魔銃の独り言
そこは石壁に囲われた地下ダンジョンである。
遙か遠い時代の先人の技術で作り上げられた人工の地下都市は、住む住人がモンスター達に変わっても健在であり続けていた。
モンスターの巣くう危険な地下都市。ここを訪れる人々は冒険者と呼ばれる自ら危険に飛び込む人々ぐらいだ。彼らは先人達が遺した財宝を目当てに危険な場所へと分け入り、モンスター達と戦いながらも財宝を見つけ出し、あるいは果たせず骸となってダンジョンに飲み込まれていく。
地下都市は変化に乏しいため時間の経過があいまいな中、変化が現れた。暗いダンジョンの通路に明かりが出現する。ただしこの明かりは他の冒険者に見られるような松明やランプの明かりではないし、魔法による明かりとも異なっている。こうこうと明るく、強い指向性を持って前方を照らし出している光である。
光源を手に持っているのは一人の冒険者だ。パーティを組んで、チーム行動をするのが一般的な冒険者なのだが、たまにこういう一匹狼みたいな冒険者もいることはいる。
その人物は女性だ。体力勝負な面が多く、サバイバルに戦闘と精神面にも肉体面にも冒険者の社会は男社会になりやすい。だが、これも魔法や才覚次第では幾らでも克服できるので女性冒険者も取り立てて珍しい訳ではない。
軽快な動きに重きを置いている彼女は、簡素な革鎧に身を固め、腰には短剣に道具を入れるポーチ、背中には行動に必要な様々な物を入れた背嚢が背負われている。
金色の鮮やかな髪は邪魔にならない程度に伸ばされて、バンダナでまとめられている。サファイアを思わせる瞳は行く先を油断無く見据える。彼女の容貌は荒事が多い冒険者とは思えないほど整っており、街にいれば振り返る者も多いことだろう。同時に彼女の笹穂型の耳を見てその美貌の理由を納得するのだ。
森において狩りと採取で暮らす精霊に親しき種族エルフである。
一匹狼で女性でエルフ。これら要素はどれか一つなら冒険者の中で当てはまる人物は多い。だが、この全てが該当する人物となると西大陸広しと言えども一人しかいなかった。
「なぁ、相棒。そろそろ休んだ方が良いんじゃないか? オレは何ともないけど、そっちは歩き詰めだ」
「何時間歩いたっけ?」
「ざっと二時間か。休憩を入れた方が良い」
「そうですね……うん、休憩にします」
この場には彼女一人しかいない。なのに出てきた声に平然と応じて、手に持った光源を下げて休憩に入る。
まぶしい光が下を向いた事で光源の正体がハッキリとした。
それはエルフとか、魔法とかが平然と跋扈する幻想的で神秘的な世界にあって、違和感が強烈に感じさせる代物だった。
それは一挺の銃だった。
一応この世界においても銃というのは発明されているが、それはまだまだ改良の余地が残る代物で威力でも射程でも魔法にはまだまだ及ばないものだ。
だが、この銃はこの世界の物とは全く異なる。地球で少し銃に詳しい人間がこれを見たらたまげるだろう。それはアメリカ製の散弾銃『レミントンM870』である。ポンプアクションの信頼性ある作動方式のショットガンで、警察や軍隊、民間でも狩猟や護身用にも使われている。
眩しい光を放つものの正体は、この銃に取り付けられているフラッシュライトが放つ光であった。
そして、休憩に入る女性に声が再び掛かる。声の主は他ならない散弾銃からだったりした。
「待った。モンスターが来ている」
「え! 相手は?」
「距離は一〇〇メートル、大きなコウモリだ」
「ええっと、一メートルは二分の一クーオンだから五十か。相手がジャイアントバットなら『バードショット』でいけるよね?」
「おう、弾種はバックショットからバードショットに変更。いつでもいいぜ」
「ん」
モンスターが来襲していると聞きすぐさま戦闘態勢にはいる女性。
応えるレミントン似の何かは、弾倉内部の弾種を超常的な能力で変更する。音もなく内部に込められたダブルオーバック弾が、ダブルビーのバードショットに変わる。
それを察したのか女性はフォアグリップを握り、前後に動かして散弾を装填。ポンプアクションの音がダンジョンにこだまする。
滑らかに銃を構えて立射の姿勢。アクセサリのライトがダンジョンの通路を照らし出す。
