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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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10月14日-幕間-

-10月14日 幕間-



「…大臣。急にこのような所へ私を連れてくるとは、いったいどういう事です…?」

「なに。君ももう4期目じゃろう。そろそろ頃合いだと言うのでワシにお役が回ってきただけじゃ」

「………?」


 夜の帳が下りきり、街が闇に包まれ始めた頃。都内にあるホテルの、その最上階にあるラウンジホールで、その宴は行われていた。

 一見した所、立食形式のラフなスタイルだが、参加している面々の身なりは誰もが上質に仕立て上げられた物ばかりで、彼らの属する世界は明らかである。

 しかし、素性を知られることを嫌ってのことか、「彼ら」の顔はみな、一様に「仮面」で覆われている。俗に言う「仮面舞踏会」のごときであった。


 ホテルのエントランスには案内は出ていない。それどころか、この日、ラウンジはもちろん他のレストラン、ホール、はては隣接する客室フロアまでが貸し切りであった。

 通路やエレベーター、階段は屈強そうなガードマンたちが居並び、招かれざる客は一歩も立ち入れないような物々しさである。そんな外界とは隔絶されたように、ラウンジでは静かに、ゆったりと、客のそれぞれが歓談していた。


「…意味が分かりません。こんな怪しげな……」

 後輩と思しき男が不満げに声を上げる。だが、「大臣」と呼ばれた老人は、くっくっ、と喉を鳴らす。


「ソキエタス…、新世評議会という名を聞いたことはないかね? 馬内先生」

「ありません」

「では一昨年にあった、麻倉内閣の贈収賄疑惑。覚えておるかね?」

「それは…当然です。もしもあれが明るみになっていれば、政権は吹っ飛び、我が党も最悪、終わっていたのですから」

「…しかし、決定的な証拠はとうとう出ず、結局疑惑は疑惑のままで終わった……」

「確かにその通りです。ですが、今更その話が何だと言うんです……」


 そこまでを言って、後輩議員と思しき男の舌が、急にぴたりと止まった。


「…そういえば…噂で聞いたことがある。あの時は本当に起訴寸前まで行っていたのに、なぜか野党もマスコミも急に……矛を収めた…のは…?」

「さよう。彼ら…ソキエタスの力によるものじゃ。連中が野党どもの揃えた資料や証拠を文字通りすべて、痕跡までも世界から消去したからの」


「な………」

「新人議員」の顔色がさぁっと変わる。確かに彼はその噂……一夜にして野党らが揃えた資料が何者かによって奪われ、消されたのだと耳にしたことはあったが、しょせんは都市伝説の類だと思っていたのだ。


「…大臣、その……ソキエタスとは何なのですか?」

「ソキエタスとは…会士とは、この世にありながら、その理から外れた者たちよ」

「ますます分かりません。その……映画のようなスパイや…昔の忍者のようなものなのですか?」

 自分でも荒唐無稽なことを言っていることは議員も自覚しているのだろう。自分の顔が仮面で覆われていることに、彼はほんの少しだけ感謝した。


「くく…スパイに忍者か……こりゃあいい。くっくっくっ……!」

 大臣が愉快そうに小さく笑う。しかしこちらも表情は伺えない。仮面の向こうで、老人がどんな顔をしているのか、まだ若い議員は想像もできなかった。


「……まぁ、やっとることは当たらずとも遠からずといったところだが、実態はそんな甘っちょろいもんではない。さっきも言ったが……なにせ連中はこの世の理から外れた存在じゃからの」

「…………?」

「ま……、そこら辺のところはおいおい自分で知ることになろう。時に馬内先生。火遊びはほどほどにな。連中の世話になるにしても、そいつは半端な代償では済まんぞ」


「……ッッッ!!!」

 議員の男は、口から心臓が飛び出るほど驚いた。それは、誰も知るはずのない己の情事を年老いた老人に看破されたからだ。

「な……なにを…ははは……」

 小さな精一杯の強がりは老人には聞こえなかったのか、薄く鼻を鳴らして先を続けた。


「…4期目ともなれば、君もそろそろ彼らと顔を繋いだほうが良いだろう。ほれ、あそこにいるのが、そのソキエタス日本支局の長、『雄々神 獅子遠(おおがみ れおん)』じゃ」

