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この小さな箱庭の中で

オリアスの銀の華

作者: 猫柳

世界で一番美しい人。


梳くほどに艶を増す月光紬の銀の髪。ぱっと染まった桃のような頬。瞳に映すのは優しい夕焼けの景色。

貴方の笑顔はまるで太陽。貴方の涙は水晶の欠片。あかぎれの出来た暖かな手のぬくもりは私の希望。


世界で一番美しい、私の友人。後ろ手に縄をかけられ、冷たき刃の前に立たされてもなお、貴方は気高く美しい。


◇◆◇◆◇



私と彼女は、物心ついたころからずっと一緒に育った。粗野で男女と周りに呆れられた私と、知的で落ち着きのある彼女。私たちは正反対で、だからこそ居心地が良かった。

私達が生まれた時代、私達の住む国の王が死んだ。王には正妃と側室が一人づつおり、側室には丁度成人したばかりの息子が一人いた。一方正妃には赤子がいたとかいないとか、とにかくまともに育った世継ぎはおらず。側室の息子である王子は、正妃を城から追い出して国王になった、らしい。

農民である私たちに詳しいことなんて分からなかった。分かるのはそのせいで国が混乱して、私達はいつもすきっ腹を抱え、毎日重い体を引きずりながら生きることになったということだ。

唯一の救いは、私達の母がとても博識な女性だったということだろうか。昔王宮で侍女として働いていたという彼女は、読み書きや簡単な計算をすることが出来る実に貴重な人材だった。おかげで母は領主様のところで雇っていただくことが出来、私と彼女も毎晩母から読み書きを習った。7歳を超えた頃からだったか、私達はよく近所の子供たち相手に青空教室を開くようになった。誰かに教えることが出来ること秀でているものが一つでもあるということは、私達にとって誇りだった。

大人達は荒んだ国の内情を反映するように皆暗い顔をしており自分達のことで手いっぱいであったから、村の子供達にとっての母親代わりは彼女だった。彼女は非常に面倒見が良かったから、同年代の少年達からも人気だった。私は彼らを追い払う役割をしていた。彼女に近づく奴らを木の棒片手に追いかけ回すたびに、彼女は苦笑していた。偶に彼女が泣かされることもあったが、そんなことをしたやつは私が三倍泣かせてやった。

私達はいつも一緒だった。一緒にいることが当たり前だった。だからこれからもそうだと思っていた。


私達が育つにつれて国が荒れていかなければ。政権を奪った王子がもっと有能であったならば。

きっと彼らは、私達の前に現れなかっただろう。


ある日、馬に乗った男たちが村にやってきた。男達は母のもとを訪れ、私達を締め出して母と長い間何かを話していた。日が暮れてきた頃、家から出てきた母は、彼女の手を取った。

その時見た彼女の表情は、私が人生で初めて見るものだった。悟りきったようにまっすぐに前を見据えるその顔は、ほんの数秒で数年の時間を飛び越して彼女が大人になってしまったようだった。

彼女は私に笑いかけてから、なんの躊躇いもなく男達の手を取った。私はあわてて彼女を止めようとした。嫌な予感に全身が痺れるように強張っていた。男達にとびかかり、離れていく彼女の手を掴もうとした。


『無礼者が!!』


男達に振り払われ、鋭い声が叩きつけられた。

『この方は国王陛下とエリザベート妃様の血を引く、この国の正統なる後継者であられる』


彼女はもう振り返らなかった。ぴんと背筋を張り、銀の髪をたなびかせ、男達に連れられて消えていった。


その三ヶ月後。王妃の忘れ形見を掲げた反乱軍が挙兵。国王の圧政を覆すため、新たな戦が始まる。半年ほど続いた戦は、旗頭であった銀髪の少女が捕縛されたことによって幕を閉じた。



◇◆◇◆◇



処刑は王都で行われた。私が昔三倍泣かせてやった村長の息子が、必死に金を工面して私を王都まで引きずって行ってくれた。私は彼の十倍泣いた。私の涙を止めてくれる彼女がいないから、私は涙の止め方が分からなかった。

多くの観衆と多くの兵士に囲まれた広場に、彼女は乱暴に引きずり出された。一年ぶりに見る彼女の姿は、一年前よりやつれ、今にも空気に溶けて消えてしまいそうな儚さがあった。

けれど、処刑人の前に立たされた彼女の瞳は、未だ澄んだ輝きを宿していた。


『遺言はあるか、小娘』


国王の下卑た声に、彼女は軽く目を伏せた後、その小さな体から出たとは思えないほど澄んだ響き渡る声で、呼びかけた。


『王よ、人々は私を希望の銀の華と呼びましたが、私は先触れの華にすぎません。私が枯れた後も、この国には希望という名の実が残るでしょう。そしてその実はいずれ再び華を咲かせます。その華は、私のような紛い物とは違います。

人々よ、その心に刻んでいてください。私は偽物です。本当の王女は、今もまだこの国にいます。本当の希望の華は、この先必ず咲き誇る。だから諦めないで。私の撒いた希望の種を、どうぞ腐らせないで。

信じれば、必ずこの国は変わります』


『――――戯言をッ!!殺せ!さっさとこの娘を殺してしまえ!!』


逆上し顔を真っ赤に染め上げた国王を見据え、彼女は笑った。全てをやり遂げた、咲き誇る大輪の笑顔を浮かべたまま。


オリアスに咲いた銀の華は、暴虐の刃の前にその花弁を散らせた。



◇◆◇◆◇


世界で一番美しい人。


全てを背負って人生の大舞台を舞った、世紀の大女優。その振る舞いは多くの人々を奮い立たせ、その言葉は多くの人々を救った。そしてその命を散らすその瞬間まで、人々を慰め続けた大輪の花。


「ディル、準備はできてる?」

「うっせぇ。いちいち訊くんじゃねぇよ」

まったく一時期は散々べそかいてたくせに立ち直ったとたんこれだからなー……とぼやくでくのぼうの背中を容赦なく蹴り飛ばす。一々うるさいからいつかこいつはまた泣かす。心にそう刻んでから、私は腰に刷いた剣を直す。


女らしさのない肉刺だらけの固い手。軍服に身を包み、重い外套を風にはためかせる私は、彼女とはやはり正反対だ。華と呼ぶにはあまりにも華やかさに欠ける。


それでも私は、貴方の残したもう一輪の希望の華であることができるのだろうか。


私は顔を上げる。見据えた先にはあの日と何一つ変わることのない栄華を極めた王都がある。けれど私たちの背後には、ぐるりと王都を包囲するように銀の華の紋章が刻み込まれた旗が掲げられる。


彼女にも、この景色が見えるだろうか。これが貴方の育てた希望だ。

私はただ、貴方の後を引き継ぐだけ。


「全軍、進撃――――ッ!!」


――――平和へ向けた最後の戦いが、今、始まる。

サークルの作品制作合宿で久しぶりに短編書きました。三時間クオリティです。

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[一言] よかったです。 続きが読みたいです。
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