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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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10月19日

-10/19-



「絵依子っ! そっちだ!」

「…わかってるっ…! つありゃあっっ!!」


 ザシュ・・・・・・・・・ッッ!



「がォおアアあアああーーーーーッッ!!」

「ふぅ……今日もなんとかやっつけられたな…」

「うんっ! 絶好調だね!」


 今日も怪物を見事に消滅させ、ふわりと僕のそばに降り立った絵依子が、見るからに得意満面、という表情を浮かべていた


 …僕が絵依子のもう一つの姿を見、そしてまったく知らなかった世界に足を踏み入れてから、4日ほどが経った。そして二人で一緒に怪物狩りをするようになって今日が2回目だ。

 最初はやっぱり心配だったけど、2回目ともなれば僕もだいぶ落ち着いて見ていられるようになったし、いろんなことも分かってきた。



「おまえね…調子ノリ過ぎ」

「ぶー! だってホントの事じゃん。あーんな連中、今のわたしたちだったら、いっくらでも倒せるよ!」

「…はぁ。油断大敵って言葉、知らないのか?」

「でもでも! どんなヤツでも負ける気しないもん!」

「ホントに調子に乗ってるな…おまえ……」


 そうは言いながらも、確かに絵依子の動きはキレっキレで、僕の目から見ても今日の戦いはまったく危なげなかった。前回よりも完璧に、怪物を完封していた。

 …以前戦った時もそうだったけど、怪物は基本的にあまり複雑な動きはしてこない。スピードは速いけれど単調で直線的だし、頭もそんなによくないらしい。だから僕の編み出したカウンター戦法を伝授してやったとたん、面白いほどあっけなく怪物は絵依子にやられていった。なので

調子に乗るのも解らなくはないのだけど……。


 …まったく、始まりのあの日から、まだたったの4、5日しか経っていないはずなのに、普通の生活をしていた時のことが、まるで遠い昔のようにも感じられる。



「あ、そうだ。これ消えちゃったから、また描いておいてね」

 などと感傷にひたっていると、絵依子がすっ、と僕に真っ白なカードを差し出してきた。これは正直、僕も絵依子もあの時には予想も想像もしていなかった事だった。


 もともと絵依子が使っていたカードの絵…父さんの絵は、使う度に色が薄まっていったけれど、少なくとも10回以上は使わないと完全に消えたりはしないという話だったのに、不思議と僕が描いた絵は、たったの一度か二度で完全に絵が消えてしまうのだ。

 白紙じゃなく、薄っすらとは言え、まだ絵が残ってあったカードに僕が無理やり上から描いたせいじゃないか、と絵依子は言っていた。


 ……なんだか理不尽な気もするが、よくよく考えてみれば何が起きたって不思議じゃない。そもそも変身だの何だのと言う時点で「常識」なんか当てになんかならないのだから…。


「……了解。これって何が描いてあったっけ?」

「んー、かっこいい剣が描いてあったよ」

「よっし、じゃあ次はでっかい槍の絵でも描いてみるかな。見るからに強そうな感じの」


 受け取ったカードを目の前にひらひらさせながら、だいたいのイメージを掴むと、僕はバッグからミリペンとコミックマーカーを取り出した。

 

「よし、じゃあやるか!」

 気合を入れてさっそくカードにペンを走らせ始めたとたん、びっくりした顔で絵依子が覗き込んできた。

「え!? ここで描くの?」

「まだ戦うつもりなんだろ? だったら白紙のカードはなるべくゼロにしておいた方がいいだろ?」

「それは…そうだけど……」


 不安げな表情の絵依子の言いたいことは想像できる。つまり『こんなとこでテキトーに描いたような落書きで、ちゃんとカードとして使える絵になるのか』、という所だろう。

 だがしかし。


「……え…?!」

「ふっふっ。僕を見くびってもらっちゃ困るな」


 あれから僕は持てる時間の全てを費やして、絵のリハビリに努めた。もちろん今日の授業中もだ。

 その甲斐あって、今の僕の画力は半年前の全盛期か、あるいはそれ以上だと自負できるほどである。槍や剣の絵ぐらいなら、30分以内でバッチリ完璧に仕上げてみせようぞ。


 はっきり言って一回や二回で絵が消えるというのは、絵依子にとってはマイナス、デメリットでしかないだろう。いくら威力が上がっても「戦力」という観点からしたら微妙なところだ。でも逆に考えれば、こんな風に僕が絵依子のそばにいる限り、カードがなくなる心配は無い、ということでもある。


