそろ帰らないと、きっと絵依子がうるさいぞ…」


 やむを得ず、続きは明日にしてそろそろ片付けに入るか……とホウキを置き、頭に巻いたタオルを取った時、僕は唐突に…さっきの光景に違和感を覚えた。



 確かに今の時間はもう真っ暗でも不思議じゃ無い。

 でも、さっき見た外は……あまりに暗すぎた。と言うより…『黒』かった。

 ……まるでガラスに黒いペンキでも塗りたくったような、そんな色じゃ……なかったか?


 その時、ぞわり、と冷たいものが背中を走った。見てはいけないと、心の中のもう一人の僕が叫んだ。


 でも僕は…その声を無視して…顔を上げてしまった。


「…っ…・・・ひ・・・・・・ッ・・・!」

 情けない声が僕の喉から漏れた。窓は……やっぱり限りなく黒く、そして深かった。

 外の街の光や月の光なんかまるで通さない、ただただ深く暗い闇が……そこにあった。


 ……そして…。


 その『闇』が少しづつ少しづつ…窓の外から教室に、こちら側に滲んできているのを見て……さらに僕は凍りついた。


 ・・・ナンダコレハ?


 ・・・・・・ナニガオコッテイル?



 見る見るうちに闇がさらに教室を侵食する。

 やがて…それがひとつの形に収束していった。

 

 …真っ黒な異形の「影」。

 ……そう形容するしかないモノの存在に、僕は……射すくめられていた。


 …やがて、足音も立てずに「それ」が、ゆらり、と僕の方を向いた。形すらおぼろげで、前も後ろも分からないにも関わらず、何故かそれだけは…はっきりと判った。


「あ……ぅあ……ぁ…?…」





 ガッシャーーーーーーーンンッ!!!




 得体の知れない恐怖に叫び声すら上げられず……ただ押し潰されそうになっていたその時、突然何かの激しく砕け散った音が、僕の耳に突き刺さった。

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