ep.9 信じたくない
噴水の上がる特別授業棟に到着をした。ほどほどの大きさで、今まで通っていた校舎よりもコンパクトになっている。今まで後者の敷地が広すぎただけでもあるが。
馬車から降りて、特別授業棟の中に足を踏み入れた。シンっとしていて、誰もいないように感じてしまう。階段を上りきり、あたりを見渡した。先に私の荷物は届けており、今の私はかなり身軽だ。
高いヒールの音を響かせて、こちらに歩いてくる足音が聞こえてきた。きっと、誰かが私に気がついて迎えにきてくれたに違いない。それにしても、まだきていないのかエレーナの姿は見当たらない。私は、こちらに向かってくる人物を待つことにした。
女王の格好とは真逆の、頭を覆うヴェールも身にまとったドレスまでもが真っ黒。目元まで隠されているのだけが、女王と同じ。そんな女性が姿を現した。貴族社会では、目下のものからあいさつをする決まりがある。家柄だけで言えば、最高爵位なので相手が先にするべきだ。しかし、身分ではなくここは学びの場。
「ごきげんよう。私は、リシェル・ヴェリナと申します」
右手を胸の前に持ってきて、軽く膝を折る。視線を外さないことが何より大切。ネルシア王国流のあいさつだ。目の前の彼女は、目元までヴェールで覆っているので正確には目元のあたりを見てになる。
「ごきげんよう、ヴェルナ嬢。この先に学舎がつながっていますよ、ついてきて」
「はい」
口元のシワ、声のしゃがれ感からして、かなりお年を召しているのだろう。固めの口調で話すこの方は、高圧的ではないが先生として相応しい人物なことがよくわかる。
凛と正した背についていく。廊下は、中庭に出ることができる仕様になっている。青々とした芝生が気持ちよさそうに、太陽の光を受けていた。
規則正しい歩幅に、リズム。年齢を全く感じさせない。
「こちらです。どうぞ」
「ありがとうございます」
木の温もりのあるひとつの部屋に案内された。やはりまだ私だけらしく、誰もいなかった。ヴェルナと書かれた席札を見つけた。その席に腰を下ろす。机には、かなり分厚い本が置かれている。おそらく授業で使うのだろう。先生と思われた年配女性は、私を案内をしてまた部屋を出ていってしまった。
やることのない私は、ペラりと置かれていた本をめくった。
聖書らしく、女神について書かれている。よく聞くような内容ばかりが羅列されているようだ。実際に、通常の授業でも女神について学ぶ。さらにはもっと幼いころから、家庭でも教えられるので国民だれしもが知っていることだった。
しかしながら、第二章を開くと驚くことが書かれていた。なんと遊戯についての記載がされているのだ。このことは、一般的には知らされていない。どちらかというと、貴族の中だけで行われていることだった。
いまでは、貴族たちのストレス発散となり、新薬の実験にもなっていた。
だが、ここに書かれている第二章はそんなことは書かれていない。元は、女神が命じたこと。奴隷階級の子どもを戦わせて強い子を"女神の涙"で国を守る戦士にしていたと書かれている。
そして、何よりも――女神が命じたことだった。これは、大きな衝撃だ。ピリリと緊張感がはしる。『魂の清らかさ、人間の罪を代わりに』というのが出来たキッカケらしい。それなのに女神は、子宝の神。
子どもをたくさん産むのが、美徳とされる。女性が優位なのも、子を成せるから。それなのに、女神が奴隷階級の子どもたちを戦わせて人間の罪をなすりつける。いわゆる、生贄のようなことをさせたのが現実だったのだ。
しかも、この女神。幼い少女のときに、この発言をしたという。
なんでも、ある満月の夜に光を浴びて髪が黒から金になった。そして、彼女の周りには白いトリカブトが美しく咲いていた。トリカブトを巡るようにして流れる水が、透明度が高くてキラキラと輝く。その水を飲めば、力がみなぎった。
このことから彼女のことを女神、と呼ぶようになったという。神さまという存在を信じていた、当時の人々が幼い彼女のことを押さえつけ精神をおかしくさせた。その末にあの発言が飛び出したという。
この本に書かれていることは、信じていたものが崩れていくようだ。頭が混乱してくる。それならば、私がこの遊戯を辞めようとしているのは女神の言葉をくつがえすようなもの。
それに今から学ぶはずのこの本に書かれているということは、金の髪をもつ女性は知っているということになる。
私のお母さまも、特別授業を受けていたはず。……ということは、知っているのだろう。
あの日のお母さまは、笑っていた。クスクスと声を出して。普段、イライラとしているようだったのに。
これを知っていて、あんなに笑えていたの? やはり、毒は毒としてこの貴族社会に蔓延をしているのだ。マヒをして、それが普通のこととなっているのだろう。
もしかしたら、人間の罪を代わりになってくれている。とでも思ったか? いや、それはない。外からの目を気にかけ、私に必ず女王に選ばれるように。と耳にタコができるほど言ってくるのだから。




