エーオースってだれよ
前略、アレクサンドロス様
朝目覚めると 隣にイケメンの外国人が寝ていました。
起こしてみたら謎の言葉を発しました。
こわいです。
斯くして、富めるものにも貧しきものにも
健やかなるものにも病めるものにも平等に朝はやってきた。
..いや嘘だ。なんだこの状況は、カオス過ぎる。
ダークブラウンっぽい癖っ毛のヨーロピアン系の男の子が
私のことを“エーオース”とか呼びながら右手をがっしりホールドしてくるので
もうかれこれ20分くらいベッドに立て膝したまま動けずにいるんだけど
そろそろ支度しないと不味い。..1限課題提出だし。
「と、とりあえず朝ご飯たべない?あー、ぶれっくふぁーすと ね。」
こういう時どうして英文科にいるのにこんな頭回んないんだっていうくらい
英語が出てこない。..何故だ、大学のゼミとかいつもガッツリ議論してるのに。
「神々の朝餉とは興味深い。エーオースよ、汝の心のままに。」
...汝! 汝って言ったよこの人。
賢そうな顔してるもんな。私ももうちょっと外国語頑張らなきゃ
フラ語とか前期単位ギリギリだったし。うん。
じゃなくて 神々? エーオース? ...って誰
「と、取りあえず作ってくるね」
いよいよ頭の中がキャパオーバーになりそうだったので
逃げるようにしてキッチンに来たのは良いものの、どうしたものか
冷蔵庫から卵と牛乳を取り出しながら、ふと考える。
嫁入り前の娘が見ず知らずの男性を家にあげるとかどうなんだ。
そういえば名前聞くの忘れてた。
「アッつ!」
ぼんやりしていたらフライパンのふちに指を当ててしまった。
水道水で冷やしてから、無意識に作っていたオムレツをお皿によそう。
昨日の残りのみそ汁とパンをつけて。所要時間7分。まあ、こんなもんでしょ。
「ふむ、良い匂いだ。」
いつのまにかキッチンに移動していた例のイケメン君は、
私がテーブルに料理を置くなり手をつけようとしてくる。
「ちょっと待った。いただきますしてからね。」
嗜めるようにそう言うと、彼は不思議そうに目を丸くしてこちらを見る。
「なんだ、その“いただきます”とは」
「日本では食べる前に”いただきます”を言うのよ。
食材やそれを作ってくれた人へ感謝の気持ちを述べるの。」
「”ニホン”だと?」
「そうよ、あなた日本語喋っているじゃない?」
「何を言う。私も汝もコイネーを話しているではないか」
コイネー?
純潔日本人であるこの私が?
こんな朝っぱらから?
確かに私は超がつく程アレクサンドロス大王ヲタだし、ギリシャ文明大好き人間だが
流石に古代ギリシャの共通語を日常的に使うような真似はしていない。
いや、するべきなのかもしれないが。
というより、この人だってどうしてコイネーなんて急に言い出すのだろう。
この人も もしかしたら..
「あー、もしかしてギリシャ文明とか好きなの?服装も凄い凝ってるね。」
もしかしたらギリシャオタクなのかもしれない。
なにしろヒマティオンみたいに純白の布をなんとも緩やかな感じで着ていて、
肩には美しい装飾のある留め具が見える。
「ギリシャの文明だと?ははっ、面白いことを言う。
そうだな。私は愛して止まないのだ。だから心に決めた、ギリシャを一つに
そして世界一の国にしてみせると。」
そう語る彼の瞳は爛々と輝いて、もの凄い熱量を放っていた。