ほどなく、大きな羽根音と共に大きなコウモリが姿を現わす。地球で見られるオオコウモリと大きさは変わらないが、凶悪さは桁違いだ。集団で獲物を襲い、血肉を喰らう捕食者であり、ダンジョンを進む冒険者にとっては厄介な相手の一つに数えられる。
光が差す中、十匹以上の集団で現れた彼らは女性をすでに獲物と決めているらしい。一匹が襲いかかると、それを合図に他全てのコウモリが次々と襲いかかってくる。
女性は躊躇いなく引金を引いた。銃口から轟く銃声、銃火、そして無数の散弾。
先頭にいたコウモリが約四・五㎜の散弾を次々と浴びて、肉を裂かれながら地に落ちる。近くを飛んでいた仲間も無傷ではなく、散弾に傷付けられて飛行速度が鈍った。
素早くフォアグリップを前後に。排出されるプラスチックの撃ちガラ。再び発砲。暗い地下に発砲炎の火花が咲く。
弾倉にある六発全てを撃ち尽くした時には、その場に生きたコウモリはいなくなっていた。
「増援とかは来ていないよね?」
「ああ、だけど今の銃声で他のモンスターがよって来るかもしれない。剥ぎ取りするなら手早くな」
「うん」
銃を撃った後に残る硝煙の臭いが通路に立ちこめる中、女性は地に落ちたコウモリに近寄って、短剣を引き抜いた。
倒したモンスターも牙や毛皮などに商品価値があり、冒険者の収入源の一つとなっている。そのためこうして獲物からの剥ぎ取りは冒険者の必須スキルだ。
このコウモリの場合では牙と目に価値があるのだが、強力な散弾銃の威力で何体かのコウモリは剥ぎ取れないほど損傷していた。けれど女性はその事について悔しいとは思っていなかった。
「でも、ジャイアントバットをこんなに短時間で仕留められるなんて一年前だと信じられないよ」
「オレも相棒が一年でこんなに銃器の扱いに慣れるとか思ってなかったぜ」
「ふっふん! これでも森と生き、狩りを生業とするエルフですから。クロスボウとか弓矢とか射撃武器の扱いは得意よ」
「その割に、初めの一ヶ月はポカばっかりだったじゃないか。銃口を覗きこむわ、構えがなっちゃいないわ、散々だった」
「し、仕方ないよ。貴方みたいな銃はこの世界の誰も使った事のないものなんだから」
剥ぎ取りの合間に軽く思い出話に興じるエルフと喋る銃。
この両者が出会ったのは一年前のことだった。
◆
彼は前世というものがあった。意思があるとは言え、物体に『彼』とか性別が使われているのもコレが理由だ。
前世では地球の日本で、ごく普通のサラリーマンをしていた男性だった。ただ趣味が一般からやや外れており、狩猟や射撃などが趣味で、海外に渡って射撃場でハンドガンやマシンガンを撃ちまくることもあった。要するにガンマニアの一種であった。
そんな彼がこんな世界で銃の姿をしているのは、生まれ変わったからになる。
死因についても珍しくはない。若年性の重い病に冒されて、あっというまに容態が急変してポックリと死亡。不幸中の幸いとしては、両親を初めとして親戚はなく、天涯孤独な身の上で悲しむ人間が居ないことと、長い闘病生活に苦しむことなく死ねたところだろうか。
そんな身軽な彼が逝って再び意識を取り戻したら、その身体は一挺の銃となってダンジョンの一画で目を覚ましていた。
この世界には意思がある魔法の武器はかなり存在する。
喋る剣、血を求めて鳴く魔槍、持ち主に幸運を呼ぶ意思ある短剣などなど、魔法がある世界でこういった武器は特殊な能力を備えており、珍しい逸品になる。それでも質を問わなければかなりの数があり、驚くほどのものではなかったりする。
ただ、流石にこの世界広しといえど、前世の記憶を持った現代地球の銃火器は二つとないものだった。
彼の最初の形態はハンドガンからだった。その姿は二十二口径の拳銃弾を撃つ『S&W M17』であった。
さらに驚くことにその姿から彼は自立して動くことができた。まるで透明人間が銃を持っているかのように空中に浮かび、弾を撃つことが出来る。さらにさらに、弾は無制限で各部分の摩耗もほとんどない。
銃好きな彼が銃になってしまった。最初こそ混乱したものの、すぐに彼は喜び勇んで周囲のモンスター達を狩りだしたのだった。
とはいえ、当初は非力な二十二口径の回転式拳銃。この世界の屈強で強大なモンスターをいきなり相手に出来るはずもなかった。
