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報われない系のお話になります。
納得された方のみどうぞ。
瞼を振るわせ、ようやく開いた瞳は力なく空をとらえていた。
その視線がのろのろと彷徨い、すぐ隣に座っていた男にたどり着くと、瞳に僅かながら光が灯り、眦が少し下がった。
たったそれだけの事で、必要以上に肉が削げ落ち、痛々しいほどに陰りを滲ませた女性の表情に生気があるのだと実感させる変化が起きた。
かさついた唇が動いて形を作るが、声は紡がれなかった。
代わりに出た小さな咳の後、男は医療や介護の場で使われる吸い飲みの吸い口を彼女の口元へとあてがった。そうしてもたらされた水分でのどを潤す彼女に対し、男は喉を鳴らす動作さえ見逃すものかとばかりに視線を彼女へと固定している。
やがて水分補給を終えた彼女が身じろぎすると、男は心得たとばかりに彼女へと近づいて、その体を抱き起した。
そうすると身体に掛けられていた毛布が、起き上がったせいで彼女の腰元まで落ちた。
身長に合わせた、幅を持て余す半袖の衣服が毛布が落ちたせいで姿を現す。
『健康的』を軽く通り越し、病的に見える浮き彫りな骨は、これもまた生きられるのかと客観的に不安を抱かずにはいられない程に細い。
そして布地を持て余して露わになる肌には、光沢の失せたツユクサ色のうろこがまだらに生えていた。
うなじ、肩甲骨、腕と、肌が見える部分に広がるうろこを見て、彼女は自嘲地味にため息をこぼした。
「リィン」
男がそう告げると、彼女はこれまでの緩慢な動作から一転して、忙しなく首を横に振った。いやいや、と子供がむずかるように、彼女は首を横に振り続ける。
「………レフ」
次に男がそういうと、彼女は首を振るのを止めた。
痛みをこらえるような表情の男に気付き、彼女の表情は憂う。
「ご…んね………………」
のどを潤しても喋るのは難しいらしかった。殆ど声にはならかったが、確かに動いた唇の形を読んで、男は痛さを残したまま、笑う。
男の目じりに涙が浮かんだのに気付いた彼女は、声にはならなかったものの、もう一度繰り返して、瞼を閉じた。
―――この日、男はたった一人だった大切な人を失った。