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居場所なき者たち

 人と魔族とエルフとドラゴン、その他諸々の種族が渾然一体となってひしめく世界。アングラガルド。

 そのアングラガルドで魔王が勇者に倒された。

 ノヴァ・トゥリーズ・ベルウッド(以下略)は圧倒的ともいえる勇者の無双から現代日本へと逃げてきた魔族界の第一王子である。

 濡羽色ぬればいろの長髪と漆黒の瞳を持つ王子は信長のぶながと名を変えて、御付きの少年蘭丸らんまるを伴い『勇者のいない世界』で世界征服を目指すことに決める。


 とにかく衣食住の確保が最優先だった。

 信長は蘭丸が見つけてきた市内のワンルームマンションを取り敢えずの拠点として生活を始めることとなった。

「それにしても……これでは落ち着いて食事も出来ぬな」

 信長はパンの耳を齧りながら飛んでくる食器類を器用に避けていた。

 蘭丸も飛んできたフォークを紙一重でかわす。

 殺風景な部屋の中を飛び回っているのは蘭丸が百均で買い揃えた食器の数々だ。

 入居してからずっとこの有り様が続いている。

 昨夜は眠ることさえ出来なかった。

「前の住人が自殺したとは聞いていましたが、心霊現象まで起こるなんて聞いていませんでした」

 蘭丸が見つけてきた部屋は家賃が二万の破格物件。

 ワケありだとは思ったが、ここまで酷いとは想像の外である。

 まともに生活することさえもままならないのだから破格なわけだ。

「心霊とはなんだ? 」

「アングラガルドで言うところのゴーストみたいなものですね」

「するとこれは仕様ではなく、モンスターの仕業であったのか」

「王子はこの状況を仕様だと思っていたのですか? 」

「うむ。日本の住居は変わっているなと思っておった」

 信長が飛んでくる皿を避けながら続ける。

「こうして普段から投石や矢を避ける訓練をするものなのかと思っておったわ」

「これは私たちに出て行けとゴーストが嫌がらせをしているだけで訓練でも何でもありません」

 蘭丸が一度も使用されること無く割れた食器のいくつかを見てため息をつく。

「情けないぞ蘭丸。この程度で参っていては世界征服など夢のまた夢。それにコレはコレでなかなか面白――」

 ゴンと鈍い音がした。

 蘭丸が音の発生源へと顔を向けると信長の後頭部に当たったマグカップが床に転がったところだった。

「王子、大丈夫ですか? 」

「蘭丸……」

「はい」

「嫌がらせという行為はこの世でもっとも卑怯で卑劣で卑しい行為の一つだと思わぬか? 」

 信長の声が怒りに震えている。

「王子の仰る通りでございます」

「先に言っておくが避けそこなったのが悔しいとか結構痛かったとか、そういうわけでは全く無いぞ」

 やがては体も震えだした。

「王子がそんな些細なことを気にする性格でないことは、この蘭丸が誰よりも理解しております」

「……………………」

 ついには部屋の空気までもが震えているようだ。

 信長の沈黙に蘭丸が両手で耳を塞ぐ。

「イッテェな! コノヤロー! 」

 空気が破裂したような音とともに衝撃が部屋全体に満ち渡っていく。

 一斉に窓ガラスが割れて、電球が破裂した。

 信長の感情の爆発に伴って魔力が僅かに漏れたのだ。

 飛び回っていた食器類が、まるで糸が切れたように重力に従って床に落ちる。

「やはり痛かったのですか? 」

「痛くねぇよ! 」

 涙目で怒鳴る。おくれを取ったのも悔しかったのだろう。

「静かになりましたね」

「ゴースト風情が調子に乗るからだ」

 部屋は今までの騒乱が嘘のように静かになった。

 床にはさっきまで飛びまわっていた食器類の破片が散らばっている。

 騒ぎの張本人である幽霊は信長の魔力の波動に触れて消滅してしまったのかもしれない。

「ともかくこれで大事な話しを王子に伝えることができます」

「重要な用件か? 」

 後頭部に手を当てながら聞く。

 まだ少し不機嫌だ。

「王子には明日、学校の編入試験を受けて頂きます」

「学校だと? 」

 信長の声に少し興味の明かりが混じる。

 家庭教師に学んだ信長は魔族達が通う魔術学校というものに憧れを持っていたのだ。

「王子の外見だと高校生が自然ですね」

「それは構わんが、何故学校へ行かねばならぬのだ? 」

「それは学校という場所が社会の縮図だからです」

 蘭丸が話しを続ける。

「王子はまだ日本に来て日に間がありません。こちらの世界のこと、世の中のことを知るのには学校へ行くのが手っ取り早いと愚考しました」

「なるほど話しは分かったが、余がこちらの世界の試験に首尾しゅびよく通るであろうか……」

 編入試験がアングラガルドのものとはまったく違うだろうことは簡単に想像がつく。

 マトモに試験を受ければ、信長が受かるはずはない。

「だから私も試験を受けて同じ学校へ通います」

 蘭丸はアングラガルドへ呼ばれるまでは日本で高校生していたのだ。

「明日の試験は私と同じ答えを書いてください」

 魔力を使えば簡単なことだった。

 信長が日本語を話したり読んだり出来るのも、魔力を使って蘭丸の言語中枢に介入しているからだ。

 試験中に視神経を共有することも充分可能だった。

「カンニングというわけか」

「御心に思うところはあるでしょうが、試験に落ちては元も子もありませんから」

「しかし二人の間違いが全て同じ箇所というのは怪しまれぬかな」

「全教科満点を取ればよいだけのことでございます」

 難しいことを簡単に言うと、蘭丸は食器類と電球を買いに外へ出て行った。


 深夜。

 信長は異質な気配を感じて目を覚ました。

 部屋の隅に少女がうずくまっている。

 年齢は十六から十七、ちょうど蘭丸と同じくらいの年齢だ。

 信長は長い足で眠っている蘭丸を跨ぐと、少女の傍へと寄った。

「昼間は怒鳴ってすまなかった」

 何が悲しいのか。何が悔しいのか。少女はただ、ただ泣いている。

 手首には痛々しい刃傷、首には縄の跡。

 自殺した前の住人は年端としはもない少女だった。

「余程辛いことがあったのだろうな。余も辛いことがあった。言の葉には乗せぬがな」

 信長は無意識に蘭丸のほうを見た。

 彼がいなければ信長は勇者の剣にかかって死んでいただろう。

「余で良ければ話しくらいは聞くぞ」

 それでも少女はハラハラと泣くばかりで何も話さない。

 話せないのかもしれない。

 少女からは音の全てが聞こえてこないのだ。

 視覚に訴えるだけの存在。

「そういえば此処はお主の居場所なのだったな」

 涙で濡れた瞳が信長に向く。

「お主から見れば余は居場所を奪いに来た侵入者というわけだ」

 信長が苦笑する。濡羽色の前髪が顔にかかって表情を隠した。

 昼間の騒ぎは少女の精一杯の抵抗だったのだ。

「しかし許せ。余には他に行く当てが無いのだ」

 出て行くわけにはいかぬと断る。

「その代わりというのも変だが、お主に出て行けとも言わぬ。居場所を此処に求める者同士、お互い認め合っていくのも一興いっきょうだと思うがどうか? 」

 いつの間にか少女の瞳から涙が消えていた。

 寂しげに微笑んだ後、その姿が消える。

「すまぬな。余は僧侶プリーストではないゆえ、お主に安楽というものを与えてやることが出来ぬ」

 信長は蘭丸が起きるまでの間、命の恩人の顔をずっと見守っていた。

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