15.歌劇
馬車に揺られること2時間、カヴール侯爵領の町に来ていた。
「先にお食事でもよろしいでしょうか。」
先に、ということは後に何かあるのか。
「もちろんです。もしかして、以前お話していたジェローラモ様行きつけのお店でしょうか。」
「ええ、そうなのですよ。…興味がないように振る舞いつつ、実は私の話をしっかり聞いていらっしゃったのですね。」
あの日の会話は薔薇とレストランの話以外覚えていないことを言ったほうがいいか。
「いえいえ、たまたま覚えていただけで…
「今さらとぼけなくてもよいのですよ。ひとまずお店に入りましょう。」
「いえ、本当に話を聞いていなくて!」
全く話を聞かないGを追いかけて店に入る。
行きつけというだけあって、奥に侯爵家専用の個室があった。
意外だったのは、いわゆる格式高い店ではなく、地元の人が好む穴場の店といった雰囲気だったことだ。
「ルシオ様付きの執事の方にも聞いたのですが、特に食べられないものはございませんでしたか。」
いつのまにリカルドと話をしたのだろうか。
「はい、ございません。」
俺はこの世界では嫌いなものは無いのだが、それはこの世界の食べ物の種類がそこまで多くなく、元々嫌いだったホルモン等の食べ物は出てこないからだ。
俺の返事を聞いたGが店主に目配せをしたのを合図に飲み物や料理が運ばれてきた。
バーニャカウダや鮮魚のカルパッチョ、リゾット、アクアパッツァ、デザートにパンナコッタ。
魚介が中心のメニューだ。
そういえばここは海に近い街だった。
アルタヴィラは内陸側で、習慣の違いもあり鮮魚は滅多に食べることはない。
俺はGとの談笑もそこそこに、王城以来の食い意地を発揮していた。
正直食べ物で釣られたら抗える気がしない…。
「お気に召していただけたようでなによりです。」
顔や態度に出てしまっていたのか、何も言っていないのにバレてしまった。
「はい、どれもとても美味しい料理でございました。」
そういえば、なぜか今まで特に気にしていなかったが、生魚を食べたことで思い出したことがある。
この世界でまだ和食を見たことがないのだ。
ひょっとしたら地図の端に極東の島国があってそこで和食が、ということもあるかも知れない。
外交官になる夢を掲げはしたが、貿易商を目指す方がいい気もしてきた。
「それでは次に参りましょうか。」
「はい。」
次に来たのは歌劇場だった。
オペラとはなんとも貴族らしいな…。
クラスの女の子がやっていたバレエは見に行ったことはあるが、オペラは音楽の授業以来だ。
なんとなく貴族はバルコニー席という印象だったが、今回案内されたのは中央にあるボックス席だった。
内容は王都で学ぶ学生たちの群像劇で、夢と現実の間の葛藤や、身分を超えた愛など定番ではあったが、台詞ではなく歌だからこそ表現できる情感や臨場感のある舞台装置など、総合芸術と言われるだけのことはあると感動した。
終演後、相乗り馬車で帰るからと伝えたが結局押し切られGの馬車で送ってもらうことになった。
馬車の中で俺は感動の余韻に浸りGに対する忌避感も少し薄らいでいた。
次の話は19時更新予定です。