「…………」

 そう促され、議員が目を向けると、そこには体格のいい男が、赤いパーティードレスに身を包んだ若い女性と談笑しているようだった。

 男はおよそ180センチ半ばの長身。30代前半ほどの年齢であろうか。顔は見えないが、ブラウンの髪の色もあって、純粋な日本人ではないように感じられた。


 一方の女性は20代から30代のように見受けられた。成熟した大人の女性の体型をしている。身体のラインがくっきりとしたドレス、というよりも、不自然なほど身体に密着しすぎているドレスから零れ落ちそうな豊満なバストがとりわけ目を引く。

 日本人離れした身体、そしてアップにした髪の色は赤茶色で、彼女も外国人、あるいはハーフなのかもしれないと議員は一瞬思ったが、大柄な男を前にぺこぺこと頭を下げている仕草を見て、すぐに考えを改めた。


「しかし……これはなかなか…」

「そういうところを改めろとワシは言ったんじゃがな…」

 一見しただけでは真面目、堅物にしか見えない男の、心中での舌なめずりをしかけたところを「大臣」に咎められ、あわてて議員は背筋を伸ばした。


「…まぁいい。ほれ、行くぞ馬内先生」

「あ……は、はい……」




 この、少し前。


「…ほう、これはこれは! このような場所にはめったに現れない貴女が来るとは。どういう風の吹き回しですかな?」

 さも驚いた、といった風情で、雄々神 獅子遠は大げさなリアクションで彼女を見た。

 その雄々神のオーバーな身振り手振りに内心引きながらも、健気に何度も練習してきた口上を彼女が述べる。


「…こんばんわです雄々神局長。本日は父の名代で参りました。日本支局の設立200年記念、並びに局長の就任5周年、おめでとうございます」

「ふっ…この国最古の会士の一族にそう言ってもらえて光栄ですよ。ミスかなえ。噂に聞く程度ながら、表の仕事もなかなか順調だとか」

「え…えぇ、まぁ……」

 一見しただけではにこやかに談笑している風の二人だったが、女性の側……かなえと呼ばれた女性は、すでにこの時点で帰りたい気持ちでいっぱいだった。


『…ひとつ。久しぶりに着たらいつの間にか服が縮んでた。ふたつ。普通にやっぱこんな場は自分には無理。みっつ。見た目はともかく、やっぱり私……この人…苦手だ……』

 四国にいる父親の頼み、そして自分自身の目的のために、クローゼットにしまい込んだままだったパーティードレスに数年ぶりに袖を通したものの、まだ始まって30分も経っていないにもかかわらず、彼女はここに来たことを少し後悔し始めていた。


『…ヤバイ。ヤバ過ぎる。ちょっとでも気を抜いたらドレスが弾けそう。せっかくご馳走がこんなにたくさんあるのに…。…辛い。辛すぎるよぉ…。ぐぬぬぬぬ……』


「……と、御当主もご壮健そうで何より、と言う訳ですかな?」

「え? えぇ、そういう訳です。おほっ、おほほほほ……」

 もはや会話の中身はまるで頭に入っていないという有様だった。



「…しかし先日、関西で朧露(おぼろ)の金剛が一人、病院送りになったと聞いている。あれは貴女の仕業では…?」

 雄々神の言葉に、一瞬かなえの身体が小さく揺れた。


「その…里帰りのついでに大阪に立ち寄った時に、偶然出くわして…。やり合うつもりも無かったんですが、その…手加減してられる相手でもなかったので…」

「判った。しかし、しばらくは自重して欲しい。今、朧露の坊主たちを刺激して、変に嗅ぎ回られるのもうっとおしいのでね」

「……? 何か…あるんですか?」


 少し喋りすぎたか、と雄々神は一瞬思ったが、すぐにその考えを打ち消した。確かに朧露…古来からこの国でソキエタスと対立してきた「朧露宗(おぼろしゅう)」なる仏教団体が目障りであるのは確かではあるが、今は脅威と呼べるほどのものでもない。

