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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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10月21日-4

「……お」


 待ち合わせ場所のヅダヤの前には、一足先に用事を済ませてきたらしい絵依子が、ビニール袋をぶら下げて立っていた。


「あ! 早かったね、お兄ちゃん」

「そっちもな。買い物も済んだみたいだな」

 こっちに気づくと、絵依子がたったと駆け寄ってきたので、そのまま並んで僕たちは歩き出した。


「準備満タンです! それじゃあ、いざ参りましょーか!」

「それをいうなら準備万端、だろ…」


 無事に目的を達成した僕と絵依子は、さっそく綾の家に向かうことにした。





「それで、お兄ちゃんの方はどうだったの?」

「うん。採用だって。とりあえず来週から入ることになったよ」

「おぉっ! やったね! とりあえず賄いは焼き鳥丼で妥協してあげるよっ☆」


 …なんかもうツッコむのも疲れたよ僕は。



「でも…採用されたのはありがたいけどさ、そうしたら今までみたいに、あまり夜にウロウロは出来なくなるんだよな…」


 とりあえず絵依子の寝言を華麗にスルーして、今後のことについて話題を切り替えた。一瞬、絵依子が少し驚いたような表情を浮かべ、次いで、その表情がみるみる曇っていく。


「あ…そうか…そうだね…。お兄ちゃんがバイトの時は、またわたし一人で戦わなきゃいけなくなるのかぁ…」

「……いや、バイトのシフトや母さんの夜勤のタイミングを考えて、できるだけ僕も時間を作って一緒に動けるようにはする。だから一人で行くのは無しだ」


「…え? で、でも……」

「…頼む。絵依子」

「ぅ…ん…。わかった……」


 少し強い僕の口調に、絵依子が不満そうな表情を浮かべながらも頷いてくれた。これはほとんど僕のわがままだ。だからこいつの渋る気持ちも分からなくはない。

 でも、僕の知らないところで…絵依子を危険に晒すのは…危ない目に遭わせるのは…絶対にもうイヤなんだ。


「ま、まぁ…なんとかなるって。大丈夫だよ。毎日バイトって訳じゃないんだし」

 そう言ってみたものの、相変わらず絵依子の表情は浮かないままだ。


「…でも、今までよりは時間が取れなくなるのは絶対なんでしょ? なんかつまんないな…。バイトなんか決まらなかったら良かったのに…」

 こつんと足元にあった石ころを蹴っ飛ばすと ふてくされた顔の絵依子が、ぽつりとつぶやいた。仕方ないな…。

 


「そう言うなって。店長さんもいい人そうだったから、もしかしたらホントに焼き鳥丼ぐらいは食べさせてくれるかもだぞ」

「え! ウソ! マジで?! うひょお~~~~っ!!」

 …もちろん今いったのは根拠ゼロの出まかせだ。でも、さっきまでの不満面がウソのように、ぱあっと絵依子の顔が輝いた。


 ま、根拠はゼロだけど、可能性もゼロじゃないのだから、100%ウソというわけでもない。いつか現実を思い知る日までは、夢を見させてやるのもいいだろう。


 …それにしてもまったく現金なヤツだよ、こいつは……。

 


「ところでそれ…どこのケーキだ?」

 すっかり機嫌が直ったらしい絵依子が手にぶらさげてる包みに、ふと目が止まった。ちゃんと化粧箱に入れられてるっぽいそれは、コンビニやスーパーで売ってるものではなさそうだ。


