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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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11月8日-2


ぐぅ……んッッ…!


 …背中に突き立てられた、尖った何かが…少しづつ圧を増していく…!



「……ちょ! ちょっと待って!! ほ、ホントに何のことだか…!! 

タンマ! ストップぅーーーッ!!」




 僕の必死の叫びが通じたのか…、ふぅっ、と押し当てられていたモノの力が

急に抜けていった。

 少しして、何か押し殺したような声が背中から聞こえてきた。


「うぅ……くくく…くく…、ぷぷっ…あははははっ!」



 捻り上げられていた腕も解放され、ようやく身動きを取れるようになった

僕は、とっさに飛び退くと同時に振り向き、この背中にたっぷり冷や汗を

かかせてくれた相手を見た。


「………え……?」

「くくくくく……。瞬ヤン……、アンタ…めちゃめちゃカッコ悪いで…。全然

ウチて気づかへんねんもんなぁ……ぷぷ…」



「ま、真都…?!」

 ……そこにはいつものように、ニヤニヤと意地悪く笑う真都の姿が…あった。




「おまけにこんなんに引っ掛かるて、やってるウチの方が死ぬかと思ったわ。

アンタ、ウチを笑い殺す気かいな。くっくっく…」


 言いながら真都が手に持ったソフトクリームをひらひらとさせる。

 そ、それは…、ま…まさか…。


「あ、あの…。そ、それって…もしかして…!?」

「そや。アンタのリアクション芸、ホンマに新喜劇に出れるわ。何やねん、

タンマとかストップとかって。おもろすぎるって! ぷぷぷ…」


 …つまり僕は、背中にソフトクリームのコーンを押し当てられて、ビビりに

ビビりまくってたということか…。


 確かにカッコ悪すぎる…。





 よっぽどツボにハマったのか、延々と笑い続けていた真都だったけれど、少し

して落ち着いたのか、壁にもたれかかってコーンをかじりだした。


「…ふぅ。笑った笑った。こんだけ笑ったんは久しぶりやで…。それにしても

アンタも暇人やな。何やっとんの、こんなとこで」

「…いや、その…。もしかして、僕がずっと追いかけてたのに気づいてた?」


「当ったり前やん。ウチを誰やと思っとんねん。誰かに追けられとる、ゆうんは

早うに判っとったよ。まぁ…瞬ヤンって判ったんはついさっきやけどな」

「そっか…。ごめん。ストーカーみたいなことして」


 昼でも少し薄暗い路地裏で立ち止まったまま、僕がぺこりと頭を下げたとたん、

ばりばりと豪快にコーンをかじっていた真都が、驚いたような目を向けた。


「いや…それは別にかまへん…、鬼ごっこみたいでちょっと楽しかったしな。

…っていうか、なんでまたウチを追けたりなんかしてたんや?」


 …どう言ったものかと僕は一瞬だけ迷ったものの、これ以上みっともない、

情けないところは見せたくない。だから本当のことを話そうと僕は思った。

「…と言う訳。だからホントにたまたまだったんだ」


「そぅか。…なるほどな」


 街で見かけたのは本当に偶然だったこと、そして、いつもとのギャップに興味が

沸いて、つい後を追けてしまったという僕の答えに、真都がくすくすと笑いながら

そう小さくつぶやいた。勝手に後をつけられたなんて、普通なら怒ってもいいはず

なのに、不思議と真都は機嫌が良さそうだった。



「…なんや。見んでエエとこばっか見とるなぁ……」

「ん? 何?」


「何も言うてへん。そ、空耳や! 空耳!!」


 なぜか少し顔を赤くした真都が、ぶんぶんと首を振る。変なやつだなぁ…。



「っていうか、真都も今日は休みなんだね。そんな格好で遊んでるなんて」