確実に仕留められる獲物に静かに忍び寄り、背後からシリンダー内の全弾を叩き込んで仕留めるやり方が主な戦法だった。もしくは、天井に張り付いて上から不意を打って仕留める方法もとった。一度に使える弾丸はシリンダーの分だけという制限はあるものの、ストックは無限。装填さえすれば幾らでも撃ち続けられる。
その射程と弾数を活かして、彼は根気強くモンスターを狩っていく。それはひとえに強くなるために。
この世界においてはモンスターに分類される彼は、撃ち倒した対象の魂を吸い取ることで成長していくことができる。一度それを知った彼は、ひたすらに高みを目指すようになった。
こうして二十二口径の拳銃は成長していき、弾種のバリエーションを増やし、銃種は強力になっていく。拳銃の他にもライフル、ショットガン、マシンガンと変形できるようになった。
ちょうどその頃の事だ。彼は彼女と出会った。
何の前触れもなくばったりと鉢合わせ。当時はクロスボウを装備していた彼女は、当時大口径の自動拳銃『ウィルディ・サバイバー』だった彼と出くわし、両者とも大いに驚いた。ただし、二人の驚きの理由は全く異なっていたが。
「な、なにこれ!? モ、モンスター、リビングアーム!?」
彼女は見たこともないモンスターと遭遇して、恐怖混じりの驚き。
「おおっ! この世界での第一住人と出会えた!」
彼はずっと会いたかった人間との出会いに喜ぶもの。こちらはむしろ驚きというよりも歓喜の声が正解だ。
「うぇ! 喋った。インテリジェンス系なのか……厄介そうだけど、負けない!」
「ええっ! いきなりデストロイ!? 待って、待とうよ、待って欲しい。話し合おうよ、ねえ!」
出会うなり戦おうとする彼女に、人恋しかった彼は焦り、この後数十分に渡ってダンジョンを舞台にした追いかけっこが始まったのは全くの余談である。
ともあれ、こうして彼女《射手》と彼《銃》は出会った。幾多の物語で描かれる出会いの瞬間だ。ただ、この両者の場合はやや変則的だったのではあるが。
◆
時間軸は再び現在へ。大陸に数多く存在する旧文明の名残、ダンジョンとなったその場所に一人と一挺が潜り三日が経過しようとしていた。
ダンジョンの深部へと足を踏み入れた彼女らの前には強力なモンスターが待ち受けていたが、両者は苦もなく突き進んでいく。
「おい相棒、チェックシックス! 後ろだ」
「時々分からない言葉使うの止めて下さい!」
手の中の相棒に文句を言いながらも彼女の体は素早く淀みなく動く。後ろから迫る気配に対して体ごと振り向き、手に持ったPDW『FN P90』になっていた彼を相手に向け引金を引く。
軽快な銃声が鳴り吐き出された大量の五・七㎜弾が、後ろから襲おうとしたリザードマンロードを穴だらけに仕立て上げた。
並の弓矢では貫通できない頑丈な鱗で体を覆っているリザードマンロードでも、ボディアーマーの貫通を想定した五・七㎜弾が相手では分が悪かったようだ。
「ふぅ……危なかった」
「敵さんも強くなっているし、そろそろ佳境だな」
使った弾を補充するため、一息つくのと同時にマガジンを替える彼女。この一年冒険の中で鍛えてきたため、熟練の兵士さながらの見事な手際だ。
こうして一息入れる間に彼は、周囲の警戒を担当する。このインテリジェンスガンとも言うべき身体になってからというもの、周囲三百六十度が同時に等しく見渡せるレーダーみたいな感覚を獲得していた。だから彼に後ろからの不意打ちといった真似は通用しない。彼女はその恩恵に与っていた。
一見すると彼女ばかりが得をする不健全な関係に見えるだろう。だけど彼は現状に大層満足していた。
「……そう言えば今日で俺達が出会ってちょうど一年だったな」
「言われてみれば、そうですね。貴方のお陰で何か私、有名になっちゃいましたし」
「魔弾の射手、審判の矢を射る者、タイタン殺し、厨二臭いネーミングのオンパレードだったな」
「以前から聞きたかったんですけど、その『ちゅうに』って何ですか」
「知らない方が幸せな言葉さ。理解した途端に自分の黒歴史に押し潰される」
「黒歴史? また分からない言葉を使いますね。でも、私は元々は村の稼ぎを助けるために冒険者をしていただけの普通のエルフだったのに……貴方を手にしてこんなに有名になって良いのでしょうか。今まで立てた手柄の殆どは貴方があってなのに」