 絵依子がどういうつもりであの時「一緒に戦う」と言ったのかは分からないけれど、結果的にそれは僕にとっては、この上ない形で叶ったと言える。



「ふぇぇぇぇ……すっごい……。お兄ちゃんってやっぱり器用だよね…。よくこんなとこでそんなに描けるなぁ…」

「…センスと経験。そしてイメージ力の問題かな。…後は経済的な面もある」

「ふ、ふぇ? ど、どーいう事?」

 さらさらと描き進める僕に、絵依子がぽかんとした声を上げた。


「…このマーカーって、一本400円近くするんだぞ。僕の財力じゃ、もったいなくて描き損じなんか出来ないって」

「あはは…なるほど……! お兄ちゃんの絵はうちの貧乏に鍛えられたんだね~」


 絵依子が納得したようにけらけらと笑う。まったく、このマーカーは使い勝手は最高だけど、値段がバカ高いのだけが欠点だ。かと言って安い類似品は、発色が悪かったり欲しい色が無かったりで、どうもイマイチなのである。


 …1本100円ぐらいにならないかなぁ…。



 などと我ながら情けなくも愚痴めいた事を考えながら、僕はマーカーのキャップをポンっと取った。常に一発描き、と言うのはけっこう神経を使うけれど、逆に余計な小技を効かせる事も出来ないので、うまくハマればものすごく決まった絵が描ける。これが結構気持ちいいのだ。

 街灯の薄暗い光を頼りにさらさらとカードにマーカーを走らせていると、まったく不謹慎ながら、僕はこの作業がちょっと楽しい、とさえ思うようになっていた。


 シュッ・・・


 シュッ・・・・・・



 まだ10月とは言え、さすがに夜は結構冷える。ひゅう、と冷たい夜風にさらされると、またあの日のことを否応なく思い出してしまう。


「…こうやって描いてると、あの時のことを思い出すなぁ…」

「最初にわたしがお兄ちゃんの絵で戦った時のこと? あの時はホントに死ぬかと思ったよぉ」

「…おまえがすぐに僕の言うことを聞いてくれてたら、あんなギリギリまで追い詰められることはなかったんだけどな…」

「だって知らなかったし! お兄ちゃんこそ、引けーー!って言うだけじゃなくてちゃんと説明してくれてたら、わたしだってすぐに引いたのに!」


「あ…まぁそれは僕もだいぶテンパってたし……」

 まったく、あの時のことを思い出すと、今も本当に冷や汗が出る。はっきり言えば絵依子が無事だったのは、ほとんど奇跡みたいなものだ。


 …だから本音を言えば、実は今も絵依子が戦うことに、僕は諸手を挙げて賛成、というわけではない。

 でも、反対したってこのバカは勝手に黙って行くだけだろう。

 だから僕は、こうやって一緒に戦いに行けることに…密かに感謝していた。





「…ところでどうだ? まだあいつらの気配はありそうか?」

「……うーん…、今のところは…特に感じないかな」

「そっか。なら、もう少し待ってみて、何も無かったら今日は帰ろう」

「そう…だね。うん…」


 このままずっと粘り続けていても、ヤツらが現れるとは限らない、というのは絵依子自身が前に僕に教えてくれた事だ。少しだけ不満そうな顔をしながらも、僕の意見に絵依子もうなずいた。



