10月27日-1
-10/27-
…あれから5日ほどが経った。
結局、僕はカードを描くための良いアイデアが何も浮かばず、やむを得ず今までどおり、元々描かれてあったありきたりな絵を描いてお茶を濁しているような状態だった。
…それでも白紙よりはマシだと信じて。
でも事実、一昨昨日に出くわした怪物もまったく敵ではなかった。最初の頃に戦ったヤツらと同じく、絵依子のドラゴンキック(勝手に僕が命名した)一発で消し飛んだ。
並みのヤツが相手なら、全然今のままでも問題はない。でも、気になるのはやっぱり、1週間前に遭遇したような、特殊なヤツだ。
絵依子の話や今までの戦いから考えれば、あんなのがそうゴロゴロいるとは思えないし、思いたくもない。だけど油断していれば、出会った時が最後の時…なんてことにもなりかねない。
そんな事態だけは絶対に避けなければいけない。そう、絶対にだ。
…そして気になるといえばもう一つ。一昨昨日の時はたまたまかとも思ったけれど、今日もとなればどうやらただの偶然じゃなさそうだ。
あのお坊さんたち、そしてあの僧衣の女の子……、絵依子があれほど手こずった怪物を、苦もなく倒してのけた「御八尾 真都」さんが…さっきから僕たちを見ている。
ここから少し離れた場所から、あの無遠慮な視線がまた注がれていることに、僕は薄っすらと気がついていた。
もしかして……監視しているのか……?
…それも怪物ではなく、僕たちの方を…。
「ぎぃイィッっ!!!」
「くっ! はぁああああっ!!」
怪物と絵依子の声に、僕ははっと我に帰った。そうだ、今はまだ戦いの真っ最中だった。
…集中しなくちゃ。集中集中……!!
今日の怪物は、一昨昨日のヤツよりは多少手強いらしい。一発KO、というわけにはいかないようだ。
いつものように僕は全力で怪物の動き、状態を観察し、それを絵依子に指示する。
「絵依子っ! ジャンプで上から回りこめ! さっきの攻撃で右側が死角になってる!」
「……っっ!!」
僕の言葉を受け、ダンッ! と大きく絵依子の身体が跳ねる。僕のコーチっぷりもかなり板についてきたかもしれない。
これでも僕は観察力と言うか、洞察力に関してはそこそこ自信がある。
絵描きにとって「観察力」は、基本かつ重要なものなのだと、昔読んだ本にも書いてあった。その力が、こんなところで多少なりとも生かされてるという訳だ。
…まさかこんな事に役に立つとは、少し前までは想像もしていなかったのだけど。
「………ッっおおッ!!」
ビルの壁を蹴り、一際高く舞い上がった絵依子がカードを引く。そして両手を大きく空にかざすと、手と手の間に……真っ黒な球体が生まれた。
…なんだ…あれは……?!
やがて、バチバチッと火花のような光が一瞬煌き、まっすぐに怪物めがけて
打ち出された!