彼女はどうやら不健全な関係と感じて引け目を感じてしまっている。この一年で打ち立てた数々の功績も、彼の銃器としての能力があればこそ出来たことだった。
村を襲った盗賊をGPMGの『MG42』でもって某首都警の部隊よろしく殲滅してのけ、
国境に展開した敵国を相手にスナイパーライフル『ブレイザーR93』で遠距離から指揮官を仕留め続けるなど国軍が来るまでの遅滞工作をしてのけ、
敵国の残党だった召喚師が王都に召喚した巨大な魔獣タイタンを無反動砲『M2カールグスタフ』で倒してしまうなど、彼女の武勇伝は国内ではかなり有名なものだった。
だからこそ、その銃の力に頼っている自身が不甲斐ないと彼女は考えていた。
「何故引け目を感じる必要がある? 言って置くが俺は色々な銃に変身できるがそれだけだ。実際に俺を手に取って手柄を上げたのは相棒、君だぞ」
「でも、自律して動くことも出来るんですよね? だったら……」
「いいや、お前の手にある時は俺は一切照準に手を出していない」
「そうなのですか?」
「自覚ないのか」
彼としては彼女の銃器を扱う才能に嫉妬さえしていたというのに、本人に自覚がない事に軽く絶望した。
僅か一年程で素人同然だった彼女が、超一流のシューターとなっていた。前世で彼自身も銃を取った事があるから、その力量をある程度まで読めていた。こと射撃に関しては、彼女の力量はもう人類の限界点まで達していた。
例えるなら北欧の某国の白い死神レベルも超越しようとしている。
「俺の相棒はリアルゴルゴとか、ないわぁ」
「ごるご?」
「いや、気にするな。単なる戯れ言だ。ほれ、それよりそろそろダンジョンの主が近いぞ」
「っ! 確か情報によれば相手は古竜の一種だとか」
「はっ! 古竜がなんぼのもんじゃい」
一流のシューターに急成長した彼女の手の中、ダンジョンの最深部に棲まう主を目前に控えて彼は打倒しうる物へと変化する。
ダンジョン内の狭い室内戦を考慮したPDWの形は膨れあがり、銃身は図太い砲身へ、照準器も大型化していくなど劇的変化を遂げる。
数秒後、そこには全く違う兵器になった彼が、彼女の腕に抱えられていた。
「対物ライフル、ヘカートⅡ! こいつの弾を受けて無事な奴はいねぇぜ」
「お、重いです」
「そりゃあな。床に置いて伏せ撃ちするのが基本的な運用法だ」
「じゃあ、適当な場所でポジションに着きますね」
個人で運用できるギリギリ限界サイズのアンチマテリアルライフルは、すでに小型の大砲と言っていい。彼女はそれを抱えて射撃姿勢を取る。
ダンジョンの石畳に伏せ、ストックのモノポッドと二脚を展開して三点支持で銃を安定させる。スコープを覗き込めば、大きく獰猛そうな一頭のドラゴンがレティクルに映る。この廊下の先にある大広間に陣取っているそのドラゴンは、こちらの存在は察知している様子はない。まさに狙い時だ。
「使用する弾はタングステン弾芯を使った徹甲弾。劣化ウラン弾も考えたんだが、放射能が心配だったからヤメタ。向こうでは装甲車も貫通できる一発だけど、出来るだけ急所を狙えよ」
「了解。ワンショット・ワンキルですよね」
「その通り」
彼のサポートを受けながらも彼女は順調に射撃体勢を整えた。ボルトを引くと、一二・七㎜の大口径ライフル弾の巨大な弾薬が薬室に装填された。
古い時代の女神の名を冠した凶暴な兵器と化した彼は、昔の戦車の主砲を思わせる大型のマズルブレーキが付いた銃口をドラゴンへと向ける。
「距離は七〇〇と三メートル。風はほぼ無風。大丈夫、いけるぞ」
「……うん」
彼女は呼吸を整え、限界まで身体を静止させる。こと射撃に関して怪物的な彼女は射撃に関する諸々の補正を全て勘で修正してしまい、弾道力学すら本能的に理解して弾道のイメージを明確に思い描けていた。
弾道のイメージがドラゴンの眼球と重なる時、呼吸を止め、完全な静止。指だけが引金を引いていた。
ここまで撃ってきた中でも一番の反動と発砲炎。そして盛大な銃声がダンジョンに轟き渡る。
そして銃弾は彼女の描いたイメージの軌道をなぞるように飛翔し、狙い違わずドラゴンの眼球にぶち当たった。
いかに頑強な生命力と堅牢な鱗を持ったドラゴンでも眼球は鍛えようのない急所の一つだ。そして命中した弾丸はそのエネルギーを解放しながら肉を抉っていき、脳に到達。頭蓋骨の内部を盛大にかき回した。
