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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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11月8日-4



「はあっ……はあっ……はぁっ………」


「くっくっくっ…そろそろ種明かししたろか? ほれ」

 とうとう力尽き、枝から手を離した僕に、真都が今まで握っていて隠れていた

ところを、ちょんと指差した。


「そ、それ……! さ、さっきの…紙!?」

「そのとーり。この札、何て書いてあったか覚えとるか?」

「え…た、確か…「強」…?」


「そうや。ウチらは絵の代わりに『符札(フダ)』、つまりそこに書いた「漢字」の力を

使うんや。「絵」が世界の再構築なら、「漢字」は今の「この世界」の象徴や

概念を固定し、強化するものなんや」

「…………??」



「…効果は今アンタが体験した通り。こんな枯木でも、書いた字に込められた

力によっちゃ、鋼鉄以上の強度にもなるんよ」


 …正直、真都の説明はよく分からない。ただ、現実に起きたこととして、

さっきのお札に何らかの力があることだけは分かった。

 なるほど、ただでさえ重くて頑丈そうなあの錫杖を、こんなので強化したら

そりゃ強いに違いない。かなえさんたちソキエタスとも違う不思議な力に、また

僕は驚かされたという訳だ。


 ……僕はいつもこういう役回りだな…。



「まぁ、漢字っちゅうんもな、元々は絵やったんや。それを簡略化していったんが

文字の原型なんよ」

「へぇ…、でも何でわざわざ? 別に絵のままでもいいと思うけど」



「……アホ…。いちいち絵なんか描いとったら、面倒くそぅてやってられるかっ

ちゅーねん。それにな、絵ぇ言うんは人によって受け取り方がちゃうやろ。犬や

思ぅて描いたんを、馬とか牛やと見る人かておる」


「あぁ…なるほど……」


 ……確かに絵から得られるイメージは、人によってそれぞれ違う。何より、絵

だと上手い下手の差が出て、伝えたくても伝わらない事だってあるかもしれない。

 それじゃ言葉…いや、「文字」としては、コミュニケーションの道具としては

使いづらいだろう。


 ごく身近にそういう絵を描くやつを僕は知っているだけに、真都の説明は納得の

いくものだった。


「馬ならまだいいけど、足が5本の得体の知れない生き物に描くやつもいるしね…

ははは…」


「…それじゃ困るやろ。犬なら犬、馬なら馬いうもののカタチを、極限まで削ぎ

落とすんや。これ以上削いだら訳が判らん言うぐらいまでな。ほんでギリギリまで

削がれた中に現れるものこそが、カタチやモノの本質でもあるんや。意思の力で

形作られた…この世界のな」


「それが…つまり『漢字』ってこと?」


「そうや。漢字の一文字にはその全てが込められとる。あらゆる「世界」の全てを

抽象化した、概念としてな。それをウチらは符札に、練り上げた「意力」を込めて

書いて使うんや」


「なるほどね…。かなえさんが言ってた「お絵描き派」と「漢字派」っていう

のは、そういうことだったのか……」

「……まぁ間違ってはおらんわ。しょうもない呼び方やけどな」


 僕の言葉に小さくうなずいた真都が、おかしそうにくっくっと笑う。




「…これで判ったやろ? ウチらの符札(フダ)教化錫杖(きょうかしゃくじょう)は誰が使ぅてもエエ、いうモンやない。アンタみたいなド素人がぶんぶん振り回したかて、何の意味も