「……!!?? ギッ……」
死角になっていた右側、しかも斜め上からの攻撃に、怪物は断末魔の声も
ロクに上げられずに…消滅した。
…しかし…それにしても今の攻撃はいったいなんだったのか。今まで見たこともないような一撃だった。
考えられるとすれば、「星」のカードから錬装したのかもしれないけれど、あんな飛び道具に使うとは、描いた僕も想像もしていなかった。
普段のあいつと違って、こと戦いに関しては、絵依子は確実に成長…、いや、「進化」しているように僕は感じた。
…などと考えていると、絵依子がまたビルの壁を蹴って落下のスピードを殺し、すとん、と鮮やかに着地した。両手を広げて得意げに「10点満点!」とか何とか、訳の分からないことをのたまっている。
…こいつは気がついてるんだろうか。自分の進化に。
そして…御八尾さんたちが僕らを見張っているかも知れないってことを…。
軽いとはとうてい言えない気持ちと足取りで、のろのろと僕は絵依子の元に向かって歩き出した。
「コーチ! どうだった!? 10点満点?」
「…まぁ、及第点ではあるかな。でもな、これ…」
そう言って僕は下を指差した。そこにはさっきの技で怪物もろとも消滅し、お椀状にごっそりえぐられた車道があった。
「あ…ま、まぁ細かい事は気にしちゃダメだよ! それにちょっとぐらい道路もへこんだ方が、マ、マザコン?の人も喜ぶし!」
「それを言うならゼネコンだろ…。でもこれ…絶対マズイと思うなぁ…、はぁ……」
車道のクレーターは直径2メートルほどの大きさで、深さは優に50センチはある。知らずに車で通りがかったら大事故にもなりかねない大穴だ。ぽっかり開いた穴を目の前にしながら、僕は途方に暮れたままため息をつくしかなかった。
「…そういう事やったら、ウチらに任せとき」
「!!??」
…急に後ろから掛けられた声に、思わず僕は心臓がひっくり返るほど驚いた。恐る恐る振り向いた先には…やっぱり御八尾さんwithお坊さん軍団がいた。
「あ、あぁ、御八尾さん、どうもお久しぶり……」
「…ん。おぉ…それにしてもまた派手にやらかしてくれたなぁ…」
しげしげとクレーターを眺めた後、御八尾さんが、手をすっ、と掲げた。
それに従って、ごつい大男のお坊さんたちがずんずんと前に出て、クレーターをぐるっと囲む。
「……修!!!」
「……繕!!!」
「……復!!!」
道路のアスファルトに突き立てられた例の物騒な錫杖が、お坊さんたちの発する言葉に呼応して、ぱっ、ぱっ、と光と音を放つ。そしてその度に少しづつ…凹んでいた部分が盛り上がってきた!
「す…すごい…!」
「たいした事あらへん。ウチらの本分はこういう『世界の修復』でもあるからな」
「……? よ、よく分からないけど…とにかくありがとう。助かったよ」
御八尾さんの言葉の意味はよく分からないけれど、どんどんと道路が元通りになっていくのは僕らにとっても、誰にとってもありがたい話だ。素直に僕は頭を下げた。
「自分ら……、いや、こんなんで礼言われるなんて、なんやおかしな気分やわ…」
呆れたような、でもどことなく嬉しそうな、複雑な表情で御八尾さんが苦笑する。以前、初めて会った時とは、少しだけ当たりが柔らかくなっているようにも感じられた。
「…時にアンタ…絵依子ちゃん、やったっけ? 自分なかなか強ぅなっとるやん。ぼちぼちシメとかんなアカンか判らんなぁ? くっくっくっ…」
「………っっ!」
いつの間にか、僕の後ろに隠れるようにしていた絵依子が、御八尾さんの言葉にびくっと身をすくませた。冗談めかして言ってはいるけど、その目の色の半分以上は本気に見える。
…以前よりは丸くなったかと思ったらこれだ…。
つつ、と僕の背中にも、冷たいものがじわりと滲んで伝う…。
「あ…あのさ、御八尾さん! そう言えばちょっと聞きたいことがあるんだけど……いいかな?!」
立ち込め始めた不穏な空気を入れ替えるべく、とっさに僕は彼女に話を振った。
「あん? 聞きたいこと? 正義の味方ごっこの渡城くんが、ウチに何を聞きたいんや?」
「あ……いや、えっと…」
そう返され、僕は口ごもってしまった。確かに知りたいこと、聞きたいことはいくらでもある。だけど多すぎて、何から聞いていいのかも僕には分からないのだ。
言い淀んでいる僕を睨むように眺めながら、御八尾さんが口を開いた。
「…言うとくけどな。アンタが何か聞いてきても、ウチがそれに答える義理はあらへんのやで」
「え……」
「アンタらがソキエタスとは無関係っぽいのはもう判ったけどな、それでもアンタの妹は間違いなく会士そのものや。つまりウチらの…」
「そそ、それ! それだ! ま、前にも聞いたけど、そのソキエタスって?! それに会士ってのも!」
ようやく見つかった最初の『聞きたいこと』を思わず食い気味に尋ねると、なぜか御八尾さんがぽかんとした表情を浮かべ、次いでまた、くっくっと困ったような笑顔を浮かべた。
「……アンタ、ホンマに変わっとるっちゅーか、おもろいやっちゃな…。しゃーない…ほなちょっとだけ教えたる」