 しかし、放って置いては「何か」があった時、本部に気取られる可能性は捨てきれない。その意味では、今は派手に動くのは得策ではない。ここで釘を差しておくのは必要なことだと雄々神は感じていた。


「…大した事ではない。しかし、とにかく今は連中を刺激しないで欲しい。いいね?」

「はぁ………」


 雄々神の言葉にどこかはぐらかされたような印象を受けたものの、そろそろ後がない、と感じていたかなえは、本来の自分の目的を切り出した。

「それで…その…話は変わるんですけど、私からもひとつお願いがあって、今日は参りました」

「ほう? 何かね?」

「あの…最近ちょっと仕事が忙しいので、シフトから外れたいんです」


 予想していたのか、それとも予想外だったのか、呆れたような表情を浮かべながら、雄々神はオーバーに顔を横に降った。

「…残念だがそれは認められないな。『監視者』の仕事は平等だ。皆と条件は同じだろう。いかにかの一族である君であっても、優遇する訳にはいかない」

「で。でも……」

「…貴女はこの国最古の一族である高崎家の次期当主であり、この国の会士の中では抜きん出た力を持っている。優れた力の持ち主は、相応の責任…義務があるのだよ」

「で、でもですね、ほんとにヤバいんです! 来月が正念場なんです! このままだとマジヤバいんです!」


 かなえが必死に食い下がる。仮面の上からでもありありとその表情が想像できるほどに。

 やがて、ふぅ、と雄々神がため息をついて口を開いた。

「……判った。いいだろう。来月の監視者のシフトからは外すように言っておこう」

「え…ほ、ホントですか! あり、ありがとうございます!」


「…ただしその分、今月はしっかりやってもらう。それでよろしいかな? ミスかなえ」

「え…えぇ! よろしいです! ありがとうございます! 局長!」

「それと『仕事』もしてもらう。なに、君ほどの力なら難しいことではないよ」

「え、えぇ~~……。荒っぽいのはナシにして欲しいんですけど…」

「……嫌ならこの話はなかったことにしよう」

「と、とんでもない! 了解です! 今月中なら何とかしますので!」

「結構。ではパーティーを楽しんでいってくれたまえ。ミスかなえ」

「は、はい。それではこれで失礼させていただきます。おほ、おほほほほほ……」


 この直談判こそがかなえの真の目的であったのか どうにか言質を取り付けたことに安心したのか、ぺこぺこと頭を下げながら、かなえは後ずさるようにして、そそくさと会場から姿を消した。

 …ぴり、ぴり、という破滅的な音を背中から聞きながら。




 かなえが雄々神の前からいなくなったのを見計らうように、すかさず先の大臣と議員が雄々神に声をかけた。

「いやぁどうもどうも。ご無沙汰しておりますな、雄々神局長」

「ん……いや、お久しぶりです先生。お元気そうで何より。で…そちらの方は?」

「はっはっ…彼はうちのホープでしてね。彼もメンバーとして、今後ともいろいろとお世話になると思いましてな。ほれ、馬内先生…」

「あっ……馬内と…申します。よろしくお願いいたします…」

「ほう…それはそれは。雄々神です、こちらこそよろしく」


 すっ、と差し出された雄々神の右手を、条件反射的に議員が握る。意外にもフレンドリーな物腰に少し安堵した議員ではあったが、仮面の下にかすかに見える口元が、むしろこちらこそが仮面なのではないかと思わせるほどに冷たく、無機質であることに……戦慄した。



「……ふぅ。まったく俗物どもめらが……」

 いかにも疲れた、といった風情で、ため息を付きながら『雄々神 獅子遠』はどさっと身体を投げ出すように、ソファにもたれた。

 すでに宴は終わり、すっかり静かになったラウンジで、雄々神は苦虫を噛み潰したような表情で毒づく。先程の来賓、大臣や議員たちに見せていた態度とはまるっきり異なっている。



