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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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11月8日-5



「…え……」


「ウチが小学生の頃…家族で山の上にある遊園地に遊びに行った帰り道でな、

スピード出し過ぎて…こんな感じに対向車にズドン、や。ホンマ、おとんも

いちびりやったさかいな……」


 真都がタコ焼きの舟とお茶のペットボトルを車に見立てて、手振りを交えて

事故を「再現」する。たぶんカーブを曲がったところで、センターラインを

割って、対向車に突っ込むところまでを、真都が「演じて」みせた。



「…いや、ちゃうな。ホンマはウチがジェットコースター気分で、もっと

もっとて煽ったからやねんけどな…」


 子供の手遊びみたいな身振りをやめ、言い直すようにつぶやく。

 どこか…遠くを見つめるような目で静かにつぶやく真都の横顔は、笑って

いるようにも、泣いているようにも見えた。


「あの…ごめん。その…変なこと…聞いちゃって……」

「かまへんよ。昔の……もう終わった話や。それにな…」

「……? それに……?」


「これは運命…いや、それが必然やったんや。ウチはそう思ってる」

「…う、運命…? 必然……? 真都の家族が……亡くなったのが!?」



 突然、真都の口から出てきた言葉に、思わず僕はオウム返しをしてしまった。

そんなバカなことがあるはずがない。運命はまだともかく、家族が事故で死んだ

ことが必然だなんて、まともな考え方じゃない。


「ま、まこ……」


 それは違う、そんなはずなんかない、と言いかけた僕の声をさえぎるように、

淡々と真都が続ける。


「向こうの車を運転しとった人も亡くなったんやけど……おとんは車の保険

とかには入ってへんかったらしくてな。ひどい話やろ」

「……でも、だからって……そんな言い方…」


「瞬ヤン、因果応報って言葉、知っとるか?」

「え…? えっと…」


「元々は仏教の言葉や。エエ結果はエエ行いによるもの、悪い結果は悪い行いに

よるもので、どんな結果にも必ず理由がある、いう意味や」

「…………」



「ウチの場合で言うたら、ウチが朧露に拾われたんも、あの事故がなかったら…

おとんもおかんも弟も死んでなかったら…有り得へんことや」



「………な……」



「ウチは號帥に…そして金剛になるべくしてなった。こうなることが必然やった。

今はそう思ってる」



 前にも見た、どこか自虐的な笑みを浮かべて真都がつぶやく。でもなにか…

おかしい。真都のいう理屈は何かおかしい。上手く言えないけれど、とにかく

おかしい。


 最初と最後がぐるぐるとつながって回ってる気がする。だから真都も本気で

言ってるのではないようにも感じる。

 でも。だからこそ僕には、否定の言葉を口にすることができなかった。


 なぜならそれは…もしかしたら誰よりも真都自身が分かっているかもしれない

からだ。



「…事故の後、お定まりに親戚をたらい回しにされたウチを最終的に引き取って

くれたんが朧露宗やったんや。おとんが犯した罪を償うために、ウチは世の中の

ためになる人間にならなアカン。そう思っとったウチに、朧露は世界を守るっ

ちゅう役目をくれたんや」


「その役目っていうのが、ソキエタスと…会士と戦うってこと…?」


「そや。そっからは毎日毎日修行三昧や。写経やら坐禅みたいな普通の修行に

加えて、ウチら忌門寮はバケモン退治が専門やからな。戦う技も身に付けな

アカンからな」


「…あぁ、そういう修行ってホントにするんだ……」

 あまりにベタな内容に、うっかり口から滑り出た僕の言葉に、少しだけ真都が

苦笑する。



「当たり前やん。ウチらは生身であの連中やら式紙とやり合ぅてんねんで?