「ん……、まぁ…昨日まで接心いうて、一週間ずっと坐禅しとったんや」

「…い、一週間!? ずっと?!」


「ほんで接心明けには、辯事(べんじ)いうて薬買いに行ったり、衣を繕ったりする日が

もらえるんや。せやからホンマは休みって訳やない。これも修行の一部や」


 ごほん、と咳払いを一つして、急に真面目な表情に戻った真都だったけれど、

次の瞬間、ニヤッと悪戯っぽく笑った。


「ま…そう言う訳で、今日のことはご内密に頼むで? くくく……」


 ひそひそと耳打ちするような手振りでそう笑う真都は、今まで見たどの表情

とも違っていた。きっとこれが本当の真都の笑顔なんだろう。

 その笑顔が眩しくて…僕はつい意地悪なことを言いたくなってしまった。


「なるほどね……。つまりキツイ修行を乗り越えた自分へのご褒美、ってことか、

あのクレープやらたい焼きやらは。でもどうしようかな~~~?」

「ちょっ! た、頼むで、瞬ヤン!」


「さ~てねぇ。あのごついお坊さんにまた会ったら、言っちゃおうかな~?」

「ぐぬぬ……ここはひとつ、これで……」


 可愛いポーチから何かを取り出した真都が、それを僕の手にぎゅっと握らせる。

「…お主も悪よのぅ……」

「いえいえ…御代官さまにはとてもとても……」


 絵依子みたいな時代劇調で返すと、意外にも真都がノリノリで乗ってきた。

ただ、手を開いて握らされたブツを見てみると……そこにあったのはキャンディー

だった。さすがにこの中に、山吹色の何かは期待できそうにないな…。





「…じゃあ、貴重な休日を邪魔するのも悪いから、そろそろ僕は行くよ。またね」

「え…ちょ、ちょっと待ち!」



 いただいたキャンディーをぱくりと頬張ると、甘っったるーい味が口いっぱいに

広がっていくのを感じながら、僕は軽く手を上げて別れの挨拶を切り出した。

 とたんにあわてたような声で、真都が僕を呼び止めてきた。


「…? な、何?」

「い、いや…何って…その…」

「………??」




「あ、そうや! 瞬ヤン、もういっこアメちゃんやろか?」

「へ? あ、う、うん。じゃあもらっとこうかな……」


 ごそごそと、またポーチからキャンディーらしき包みを取り出した真都が、

それを一粒差し出してきた。


「ど、どや? 美味しいやろ? やっぱりアメちゃんはイチゴミルクやな!」

「そ、そうだね……」


 …僕は甘いものはそれほど好きじゃないのだけど、いちおう相槌だけは打って

おいた。でも真都はこれが好物なのか、三つほど一気に口に放り込み、バリバリ

と豪快に噛み砕いている。


「えっと…じゃあ今度こそ。またね、真都」


「………っ…ぁ…ぅ…」


「……? さっきから…どうしたんだよ?」

 さっぱり意味不明な真都の態度に、僕はただ首をかしげるばかりだった。




「……あ!! そ、そう言うたら! こないだのウチの話がまだ終わってへん

かったやろ! エエ機会やからついでに教えたるわ!」

「え? そ、それはありがたいけど…、別にまた今度でも…」


 突然の真都の提案に僕は驚いた。

 …確かにこの間の飲み会では、絵依子がぐーすか寝始めたせいで、真都の説明が

聞けないままお開きになってしまってはいた。でも、今はもう、僕にはそれが

さほど重要なものとは思えないのだ。


 あの日に聞いたかなえさんの説明も、未だに僕には理解も納得もできていない。

分かったのは結局、僕の理解を超えた世界の話、という程度のことでしかない。

 …だいたい、分かったからと言って、それで何かが変わる訳ではないのだ。



「かまへんかまへん!! よっしゃ、ほな行こか!」

「あ、ちょ、ちょっと……ま、真都……!」


 でも、遠回しに「遠慮します」と言ったつもりの僕の言葉を軽く無視して、

真都がずんずんと歩き出した。つい釣られて、僕は真都の後を追いかけてしまった。