 …ソキエタスがこの地に根を張って200余年。以来、どこの国においてもそうしてきたように、ソキエタスはその力を権力者たちに貸し、それによってソキエタスは彼らから便宜と供与を図られ、存在を『黙認』されてきた。

 だが、この今の状況は何だ。と雄々神は思う。権力者たちのくだらない「事件」の尻拭いをするだけの、ただの便利屋へと成り果てたかのような今のソキエタスとは何だ、と。


 続けて雄々神はいつものように思う。自分たちはもっと誇りある存在ではなかったのか。そう、自分を変え、世界をも変える。そのような思いの元、我々の先祖はソキエタスを設立したのではなかったのか。

 だから、あるべき姿に戻さねばならない。この組織…ソキエタスを。自分を。


「…お疲れ様でした。局長」

 と、そこへ静かに女性が一人、雄々神の座るソファの前に立った。

 年齢はおよそ20代後半。きちんとまとめられた髪型と、細めの体型によくスーツが似合っている。顔立ちは一見すると欧米人のようだが、少し東洋人の血が混じっているようにも見えた。

 その立ち振舞いから、彼女が雄々神の秘書なのであろうと察せられる。


「…エリナか。あぁ、まったくお疲れだよ。我々の目的のために必要なことと割り切ってはいるが、しかし…」

 両の手のひらを上にして、オーバーに肩をすくめてみせながら、心底うんざりだ、という表情で雄々神がつぶやく。

「ですが局長の「営業」のおかげで今月も目標額は達成しております。もうしばらくの我慢ですわ」


「…ふん。ところで…本部の動きはどうなっている?」

 エリナの皮肉めいた言葉に、雄々神が小さく鼻を鳴らす。実際、今日のパーティーも「営業」の一環なのである。吐き気をもよおすような俗物に自ら声をかけ、「仕事」の数を増やして金を集めているのも、彼らに貸しを作り、その見返りとして人脈を築いているのも、すべては己が計画のためなのだ。

 だがそれは、ソキエタス本部には絶対に知られてはならない、禁断の計画である。


「特に今のところは何も動きはありませんが……」

「……? どうした?」

「…少し気になる情報も入っております。昨日の最終便で、『ソニア・エルンステッド』が成田に降り立ったとの報告がありました」

「…な、なんだと……?!」

 突如として雄々神は立ち上がり、驚きの声を発した。先程までとは表情も一変し、かすかに青ざめてもいるようだった。


「あの…ソニア・エルンステッドが…『THE ART(ジ アート)』が…だと?! まさか……」

「目的は新製品のプロモーションと観光、ということになっているようですが、どこまで本当かは分かりません。ただ、本部との関係も今の所は不明です。本部が彼女を派遣したというデータは確認されておりません」

 ただの偶然なのか、それとも「何か」を掴み、本部が送り込んできた自分への刺客なのか。

 判断するには情報が足りなさ過ぎると雄々神は唸った。

 

「…とりあえず監視をつけるしかあるまい。その上でしばらくは泳がせておけ。仮に勘づかれたのだとしても、どうせ辿り着けはしない。だが…もしもの時は蓮次に始末させろ。奴でも倒せるとは限らんが…」

「…承知致しました、局長。では……」

 ぺこりと小さく頭を下げ、エリナは静かにその場から離れた。雄々神は一人残されたラウンジで思考を巡らせていた。



「しかし…朧露の連中などそもそも敵ではない。仮に気づかれたとしても、奴らに邪魔などはできん。とすれば…やはり当面の懸案はソニアか…。もうあと一息なのだ……ここまで来て……潰される訳にはいかない。我々の…私の計画を!」


 すでに照明も落とされ、闇に包まれたラウンジで、一人、雄々神の目だけがかすかな、そして異様な光を放っていた。



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