ぐらーり、とゆっくり崩れ落ちるドラゴン。ダンジョンの床に倒れ、距離を開けても伝わってくる振動で彼女は仕留めたと確信した。
「よしっ! ナイスキル」
「ありがとう、やりました」
「これで相棒の二つ名にドラゴン殺しが追加されそうだな」
「あう……恥ずかしい気がします」
「実際、恥ずかしいな」
緊張の一瞬から解放されたせいで少しテンションが上がっている彼女に、彼は冷静に突っ込みを入れる。
けれど内心では彼が一番今の状況を楽しんでいた。それはそうだ、ドラゴンなんて獲物を仕留めるなんて元の世界では望んでも出来る事じゃない。それを彼女の助けを借りたとはいえ、バッチリ決めたのだから嬉しさもひとしおだ。
彼女と出会っての一年間。ダンジョンから出て、彼女の得物として一緒に冒険した毎日はスリルと喜びの連続だった。
サブマシンガン『UZI』になって、市街に侵入したゴブリン相手に九㎜弾を叩き込んだ時はハラハラしたし、
大口径リボルバー『ブラックホーク』でクイックドロウをした時は、西部劇のヒーローに使われた銃の気持ちがよく分かったし、
アサルトライフル『ガリルAR』で『地獄の黙示録』よろしく上空から敵国の王都に進撃する時などは、鼻歌で『ワルキューレ騎行』を歌ったのも良い思い出だ。
そう、前世で冒険を求めていた彼は今生における銃生に大いに満足しているのだった。彼女の得物としてこの世界を西へ東へ冒険の毎日。
彼は現在進行形で充実した生活を送っているのだった。彼女が彼の能力に頼り切っている事に後ろめたさを感じているようだが、彼の方は彼女に礼を言いたいぐらいだ。
充実した毎日を提供してくれる彼女に、強力な力を与えてくれる彼。実はしっかりと釣り合いは取れていた。
「む。警戒しろ、アイツまだ生きている」
「え! そんな」
急所を抉られてもドラゴンはまだ生きていた。人々から恐れられているモンスターの頂点は伊達じゃない。
不意打ちの一撃で致命傷を負ったことに激怒しているドラゴンは、すでにこちらの姿を捕捉していた。残った瞳からは殺意がこぼれ落ちそうなばかりに溢れている。
その視線に当てられて彼女は立ちすくむ。色々と武勇伝を築き上げ、冒険者としても成長してきた彼女だが、この殺意の視線は別格だ。睨むだけで相手を呪い殺しかねない。
だが、彼は怯まない。
「おいっ! しっかりしろ相棒。奴さん来るぞ。迎撃だ」
「っ! わ、分かった。でも大丈夫?」
「ハッ! 当然。最近になって覚えた形態だが、そいつでいく」
「うん」
彼女を奮い立たせ、ヘカートⅡから再び変形を始める彼。その間にドラゴンは体を起こし、こちらに向かって疾走を始めていた。ダンジョン内だから飛ぶことはないが、その巨体でもって突進されるのは脅威以外の何物でもない。
咆吼を上げて突進してくるドラゴン。まともな冒険者ならすぐさま逃げを打つべき中、彼女と彼は迎撃を選んだ。
彼の次なる変形はヘカートⅡよりもさらに巨大になる。
口径はさらに大きく三〇㎜。銃身も増えて七つの銃身が束ねられる。巨大なドラム型弾倉にはぎっしりと三〇㎜機関砲弾が詰め込まれ、発砲の反動を逃がすために床にはアンカーが打たれる。
それはもはや個人の運用する兵器ではない。全長六メートルもの巨大な兵装システムとなった彼が、彼女を鎧っていた。
「GAU-8/A アヴェンジャー三〇㎜機関砲の改造バージョン。ちょいと苦しいが、個人でも撃てるようになったイカス代物だ」
「……本当に苦しい。挟まれて苦しいです」
「我慢だ。それ、来るぞ! ブチかませ!」
個人でも扱えるように砲台型の機関砲となった彼を彼女は操り、砲口をドラゴンへと向けた。
安全装置はすでに外されている。突進してくるドラゴンに細かな照準は無用。肉塊に変えてやるまでガトリンクの砲声は止まない予定だ。
両手で保持したバーに内蔵しているトリガーを引けば、束ねられた銃身がスピンアップ。回転運動に連動して弾薬が巻き取られ、絶殺の銃火を間もなく上げる。
「いっけぇぇぇ-!」
聞く者に恐怖を与える咆吼を上げて突進してくるドラゴン。それを迎撃しようと過激な火力で迎える彼と彼女。
そうして、今日もここに一つの伝説が築かれる。彼女《射手》と彼《銃》の伝説はまだ続いていく物語であった。