 細い路地裏を通り抜け、何度も角を曲がって、真都はどこか…はっきりとした

目的地に向かっているようだった。長年この街に住んでるはずの僕も知らない、

裏道っぽいルートを迷いなく進んでいく。


 途中、以前に絵依子と和夫が戦った駐車場の前を通り過ぎた。そこに何事も

なかったように車が入り、逆にまた一台が出て行くのが見えた。


 あの様子だと、地下はもうすっかり元通りなのかもしれない。きっと以前、

絵依子が開けた道路の大穴を何とかしてくれたように、真都たち何とか宗が

「修復」したんだろう。





 ……そして歩かされること数分、ようやくたどりついたのは…初めて見る公園

だった。

 中には子供を連れたお母さんや、散歩しているお年寄り、遊んでいる小学生、

たくさんの人でけっこう賑わっている。


「ふぅ…。ほら、何しとんねん。はよ座り」


 さっそくベンチを陣取った真都が、ちょいちょいと僕を手招きする。ここまで

来てしまっては、もう付き合うしかないだろう。幸いにも画材屋に行くつもり

だったので、時間の余裕はまだある。

 仕方なく従い、ベンチに腰を下ろした瞬間、真都が入れ替わりに立ち上がった。


「え? ま、真都…?」

「席キープや。ここは競争率がけっこう厳しいんよ。…ちょっとだけ待っといて

んか」


 そんなことを言い残して、ぱたぱたと真都がどこかへ走り去っていった。

まったくいつも忙しいやつだ…。





「…お待たせや」


 5分ほど経っただろうか。冬に備えて健気に頑張っているアリの行列を観察して

いると、ふいに上から声が降ってきた。


「あ、おかえり。どこ行ってたんだ? おしっこ?」


「…そうやねん。最近寒ぅなったさかい、もう近ぁて近ぁて…って、何でや

ねん! 見て判らんのんかい!」


「……? あ…」


 少しだけ息を弾ませている真都の右手に、しっかりと何かが握られていた。

船皿に山のように乗っかった丸い玉からは、ほかほかと湯気が立ち上っている。


 どっかと再び真都がベンチに腰を下ろし、おもむろにそのひとつを口に放り

込んだ。さっきまであれだけ買い食いしてたのに、まだ食べるのか……。


「はふはふ…ここのタコ焼はな、結構いけるんやで。まぁ、ウチの家の近所に

あったんと比べたらイマイチやけどな。ほれ」


 そう言って真都が僕の方を向き、別のたこ焼に爪楊枝をぷすりと刺した。




 こ……これはもしかして…、また僕に「あーーーん」をしろと!?


 さすがに気恥ずかしい僕は目を閉じ、仕方なく口を大きく開いて、タコ焼きが

やって来るのを待った。


「………」


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」



「……アンタ。何やっとんねん…」


 …おかしい。いつまで経っても口には何も運ばれてこない。そう思っていたら、

代わりになんだか冷ややかな真都の声が耳に飛び込んできた。


「え…、い、いや…、真都が食べさせてくれるんじゃ…ないの? 「あーーん」

って」



「……………は?」


「…………え……?」


 ぽかんとした顔で真都がじーーーーーっと僕を見る。「こいつは何を言ってる

のか」という声が聞こえるようだ。

 今さらながら、あまりにアホみたいな勘違いをしてしまったことに気づいた

僕は……とてつもない恥ずかしさに震えた。


 くそ…これもみんな絵依子のせいだ……くそぅ……。



「くく……まぁエエで? したろか? 「あーーん」?」

「い、いや、いいです。ごめん、ヘンなこと言って……」


 さっきのお返しとばかりに、ニヤニヤ笑いながら真都が僕に追い打ちをかける。

死にたい……誰か助けて……。



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