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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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11月1日-2


「でもでも、ホントにたいしたことなくって良かったよね。過労で倒れたって聞いた時はビックリしたもん…」


 …どうやら絵依子はご近所での自分の評判など全く気にしていないらしい。何事も無かったかのようにヘラヘラいつものアホ笑顔を浮かべながら、楽しげに綾に声をかけている。



「ホントにそうだよな。勉強もやり過ぎは良くないんじゃないか? もうちょっと気楽にっていうか、こいつを見習えとは口が裂けても言えないけどさ」


 とっさに相槌を打ちながら、僕はすぐ隣の絵依子の頭をぱしぱし叩いてやった。

 確かに少しぐらいはこいつの適当さを真似するのもアリかも知れないが、人間、上るのは大変だが、落ちる時はあっという間なのだ…。


「ぶーー! 何それ!! わたしだって最近は本とか読んでるんだよ! テレビばっかり見てるワケじゃないもん!」

「本っていってもどうせマンガのくせに……」


「うぐぐぐぐ! 違うもん!! 違うもん!!」

「はいはい…。それはまぁ良いとして」


「良くないっ!! お兄ちゃん、やっぱりわたしのことバカにしてる!! 超ムカつく!!」


 ぶーぶーと口を尖らせて抗議する絵依子を無視して、僕は綾に話を続けた。


「…とにかく、ホントにもう大丈夫なのか? おばさんの話だと、部屋で倒れてたって聞いたけど」

「うん…身体はもう平気なんだけど、倒れた時の事はよく覚えてないの。気がついたらもうベッドに寝かされてて。すっごく恐い夢を見てた気もするんだけど…」


「そ、それってもしかしたら、亀縛りってやつじゃない? や、やっぱり霊のしわざだよ! やっぱ霊はいるんだ……ぶるぶる…」

「…それを言うなら金縛りだろ。亀を縛ってどうするんだよ」



 朝のように髪の毛をわしゃわしゃと撫でてやりながら突っ込んでやると、また困ったような顔をしながら絵依子がはにかむ。そんな僕たちのやり取りを楽しそうに綾が見つめている。


 …ほんの少し前には当たり前だった光景。それが久しぶりに戻ってきたことに、僕は何とも言えない満足感に包まれていた。




「でも……さっきは本当にビックリしちゃった。まさか二人が家に来るなんて思ってもなかったから…」


 また一段と冬の気配が濃くなってきた朝の通学路を歩きながら、急に綾が僕たちを見ながらくすくすと笑いだした。


「復帰一日目から迷惑かけるのも悪いからさ。たまには恩返しをしないとね」

「め、迷惑なんて…。でもホントにビックリしたもの…」


「ビックリしたのはこっちだって。急に中からあんな音がしたから、前みたいに何かあったかと思ったよ」

「…ふぇ? 前みたいって?」


 お見舞いに行った時の、少し…いや、かなり意外な綾の一面を見た時のことを思い出し、ついつい口元が歪む。まじめ一辺倒だと思っていた綾も、家では結構ルーズだったりするのだ。


「あ、絵依子は知らないか。こないだお見舞いに行った時にさ、綾も案外…」

「ほぅほぅ。あーやは案外…?」



 ……その時、僕は見た。

 興味しんしんという風情で僕を見る絵依子の向こうで、表情だけは笑顔のまま……ものすごい殺気というか、不穏なオーラを全身から発している綾の姿を。




「…瞬くん。私が案外……なに?」

「…イエ、ナンデモアリマセン」


「ちょっ! なにそれ! もーーーっ!」


 たぶん第三者からすればまったく意味不明な僕たちの会話に、絵依子が不満の声を上げる。でも僕は、あの時見たものは墓場まで持って行こうと、固く心に決めたのだった。


 …すまん、妹よ。僕はまだ社会的に抹殺されたくはないのだ…。

 ……もしかしたら綾って…、めちゃめちゃ怖いヤツなのかもしれない…。



「そそそ、そう言えばさ、綾のクラスは何やるんだっけ? 今日の文化祭」

「…うん。私はお休みしてたからよく知らないんだけど、喫茶の模擬店をやるんだって。だから文化祭には絶対に来てって、クラスの子から毎日電話がかかってきてたみたいなの」