あらへんし、逆に振り回されて怪我すんのがオチや」


 ふいに真剣な表情に戻った真都が、僕をにらみながらぼそりとつぶやいた。

 きっとあの時のことを……僕が真都から錫杖を引ったくって、和夫に殴り

かかったことを言ってるんだろう。


「あ、いや…あの時はほら、誰も助けてくれないから僕も必死でさ……。

あはははは……」

「…………」


 とっさに笑って誤魔化してみたものの、真都はあくまで真剣な表情を崩そう

とはしなかった。まっすぐにじっと僕を見つめる視線に、思わず気圧されそうに

なってしまう。


「……本当にごめん。勝手なことして。もうあんなことは絶対しないから…」


 だから僕も、真都の真剣さに応えるべく、できる限り真剣に反省と謝罪の

言葉を口にした。

 許してもらえるかは分からない。でも許してもらえなくても仕方ないだろうと

思いつつ。



「…い、いや、違うんや。謝るんはウチの方なんや。確かにあの時…ウチが

割って入っとったら、アンタにあんな無茶させんで済んだんや。アンタに

たいした怪我がなくて…良かった」


「……え……?」


「あの時のことは…ホンマに悪かったと思うとる。それと……絵依子ちゃんを

助けられんで…悪かった。堪忍してな…」


 ふっと目を伏せ、うつむきながら、真都がそんなことを小さくつぶやくように

言った。

 …怒っているとばかり思っていたのに、想像もしていなかった突然の真都の

謝罪に、僕は言葉を失ってしまった。


「……ぇ、で、でもあれは…仕方なかったんだろ? お寺の決まりがどうとか

って…さ」

「それはその…そうなんやけどな。せやからホンマはこんなん、號帥のウチが

言うたらアカンのやけどな…」


「…………」


「せやけど、ずっと気になっとったんや。ちゃんと謝らなアカンて。ホンマに

堪忍な……」

「い、いや、そんな…。真都が謝るようなことじゃないよ」


「……ホンマにそうか? もしあの子が……絵依子ちゃんが大怪我したり、

死んどったら、アンタもそんなのん気な事は言うてへんのとちゃうか?」


「……! …うん…。それは…そうかもしれないけど…」


 どこか…試すような口調で真都がそんなことを言う。

 …確かにあの時、助けてくれない真都たち、それどころか絵依子のことを人間

扱いすらしてくれないお坊さんたちに、僕は本気で頭にきた。


 だけど真都たちお坊さん…『朧露宗』にも都合があり、ルールみたいなのが

あるのは分かる。それを破ったら何かの罰とかもあるんだろう。僕たちの学校に

校則があるように。

 そもそも絵依子があんなピンチになったのも、真都たちのせいではなくて、

あくまであの男……「作 和夫」のせいなのだ。悪いのは和夫なのだ。


 …でも、頭ではそれを理解は出来ても、もし本当に絵依子に万が一のことが

起きていたら、僕はきっと真都たちを許せなかっただろう。

 きっと……一生恨んだだろう。



「なぁ瞬ヤン…。兄弟って…エエもんやな」


 少しの沈黙のあと、ふいに顔を上げた真都が、またぽそりとつぶやくように

言った。


「ウチにもな、2つ違いの弟がおったんや。おとんに似たんか、いちびりで無謀で

聞かん坊でな。…ふふ、アンタを見とると、あの子のことを思い出すわ」


「…いや、…僕、そんなに無謀かな…?」

「当たり前やろ。金属バットで式紙と戦ったとか、素人が会士にケンカ売る

とか、無謀通り越してアホや。ホンマもんのアホや」


「う……」


 間髪入れずに返ってきた言葉に、さすがの僕もちょっとへこむ。

 …ただまぁ、冷静に考えれば、確かにそうかもしれない。自分でもあの時の

ことを思い出すと、今でも震えるほどなのだから、人から見たら確かにアホかも

しれない。


「まぁ…無謀なんはアンタだけやあらへんけどな。アンタの妹もたいがい

やけどな」

「だろ? 僕からしたら、絵依子の方がよっぽど無謀に思えるけどな」


「…ふふっ。まぁ、こないだの戦いはエエ経験になったやろ。それと今さらの

話やけどな、もしあん時アンタらが逃げとったら、ウチらも動けたんや」

「………! そ、そうか……!!」


 こくり、と真都がうなずく。つまりあの大柄なお坊さんは、暗にそうしろ、と

言っていたのか。

 …あの時は頭に血が上ってて…まったく気づけなかった。


「なるほど…『会士同士の戦いには関与できない』ってことは、逃げて『戦い』

じゃなくなれば良かったのか…」


「仙さんがどういうつもりで言うたんかは判らんけど、それぐらいがウチらの

言えるギリギリのとこなんや。判りにくぅてすまんかった。ウチらの悪い癖

なんや…」


「…いや、もし気がついたとしても、絵依子が従ってくれたかは正直疑問だしね。

だから気にしないでいいよ」


「…確かにせやな。ウチの弟もな、気に入らんことがあったら年上の子にもガン

ガンいくようなヤツでな。勝ったら調子に乗るし、負けたらビービー泣いて、

でもすぐにケロッとしとった。そのくせあんがい怖がりでな…。ふふ…そう

考えたら、ちょっと絵依子ちゃんにも似とるな」


「あはは…確かにね。すぐ調子に乗るところなんかはそうかも。そう言えばさ…

真都って関西の人なんだよね。どうしてこっちの方に? お父さんの転勤とか?」



 僕の言葉に、たこ焼を爪楊枝でぶすぶすとつついていた真都の指が、ぴたり、と

急に止まった。



「……おとんはおらへんよ。おかんも……その弟もな。10年ぐらい前やったかな。

事故で、みーんな死んでもうた。残ったんは…ウチ一人だけや」


禅宗のお坊さんは、時々本心とは真逆の言い方をします。元祖ツンデレです。

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