19.狩猟祭(ダンテ視点)
普段平穏を求めていらっしゃる非力なルシオ様はなぜか狩猟祭への参加を所望された。
本来、代行を含め領主様は剣で参加する必要があるが、今回後継ではないうえ子供であること、当事者が代替わりの時期で多忙ということもありルシオ様ご希望の弓での参加を特例として認められたそうだ。
森に入る護衛は私1人。
あくまでも行事としての狩猟祭であり事前に下見もしているため遭遇する確率はとても低いが、万が一があってはいけないので遠い距離でも見逃しは許されない。
ルシオ様と初めて会ったのは4年前、ルシオ様が10歳で私が15歳の時だ。
いずれ私がいずれ仕える方として紹介された。
初めは大人びた雰囲気を感じたが、何度かお会いするうちにだんだん無防備で危なっかしい方だと思うようになった。
慎重で豪胆、臆病で無鉄砲、子供で大人、なんともチグハグで目が離せなかった。
ここ2年はルシオ様のほとんどの外出の際には同行し、それ以外の日は騎士の訓練を受けているが、お守りする方が決まってからはするべきことが具体的に想像できるようになり効率も良くなってきたと思う。
先日は幼馴染の方の膝枕で赤面したり、王子殿下とのお話の途中で突然泣き出したり、ころころと顔つきの変わる様を見ていると強く心を動かされた。
これはきっと護衛として主人となる方に対する正当な気持ちだ。
開始の合図が鳴り、先行して森に入る。
左右の組とは見えない程度に離れているため前方だけでなく左右にも注意が必要だ。
足音を確認しながら後ろからルシオ様がついてきていることを確認する。
ルシオ様は狩りができることを楽しみにしているようだが、今日は何もなく終わってほしいと思っている。
そう考えていると…
ズサッ
「…うわぁ!」
「ルシオ様!」
しまった。獲物の警戒ばかりで足元の確認を怠っていた…。
ルシオ様が落ち葉まみれですっかり穴の中に埋まってしまっている。
「ダンテ、すまないが引っ張り上げてくれないか。足を捻って自力で出るのは難しそうだ。」
「大変申し訳ございません、足元の警戒が不十分でございました。ルシオ様はそのままで。私が降ります。」
邪魔になりそうな装備を急いで外し穴の中に降りた。
すごい量の落ち葉が溜まっていたが平らではなかったため足を捻ったのかもしれない。
急いで戻らないと。
捻挫や骨折であれば動かしてはいけない。
「なぜ鎧を外した。」
軽鎧とはいえ可動域を狭め動きに支障が出るうえ、抱えた時に鎧の隙間でルシオ様を挟んでしまってはいけない。
付けたままでいる理由がないのだ。
「ルシオ様が痛がるかと思いまして…それでは失礼いたします。」
ルシオ様は実は足が折れているのを我慢しているかもしれない。
表情や身体の状態が見えるように俺は両手で前に抱き抱えた。
全力で走りたいが極力衝撃を与えないように走った。
「すまない、背負う方が楽じゃないか?」
こんなに華奢な体で痛みに耐えながらこちらを気遣う余裕があるのか。
「いえ、問題ありません。まだ森の浅い場所でよかったです。ひとまず急いで戻って治療し代わりを探してもらいましょう。」
ふと胸元からルシオ様の視線と吐息を感じる。
私の不注意で怪我をしてしまったので恨まれているのかもしれない。
会場に着くと執事のリカルドが状況を察して駆け寄ってきた。
ルシオ様をリカルドに託し代わりを探す。
捜索に穴をあけてしまったことで狩り漏れがあるとルシオ様や領主様に責が及ぶ可能性があるため必ず成功させないといけない。
控えで待機している方を見つけ急いで事情を説明したところ、すぐに向かってくれた。
そのままルシオ様の元に戻る。
見たところ軽い捻挫のようでひとまず安心した。
「…せっかく弓も練習したのにな。」
心底残念そうにしていらっしゃる姿に強い罪悪感を感じた。
「癒えたら改めて狩りに行きますか、ちょうど鴨の時期です。」
「弓で獲れるかな。」
「網の方が良いでしょうね。」
心底期待した目のルシオ様を見ると、獲るのは弓では無理でしょうとは言えなかった。
幸いなことに今年は何も見つからず平和に終わった。
もし見つかっていたら立ち会えなかったことにさらに悲しまれただろう。
戻って領主様に報告をした際叱責を覚悟していたが、わがままに付き合ってくれてありがとうと逆に感謝されてしまった。
リカルドはそもそも1人では無理があったと、次は絶対同行すると言ってきた。
確かに、専属執事であるリカルドも剣を持てば心強い。
私自身の鍛錬も兼ねて剣の練習相手をすることにした。
夜、寝ようとしたところ昼間の光景を思い出してしまい寝付けなかった。
領主様にもルシオ様にもお許しいただいたがやはり改めて謝意を伝えたい。
もしお休みになっていたら戻ろう。
コンコン
寝ていたら気づかない程度の小ささでノックをする。
「どうぞ。」
そっとドアを開けると既に部屋は暗かった。
「ルシオ様…起きておいででしたか。少々よろしいですか。」
「ああ、どうした?足のことは俺の自業自得だから気にしなくていい。」
「そうは言いましても…やはり護衛が最優先でしたのに、狩りに集中してそれを怠ったのは間違いなく私の落ち度です。申し訳ございません。穴の中に罠がある場合もありますし本当に危なかったのです。」
「うん…次回以降はお互い気をつけよう。…それでいいじゃないか。」
「それではルシオ様も自業自得だなどと、ご自身を責めないでいただけますか。」
「…ああ。」
窓の帳の隙間から月が見える。
月明かりがでうっすらとルシオ様の寝顔を照らしている。
いつのまにかお休みなされたようだ。
「…綺麗ですね。」
しばらく眺めたのち静かに部屋を出た。
もし自分に絵心があればこの最後のシーンを描いて部屋に飾ってます。
既出シーンだとジェローラモの馬車のシーンも同様です。




