プロローグ:悪役令嬢、推しのために断罪を目指す
「ああ、なんてことでしょう……! また、この日が来てしまったなんて……!」
私は、ベッドの上で頭を抱えた。
私の名前は、セシリア・フォン・ローゼンベルク。
この世界は、前世で私が熱狂した乙女ゲーム『恋する聖女と光の王子』の世界だ。そして私は、そのゲームの悪役令嬢である。
ゲームのシナリオは決まっている。
聖女であるヒロインが、光の王子や騎士団長、天才魔術師といった攻略対象たちと出会い、絆を深め、最終的に王子と結ばれて世界を救う。
そして、その過程で、ヒロインを虐げ、恋路を邪魔する悪役令嬢セシリアは、断罪される。
(断罪? 上等よ!)
私が頭を抱えているのは、断罪されるのが嫌だからではない。
むしろ、断罪されるのが、私の悲願なのだ。
なぜなら、このゲームには、私が心から愛してやまない、推しキャラがいるからだ。
彼の名は、カイン・シュヴァルツ。
彼は、光の王子アベルの異母弟であり、闇の魔術師の血を引くという理由で、周囲から疎まれ、孤独な人生を送るキャラクターだ。ゲームでは、ヒロインによって救われるものの、結局は王子とヒロインの影に隠れ、ひっそりと生きる運命にある。
(カイン様は、もっと幸せになるべきだわ……! あの美しい黒髪も、憂いを帯びた瞳も、全てが尊いのに!)
私は、ゲームをプレイするたびに、カインの不遇な境遇に涙を流した。
そして、この世界に転生して以来、私は一つの結論に達した。
カイン様が幸せになるためには、ヒロインが光の王子アベルと結ばれ、世界が平和になることが絶対条件だ。
そのためには、私が悪役令嬢としてヒロインの引き立て役となり、シナリオ通りに断罪され、平和な世界から退場する必要がある。
(よし、決めたわ。私は、悪役令嬢として、最高の断罪エンドを目指す!)
しかし、この「悪役令嬢」の道は、想像以上に困難を極めた。
初めての転生時、私は「断罪されたくない!」と必死に善行を積んだ。ヒロインに優しくし、王子に媚びず、カイン様にも近づかないようにした。
結果、どうなったか?
ヒロインは王子と結ばれず、世界は破滅の危機に瀕し、カイン様は誰にも救われず、孤独なまま闇に堕ちていった。
(あの時の絶望感と言ったら……! 私のせいでカイン様が闇落ちなんて、絶対許されない!)
二度目の転生では、シナリオ通りにヒロインをいじめてみた。しかし、なぜかヒロインは私を「不器用だけど優しい人」と誤解し、王子たちは「セシリア様は、ヒロインに嫉妬する姿も愛らしい」などと、とんでもないことを言い出した。
(違う! 私の目的は、断罪よ! 好かれることじゃないの!)
そして、今、三度目の転生。
私は、過去二回の失敗を踏まえ、完璧な悪役令嬢を演じることを誓った。
(カイン様……! 今度こそ、私が最高の悪役になって、あなたを幸せにしてみせるわ!)
私の目標は、ただ一つ。
「ヒロインを徹底的に引き立て、王子たちのヘイトを買い、カイン様には絶対に嫌われ、そして完璧に断罪されること」
そう決意した私は、早速、行動を開始した。
まずは、カイン様との接触を避けること。彼に近づけば、私の推しへの愛が溢れてしまい、計画が狂うかもしれない。
そして、もし彼が私に近づいてきたら……。
(心を鬼にして、突き放すしかないわ!)
私は、カイン様が孤独を愛するキャラクターであることを知っている。
だから、彼に冷たく接し、彼が私から距離を置くように仕向けるのだ。
それが、彼を幸せな未来へと導く、唯一の道だと信じて。
しかし、この私の「完璧な悪役計画」は、思わぬ方向へと転がっていくことになるのだった。