ep.3 王期149年
次の日、王期149年6月の満月。
女王陛下が、女神像の前にお姿を現した。
149代目の女王だ。
ネルシア王国が、信仰をしている女神『セラヴィ』の姿と同じ格好をしている。真っ白で美しい絹のヴェールを目元まで被り、白いトリカブトと銀の盃をそれぞれの手に持っている。
まだ日中で、太陽の光を浴びた白のヴェールは輝いている。にこやかな表情の女王は、銀の盃を傾けた。
祈りを捧げる日は、学校も仕事も休みでみんなが集まるってくる。今日は、なんども女神像の前で祈る。心の中で願うのは、みんなさまざま。健康を祈るもの、仕事運を祈るもの。どんな願いでも唱えていいのだ。
月にいちどの今日は、女神と繋がることができる日。満月の光のような金の光に包まれ、御神託が降りてくる。
「セラヴィの愛を……ネシア」
ネルシア王国の名前の由来である、ネシア。神に祈りを捧げるときの言葉で、女神と繋がれる魔法の呪文のようなものだ。
胸に手を当て、女王の言葉を繰り返すようにして「ネシア」と唱える。
もちろん、私も。
「ネシア……」
目を瞑り、女神に祈る。
私に御信託を授けてください。きっとだれよりも、女王としての仕事を果たします。苦しむ子どもを救いたい……だれしもが女神の愛を受けられるようにしたい。
またあのときが、フラッシュバックをする。もうこれで何度目か。キーンと耳を裂くような耳鳴りがした。
……雑念は良くない。そう思って、首を振った。過去に見た子どもの苦しむ声を掻き消す。今は、祈りを捧げることに集中をしよう。
重ねた手に力が入る。
強く願っていたからか、祈りの時間は終わってしまったらしい。周りがザワザワとしはじめ、ようやく私は目を開いた。女神の銅像には、白いトリカブトが飾られている。
一般的なトリカブトは、紫色。しかし、御信託によって白いトリカブトの咲く場所を女神に教えてもらえるのだ。毎回咲く場所は変わるので、完全なる女神の意志とされている。
童話の中では、一面に白いトリカブトが咲いているらしい。そして、毎月のお祈りの日に摘んで女神に捧げる。その白いトリカブトが無くなり、新たな場所のお告げを受ける。このサイクルが約5年というわけだ。
純白に近い白色で、揺れるたびに金の粉を振り撒いているかのようだった。終わりに近づくと、白のトリカブトはくすむ。今飾られている白いトリカブトは、茶色を塗り重ねたようなくすみ具合。
「リシェルに御信託を……御信託を……」
隣で私のように祈りを捧げていたお兄さまの声が聞こえて来た。心の中では足りず、声に出てしまったのだろう。そんなところまで、相変わらず変わらない。
もうお祈りの時間も終わり、周りは解散し始めているというのに。お兄さまの気持ちが、心をジワリと温めてくれる。私はお兄さまに、声をかけられないでいる。きっと私たちのうしろにいるイレナも、私と同じ気持ちなのだろう。だからかイレナは、私のそばにやって来てこそっと声をかけてくれる。
「そろそろパレードがございます」
朝のお祈りのあと、女王と最高爵位の貴族が集まってパレードをするのだ。ヴェリナ家は、最高爵位のひとつ。あたりまえのごとく、参加をすることになる。煌びやかな雰囲気のパレード。
それでも、参加をする私はそんな気分では居られない。
いろいろな重圧を感じながら、にこやかにしていなくてはならないのだ。そろそろ新たなる女王誕生の頃合いなこともあって、より圧力を感じる。
苦しくなる気持ちを吐き出すようにして、ため息をついた。嫌な思いを悟られないためにも、口角を無理にあげる。私は、気分を切り替える。声を弾ませて、お兄さまに声をかけることにした。
「お兄さまっ! そろそろパレードのおじかんですわ。私たちもまいりましょう!」
私の呼びかけにハッとなり、ゆっくりとこちらを向いた。手を差し出して、無邪気さをだす。お兄さまは、私の差し出した手をとってぎこちない笑みを浮かべた。
女神像の近くにネルシア王宮がある。そこから、華やかな黄金の馬車に乗ってパレードをする。ここからそんなに離れてはいないので、すぐに着くはずだ。
私は、ドレスを軽く持ち上げて裾を揺らした。薄い桃色の可愛らしいドレスは、いつも以上にレースが使われているので重たい。中に来ているパニエが、歩くと重厚感のあるドレスを持ち上げて大きく揺れる。
イレナは、バサっと音を立てて日傘をさした。私の頭上に日傘をさされ、影が落ちた。
「イレナ、ありがとう」
彼女から日傘を受け取った。こちらも、フリルにリボンがついており、全体的に少女じみている。年齢的にも少し幼い印象を受ける装いだ。それに、少し古いデザイン。
お母さまは、私という存在を目立たせたいらしい。
私の好きな系統とは、かけ離れた服装。それでも抗えず、お母さまの用意したものに袖を通す。文句も言わないから、もしかしたらこういうのが好きだと思っているのかもしれない。
「リシェル、エリオット」
はっきりとした声を持つお父さまだ。その後ろで、金の髪を隠すように黒の帽子を被ったお母さまが立っている。顔を白いセンスで隠され、表情は見えない。