 とっさに話題を切り替えると、上手く綾が乗ってきてくれた。



「そそ、そっか。そう言えば綾って、お菓子とか作るの上手かったもんな。きっとその関係じゃないのかな」


 ついついご機嫌を取るような言い方になったものの、実際昔から綾はクッキーだのケーキだのを焼いては家に持って来ることが多かったし、味もかなり良かったと思う。

 模擬店のコーヒーに一点ついていれば、けっこう売りになるかもしれない、と思ったのは本当だ。


「うん…どうかなぁ…。そんな余裕なかったし、持ってきてって言われたりもしてないの…」

「い、いや、学校で作るのかもしれないしさ、とにかくさすがだよな! おまえも見習え! 絵依子!」


 とっさに僕は、ちょうどいい位置に揺れていた頭をぱしぱし叩きながら、絵依子に話を振った。


『ちょっ! 何それ!! わたしだって今日、朝ごはん作ったじゃん!!』


 …などと、すぐに僕に噛みついてくるに決まってる。そうなればいつもの僕達の口喧嘩が始まって、なし崩し的にさっきの話はウヤムヤになるに違いない。


 うむ。まったく我ながら怖いぐらいの頭の冴えだ。




「…う、うん。わたし…頑張るよ。あーや、今度わたしに料理教えてね」



「・・・・・・・・・! ?」



 ……一瞬、僕は耳がおかしくなったのかと思った。でも、同じように呆然としている綾の表情を見て…、僕はさっきの声が現実だったことを認識した。


「……? ど、どうしたの? 二人とも」


「え……、う、うぅん、何でもないよ。じゃ、じゃあ今度、私の家で一緒にケーキ作ってみる? エコちゃん」


「うん…でも、いきなりケーキは難しくないかなぁ…」

「大丈夫だよ。ちゃんと教えてあげるから。それでね…」



 いまだ事態がよく飲み込めない僕を置き去りにして、一人だけさっさと立ち直った綾がくすくす笑いながら、何やら絵依子に耳打ちをしている。

 どうやら女の子同士の壁、というヤツに阻まれ、ますます僕一人だけが置いてけぼりだ……。


 …それにしても、朝のみそ汁といい、まさか絵依子のやつがあんな反応をするとは、完っ璧に予想外だった。どういう風の吹き回しなんだろうか。


 でもま、当初の目的は達成できたようなので、これはこれで良しとしておこう。

 いつもより少し早めの時間に、僕たちは学校に着いた。校門には派手な看板が立て掛けられ、校内ではばたばたと慌しく人が走り回っている。ようやく今日が文化祭だという実感が少しだけ湧いてきた。


 僕にしてみれば、この学校に入ってからの2回目の文化祭だけれど、去年は少し顔を出しただけで、正直あまり印象にも記憶にも残っていない。


 今年こそは何か面白いことがあればいいんだけど。





「さてと、それじゃ一応クラスに顔だけ出してくるよ。もしかしたら何か仕事を回されるかもしれないし」


 下駄箱のところで、僕は絵依子と綾にいったん別れを告げた。そうは言っても、実際にやらされることはまずないとは思うのだけど。


「うん。じゃあ瞬くん、後で来てね……」


 綾がなぜか照れたような表情を浮かべながら、たったっと自分のクラスに走っていった。絵依子も続いて、屋上で待ってる、と言い残して去って行った。


 さてと…僕も行くか……。

 がらがらがら………


「………!?」

 自分の教室に入った瞬間、僕は仰天した。教室には壁一面に、所狭しとパネルやびっしりと字や絵の書いてある紙が貼られている。 

 全然興味なんか無かったせいで、クラスの出し物の内容を全く知らなかった、というのもあるけれど、それにしてもいつの間にこんなものを…。


 思わず呆れ半分、感心半分のため息をつきながら、僕は展示のパネルに近づき、その一つを眺めてみた。

「…現代物理学と量子論……か。って、なんだこれ…?」


 意味が分からないまま、案内に従ってパネルを見て回ると、ふと…ある記述が目に飛び込んできた。


「ふむふむ、…光や電子といった素粒子は、通常は一個二個と数えられる「粒」だが、と同時に「波」でもある。例えて言えば…、カリガリ君は買ってきた時は固形だが、部屋に放置してたらドロドロに溶ける。それはアイスだから当然だが、電子は常にその両方の性質を持っている……」


 口に出して読んでみたものの、さっぱり意味が分からない。溶けた状態と固形の状態が、同時に成り立っている? それって…矛盾じゃないのか…?

