夜の海
自分の中の最高傑作!
自信を持って言える。
小説が完成しました。
ぜひ、読んでください。
Ring the bells that still can ring.
Forget your perfect offering.
There is a crack in everything.
That's how the light gets in.
全てにひび割れがある。
それが光が入ってくる場所だ。
レナード・コーエンの楽曲「Anthem」の歌詞より
夜の海は、思っていたよりもずっと静かだった。
もっと荒れているものだと思っていたけれど、実際は規則正しい。ざざぁ、ざざぁと呼吸みたいに、同じ感覚で、寄せては引く。
足元の砂が、じわりと沈む。
波が引くごとに、体の重さごともっていかれるような感覚があった。その一定さが、かえって落ち着かなかった。
隣で、ぱち、と小さな音がした。線香花火が弾ける「ねえ、」
火の先を見つめたまま、彼女が言う。
「九十八点ってさ、失敗だと思う?」
いきなり何を言い出すんだ、と思った。
けど、考えるより先に口が動いていた。
「……普通は、」
少し間を置いてから、言い直す。
「失敗だろ」
「普通は、ね」
彼女はほんの少しだけど笑った、そんな気がした。
暗くて表情は見えない。
けれど、火に照らされた横顔だけが、妙にくっきりとそこにあった。
ぱち、と音がして、火の玉が落ちる。
「じゃあさ」
彼女は続ける。
「もし、それがわざとだったら」
意味がわからなかった。
わざと間違える理由なんて、あるわけない。
「満点、取れるのに?」
満点ってさ、終わりじゃない?」
「……は?」
「だって、もう上がないでしょ?」
さらっと言う。
当たり前のことみたいに。
その言葉だけが、妙に残った。
終わり。
そんな風に考えたことは今までなかったから。
ぱち、と火が弾ける。
「九十八点ならさ」
彼女は言う。
「あと二点、あるでしょ」
その言い方が、やけに耳に残った。
「その二点、どこにあると思う?」
答えられなかった。答える気にも、ならなかった。
そんなの、ただの間違いだ。ケアレスミスとか、そういうものだろう。
ーーそう思うはずなのに。
なぜか、その「二点」が頭から離れなかった。
風が吹いて、火が大きく揺れる。
思わず目を細める。
その瞬間、彼女の顔が少しだけ見えた。
笑っているようにも、どこか悲しそうで泣きそうにも見えた。
「ねぇ」
少しだけ間があってから。
「普通ってさ」
波の音に紛れそうな声で。
「誰にとっての普通なんだろうね。」
波は、それでも同じリズムで繰り返している。
何も変わっていないはずなのに、
同じ音には聞こえなかった。
その問いに対する答えは出なかった。
帰りのタクシーのなかで彼女はほとんど喋らなかった。
窓の外に流れる街の光を、ただ眺めている。
信号でタクシーが止まる。
コンビニあかりがやけに明るく感じた。
制服のままの高校生が二人、笑いながらコンビニから出てきた。
声は聞こえない。
でも、それがどうでもいい話をしていて、それが彼らにとっての「普通」ということだけは分かった。
タクシーが動き出す。
スーツ姿の男が、スマホを見たまま立ち止まっている。誰もこっちを見ていない。
当たり前だ。
その全部が、当たり前の景色だった。
ーーついこの前まで、俺もその中にいたはずなのに。
「……ねぇ」
気づけば、声をかけていた。
彼女は振り向かない。
「さっきのさ」
言葉が続かない。
結局、何も出てこなかった。
「何でもない」
窓に映った自分の顔が、少しだけ見慣れなかった。
「ねぇ」
そう呼ぶしかなかった。
別に名前を知らなかったわけじゃない。でも、呼ぶタイミングがなかった。
呼んでしまったら、何かが決まってしまう気がした。
彼女も同じで俺の名前を呼ばない。
それが少しだけ、楽だった。
決まっていない関係。
どこにも属していない感じ。
波の音みたいに規則的で、続いているだけの時間。
それが今の僕にはちょうど良かった。
ここから先は余命宣告と出会いを書いていきます。ここから先も読んでくれると嬉しいです。




