11月1日-5
パーテーションで仕切られた奥から、「店内」の様子をうかがおうと見ていると、さっそくすたすたと絵依子が席に案内されたお客に近づいていった。
そして…、いきなりお盆を机に叩きつけるようにして言い放った!!
「…あんたに飲ませる飲み物なんて無いわよ! 毎日ヒマだからって、いい加減に営業妨害はやめてよね! この無職!!!」
……うわぁ……………………。
…これはキツい…。さっきの綾のツンデレより格段にハードだ。それでも目を白黒させながらも、お客さんは飲み物を注文している。
あの人……かなりの兵だな……。
「…ん…仕方ないわね…。コーヒーぐらいなら出してあげてもいいけど…」
…む。少し態度が柔らかくなったか…?
コーヒーを取りに奥に戻ってきた絵依子は、無言で僕たちにぱちりとウィンクしてみせて、すぐお客さんの席に戻っていった。
・・・だんっ!
「はい。言っとくけど、もうツケは効かないんだからね。今日こそはちゃんとお金払ってよ!」
乱暴にテーブルにコーヒーカップを置くと、腕組みしながら絵依子が吠えた。
いや、ツケも何も、文化祭は今日だけなんですが。よく分からないけど、そういう設定なんだろうか。
呆然とその様子を見ていると、しばらくしてから飲み終えたお客さんが席を立った。
「え……も、もう帰っちゃうの…?」
…なんと一転して、急に絵依子がいきなりしおらしい表情で、お客さんを引き止めた。
これか!! これがデレか!!
さっきまであれだけツンツンどころか、下手したらただの暴言みたいなことを言っておいて、ここで一気にデレに移行するとは!
あまりの見事なツンデレっぷりに、見ればお客さんもデレデレしながら財布からお札を取り出している。
「あ…あれ? ご、ごめんなさい…お釣りが今…細かいのが切れちゃってるの……。また明日でいい? あ、ち、違うわよ! また来て欲しいなんて言ってるんじゃ…ないんだからね! 勘違いしないでよね!」
……なるほど。最後の最後でこう来る訳か。こうして最後にまた来させる気を起こさせると。
問題は明日に来ても、もう文化祭は終わっていると言うことなんだけど。
…もしかしてこれって、新手のつり銭詐欺なんじゃ…。
でも、僕の不安をよそに、それでもお客さんはどこか満足そうにして出て行った。
これが……これがツンデレの威力だというのか?!
それにしても、ツンデレ効果もさることながら、それを完璧に演じきった絵依子もすごい。さっきまでの綾のたどたどしいしゃべり方とは雲泥の差だ。
「……え、エコちゃん…なんかすごいね…」
「確かに…。いろんな意味でな…」
「…私、もうちょっと頑張ってみる! 見ててね! 瞬くん!」
「え? えぇ…ぇ……?」
絵依子の熱演に刺激されたのか、妙にやる気になったらしい綾が立ち上がり、エプロンを再び身にまとい、お盆を片手に「店内」に戻っていった。
「……相変わらず、ヘンなとこでも真面目なやつだなぁ……って、ん?」
ふと気づくと、一人になった僕の後ろに、音楽の…日影先生が立っていた。いつも黒い服を着た、長い髪で顔が半分隠れている女の先生だ。
さっきからずっと絵依子の様子を見ていたらしく、何やらぶつぶつと独り言をいっている。
「マヤ…恐ろしい子!」
「いえ、あの、あいつは絵依子っていうんですけど……」
「…マヤ、恐ろしい子…!!」
ぶつぶつ何かを言っていたと思ったら、そんなことを口走り始めた。僕の訂正も聞こえてないらしい。
…まぁ、別にいいけど……。
それにしても意外な一面を見たというか、迫真の演技力だった。あいつは帰宅部なんかより、演劇部とかに入った方がいいんじゃないかな。
「うひゃひゃひゃひゃ! やるじゃねーか! おめーの妹は! これなら…加賀谷とツートップならもはや敵はいねぇ……! くっくっくっ…!!」
僕らと同じく、客席の様子をうかがっていた谷口くんが、やたらとハイテンションで笑いだした。確かにもともと絵依子はツンデレっぽくはあるし、向いてるといえば向いてるのかもしれない。
そうしてる間にも、ちょこまかと綾と絵依子と、クラスメイトと思しき女子生徒が教室中を駆け回り続けていた。
奥から見ていると綾も慣れてきたのか、絵依子に影響されたのか、だんだんと接客も板に付いてきたようだ。
「いらっしゃいませ。え…コーヒーをブラックで…ですか? くすくす……もしかして…カッコいいと思って注文してるんですか?」
…ほほぅ、なるほど。こう来たか。
敬語でおしとやかでありつつ、毒舌キャラでいくことで、絵依子とうまく差別化もできている。考えたな……綾!
「…いらっしゃいませ。コーラでよろしかったですか? え…? どうして判ったのかって…? その残念な体型を見れば簡単ですよ?」
…演技とはいえ、なかなか辛辣だな……綾…。
「あのぉ…すいません。お会計を……」
「え…? たったの一杯でお帰りなんですか? 正気ですか?」
…にこやかに微笑みながら、とことんまで毟ってやろうと言わんばかりの綾の接客は、もはやツンデレという次元ではなくなりつつあるような気がする。
まぁお客さんが喜んでいるのなら、これはこれでアリだということなんだろうけど…。
しかし、何か吹っ切れたような綾のこの接客は……本当に演技なんだろうか。
「…やっぱりあいつ…もしかしたら怖いヤツなのかも…」
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しばらく二人の「妹」の奮闘を眺めていたものの、だんだんそれにも飽きてきたとたんに猛烈な眠気が襲ってきた。さっきまでのドタバタ騒ぎで忘れていたけど、僕の体力はもはや限界だったのだ。
「……あふ。どう…するかなぁ……」
一瞬、ここで睡魔に身を任せてしまおうかと思ったものの、こんなところで寝てたら感じ悪いだろうし、かと言ってさっきのベンチで一人で寝るのも怖い気がする。
「…ん。そうだ、あそこなら……」
とっさに浮かんだアイデアに従い、僕はそっと教室から抜け出た。のろのろと重ったるい身体を引きずりながら…。
がぎがぎがぎ・・・・・・
相変わらず立てつけの悪い扉を、いつものようにいなすように開け、僕は美術室にやって来た。文化祭でも美術部は開店休業状態なので、ここはいつも通り誰も来ないはず。
以前に大掃除したおかげで、美術室は埃っぽさもなく、綺麗なままだ。
最初に怪物と戦ったあの日以来、何度か来ては少しずつ片付けておいたのがこんな形で役に立つとは思ってもみなかった。
さっそく僕は準備室の物入れからシーツを取り出して、床にばさりと広げた。
本来は人物デッサンの時なんかに使うものだけど、実はこういう時にも役に立つ、隠れた名選手なのだ。
「これでよし。じゃあ寝るか……」
二つ折りにして、一枚で敷布団と掛け布団にしたシーツに包まれ、横になるととたんに眠気がMAXになった。
…あっという間に意識がぼんやりとしていく。
そして僕は……速攻で眠りに……落ちた………。