 続けてすぐ横のパネルを見ると、図解があった。


 そこには…不思議な絵があった。一つだけだった電子が、2つある穴の直前でなぜかいきなり分身して、二ヵ所を同時に通るという、ちょっと有り得ない図解だ。


「…これは量子論の「観測問題」と言われているもので、万物の根源たる素粒子は、人間の「観測」、人が関与しなければその存在を「確定」できない。我々やあなたの存在……意思が「世界」を作っているかもしれない……って…?!」


 続く解説文を読んで、僕は一瞬、息を呑んだ。なぜなら……



『ーあたしたちの住むこの世界は、人の意思で作られてるの。物質も科学も法則も。全てが人の意思でねー』




 …先日聞いたばかりの、かなえさんの言葉が頭をよぎり、僕は…言葉を失った。


「……人の……意思が……」


 喉からかすれたような声を出すのが精一杯だった。かなえさんが言ったことがウソや冗談だったとは思わないけれど、まさか現実の科学の世界でも、似たようなことを言ってるというのが逆に信じがたく……衝撃だった。





「おいっーーす。渡城ー。てか、朝っぱらから何ヘンな顔してんだよ」

「……ぇ、あ…ふ、福沢くん。おはよ。…っていうか…これって一体…」


 少しのあいだ、僕は呆然としていたんだろう。突然かけられたクラスメートのあいさつで、ようやく僕は我に返った。


「ふっふっふ。どうせ居眠りか落書きに夢中で知らなかったんだろ? 我が2-2の展示はこの「現代物理学と量子論」だぜ?」


 …そう言われて僕は何となく思い出してきた。展示の内容をどうするかで揉めて、だったら俺が何か適当にやっちまうぞ、と、少し前のホームルームの時に、終了ギリギリになって福沢くんが言い出したのを。


「あのさ……すごい力作だけど、ここに書いてあるのって、ホントにホントのこと…?」

「いちおうは研究発表だからな。ウソなんか書かねーよ。ただまぁ……」

「………?」


「量子論はまだ解釈が統一されてねーんだよ。だからこれが絶対正しいかと言われると、そうと決まった訳じゃないんだわ。エヴァレットの多世界解釈ってのもあるしな」


「……はぁ。なるほど……」

 …おかしい。ただのマンガ好きで、テストの成績は僕とさほど変わらないはずの福沢くんが、なんでこんな知識を…。


「…なんだか裏切られた気分だよ……」

「ん? なんか言ったか? で、だな。現時点での研究の主流は……」


 それからも福沢くんは、あれやこれやと説明してくれたけれど、正直いってそれらはほとんど頭には入ってこなかった。さっき見た量子の観測…2つの状態が重なり合っているという話を除いて。


 重なり合うもの。重なり合う世界。それはまるで…今の僕たちのようだ。



「…でだ、一本は当たり、もう一本はハズレのカリガリくんをだな…」


 ふと時計を見ると、すでに時間は9時を回っていた。

 しまった…そう言えば絵依子と屋上で待ち合わせしていたんだった。


「あ、ごめん。そろそろ僕…」

「んだよー。これからがいいとこなのに…」


 そろそろお暇しようと恐る恐る切り出した僕に、まだまだしゃべり足りないと言わんばかりに、福沢くんが不満げな表情を浮かべる。


「ごめんごめん。そういえばさ、今日の受付って福沢くん一人だけ?」

「おぅ。っつーか、俺以外にこの展示の説明が出来るヤツなんていないっつーの」


「はは……そりゃそうだ。じゃあ今日は頑張ってね」

「まかせとけって。俺も解説のいい練習になったぜ。サンキューな!」


 福沢くんの言葉で、受付が持ち回りじゃないことが判明した。ということは、とりあえず今日一日はフリーが確定した訳で、僕は少しホッとした。

 丸一日、この教室に詰めっきりになる福沢くんには申し訳ないとも思ったけれど、今も嬉々としてパネルの位置をあれこれ動かしている彼の姿を見ていると、案外そうでもない気もする。もしかしたらこういう機会が来るのを、密かに狙ってたのかもしれない…。



 いろいろ思うことはあるものの、それらをとりあえず胸にしまい込んで、僕は屋上へと急いだ。



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