54.聖女(カルロ視点)
私は生まれてすぐの記憶がある。
生まれながらに私の左手の平には痛みのない傷があったのだが、これは人目に見せてはいけないものだと本能的に隠していた。
その傷がどういうものなのかはわからなかったが、自分にとってきっと好ましくないものだと思っていた。
何不自由のない伯爵家で育ったが、ある日屋敷が賊襲に遭い、優しかった両親や使用人達を失った。
私だけ何か不思議な力に守られるように賊には見つからなかった。
その後親戚が伯爵家を引き継ぎ引き取られたのだが、事あるごとに折檻を受けた。
男のくせに女より美しいから気に食わないという理不尽な理由だった。
しかしそれも長くは続かず、目先の金に目をくらませた新領主が不正取引をしたとかで結局爵位を返上し取り潰しになった。
そうして神殿の孤児院に行き着いたのだ。
神殿では皆良くしてくれた。
司教様も最初こそ下心を感じることはあったが、男だと気づいてからは師弟として良い関係になっていた。
ある日司教様の部屋を掃除していると本棚の中の1冊が無性に気になった。
引き寄せられるように手に取り読んでみると、そこには聖女についての記載があった。
生まれながらにある、痛みのない、癒えない傷は聖痕と呼ばれるもので男女問わず発現した者は聖女と扱われるのだと知った。
聖女には不思議な力がありそれを国のために使うことが求められ、国王に嫁ぐことになるらしい。
力が何か具体的な記載は無いが、悪用を防ぐために聖女についての情報は聖痕を持った者が現れるまで司教や国王など一部の者しか知らないらしい。
何百年かに1人現れるかどうかでほとんど神話のような扱いのようだ。
自分自身でもよくわかっていないが、最近は時折導かれるような感覚があるためそういったことなのかもしれない。
神官として様々な町を周りながら教会で勉強を教えていたのだが、このまま本格的に教師を目指すのもいいかと思い退官した。
するとすぐに支援を申し出る貴族が現れた。
学園入学前の子息に家庭教師をするという条件付きだが。
最初は手のかからない大人しい子という印象だった。
しかし何か明確な目標というか意志が感じられる不思議な子という印象に変わった。
家庭教師としてすることがなくなっていたある日、突然彼が聖女について聞いてきた。
一般的に市井で呼ばれる聖女ではないようだった。
秘匿されているはずの情報をなぜ彼が知っているのか。
懇意にしている王子殿下から聞いて知ったのかもしれない。
核心から遠い情報だけ集めて渡しておいた。
学園に入るため屋敷を離れる際には、期待に応えられなかったお詫びに執事の出自についての情報も置いていった。
最初は国のために献身を強要されることへの反発だったが、今は王子殿下達の懸想の邪魔をしたくないという気持ちが強い。
不思議な力は私が望む方向に働いてくれるようだから、その気がなければきっと聖女という存在だと知られることはないだろう。
おそらく過去の聖女も数百年に1人しかいなかったわけでなくこうやって身を隠していたのだ。
王妃にならずとも聖女が国の安寧を望む限りはその通りになるのだから。




