10月21日-3
「…う~~ん…。なら、面接の後に行くかな。たぶんそんなに時間もかからないだろうし。それから綾の様子を見に行こうか」
「りょーかーい! じゃあ授業終わったら校門で待ってるね!」
「………?」
別に一緒に行く必要もないだろう、とは思ったものの、あとで合流というのも考えてみれば面倒くさい。
とりあえず僕は絵依子の提案に従うことにした。
・・・キーンコーン カーンコーン…
「お、そろそろ教室に戻らないと…」
「じゃあまた後でね。お兄ちゃん」
「うん、後でな」
そして僕たちは屋上を後にして、お互いの教室に戻っていった。
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「あれ、谷口くんは?」
5時間目の開始ギリギリに戻ると、教室には彼の姿がなかった。僕らよりずいぶん早く戻ったはずなのだけど。
「おぅ、谷口だったらさっき気分が悪いとかでフケちまったぞ。何かヘンなもんでも拾い食いしたんじゃねぇの? うひゃひゃひゃひゃ!」
一番無難そうに見えた抹茶キムチカレーパンでも、それほどの破壊力とは…。
…ごめんな。谷口くん。悪気は…ちょっとだけあったんだ。許してくれ…。
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午後のかったるい授業をいつものように何とかやり過ごし、ようやく一日のお勤めを終えた僕は、急いで校門に向かった。
「遅いっ!! 何分待ったと思ってんの!?」
「な、何分ってそんなオーバーな…。これでもホームルームが終わってから、急いで来たんだぞ…」
約束どおり校門で待っていた絵依子と合流したとたん、開口一番、訳の分からない言いがかりを叩きつけられ、思わず僕はあっけに取られてしまった。
「う、うっさい! 時間なんか関係ないの! レデーを待たせるなって言ってんの!」
…レディーか。…レディーねぇ。まぁいいけど。
ブツブツぼやき続ける絵依子を何とかなだめながら、僕たちは駅前に向かって歩き出した。こうして絵依子と学校から帰るのは、あの始まりの日以来だ。
「そういえばお兄ちゃん、今日のバイトの面接って何屋さん?」
「………ん…」
あの時はお互い押し黙ったままで、かなり気まずい雰囲気だったけれど、ずっと以前はこんな風にワイワイと、朝のように楽しく帰ることも多かったように思う。そう、時には綾も一緒に3人で。
そんなことをぼんやり思い返していると、ふと僕は…妙な違和感に囚われた。
「……ちゃん」
……いや、そもそも3人で帰る事なんて、今まで…そんなに多かったか?
「…いちゃん…?」
確か綾は華道部で、僕たちとは帰る時間が違う。
そんなにしょっちゅう一緒に帰宅するなんて無理だ。
僕にしてもバイトが入ってる時は独りで帰ってたのだ。
なのにどうして僕は…さっきみたいな事を思った?
いや、そういえばその以前に……3人で下校したのは…いつだった…?
「もぉ! お兄ちゃんってば!!」
「ぇ……わ…あっ!!」
いきなり目の前に現れた絵依子の顔面どアップに、僕は危うくひっくり返りそうになってしまった。
…どうやらまたいつの間にか、僕は自分の世界にどっぷり入ってたらしい。
「あ…え、絵依子? な、何?」
「もう! だからバイトの話!」
「あ…あぁ、そうだった。ごめんごめん。時給はそんなに良くないんだけど、賄い付きの焼肉屋だよ」
「へぇ~! いいじゃん! 焼肉屋さんの賄いって、どんなのが出るんだろ。サ、サイコロステーキ丼とかカルビ丼とか?!」
……またこいつは肉か…。
「っていうか、おまえがバイトするわけじゃないんだから、賄いが何でも関係ないだろ」
「ちっちっちっ……関係大アリだよ!」
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『こんばんわ! いつも兄がお世話になってます!』
『おぉ! 君が噂の美人で可愛い絵依子ちゃんか! むさ苦しいところ
だけど、ささ、入りなさい! ささ! さささ!!』
『あら? 何かしら。いい匂いが…』
『はっはっはっ。今ちょうど賄いの時間でね。よかったら絵依子ちゃんも
食べるかい? カルビ丼』
『いえ、そんな…。ご迷惑じゃ…』
『そんな事はない! むしろぜひ食べていきたまえ!』
『それでは…お言葉に甘えまして…』
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「えっへっへっ。とまぁ、こんな感じ…?」
絵依子が身振り手振りを交えて、見事な一人二役の舞台を演じきった。
あぁ、なるほど。あるあ・・・・・・ねぇよ!!!!!
「…いや、夢を壊すようで悪いけどさ、せいぜい焼肉のタレ丼ぐらいじゃないかな」
世間の厳しさと現実を教えてやると、チッ、と絵依子の舌打ちが聞こえてきた。どんだけこいつは肉に脳みそを支配されてるんだ。
「っそ。だったらテキトーにがんばって」
「あぁ……うん。ともかく採用されなきゃ賄いどころじゃないしな…」
急に態度がそっけなくなった絵依子に呆れながら歩いていくと、気づけば駅前はもうすぐ近くだった。
「じゃあ僕は面接に行ってくるけど。おまえはどうする?」
「…思ったんだけどさ、やっぱりお見舞いっぽい物とか、買ってった方がいいんじゃない? 例えば…ケーキとか!」
…ほう。意外に気が回るじゃないか。こいつがこんな気配りができるようになってたとは、兄としては嬉しい限りである。
「あっと…うん、そうだな。手ぶらってのも何だし、そうするか」
「だったらわたし、お店探して買っておくね! えへへ…何にしようかなぁ。モンブランにしようかな~~!」
……前言撤回。こいつ、本当は自分が食べたいだけじゃないのか…。
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「…とりあえず後でここで合流な」
「うん。りょ~かい!」
駅前の大きなヅダヤの前で絵依子と別れて、僕は面接を受けるお店に向かった。目指すは路地裏にある、こじんまりした焼肉屋だ。さて、上手く雇ってもらえればいいのだけど。
「おう、バイト希望の子か。週に何日ぐらい出られる?」
店ののれんを潜り、扉を開けた瞬間、いきなり店長とおぼしき人から声をかけられた。まだ開店前なのに、もうねじり鉢巻にはっぴを着ている。
やる気マンマンだな…この人…。
「え、えと、たぶん週に4日…いや、3日ぐらいは入れると思います」
「そうか。よし! 採用!!」
は・・・早っ!!
「今入ってるバイトが今月で辞めちまうんだ。だからあんたはその代わりだな。研修も含めて、さっそく来週から来てもらえるかい?」
「あ、はい。分かりました」
「履歴書も見せてもらったけど、飲食関係は初めてじゃないんだろ? 期待してるからな! わっはっはっは!」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします……」
…なんか拍子抜けするぐらい、あっけなく決まってしまった。でもこれでまた家計を助けられると思うと、ほんの少しホッとも出来た。
店長さんも悪い人じゃなさそうだし、あとは店が潰れないのを祈るばかりだな…。
「…じゃあ来週の月曜日…26日からよろしく頼むよ」
「はい。それでは失礼します」
よしよし。これでひとつ片付いた。のれんをくぐり、通りに戻った僕はさっきの本屋に足を向けた。予想以上に早く終わったけれど、さて絵依子のやつはどうかな…。