…まぁ、どんだけキツイか、たぶん瞬ヤンには想像もでけへんのとちゃうかな」


 …確かにお寺の生活自体が、僕にはよく分からない。せいぜい朝が早いとか、

毎朝お経を上げてるんだろうとか、そういう程度だ。

 でもそんな生活に、軍隊みたいな訓練まであるとなれば、それこそ本当に

寝る暇さえないのかもしれない。



「それでも三度三度のご飯が食べられるだけで有難かったわ。どんだけ修行が

キツうても我慢できた…」


 ふう、と小さくため息をついて、真都がまたタコ焼きをつつく。過酷な修行の

日々を思い出しているのか、その表情はまるで今にも泣き出しそうなものに…

僕は見えた。


「ホンマに……あのころは毎日キツかったわ。まぁ実は今もキツいんやけどな!」


 ここ笑うとこやで? と言いながら、くくく、と真都が自分で笑う。とっさに

僕も応えて、作り笑いをしようとしたけれど、上手く顔の筋肉が動かせない。


 たぶんまた僕はヘンな顔をしていたんだろう。こっちを見た真都がくすくす笑い

ながら、ぱくり、とタコ焼きを口に運んだ。その時、爪楊枝をつまむ真都の手に、

ふと目が留まった。



 白い…女の子らしい色をした手だ。でも、よく見ると指にはいくつも傷がある。

古そうな傷も、最近ついたような傷も。小さなものから大きなものまで。

 けれど、なにより目につくのは……普通の女の子の指と違って見えるのは

太さだ。明らかに……ごつい。節も、太さも。


「……真都、それ……」

「…あ、気ぃついてもうたか。…けっこうすごいやろ、これ」

「いや…、すごいっていうか……」


 僕の視線に気がついたのか、真都が小さく笑いながら手をひらひらさせる。


「ここまでになんのに、10年近くかかったんやで。まぁ…見てくれはあんま良う

ないから、なるべく目につかんようにしとったんやけど…」

「………」


 長めの袖から覗く、女の子の手としては、あまりに無骨な「それ」を目の当たり

にして、僕は…真都の言っていた修行というのがどれほどのものなのか、少しだけ

理解できたような気がした。

 同時に……そんな修行を強いる「朧露宗」に、猛烈に腹が立った。



「…女の子の手をこんな風になるまで修行させる朧露宗って、ちょっとおかしい

んじゃないか…?」


「…さっきも言うたやろ。ウチらは生身であのバケモンどもとやり合おとんのや。

男とか女とかは関係あらへん」


「…でも! ここまでしなきゃいけないのか! なんでだよ! おかしいよ!」

「…そんなん言わんといて。それでもこれは…ウチの誇りなんや。人から見たら

おかしくて不細工な手かもしれんけど……」


「そう言う意味じゃない!!!!」


 …自分でもびっくりするような大声で、思わず僕は真都の言葉をさえぎった。

 真都も驚いたように、目を丸くしている。

 僕が言いたいのはそんなことじゃない。だけど、うまくそれが言葉にならない。


「い、いや…違うんだ。真都の手は…不細工なんかじゃない! かっこいいよ!

男の僕なんかより…ずっと強そうで…、でも僕より白くて…きれいだよ!」


「………!」

「あ…? ち、違う! なんか違う! そうじゃなくて! ぼ、僕が言いたい

のは……」


 どうにか言葉をひねり出そうとしてみたものの、やっぱりどれも何かズレて

いる。でもなんとか伝えたい。そう思って頭を回転させてみても、うまく

まとまらないのがもどかしい。


 おかしいのは朧露宗の方であって、真都じゃない。でも、そもそもなぜ

そこまでして朧露宗はソキエタスと戦わなきゃいけないのか。真都が言う

ように、そんなにソキエタスは「悪」なのか。


 もしそうなのだとしたら、僕のこの気持ちは、ただの感傷…同情にすぎない。

それじゃあの手を誇りだという真都を侮辱するのと同じだ。

 だから僕は……考えれば考えるほど、どう言えばいいのか分からなくなる

だけだった。



「あ……あの……、だからさ…」

「……ふふ。…なんか嬉しいわ。そないに言うてくれて」


「え………?」

「師兄もこの手を褒めてくれたけど、きれい…やなんて言うてくれたんは

瞬ヤンだけやで。おおきにな……」


「……ぁ…」


 真都に言われて、僕はさっきの自分のセリフを思い出してしまった。確かに

さっき訳も分からずに勢いで、真都の手がきれいだと言ってしまったような

気がする……。




 …今さらながら、妙に気恥ずかしい。


「……? なんや瞬ヤン、顔…真っ赤っ赤やで?」

「ま、真都だってそうなんだけど…?」

「……! そ、それは…。ゆ、夕日のせいやろ!」


 実際、夕焼けのせいなのか、少しだけ顔が赤く見えた真都が、急にぷいっと

横を向いた。どこか、なぜかかすかに困ったような色も浮かべながら、真都が

薄く微笑み、横目で僕を見る。



 僕はそんな真都を、今度こそはっきりと綺麗だと思った。きっと顔はまだ赤い

ままなんだろうけど構わない。夕日がきっと隠してくれるのだから。



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