「前にスイーツ好きな子がオススメしてたお店があってね、そこで買ったんだよ」

「へぇ…でもそういうとこのってお高いんじゃ……」


「あ、そういえばお昼のパン代もまだもらってなかったよね。合わせて4000円、耳をそろえて頂戴いたします」

 …急にビックリするぐらい真顔になった絵依子が、すっ、と両手を出してきた。っていうか…。


「ちょ……待て待て! いくらなんでも高すぎるだろ!」

「……?」

 …意味が分からない、という風に絵依子が小首を傾げる。少しして、はぁ、と大きくため息をついた。


「…お兄ちゃん。お見舞いの品に高いの安いの言ってたら…器が知れるよ…?」

「う……ぐ…っ、い、いや、しかしだな、仮にそうだとしても、おかしいだろ!」


 3000円から3500円ぐらいがケーキ代だとしても、1個1000円もしなけりゃそんなにするはずがない。つまりこいつは、ケーキ代を全部僕に押し付けようとしてるのだ。


「僕たち二人で行くんだから、普通は半々だろ! なんで僕が全部出さなきゃいけないんだよ!」」

「はぁ~~~~っ。お兄ちゃんってほんっと器が小さいよねぇ…」

「そ、そういう問題じゃないっ!」


「…いい? お兄ちゃん。お兄ちゃんは今、お見舞いに4000円出せるオトコになれるかどうかなんだよ? たかだか2000円をケチってそのチャンスをフイにするの?」

「は……? え……?」

「目先の2000円を取るか、プライスレスなオトコとしての格を上げるか。今がまさに運命の分かれ道なんだよ……?」


「……? ………??」

「…ひとつ上ノオトコになる。今がそのチャンスなんだけどなぁ…」



 ……絵依子が何を言ってるのか、正直意味が分からない。だけど……なぜか僕は…その言葉に抗うことが出来なかった。



「…はい、4000円確かに。毎度ありっ♪」

「こ…これで僕もひとつウエノ男になれたのか……?」


 ぴらぴらとお札を数える絵依子に声をかけたが、返事は……なかった。

 ピンポーン…。


「…はぁい。どちらさん?」

「ぇ、あ…、こ、こんにちは。わ、渡城ですけど…」


 少し意表を突かれて、僕は一瞬噛みそうになってしまった。というのも、ようやく我らが団地に帰り着き、綾の家の呼び鈴を鳴らして帰って来たのは、おばさんの声だったからだ。

 綾の家は共働きで、この時間はまだ綾一人のはず。そう思っていた所に不意打ちを食らった格好だった。


「あらあらまぁ! 瞬くん、久しぶりねぇ! …あら! 絵依子ちゃんまで!」


 がちゃりと玄関を開けて現れたのは、やっぱりおばさんだった。

 相変わらずいい恰幅をしてる。おじさんは線の細い人なんだけど。



「どうも…ご無沙汰してました。おばさん」

「こんにちは~! これお見舞いです! ケーキ持って来ましたよぉ~!」



 僕に続いて絵依子がぺこりと会釈し、さっき買ってきたお見舞いのケーキの包みをおばさんに差し出す。


「今日、綾が休みだったから、どうしたのかと思って来たんですけど。どうなんですか? やっぱり風邪か何かで…?」


「…それが良く判んないのよ。お医者さんは大した事ないって言うんだけどね。…立ち話もなんだし、お入んなさいな」


 今帰っても、きっとまだ母さんは寝てるだろうし、僕たちはおばさんの言葉に甘える事にした。

 玄関をくぐると、ふんわりと心地良い匂いに鼻をくすぐられた。僕たちの家のとは違うけれど、子供の頃はそれこそ毎日のように出入りしていた場所だけに、この匂いはどこか懐かしく、そして暖かい。


「…それで、綾の具合はどうなんですか?」

 おばさんの淹れてくれたコーヒーをすすりながら、僕は単刀直入に切り出した。隣の絵依子はというと、お皿に移し替えられたお見舞いのケーキ…モンブランをさっそくパクつき始めていた。