 さらさらさら。さらさらさら……。



 だいたい大まかな部分を描き終えた僕は、画材をバッグに仕舞いながら立ち上がった。

「…よっし。じゃあそろそろ帰ろう。その前にどっかで何か食べてこっか。駅前のラーメンかマッグぐらいが予算の限界だけどさ」


「え! じゃあ牛丼! こーんな寒い夜は、アっツアツの牛丼に限るよね~!」

「…それを言うなら、普通はアツアツのラーメンだろ…」

「いいの! ラーメンもいいけど、やっぱ牛丼だよ! ほらほら! グズグズしない!」


「ま、待てバカ! その格好のまま行く気か?!」

 ……言うが早いか、変身も解かずに通りに飛び出そうとした絵依子の凄まじい現金さに、僕はため息をつくしかなかった…。

 がちゃり。



「…ただいま…」

「たっだいまーー!」


 …怪物退治の夜の旅からようやく帰宅した僕たちは、一応そう言いながら玄関の扉を静かに開け、電気をつけた。今日も母さんは夜勤なので、家には誰も居ないのだけど。


「ふゎああぁああ……、もう2時かぁ…。……そろそろ寝ないと明日も辛いぞぉ…」

 家に着くなり気が緩んだのか、思わず大きなあくびが出た。

 そんな僕に比べて、不思議と絵依子は元気いっぱいだ。むしろ遅くなればなるほど元気になっているようにさえ見える。しかもこんな夜中だっていうのに、牛丼大盛りをぺろりと平らげるなんて、タフというかバカというか…。


「お風呂沸いたよー。お先にどうぞ、お兄ちゃん」

「…んん…、わかった」

 …テーブルに突っ伏しかけていた僕は、その妙に元気な絵依子の声に起こされ、仕方なくのろのろと風呂場に向かった。


「ふぅぅ……」


 ぱぱっと服をカゴに放り込み、かけ湯もそこそこに僕はざぶんと一気に湯船に飛び込んだ。気持ちぬるめのお湯が、疲れた身体にじんわり染み込むようで、たまらなく心地良い。


「お湯加減はどぅ? お兄ちゃん」


 ぱしゃぱしゃと湯船のお湯で顔を洗っていると、戸の向こうから絵依子の声が聞こえてきた。すりガラスに浮かぶシルエットに、適当に相槌を打つ。


「あぁ…うん。ちょっとぬるいけど、いいよ」

「ちゃーーんと温まって出なくちゃダメだよー」

 ばさばさと服を洗濯機に放り込みながら、絵依子がガラス越しにくすくすと笑うのが見えた。


「わたし、熱っつーいのがいいんだから、出る時ガンガンに熱くしておいてよー!」

 などと言い残して、ガラスの向こうのシルエットは、やがて小さく薄く消えていった。


「ふぅ……それにしても……」


 湯船に首まで浸かりながら、今日の、そして…ここ数日にあった出来事を、僕はまたぼんやりと思い返した。


 あの日から数えて、さっきので二度目、いや三度目の戦いだった。

 最初はあまりに異常なこの事態を、とうてい現実のものであるとは信じられなかったものの、慣れと言うのは実に恐ろしい。

 …僕は今、このことをあまり異常だとは感じなくなっていた。


 ……街に潜む怪異、怪物の存在。そしてそれと戦うものの存在……。


 マンガやゲームの中だけのお話だと思っていた世界に、まさか自分が関わるハメになるとは、つい4日前には想像もしていなかった事だ。

 そしてこの2,3日で、いろいろなことも分かってきた。特に絵依子が使う『オービス』についても。


 …まず、オービスとやらで『錬装』するには、カードが12枚、全部そろっていなければいけない。ということだ。全部のカードをオービスの本体…デッキに入れた状態でないと、錬装はできないらしい。

 そして錬装すると、身体能力がバツグンに上がる。100メートル走ならたぶん5秒を切り、3メートルぐらいは垂直にジャンプもできるようになる。要するに錬装するだけで、普通の人の2~3倍は強くなる訳だ


