第二章:偽りの冷酷さと、深まる絆(?)
私は、日々、頭を抱えていた。
カイン様を遠ざけようとすればするほど、なぜか彼は私に心を開いていく。
私の冷たい言葉は「孤独を理解する共感」、見せかけの意地悪は「不器用な優しさ」と解釈される始末だ。
(こうなったら、もっと直接的に、彼に不快感を与えるしかないわ!)
私は、次の作戦を練った。
それは、カイン様の唯一の憩いの場である図書室で、彼の大切な本を、わざと「汚れた手」で触るというものだ。
貴族として、本を丁寧に扱うのは常識中の常識。それを破れば、さすがのカイン様も私を嫌悪するはず!
ある日の午後、カイン様が席を外した隙を狙い、私は彼の読んでいた古書にそっと手を伸ばした。
そして、その表紙に、庭仕事でわざと汚しておいた手をべったりと押し付けた。
「ふん。こんな古びた本、触る価値もないわ」
完璧な悪役セリフを吐き、私はその場を後にした。
内心では、罪悪感が募る。
カイン様、ごめんなさい。でも、これもあなたの未来のためなのよ……!
数日後、私は図書室で、再びカイン様の姿を見かけた。
彼は、あの古書を手にしている。
(やった! さすがに、あれで嫌われたはず!)
そう思いながら、私は恐る恐る彼の様子を伺った。
しかし、カイン様の顔には、嫌悪感どころか、深い感慨のようなものが浮かんでいるではないか。
「……この汚れは、一体……」
カイン様は、古書の表紙についた私の手形を、まるで貴重な遺物を見るかのように、じっと見つめている。
(嫌悪の表情じゃない!? なぜ!?)
私は、心の中で叫んだ。
すると、カイン様はゆっくりと顔を上げ、私に気づくと、そっと本を差し出してきた。
「セシリア様。この本は、先日あなたが触れてくださったものですよね」
(き、来た……! ここで、嫌悪感を露わにするはず!)
「……ええ。それが、何か?」
私は、顔色一つ変えずに答えた。
「……いえ。この本の表紙には、あなたの手が触れた温もりが残っているような気がして。
まるで、長い間孤独だったこの本が、ようやく誰かの温かさに触れたような……」
カイン様は、まるで詩を詠むかのように、切なげな瞳で私を見つめた。
(はぁあああ!? なにそのポエミーな解釈!? 温もり!? 手垢のことでしょう!?)
私の計画は、またしても華麗に空振りした。
彼は、私の手形を「孤独な本に触れた温もり」と解釈したのだ。
私の手は、庭の土で汚れていただけなのに!
その時、図書室の入口から、明るい声が響いた。
「カイン殿! やはりこんな所にいたのですね!」
「セシリア様もいらっしゃる。お二人は本当に仲が良いですね!」
現れたのは、光の王子アベルと、騎士団長レイモンド、そして天才魔術師リアムだ。
彼らは、ゲームの攻略対象たちで、前世では私を断罪する側だった面々だ。
「アベル殿下! なぜあなたがここに!? 私はただ、この陰気な男と、何の生産性もない会話をしていただけですわ!」
私は慌てて、アインを罵倒する言葉を付け加えた。
これで、彼らもカイン様を嫌い、私を「悪役」として認識するはず!
しかし、アベル王子は、にこやかに微笑んだ。
「おや、セシリア様。カイン殿と熱心に読書のお話をされていたと聞いていましたが?
彼の奥深い知識に、セシリア様も惹かれているのでしょう?」
レイモンドが爽やかに頷く。
「さすがセシリア様! カイン殿の良さに気づかれるとは、我々も見習うべきですな!」
リアムは目を細めて、私の言葉をまるで哲学者のように分析する。
「ふむ、セシリア嬢の『生産性のない会話』とは、おそらくカイン殿の精神的な豊かさを表現しているのだろう。奥深い」
(違う! 違うんですってばー!!!)
私の心は叫び疲れていた。
なぜだ。なぜ私の完璧な悪役ムーブは、こうも前向きに解釈されてしまうのだろう。
カイン様は、私を「孤独を理解してくれる稀有な存在」だとますます誤解を深め、他の攻略対象たちは、私とカイン様を「不器用ながらも心を通わせる二人」として温かく見守っている。
(このままでは、カイン様をヒロインに渡せないどころか、私が、私がカイン様と……!?)
想像するだけで、冷や汗が止まらない。
私は、推しを幸せにするために、断罪されることを目指す悪役令嬢なのに。
なのに、私の努力は、なぜかカイン様との「絆」を深めていく。
私は、この終わりの見えない空回りに、今日もまた、深い溜め息をつくのだった。