「…風邪とか病気って訳じゃないみたいなのよ。熱も無いし。ただ、ひどく衰弱してるってお医者さんは言っててね。だから過労じゃないかって…」

 ふぅ、とため息をつきながら、おばさんがこめかみの辺りを押さえた。よく見ればおばさんも相当疲れているように見える。


「か、過労…? でも……昨日は普通に元気だったじゃないですか…」

「あたしもそう思ったんだけどねぇ……。でも、今朝にお医者さんに来て診てもらったら、そうだって言うのよ」

「…夜になって急に体調が悪くなったってことなのかな。確かにここのところ、夜は結構冷えるし…」


「とにかく安静にしてなさいって言われたから、今は部屋で寝かせてるのよ。…パートから帰って来たらあの子が部屋で倒れてて…見つけた時は心臓が止まるかと思ったわよ……」


 その時、突然…すすす、と小さく襖の開く音がした。



「あ…瞬くん………。きて……くれたん…だ……」


 ……ふらふらとおぼつかない足取りで、部屋で寝ているはずの綾が壁に手をつきながら、真っ青な顔をして僕たちの前に姿を見せた。

 その様子に…僕は思わず息を呑んだ。想像もしていなかったほど弱々しく…痛々しい綾の姿に、僕は目を疑い…呆然としてしまった…。


「ちょ、ちょっと綾! ダメよあんた! 寝てなきゃ!!」

「だ…大丈夫。もう…だいぶ良く…なった……から…」


 呻くようにつぶやきながら、また一歩…綾が僕たちの方に足を踏み出した。でもその言葉がウソだというのは…誰が見たって明らかだった。


「…お母さん、わたしにも…コーヒー…いれ…、っ!?」


「………綾っ!!」


 壁から手を離した瞬間、綾のヒザがかくんと折れた。それに…僕は考えるより先に身体が動いた…!!


「バカ! 無茶するな! そんなフラフラで大丈夫な訳ないだろ!」

 床に崩れ落ちそうになったのを何とかギリギリで受け止めた僕は、そのまま綾を抱え上げた。


 …抱き上げた綾の身体はビックリするほど軽かった。腕力にはあまり自信のない僕でさえ苦にならないほどの綾の身体の軽さに……なぜか胸がギュッと締めつけられた。

「…おばさん、部屋で寝かせてきます。いいな? 綾」

「………」



 こくりと小さく綾が腕の中で頷いたのを見て、僕は足で部屋の襖を開けた。この際、行儀なんかどうでもいい。

 おばさんは……放心したように椅子にどすんと腰を下ろして、声にならない声を上げ続けていた…。



「ふぅ………」

 綾をベッドに寝かせ、布団をかぶせる。ようやくそれで一息ついた。

 横になっている綾の頭に手を乗せてやりながら、ふと僕は部屋の中をぐるりと見渡した。この部屋に入ったのもけっこう久しぶりだ。


 同じ団地なだけに、部屋の間取りそのものは我が家とそう変わらない。でも、綾のこの部屋はうちの寝室に当たる場所なのに、雰囲気は全然違う。わざわざフローリングのカーペットまで敷いてあるのだから、畳のままのうちと違うのも当然なのだけど、何と言うか、小奇麗というか整理整頓が行き届いてるというか、いかにも綾の部屋、という感じだ。

 とはいえ、前に来た時とは少し雰囲気が違うようにも感じられる。模様替えでもしたのかな…?


 などと考えていると、今にも消え入りそうな声で、綾が何かをつぶやくのが聞こえてきた。

「…ごめんね……瞬…くん…」


「まったくだ。さっきので腰をやっちゃったらどうしてくれるんだよ。僕は繊細に出来てるんだぞ」

「わ…私……そんなに…重かっ……た?」

「…ばか。冗談だよ。軽すぎて逆にビックリしたぐらいだ。ちゃんとご飯食べてないから、そんなことになったんじゃないのか?」


「お兄ちゃん、それヴァルハラ~。サイテ~!」

 僕たちに続いて、くだらない事を言いながら絵依子も部屋に入ってきた。

「おまえね…それをいうなら…」



「…ぇ…? …だ、誰……? そこにいるの……?」


 …ふいに…どこかぼんやりとした…、焦点の定まらない目で絵依子の方を向いた綾が、小さくつぶやいた。



 ………ぇ?

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