 カードは別に白紙でも、描きかけでもいいらしい。そろってさえいれば錬装はできる。ただしそのカードで武器化…『錬兵装』はできない。

 デッキに収められたカードは錬装する時のバーを逆に押すと出てくる。それを『見る』ことで、絵依子は錬兵装できるのだという。


 ただ、どういう仕組みなのか、出てくる順番は完全にランダムらしい。自分が戦いやすい、あるいは相手の戦い方に合わせた順番であらかじめカードを並べてデッキに入れても、出てくる時はそうはならないのだとか。

 …誰が作ったのか知らないけど、なんともイヤらしい仕様だ。


 次に『錬兵装』には時間制限、あるいは回数制限、そしてその両方があるみたいだ。

 あの学校の屋上での戦いで、グラウンドに叩きつけられる寸前だった絵依子を救ったのは「天使」を描いたカードだったけれど、あれは使ってすぐに消えてしまった。逆に剣とかの武器は長時間持つ。ただし相手にダメージを与えたり、ガードして武器化した部分にダメージを受けると効果時間は減るらしい。


 他にもまだ僕たちが知らないだけで、隠れた機能や特性なんかもあるのかもしれないが、その辺はおいおいに分かってくるだろう。

 ただ、怪物の正体や、このオービスとはそもそも一体何なのか、誰が何のために作ったのか、まだ分からないこともたくさんある。でも当面のところはそんなことより、怪物と戦うためにどうオービスを使いこなすかだけが重要だろう。オービスの機能や特性を100%把握できれば、この先の絵依子の戦いもきっと楽になるはずなのだから。


 僕の頭にあの時の光景が蘇る。あんなギリギリの戦いなんか、二度とあってはいけない。万が一にも、あの時のようなことは繰り返してはならない。苦戦や接戦なんか、あってはいけないのだ。でないといつか……取り返しのつかない事態になる。そんな予感がするのだ。


「そうだ…どんなヤツが相手でも、楽勝できるようにしないと…」

 口元まで湯に浸かりながら。思わず僕はそう独りごちた。


 …それにしても、あの始まりの日に感じたのと同じく、怪物と戦ってる時の絵依子は、まるで人が違うみたいに表情も雰囲気も鋭い。でも、戦いが終わればいつも通りの絵依子に戻る。そのギャップにも初めのうちは驚いたけれど、今ではもうすっかり慣れた。

 もっとも僕がこの事を知るずっと以前から、絵依子はこんな生活を続けていたんだから、考えてみればそれも当たり前の話だ。



 …絵依子は何も変わっていない。

 …これまでも、これからも。


 …そんな事は考えるまでもないはずだ。


「……暑…。少しのぼせたかな……」

 絵依子の言うとおりにして、やや熱めにしたお湯に浸かりすぎたらしい。少し頭がボーっとする。

 疲れと、何か言葉にならない、訳の判らないモヤモヤが頭をぐるぐると回って、なんとも言えない気分になってきた。


「そろそろ出よ…」

 ぼんやりと独りごちながら、僕は立ち上がって風呂場を後にした。




「絵依子ー。上がったよー」

 ダイニングでぱらぱらと雑誌を読んでいた絵依子にいちおう声を掛け、僕はそのまま寝室の和室に向かった。


「じゃあ僕は先に寝るから。火の元とか後よろしくな」

「うん。おやすみ。お兄ちゃん」

 とてとてと風呂場に向かう妹を見送り、僕は和室の襖を開け、布団を敷いて寝る準備を始めた。


 僕の分と絵依子の分。そして帰って来たらすぐ寝られるようにと、母さんの分もついでに適当に広げて、さっそく僕はそれに潜り込んだ。

 暖かい布団に包まれていると、お風呂場から聞こえてくるシャワーの音が、だんだんと小さく、遠ざかっていく。




やがて…意識がだんだんと途切れ……、急にぷっつりと…何も聞こえなくなった…。


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